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第四章「サラサーテの盤」
第四章「サラサーテの盤」4
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「まいったな。彼に電話してみよう」
賀茂が頭をかく。
「彼って?」
「魔術師の彼さ」
賀茂が携帯電話を取りだして、いつの間に連絡先を交換していたのか、加耶と連絡を取り始めた。
「ああ、報告したいことがあるんだけど。え、そっちもある?」
賀茂が一度だけ会っただけの加耶にやけにフランクに話しかけている。どうみても年上なのだからそれはそうかもしれない。
「そう、『呪い』が集まった。なるほど」
加耶の声は聞こえないが、優斗にわかるようにしてくれているのか、賀茂が内容を復唱している。
「うん、え、僕たちにも? 何の役にも立たないと思うけれど。見てるだけになるけど、それでもいいなら」
賀茂が優斗をちらりと見た。
「でも、一般人を巻き込むのはあまり好かないな。これは僕の信条だけど」
「僕は、もう一般人じゃない。連れていってくれ」
賀茂の話を聞き、そちら側の世界の一端を知った。それに、今は芹菜のことも絡んでいる。もう無関係ではいられないはずだ。
「……わかったよ。君は一番遠くで見ている。それでいいね」
賀茂も渋々認めたようだ。
「それでいい」
賀茂は口の端を曲げて、やや不満そうに優斗を見た。
すぐに加耶との通話に戻る。
「それで、そう、岬に行けばいいんだね。車で向かうよ。そんなにかからないと思う」
賀茂が優斗が頷くのを確認して、話を続ける。
「それで、僕の方だ。使われている道具がわかった。『桜の古木』という名前がついている」
そこで賀茂が初めて道具の名前を言った。
「うん、そう、君も名前を知っていたか。ちょっと厄介だ。特に今の状況にはとても具合が悪い。最悪の組み合わせだ」
話の流れからすると、加耶もその道具を知っているらしい。
「詳しい話は直接したい。まずは集合するのが先だね」
そこで賀茂は通話終了ボタンを押した。
「なんだ、その道具、『桜の古木』っていうのは」
「今は向こうが時間が惜しいみたいだ」
「ちょっと」
賀茂は答えようとしない。
賀茂は携帯電話をしまって、右手で両方のこめかみを押さえる。
「よし、決めた」
やや長い沈黙があって、賀茂が一度屈伸をする。
「なんだよ急に」
「最後まで付き合おうじゃないか」
「っていうか、途中離脱するつもりだったのか」
「え、うん、場合によってはそういうのもありかなって、今朝までは思っていたよ」
「加耶との約束はどうするつもりだったんだよ」
「それはそれ、ただの商売、ビジネスの話だから」
「今は?」
「そうだね、信条の話になった。状況が少しだけ変わったんだ。いや、この場合、正しい状況を把握できたってことかな」
「わけがわからない」
「まあ、道すがら話そうじゃないか。魔術師も待っている」
賀茂が車に誘導をして、言われるがまま助手席に優斗が乗った。
ハンドルを握る賀茂の横の助手席に優斗が座っている。静かに唸りながら車は発進していく。
「集合場所は岬。わかるよね?」
「ああ」
「そこまで行こう」
街の外れにある灯台のある岬だ。灯台は断崖絶壁の上に立っていて、一部の噂では自殺の名所としても知られている。ここからなら車でゆっくり行っても二十分はかからないだろう。
「霧が出てきたね」
「うん」
助手席の窓から外を見る。
普段からこの街では霧の日が多い。今日は一層それが濃く感じられた。
月の光が薄らぼんやりとだけ差し込んでいて、個々の星はまったく見えない。
「まず、どちらからにしようかな」
真っ直ぐ前を見て運転しながら賀茂が言った。
優斗にも二つの質問が思い浮かぶ。
「緊急性が高いのは道具の方かな」
「ああ」
賀茂は左手をハンドルから離して、大きく手のひらを広げた。
「大きさはそうだな、十五センチくらいで、いくつか枝分かれてしている。通り名は『桜の古木』という。単に古木とか、そう言われていることもある。見た目は何の変哲もない、折れた木の枝。決して枯れない一つの花が咲いているとされている。誰が作ったのかは不明。あるいは、自然に存在していたのかもしれない」
「自然に?」
賀茂が左手をハンドルに戻した。
「そう、ごく希に、そういうものも出てくる。物に魂が宿る、の自然物版だ。元々はただの枝で、時間が経つことで意味を持ったもの、そういうことだね」
「それで、それがあると何が起こるんだ?」
「『猿の手』という話を知っているかな?」
「……いいや、知らない」
「三つの願いごとを叶えてくれる猿の手のミイラの話だ。そのミイラに願いごとをすると、確かに願いごとを叶えてくれる。ただし、願いごとを叶えてくれるかわりに、代償、不幸なことが起こる。そういういうお伽話」
それは安易に神頼みをしてはいけない、という教訓のためだろうか。
「その、芹菜が持っていた枝が、猿の手と同じ?」
「それに近い」
「つまり、代償を払って願いごとを叶える?」
「その通り、猿の手の類型だね。大きな願望を成就するために代償を要求する、実はこの手の道具というのは案外存在している。それくらい人間が普遍的に望んでいることなんだろうね。自然物からこういったものが生まれるのはね、『こんなものがあったらいいな』というたくさんの人間の願望によるところが多いとされている。『猿の手』もきっとどこかにあるんだろうね。あるとすれば海外だろうけど。ただ、この古木は、代償がはっきりとしている。そしてそれは、本人が自覚的であるという条件がつく。その代償を持って願いごとは完遂される」
猿の手のように、あとで代償がわかるというものではなく、何が代償になるかわかっていないといけないのだ。
それはどちらがより悪質だろうか。
それは代償の種類によるか。
「それは……」
賀茂は重々しく、言いにくそうではなく、あくまでいつもと変わらない口調で言った。
「『この世でもっとも大切にしているものの死、あるいは完全な破壊』」
賀茂が頭をかく。
「彼って?」
「魔術師の彼さ」
賀茂が携帯電話を取りだして、いつの間に連絡先を交換していたのか、加耶と連絡を取り始めた。
「ああ、報告したいことがあるんだけど。え、そっちもある?」
賀茂が一度だけ会っただけの加耶にやけにフランクに話しかけている。どうみても年上なのだからそれはそうかもしれない。
「そう、『呪い』が集まった。なるほど」
加耶の声は聞こえないが、優斗にわかるようにしてくれているのか、賀茂が内容を復唱している。
「うん、え、僕たちにも? 何の役にも立たないと思うけれど。見てるだけになるけど、それでもいいなら」
賀茂が優斗をちらりと見た。
「でも、一般人を巻き込むのはあまり好かないな。これは僕の信条だけど」
「僕は、もう一般人じゃない。連れていってくれ」
賀茂の話を聞き、そちら側の世界の一端を知った。それに、今は芹菜のことも絡んでいる。もう無関係ではいられないはずだ。
「……わかったよ。君は一番遠くで見ている。それでいいね」
賀茂も渋々認めたようだ。
「それでいい」
賀茂は口の端を曲げて、やや不満そうに優斗を見た。
すぐに加耶との通話に戻る。
「それで、そう、岬に行けばいいんだね。車で向かうよ。そんなにかからないと思う」
賀茂が優斗が頷くのを確認して、話を続ける。
「それで、僕の方だ。使われている道具がわかった。『桜の古木』という名前がついている」
そこで賀茂が初めて道具の名前を言った。
「うん、そう、君も名前を知っていたか。ちょっと厄介だ。特に今の状況にはとても具合が悪い。最悪の組み合わせだ」
話の流れからすると、加耶もその道具を知っているらしい。
「詳しい話は直接したい。まずは集合するのが先だね」
そこで賀茂は通話終了ボタンを押した。
「なんだ、その道具、『桜の古木』っていうのは」
「今は向こうが時間が惜しいみたいだ」
「ちょっと」
賀茂は答えようとしない。
賀茂は携帯電話をしまって、右手で両方のこめかみを押さえる。
「よし、決めた」
やや長い沈黙があって、賀茂が一度屈伸をする。
「なんだよ急に」
「最後まで付き合おうじゃないか」
「っていうか、途中離脱するつもりだったのか」
「え、うん、場合によってはそういうのもありかなって、今朝までは思っていたよ」
「加耶との約束はどうするつもりだったんだよ」
「それはそれ、ただの商売、ビジネスの話だから」
「今は?」
「そうだね、信条の話になった。状況が少しだけ変わったんだ。いや、この場合、正しい状況を把握できたってことかな」
「わけがわからない」
「まあ、道すがら話そうじゃないか。魔術師も待っている」
賀茂が車に誘導をして、言われるがまま助手席に優斗が乗った。
ハンドルを握る賀茂の横の助手席に優斗が座っている。静かに唸りながら車は発進していく。
「集合場所は岬。わかるよね?」
「ああ」
「そこまで行こう」
街の外れにある灯台のある岬だ。灯台は断崖絶壁の上に立っていて、一部の噂では自殺の名所としても知られている。ここからなら車でゆっくり行っても二十分はかからないだろう。
「霧が出てきたね」
「うん」
助手席の窓から外を見る。
普段からこの街では霧の日が多い。今日は一層それが濃く感じられた。
月の光が薄らぼんやりとだけ差し込んでいて、個々の星はまったく見えない。
「まず、どちらからにしようかな」
真っ直ぐ前を見て運転しながら賀茂が言った。
優斗にも二つの質問が思い浮かぶ。
「緊急性が高いのは道具の方かな」
「ああ」
賀茂は左手をハンドルから離して、大きく手のひらを広げた。
「大きさはそうだな、十五センチくらいで、いくつか枝分かれてしている。通り名は『桜の古木』という。単に古木とか、そう言われていることもある。見た目は何の変哲もない、折れた木の枝。決して枯れない一つの花が咲いているとされている。誰が作ったのかは不明。あるいは、自然に存在していたのかもしれない」
「自然に?」
賀茂が左手をハンドルに戻した。
「そう、ごく希に、そういうものも出てくる。物に魂が宿る、の自然物版だ。元々はただの枝で、時間が経つことで意味を持ったもの、そういうことだね」
「それで、それがあると何が起こるんだ?」
「『猿の手』という話を知っているかな?」
「……いいや、知らない」
「三つの願いごとを叶えてくれる猿の手のミイラの話だ。そのミイラに願いごとをすると、確かに願いごとを叶えてくれる。ただし、願いごとを叶えてくれるかわりに、代償、不幸なことが起こる。そういういうお伽話」
それは安易に神頼みをしてはいけない、という教訓のためだろうか。
「その、芹菜が持っていた枝が、猿の手と同じ?」
「それに近い」
「つまり、代償を払って願いごとを叶える?」
「その通り、猿の手の類型だね。大きな願望を成就するために代償を要求する、実はこの手の道具というのは案外存在している。それくらい人間が普遍的に望んでいることなんだろうね。自然物からこういったものが生まれるのはね、『こんなものがあったらいいな』というたくさんの人間の願望によるところが多いとされている。『猿の手』もきっとどこかにあるんだろうね。あるとすれば海外だろうけど。ただ、この古木は、代償がはっきりとしている。そしてそれは、本人が自覚的であるという条件がつく。その代償を持って願いごとは完遂される」
猿の手のように、あとで代償がわかるというものではなく、何が代償になるかわかっていないといけないのだ。
それはどちらがより悪質だろうか。
それは代償の種類によるか。
「それは……」
賀茂は重々しく、言いにくそうではなく、あくまでいつもと変わらない口調で言った。
「『この世でもっとも大切にしているものの死、あるいは完全な破壊』」
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