14 / 36
第三話「夢は現実の一部なのか?」
第三話「夢は現実の一部なのか?」5
しおりを挟む
「彩花、これ」
紗希がそのディスプレイの一つを指さす。壁面の中央にある一際大きなディスプレイだ。
「うん」
「ミチルだ」
ディスプレイにミチルの上半身が表示された。
映る位置を微調整しているようで、身体を左右に少しずつ揺らしている。
動画らしい。
「カメラか、これ」
今はもう一般には見られなくなった旧式の設備に旧式の撮影方法。
インタラクティブではない、一方通行の配信方法だ。
「あ、これ、この部屋だ」
背景にマシンが映る。
「カメラは、これだ」
ごみごみした部屋の隅に倒れているカメラを紗希が見つける。
「待って、紗希、ミチルがなにか言う」
映像の中のミチルが口を開く。
彩花たちが部屋に入ったことを感知して作動するようにセットしていたのだろうか。
ただ動画を送りたいならレンズ経由で送ることもできるのに、ミチルはこの部屋に録画データを残すことにしたのだ。
二人が家に来るかどうかもわからないのに。
何か、特別な意味があるのかもしれない。
『この動画を見ているということは、私はもうこの世にいないでしょう』
ミチルが話し始める。
これも古い映画で見た記憶があるな、と彩花は思い出す。
『というのは冗談です』
「あのなあ」
紗希が反応があるわけもない動画のミチルにぼやく。
『私は、諸事情でこの場を外しています。もし私に会いたいようなら』
一呼吸分、ミチルが言葉を溜める。
『夢の中で会いましょう』
そう、ミチルは言い切った。
『それでは、以上です。なお、この映像は再生終了後に破棄されます』
動画はそこで止まった。
ディスプレイが暗転する。
動画はたったこれだけだった。
繰り返して見る必要はなさそうなので、本当に破棄されているかどうか確認しようとは彩花は思わなかった。
それから二人は街に戻って、近くのファミレスに入った。
夕食時にもかかわらず、客はまばらだった。平日にわざわざ外食をするという風習が廃れつつあるのだろう。廃れ始めているのは店側も同じで、タッチパネル式で店員は見当たらない。厨房には調理を監視し、盛り付けをしている店員が何人かいるくらいだろう。
「どれにする?」
テーブルに備え付けられたタブレットを彩花の方へスライドさせて紗希が聞く。
「えーっとこれかな」
彩花は一番軽そうなハンバーグとサラダのセットを頼んだ。
「そう、じゃあ、僕はこれ」
紗希はチーズハンバーグとカレーハンバーグのセットを頼んだ。
「ちょっと多すぎない?」
「そうでもないけど」
「あ、私これも」
彩花がヨーグルトドリンクを追加でオーダーする。
「……結局カロリーは高いんじゃないか」
「いいの」
「というか好きだね」
「なにが?」
「ヨーグルト、昼間も食べていた」
「これは別」
「あ、そう」
オーダー完了のボタンを紗希が押す。
近頃は人件費の高騰と技術力の発展により、極力人が仕事をすることはなくなったし、人がしなくてはいけない仕事はその分高給になった。それはファミレスやコンビニの店員でもそうだ。今はもう、機械ができない仕事を細々としているに過ぎない。機械を補佐するのが人間、というわけだ。
加えてこのKLSの実験都市では人々の生活はKLSによって保障され、働くことすらほとんど不要になった。KLSの財源でベーシックインカムに近い仕組みが実現しつつある。それでもそれ以上にお金が欲しい人は働けばいい、という状況だ。
焼けた鉄板を乗せた台が自動で運ばれ、二人のテーブルの前で止まった。台はテーブルと接続して、滑るように二人の前に鉄板を置いていく。
「それじゃ食べるとするか」
ナイフとフォークを持った紗希がハンバーグを切り取りながら口へ運んでいく。
「ん、美味しい」
「うん」
彩花はまずヨーグルトドリンクをストローで吸う。
「結局なんだったんだ。僕にはさっぱりだ」
右手のナイフを行儀悪く振りながら紗希が言う。
「あの、紗希」
「なに?」
「蘇我さんの夢の話、覚えている?」
失踪する前の蘇我幹が見ていたという、街を徘徊する夢のことだ。
「ああ、それが?」
思い切って、彩花は紗希に打ち明ける。
「私も、その、似たような夢を見るの」
「なんだって?」
紗希が訝しげに聞き返した。
「夢、ほら、街を歩いているっていう」
「本当か?」
「うん、あ、もちろんドラッグとかはやってないから、ね」
「まあ、彩花はそんなタイプじゃなさそうだし」
「それで」
「さっきのミチルの話が関係あるって?」
「うん。あ、いや、そういうのはわかんないけど、もしかしたらって」
「うーん、そうかあ。夢、夢ねえ。他には、どんな夢?」
紗希が首を捻っている。
「ううん」
彩花はなんとなく、夢の中で祈に会ったことは隠しておくことにした。
「紗希は?」
「夢? いや、僕はそういうのないな」
あっさりと紗希が否定する。
「夢だから、僕が忘れているだけかもしれないけど」
「ミチルは、ゲームのこと調べていたよね」
「ああ、ゲームそっちのけで」
「だから、これも関係があるんじゃないかって」
「ゲームが?」
「うん」
「それは、どうだろう、たかだか夢だし」
夢に特別な意味があるとは紗希は思っていないようだ。
彩花だって、蘇我と似たような夢でなければ、夢で祈に会いゲームのことを言われなければ、ミチルが夢で会おうと言わなければ、そこまで関連があるとは思っていなかった。
しかし、今はパズルのピースがバラバラと散らばっているような、そんな感じがしていた。
「ゲーティア、夢、失踪……」
うんうんと紗希は思案しているようだ。
「もしかしたら、一条も同じように夢を見ていたのかもしれないなあ」
ぼんやりと、紗希は独り言のように言う。
「それじゃ、出ようか」
すっかり綺麗に皿を平らげた二人は、タブレットでそれぞれ会計ボタンを押す。指紋とレンズが連携して、クラウドのウォレットから支払いが引き落とされる。ネットでもリアルでも、大体の支払いはこの二つの認証さえクリアすれば終わるようになっている。
店を出た紗希が背伸びをする。
それに合わせるように彩花も背伸びをした。
「じゃあ、また近いうちに」
紗希が手を振って背を向ける。
「うん、じゃあ」
彩花はしばらくその背中を見ていた。
紗希がそのディスプレイの一つを指さす。壁面の中央にある一際大きなディスプレイだ。
「うん」
「ミチルだ」
ディスプレイにミチルの上半身が表示された。
映る位置を微調整しているようで、身体を左右に少しずつ揺らしている。
動画らしい。
「カメラか、これ」
今はもう一般には見られなくなった旧式の設備に旧式の撮影方法。
インタラクティブではない、一方通行の配信方法だ。
「あ、これ、この部屋だ」
背景にマシンが映る。
「カメラは、これだ」
ごみごみした部屋の隅に倒れているカメラを紗希が見つける。
「待って、紗希、ミチルがなにか言う」
映像の中のミチルが口を開く。
彩花たちが部屋に入ったことを感知して作動するようにセットしていたのだろうか。
ただ動画を送りたいならレンズ経由で送ることもできるのに、ミチルはこの部屋に録画データを残すことにしたのだ。
二人が家に来るかどうかもわからないのに。
何か、特別な意味があるのかもしれない。
『この動画を見ているということは、私はもうこの世にいないでしょう』
ミチルが話し始める。
これも古い映画で見た記憶があるな、と彩花は思い出す。
『というのは冗談です』
「あのなあ」
紗希が反応があるわけもない動画のミチルにぼやく。
『私は、諸事情でこの場を外しています。もし私に会いたいようなら』
一呼吸分、ミチルが言葉を溜める。
『夢の中で会いましょう』
そう、ミチルは言い切った。
『それでは、以上です。なお、この映像は再生終了後に破棄されます』
動画はそこで止まった。
ディスプレイが暗転する。
動画はたったこれだけだった。
繰り返して見る必要はなさそうなので、本当に破棄されているかどうか確認しようとは彩花は思わなかった。
それから二人は街に戻って、近くのファミレスに入った。
夕食時にもかかわらず、客はまばらだった。平日にわざわざ外食をするという風習が廃れつつあるのだろう。廃れ始めているのは店側も同じで、タッチパネル式で店員は見当たらない。厨房には調理を監視し、盛り付けをしている店員が何人かいるくらいだろう。
「どれにする?」
テーブルに備え付けられたタブレットを彩花の方へスライドさせて紗希が聞く。
「えーっとこれかな」
彩花は一番軽そうなハンバーグとサラダのセットを頼んだ。
「そう、じゃあ、僕はこれ」
紗希はチーズハンバーグとカレーハンバーグのセットを頼んだ。
「ちょっと多すぎない?」
「そうでもないけど」
「あ、私これも」
彩花がヨーグルトドリンクを追加でオーダーする。
「……結局カロリーは高いんじゃないか」
「いいの」
「というか好きだね」
「なにが?」
「ヨーグルト、昼間も食べていた」
「これは別」
「あ、そう」
オーダー完了のボタンを紗希が押す。
近頃は人件費の高騰と技術力の発展により、極力人が仕事をすることはなくなったし、人がしなくてはいけない仕事はその分高給になった。それはファミレスやコンビニの店員でもそうだ。今はもう、機械ができない仕事を細々としているに過ぎない。機械を補佐するのが人間、というわけだ。
加えてこのKLSの実験都市では人々の生活はKLSによって保障され、働くことすらほとんど不要になった。KLSの財源でベーシックインカムに近い仕組みが実現しつつある。それでもそれ以上にお金が欲しい人は働けばいい、という状況だ。
焼けた鉄板を乗せた台が自動で運ばれ、二人のテーブルの前で止まった。台はテーブルと接続して、滑るように二人の前に鉄板を置いていく。
「それじゃ食べるとするか」
ナイフとフォークを持った紗希がハンバーグを切り取りながら口へ運んでいく。
「ん、美味しい」
「うん」
彩花はまずヨーグルトドリンクをストローで吸う。
「結局なんだったんだ。僕にはさっぱりだ」
右手のナイフを行儀悪く振りながら紗希が言う。
「あの、紗希」
「なに?」
「蘇我さんの夢の話、覚えている?」
失踪する前の蘇我幹が見ていたという、街を徘徊する夢のことだ。
「ああ、それが?」
思い切って、彩花は紗希に打ち明ける。
「私も、その、似たような夢を見るの」
「なんだって?」
紗希が訝しげに聞き返した。
「夢、ほら、街を歩いているっていう」
「本当か?」
「うん、あ、もちろんドラッグとかはやってないから、ね」
「まあ、彩花はそんなタイプじゃなさそうだし」
「それで」
「さっきのミチルの話が関係あるって?」
「うん。あ、いや、そういうのはわかんないけど、もしかしたらって」
「うーん、そうかあ。夢、夢ねえ。他には、どんな夢?」
紗希が首を捻っている。
「ううん」
彩花はなんとなく、夢の中で祈に会ったことは隠しておくことにした。
「紗希は?」
「夢? いや、僕はそういうのないな」
あっさりと紗希が否定する。
「夢だから、僕が忘れているだけかもしれないけど」
「ミチルは、ゲームのこと調べていたよね」
「ああ、ゲームそっちのけで」
「だから、これも関係があるんじゃないかって」
「ゲームが?」
「うん」
「それは、どうだろう、たかだか夢だし」
夢に特別な意味があるとは紗希は思っていないようだ。
彩花だって、蘇我と似たような夢でなければ、夢で祈に会いゲームのことを言われなければ、ミチルが夢で会おうと言わなければ、そこまで関連があるとは思っていなかった。
しかし、今はパズルのピースがバラバラと散らばっているような、そんな感じがしていた。
「ゲーティア、夢、失踪……」
うんうんと紗希は思案しているようだ。
「もしかしたら、一条も同じように夢を見ていたのかもしれないなあ」
ぼんやりと、紗希は独り言のように言う。
「それじゃ、出ようか」
すっかり綺麗に皿を平らげた二人は、タブレットでそれぞれ会計ボタンを押す。指紋とレンズが連携して、クラウドのウォレットから支払いが引き落とされる。ネットでもリアルでも、大体の支払いはこの二つの認証さえクリアすれば終わるようになっている。
店を出た紗希が背伸びをする。
それに合わせるように彩花も背伸びをした。
「じゃあ、また近いうちに」
紗希が手を振って背を向ける。
「うん、じゃあ」
彩花はしばらくその背中を見ていた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》
小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です
◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ
◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます!
◆クレジット表記は任意です
※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください
【ご利用にあたっての注意事項】
⭕️OK
・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用
※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可
✖️禁止事項
・二次配布
・自作発言
・大幅なセリフ改変
・こちらの台本を使用したボイスデータの販売
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる