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第三話「街は大騒ぎ!」
第三話「街は大騒ぎ!」5
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レンガ敷きの地面がぐらぐらと揺れているおかげで、街が浮き始めているということに気がついている人はいないようだった。街が壁で囲まれているのもわかりにくくしている。門の近くにいて外へ避難してしまった人はいるかもしれない。
『みんな、大丈夫かな』
カルミナの声が聞こえる。
もちろん、カルミナの姿は見えない。
『大丈夫!』
『大丈夫よ!』
ユーリとリリーの声をはっきり聞こえる。
『ニーナは?』
「大丈夫」
応答のなかった私に、カルミナが問いかける。
私が向かうのは北西にある廃加工場だ。
昔行ったことがあるから場所はわかっている。それにしてもユーリとリリーは学校と自分の家で安全そうなのに、どうして私だけ加工場なのだろう。
加工場は今ではお化け工場と呼ばれて格好の肝試しの場所になっているくらいボロボロになっている。
普段でさえ崩れてしまいそうな足場がいくつもあって、大人たちに立ち入りを禁止されているくらいだ。この騒ぎの中でどんなふうになっているか想像もつかない。
大きな不安を抱えながら路地を疾走して工場を目指す。
時おり残り香で飛んでくるものに奮闘していたりぼう然と立ち尽くしている顔見知りを見かけるけれど、こちらは顔を見られないようにフードを深く被って下を向いて走る。
工場までの道のりは今でも機械技師のための作業場になっているところが多いため一段と騒々しかった。
金属を叩く音がそこら中に響いている。彼らが仕事をしているのではなく、建物の中にある工具や道具が騒いでいるのだろう。
いくつかの細い路地を抜けて雑草が生えっぱなしの広場に出る。私たちの使っている校庭と広さは変わらない。
『僕は準備できた。みんなはどうかな』
お茶が入ったよ、みたいな軽さでカルミナが状況を知らせる。彼にとっては、本当に一大事だと思っているか声だけでは計り知れない。
『学校に着いた。屋上に向かう。なんだこりゃ、机が輪になって踊ってるぞ』
ユーリの声が響く。
『私は、もう少しかかるわ。ああ、門のオブジェの天使が決闘してるわ!』
リリーがそれに悲痛な声で返事をした。
「私は、工場の広場に出たよ。これから屋上」
『異変はないかな、ニーナ』
「うん……ちょっと……」
私の背丈ほどもある雑草で埋め尽くされた広場は、伸び伸びと、本当に伸び伸びと草が茂っていた。風も吹いていないのに一本一本が意思を持っているみたいにうねって、誰かが入り込んでくるのを防ごうとしている。
『君ならできるはずさ。いや、むしろ君にしかできないことだ』
カルミナの声が聞こえた。
たかが草だとは思っていても、むやみに飛び込んでしまってはけがをしてしまいそうだ。どこかに草がない場所がないかと、近づきつつも広場を周る。
手探りで抜け道を探していると、妙な視線を感じた。
「ん?」
その方向には何もない。あるのは草ばかりだ。だけどその視線は草からのように思える。生い茂っている草が私を見ている気がするのだ。じっと、にらむように草を見つめる。それに応じたのか何事もなかったかのようにぴたりと全ての草が動きを止めた。
まるで、動物のようだ。
いいや、そんなのは変なことだ。だって、草だからそんなことはありえない。
でも、ありえないことが起こるのが、今まさにこの街の状況そのものでもある。
原っぱに、手を差し出す。
ぞぞぞ。
適当に波打っていた草が、私の手のひらに一斉に集まってきた。しっしっ、と手を振ると、それに合わせて草も反対側を向く。一歩進んで、手を振ると、私のいる場所だけを草が避けるように広がっていく。あっちいけ、という仕草を理解しているようだ。
足を進めるごとに同じ動作を繰り返して、スペースを作りながら加工場へと抜ける。
廃墟となっている加工場が私の前に立ちふさがっている。
さびついた壁は、今にもはがれおちてきそうだった。
魔法石を加工していた頃のものだから、もう数十年は誰にも使われていない。
加工場は街の騒ぎとは正反対に、静かで物音ひとつしなかったのがかえって不思議に思えた。
おじゃまします、と誰にも言うでもなく小声で言い、ぽっかりと口を開けている扉の中へと入っていった。
肝試しで来たことがあるから、中の造りは大体わかっていた。窓のない加工場は、昔は魔法石で昼夜関係なく照らされていただろう。建物全体から古い鉄の匂いがした。体育館のように天井が高い。中心部に加工していた炉が天井まで伸び、そのまま天井を貫いている。それを囲むように、壁一面に階段が張り巡らされていた。
慎重に、足場の硬さを確かめながら抜けない階段を選んで行く。
目指すのは屋上へと出る扉だ。ところどころでミシミシ鳴って、そのたび私はびくっとして足を上げる。すでに崩れ落ちてしまっているところ、踏み込んだら危なそうなところは避けて、行きつ戻りつ、上へ進んでいく。入り組んでいるおかげで一箇所がだめでも他の道を選ぶことができた。
学校でいえば三階くらいの高さまで来たところで、広い床に出る。中央は吹き抜けのように、炉をのぞきこむことができた。ボロボロになった手すりに体重を預けないようにして、私は一息入れて炉を見る。すっかり火が消えてしまった炉も、昔は煌々と輝いてとても活気があったに違いない。
その当時は、今以上に街も人で溢れていたはずだ。
そんな昔に思いをはせながら、私はさらに上へ向かうことにする。
屋上へ出る扉は目の前だ。あと少し階段を上がれば、手に届きそうだ。
もしカルミナの魔法が働いて街が元通りになったら、彼はどうするつもりなんだろう。やっぱり、私たちの前から姿を消してしまうのだろうか。
彼の口ぶりからしても自分の正体を知られたくないようだった。
だとしたら、幻みたいに何もなかったように、彼がいなくなって、私たちはまた毎日に戻るのだろうか。
ガタリ。
そんな先のコトを考えていた私の身体がぐらりと揺れた。
油断した、と思ったときにはもう遅かった。
錆びた床が抜け、新たにできた穴に私は吸い込まれていった。ゆっくりと、時間が流れて、空気がまとわりついているのを感じていた。
たすけて!
真っ逆さまに地面に落ちて行く。天井がだんだんと遠くなっていく。
自然と空いた手でお守りを強く握っていた。もう少しであの堅い床に打ちつけられてしまう。
覚悟して、ぎゅっと目をつむる。
ふわり。
金属ではない柔らかい感触を背中に感じた。
「え?」
目を開けて、私は見渡す。私の体は、全身緑色の光と物体に包まれていた。緑色の正体は何かの植物のようだった。
「これは、なに?」
植物がツルを伸ばし、体をくるんでクッションのように衝撃から身を守ってくれていた。そのツルは、私の右手から伸びているみたいだった。
右手には、お守りがある。
「おばあちゃんの、お守り」
お守りの中に入っていたのは、小さな種だったはず。
それが一気に成長して、床に着地する前に周りをおおっていた。
「うん?」
胸からかさかさと音がしてぴょんと胸ポケットから一枚の紙が飛び出してきて、目の前で浮いている。
図書館の本に挟まれていたしおりだ。あのとき胸にしまったまま、放っておいていたのだ。
しおりに刻まれた模様が緑色に強く光っている。
もちろん何が書かれているかは読めないけれど、そこから発している光が魔法石と同じ魔法の光だということはわかっていた。
しおりに触れようとする。
パンッ、と勢いの良い音がして紙は弾けてバラバラになってしまった。
光を失いながら粉雪のようにさらさらと私の体に降り注ぎ、浸み込むように融けて消えていった。
しおりが守ってくれたのだろうか。
しおり自体がなくなってしまったのでそれを確認する方法はもうどこにもないけれど、体がほんわりと温かくなっている今、なんでもできるような気がした。
その光が全て消えてしまわないうちに、私はやるべきことがある。
「なに?」
もぞもぞと植物は生きていることを主張したいようで、伸び続けている。
私を、起こして。
ゆっくりと、私は念じる。
想いが通じたのか、ぴたりと止まったかと思うと肩まわりにツルがもさもさと集まり始めて体を立たせる。
ありがとう。
声に出さずに心の中で話しかける。ツルの先が、ふらふらとどういたしましてとでも言いたそうに揺れた。
『ニーナ』
『どうした?』
『大丈夫かしら、ニーナ?』
次々と三人から言葉が届く。
「ごめんなさい、大丈夫」
肩のほこりを軽く払って、天を仰ぐ。
崩れ落ちた天井から光が差していた。階段はすでに倒れてしまっていて、もう戻れそうにない。まだ使える道があるとしても、それを探す時間も残されていそうには思えない。
それでも天井へ向かうことができるとすれば。
一か八か。
お願い。
ツルを握って体の力を抜き、目を閉じて全身を柔らかい緑に預ける。
小声で、でも力強くその先をイメージして言葉にする。
伸びて!
言うが早いか信じられない速度で植物は成長を始め、周辺に伸び散らかっていたものが私の中心に集まりだしてくる。
じっくりと、体を持ち上げ、徐々に体が天井へと近づいていく。大きな両手に包まれているような安心があった。さすがに下を見る勇気はないけれど。
私はその植物に運ばれて、天井の空いている穴から屋上へ出た。
風を感じつつ、屋上に降りることなく更に天を目指そうとしている。
屋上から十メートルほどの高さで、私は心の中でもういいよと念じた。
ぴたりとツルは動きを止めて、それから居心地の良いソファを作るように、葉っぱが私のお尻をふわふわと敷き詰めていく。
もはやこの植物までもが、私の体の一部のようだった。
緑に包まれて私は街を見下ろす。
加工場からぴょこんと飛び出した緑は普段だったらとてもおかしなことのはずだ。
ただ今は街全体が以上の中にあるから、今さらこの程度で特別驚く人もいないだろう。
『ニーナ、準備は?』
カルミナからだ。
「みんなもう大丈夫! すごく高いところまで来ちゃった!」
『そうか。なら問題ない』
笑い声が聞こえた。
『それじゃ、行こうか』
何でもないことのように、カルミナが言った。
『みんな、大丈夫かな』
カルミナの声が聞こえる。
もちろん、カルミナの姿は見えない。
『大丈夫!』
『大丈夫よ!』
ユーリとリリーの声をはっきり聞こえる。
『ニーナは?』
「大丈夫」
応答のなかった私に、カルミナが問いかける。
私が向かうのは北西にある廃加工場だ。
昔行ったことがあるから場所はわかっている。それにしてもユーリとリリーは学校と自分の家で安全そうなのに、どうして私だけ加工場なのだろう。
加工場は今ではお化け工場と呼ばれて格好の肝試しの場所になっているくらいボロボロになっている。
普段でさえ崩れてしまいそうな足場がいくつもあって、大人たちに立ち入りを禁止されているくらいだ。この騒ぎの中でどんなふうになっているか想像もつかない。
大きな不安を抱えながら路地を疾走して工場を目指す。
時おり残り香で飛んでくるものに奮闘していたりぼう然と立ち尽くしている顔見知りを見かけるけれど、こちらは顔を見られないようにフードを深く被って下を向いて走る。
工場までの道のりは今でも機械技師のための作業場になっているところが多いため一段と騒々しかった。
金属を叩く音がそこら中に響いている。彼らが仕事をしているのではなく、建物の中にある工具や道具が騒いでいるのだろう。
いくつかの細い路地を抜けて雑草が生えっぱなしの広場に出る。私たちの使っている校庭と広さは変わらない。
『僕は準備できた。みんなはどうかな』
お茶が入ったよ、みたいな軽さでカルミナが状況を知らせる。彼にとっては、本当に一大事だと思っているか声だけでは計り知れない。
『学校に着いた。屋上に向かう。なんだこりゃ、机が輪になって踊ってるぞ』
ユーリの声が響く。
『私は、もう少しかかるわ。ああ、門のオブジェの天使が決闘してるわ!』
リリーがそれに悲痛な声で返事をした。
「私は、工場の広場に出たよ。これから屋上」
『異変はないかな、ニーナ』
「うん……ちょっと……」
私の背丈ほどもある雑草で埋め尽くされた広場は、伸び伸びと、本当に伸び伸びと草が茂っていた。風も吹いていないのに一本一本が意思を持っているみたいにうねって、誰かが入り込んでくるのを防ごうとしている。
『君ならできるはずさ。いや、むしろ君にしかできないことだ』
カルミナの声が聞こえた。
たかが草だとは思っていても、むやみに飛び込んでしまってはけがをしてしまいそうだ。どこかに草がない場所がないかと、近づきつつも広場を周る。
手探りで抜け道を探していると、妙な視線を感じた。
「ん?」
その方向には何もない。あるのは草ばかりだ。だけどその視線は草からのように思える。生い茂っている草が私を見ている気がするのだ。じっと、にらむように草を見つめる。それに応じたのか何事もなかったかのようにぴたりと全ての草が動きを止めた。
まるで、動物のようだ。
いいや、そんなのは変なことだ。だって、草だからそんなことはありえない。
でも、ありえないことが起こるのが、今まさにこの街の状況そのものでもある。
原っぱに、手を差し出す。
ぞぞぞ。
適当に波打っていた草が、私の手のひらに一斉に集まってきた。しっしっ、と手を振ると、それに合わせて草も反対側を向く。一歩進んで、手を振ると、私のいる場所だけを草が避けるように広がっていく。あっちいけ、という仕草を理解しているようだ。
足を進めるごとに同じ動作を繰り返して、スペースを作りながら加工場へと抜ける。
廃墟となっている加工場が私の前に立ちふさがっている。
さびついた壁は、今にもはがれおちてきそうだった。
魔法石を加工していた頃のものだから、もう数十年は誰にも使われていない。
加工場は街の騒ぎとは正反対に、静かで物音ひとつしなかったのがかえって不思議に思えた。
おじゃまします、と誰にも言うでもなく小声で言い、ぽっかりと口を開けている扉の中へと入っていった。
肝試しで来たことがあるから、中の造りは大体わかっていた。窓のない加工場は、昔は魔法石で昼夜関係なく照らされていただろう。建物全体から古い鉄の匂いがした。体育館のように天井が高い。中心部に加工していた炉が天井まで伸び、そのまま天井を貫いている。それを囲むように、壁一面に階段が張り巡らされていた。
慎重に、足場の硬さを確かめながら抜けない階段を選んで行く。
目指すのは屋上へと出る扉だ。ところどころでミシミシ鳴って、そのたび私はびくっとして足を上げる。すでに崩れ落ちてしまっているところ、踏み込んだら危なそうなところは避けて、行きつ戻りつ、上へ進んでいく。入り組んでいるおかげで一箇所がだめでも他の道を選ぶことができた。
学校でいえば三階くらいの高さまで来たところで、広い床に出る。中央は吹き抜けのように、炉をのぞきこむことができた。ボロボロになった手すりに体重を預けないようにして、私は一息入れて炉を見る。すっかり火が消えてしまった炉も、昔は煌々と輝いてとても活気があったに違いない。
その当時は、今以上に街も人で溢れていたはずだ。
そんな昔に思いをはせながら、私はさらに上へ向かうことにする。
屋上へ出る扉は目の前だ。あと少し階段を上がれば、手に届きそうだ。
もしカルミナの魔法が働いて街が元通りになったら、彼はどうするつもりなんだろう。やっぱり、私たちの前から姿を消してしまうのだろうか。
彼の口ぶりからしても自分の正体を知られたくないようだった。
だとしたら、幻みたいに何もなかったように、彼がいなくなって、私たちはまた毎日に戻るのだろうか。
ガタリ。
そんな先のコトを考えていた私の身体がぐらりと揺れた。
油断した、と思ったときにはもう遅かった。
錆びた床が抜け、新たにできた穴に私は吸い込まれていった。ゆっくりと、時間が流れて、空気がまとわりついているのを感じていた。
たすけて!
真っ逆さまに地面に落ちて行く。天井がだんだんと遠くなっていく。
自然と空いた手でお守りを強く握っていた。もう少しであの堅い床に打ちつけられてしまう。
覚悟して、ぎゅっと目をつむる。
ふわり。
金属ではない柔らかい感触を背中に感じた。
「え?」
目を開けて、私は見渡す。私の体は、全身緑色の光と物体に包まれていた。緑色の正体は何かの植物のようだった。
「これは、なに?」
植物がツルを伸ばし、体をくるんでクッションのように衝撃から身を守ってくれていた。そのツルは、私の右手から伸びているみたいだった。
右手には、お守りがある。
「おばあちゃんの、お守り」
お守りの中に入っていたのは、小さな種だったはず。
それが一気に成長して、床に着地する前に周りをおおっていた。
「うん?」
胸からかさかさと音がしてぴょんと胸ポケットから一枚の紙が飛び出してきて、目の前で浮いている。
図書館の本に挟まれていたしおりだ。あのとき胸にしまったまま、放っておいていたのだ。
しおりに刻まれた模様が緑色に強く光っている。
もちろん何が書かれているかは読めないけれど、そこから発している光が魔法石と同じ魔法の光だということはわかっていた。
しおりに触れようとする。
パンッ、と勢いの良い音がして紙は弾けてバラバラになってしまった。
光を失いながら粉雪のようにさらさらと私の体に降り注ぎ、浸み込むように融けて消えていった。
しおりが守ってくれたのだろうか。
しおり自体がなくなってしまったのでそれを確認する方法はもうどこにもないけれど、体がほんわりと温かくなっている今、なんでもできるような気がした。
その光が全て消えてしまわないうちに、私はやるべきことがある。
「なに?」
もぞもぞと植物は生きていることを主張したいようで、伸び続けている。
私を、起こして。
ゆっくりと、私は念じる。
想いが通じたのか、ぴたりと止まったかと思うと肩まわりにツルがもさもさと集まり始めて体を立たせる。
ありがとう。
声に出さずに心の中で話しかける。ツルの先が、ふらふらとどういたしましてとでも言いたそうに揺れた。
『ニーナ』
『どうした?』
『大丈夫かしら、ニーナ?』
次々と三人から言葉が届く。
「ごめんなさい、大丈夫」
肩のほこりを軽く払って、天を仰ぐ。
崩れ落ちた天井から光が差していた。階段はすでに倒れてしまっていて、もう戻れそうにない。まだ使える道があるとしても、それを探す時間も残されていそうには思えない。
それでも天井へ向かうことができるとすれば。
一か八か。
お願い。
ツルを握って体の力を抜き、目を閉じて全身を柔らかい緑に預ける。
小声で、でも力強くその先をイメージして言葉にする。
伸びて!
言うが早いか信じられない速度で植物は成長を始め、周辺に伸び散らかっていたものが私の中心に集まりだしてくる。
じっくりと、体を持ち上げ、徐々に体が天井へと近づいていく。大きな両手に包まれているような安心があった。さすがに下を見る勇気はないけれど。
私はその植物に運ばれて、天井の空いている穴から屋上へ出た。
風を感じつつ、屋上に降りることなく更に天を目指そうとしている。
屋上から十メートルほどの高さで、私は心の中でもういいよと念じた。
ぴたりとツルは動きを止めて、それから居心地の良いソファを作るように、葉っぱが私のお尻をふわふわと敷き詰めていく。
もはやこの植物までもが、私の体の一部のようだった。
緑に包まれて私は街を見下ろす。
加工場からぴょこんと飛び出した緑は普段だったらとてもおかしなことのはずだ。
ただ今は街全体が以上の中にあるから、今さらこの程度で特別驚く人もいないだろう。
『ニーナ、準備は?』
カルミナからだ。
「みんなもう大丈夫! すごく高いところまで来ちゃった!」
『そうか。なら問題ない』
笑い声が聞こえた。
『それじゃ、行こうか』
何でもないことのように、カルミナが言った。
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