上 下
3 / 17

彼女が変わったあの日の話3

しおりを挟む






 そして、数日後、見舞いと称して彼女の元、モーント侯爵家へ訪れた私。彼女が自分で転んで、頭を打ったとはいえその原因は私にある。モーント家の当主は、「気にしなくてもいい。むしろ娘にはいい薬になった」といわれたが、はいそうですかとなるほど私は人間を捨ててない。
 それに、あの後父と母にみっちり説教されたし、見舞いに行かないという選択肢はそもそも存在しないのだ。
 でも、まぁ、見舞いの相手はなんてたってヴァレリナ。きっとものすごい理不尽なことを言われて、馬鹿にされ、怒られる。今回のことを責任取って召使のような存在になれとでも言われるのだろう。気が進まない。が、私にも非があった。受け入れるしかないんだろう。はぁ、気が重い。 
 そんな気持ちで、ヴァレリナの元へ見舞いに行ったのだが、そこには私の予想する彼女はいなかった。



「この度は、ご迷惑をおかけし誠に申し訳ありませんでした。」

 そう言って頭を床に擦り付けるヴァレリナ。
 思わずその光景に目を丸くして、持っていた見舞いの花を落としそうになったのは、言うまでもない。

「ヴァレリナさま?何を言ってるんですか………謝るのはこっちの方で」
「いえ、あれは全て私が悪い!!あなたの言ったことは本当なのに、それに腹をたてるなんて!!!どうかお許しください!!」

 責め立てられると思っていたのに、まさか謝れるとは。しかも、何故かとても、猛烈に反省してる様を見ることができるなんて、だれも予想してなかっただろう。こんな彼女見たことない。と思ったのは、と思ったのは、どうやら私だけじゃなく。彼女の家の者達も、なんだか彼女の言動に困惑しているようだった。


「っく。まさか悪役令嬢だったなんて!このままいけば、悲惨な末路なんて!!そんなこと思うわけないじゃない!!」

 頭を抱え、ブンブンと振り回し始めるヴァレリナ。本当に彼女はどうしたんだろうか。


「しかも!?喧嘩を売った相手が、サポートキャラだったとか。終わってる!!腹黒黒幕キャラの彼女に喧嘩売るとか、終わってる!!」

 何を言っているのか一切理解できなかったが、なんだか馬鹿にされているような気がしてならないのは気のせいだろうか。

 しかし、まぁ、頭を打ったことを含め、この可笑しな言動。心配だ。もしかしたら、打ち所が悪かったのかもしれない。

「ヴァレリナさま?」

 声をかけて、手を伸ばせば

「ひぃ!!」

 なぜかと悲鳴をあげられる逃げられる。待て待ておかしい。何故なんだ。怖がられる理由なんてない。無いはずなのに

「お許しください!どうかこの通り。どうか奈落の底に落とすのだけは」

 再び謝り懇願するする姿はまるで、私を恐怖の対象だとでも言わんばかり。演技とはとても思負えないし、そもそもプライドの高い彼女が、演技でここまでする理由も思い当たらない。
 不意に、モーント家の使用人の方に視線をやれば、さっきと同様。お嬢様の変貌っぷりに驚いている。

「あのわがままなお嬢様が、人に頭を下げるなんて」
「天変地異の前触れ?嵐の前のなんとやら?」
「やはり、打ち所が……もう一度お医者さまを」

 やはり、これはいよいよ頭を打って可笑しくなってしまった説が有力だろうか?
 打ち所が悪かったらと心配していたが、まさかこうまで悪くなるとは。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

 目の前には、いまだに地面に頭をこすりつけている彼女がいる。ひとまずは、この状況を何とかしなくては、どうにもならないだろう。

「ヴァレリナさま、顔を上げてください。きれいな顔が汚れてしまいます。」

 彼女の前で膝をつき、なるべく同じ視線になるように腰を下ろす。

「そんな風にあやまらないでください。それに、謝るのはこちらです。ヴァレリナさま。申し訳ありませんでした。」

 そう言って、謝れば顔を上げたヴァレリナと目があった。多分、ここにきて初めて目があったのではないだろうか。

「あ、あれは、私が全面的に悪いし、貴女が謝ることじゃないわ。むしろ悪いのは私で、その、転んだのも、頭を打ったのも自業自得だったから。」

 謝っても謝り返されるの繰り返し。このままではらちが明かない。

「ヴァレリナさま、このままでは埒があきません。ですから、この際お互いが悪かった。そのお詫びとして、お互いの望みを叶えるということにしません?」
「え、でも。私が悪いのに。あなたの願いを聞くのはいいけど、貴女に願いを叶えてもらうのは、やっぱり悪いし」

 その反応をされるのが面倒だから提案をしたんだ。否が応でも受け入れてくれなくては困る。

「受け入れてください。これが、私の願いです。受け入れてくれますよね?ね?」
「うっ、わ、分かった。ちゃんと受け入れます。」

 半ば無理やりであったが、どうやら彼女は納得したようである。よし、これで謝りあいの交戦は終わるかな。代わりに、彼女の願いを聞くのは、ちょっと今までのことがあるし怖いが、自分から言い出したことだから仕方がない。

「ちなみに、ヴァレリナさまは、何を望みますか?」

「えっと、じゃ、じゃあ、私と友達になってくれない?」


 思はずその申し出に、目を丸くする。突然の出来事だったからびっくりした。

「え、あ、その。ごめん。迷惑だったらいいの。で、でもその。私、今日の今日まで友達がいなかったから。自分で言うのもなんだけど、ひどい性格だったから」

 みんなに好かれていないみたいで。

 消えそうな声だったが、そう最後につぶやいたのが確かに聞こえた。

 確かに彼女は、同世代の間で好かれていなかった。嫌われていた。それは、傍若無人な、わがままな態度が原因であったためだ。私も正直かかわりたくなかったし、関わろうとしなかった。
 でも、今はどうだろうか。少し言動に問題はあるとはいえ、傍若無人な態度は一切見られない。それどころか、なんだか心を入れ替えたかのような性格の変貌っぷり。
 演技とは思えない。本心から言っているのだろう。なぜこうなってしまったのかわからない。突然こうなってしまったから、ある日突然元に戻るかもしれない。はっきり言って、友達になって、ある日突然元に戻られても面倒だろう。
 面倒だけど、彼女のその表情は、まるで子犬。

「だめ?やっぱり迷惑?あなたが友人ならとても心強いの。その、敵に回すと怖いけど、でもすごい好きなキャラだったから」

 途中何を言っているのか理解できなかったが、そんなことはどうでもいい。そんな、捨てられた子犬のような瞳で、こう頼まれてしまったらさすがに断るに断れない。

「だ、駄目じゃないです。」
「本当!?うれしい!!」

 きらきらと輝くひとみ。あぁ、本当にこの子は、ヴァレリナなのだろうか。私の知っている彼女と全く違う。でも、前よりもずっといい。それに、なんだか彼女の隣は退屈しなさそうだ。いい意味でも、悪い意味でも。

「友達、友達……うれしいな。えへへへへ、。あ、そうそう、私のことは呼び捨てで、呼んでくれていいからね。」
「え、あぁ、はい。私のことは、好きなように呼んでくれてかまいませんよ。」
「うん、よろしくね!!」

 嬉しそうに差し出される手を、握ればぎゅっと強く握られた。
 そしてこの日、私マリーヌ・フォーゲルは、ヴァレリナ・モーントと友人となったのである。
 友人になってかれこれ10年にもなるのに、相変わらず彼女は私を飽きさせない、退屈させない性格をしている。
 頭を打ってからの彼女は一転し、美しく、聡明で、皆に優しい、見た目通りのお姫様のような存在となった。なったのだけれど、見た目と中身に差異があるのは変わらない。

「悪役令嬢……没落エンド……どうにか回避しなくちゃ」

 本当に黙っていればいいのに、口を開けばそんなセリフが出てくる。
 あの日から、頭を打ったあの日から、悪役令嬢だの、没落だの、乙女ゲームだの、転生だのと訳の言葉を口走る日々が始まった彼女。そして、今日も今日とて、私はそんな彼女を観察している。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【改稿版】婚約破棄は私から

どくりんご
恋愛
 ある日、婚約者である殿下が妹へ愛を語っている所を目撃したニナ。ここが乙女ゲームの世界であり、自分が悪役令嬢、妹がヒロインだということを知っていたけれど、好きな人が妹に愛を語る所を見ていると流石にショックを受けた。  乙女ゲームである死亡エンドは絶対に嫌だし、殿下から婚約破棄を告げられるのも嫌だ。そんな辛いことは耐えられない!  婚約破棄は私から! ※大幅な修正が入っています。登場人物の立ち位置変更など。 ◆3/20 恋愛ランキング、人気ランキング7位 ◆3/20 HOT6位  短編&拙い私の作品でここまでいけるなんて…!読んでくれた皆さん、感謝感激雨あられです〜!!(´;ω;`)

侯爵令嬢の置き土産

ひろたひかる
恋愛
侯爵令嬢マリエは婚約者であるドナルドから婚約を解消すると告げられた。マリエは動揺しつつも了承し、「私は忘れません」と言い置いて去っていった。***婚約破棄ネタですが、悪役令嬢とか転生、乙女ゲーとかの要素は皆無です。***今のところ本編を一話、別視点で一話の二話の投稿を予定しています。さくっと終わります。 「小説家になろう」でも同一の内容で投稿しております。

すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした

珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。 色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。 バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。 ※全4話。

【完結】死がふたりを分かつとも

杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」  私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。  ああ、やった。  とうとうやり遂げた。  これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。  私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。 自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。 彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。 それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。 やれるかどうか何とも言えない。 だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。 だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺! ◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。 詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。 ◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。 1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。 ◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます! ◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。

婚約破棄にも寝過ごした

シアノ
恋愛
 悪役令嬢なんて面倒くさい。  とにかくひたすら寝ていたい。  三度の飯より睡眠が好きな私、エルミーヌ・バタンテールはある朝不意に、この世界が前世にあったドキラブ夢なんちゃらという乙女ゲームによく似ているなーと気が付いたのだった。  そして私は、悪役令嬢と呼ばれるライバルポジションで、最終的に断罪されて塔に幽閉されて一生を送ることになるらしい。  それって──最高じゃない?  ひたすら寝て過ごすためなら努力も惜しまない!まずは寝るけど!おやすみなさい! 10/25 続きました。3はライオール視点、4はエルミーヌ視点です。 これで完結となります。ありがとうございました!

逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ

朝霞 花純@電子書籍化決定
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。 理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。 逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。 エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

婚約破棄ですか。ゲームみたいに上手くはいきませんよ?

ゆるり
恋愛
公爵令嬢スカーレットは婚約者を紹介された時に前世を思い出した。そして、この世界が前世での乙女ゲームの世界に似ていることに気付く。シナリオなんて気にせず生きていくことを決めたが、学園にヒロイン気取りの少女が入学してきたことで、スカーレットの運命が変わっていく。全6話予定

処理中です...