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彼女が変わったあの日の話3
しおりを挟むそして、数日後、見舞いと称して彼女の元、モーント侯爵家へ訪れた私。彼女が自分で転んで、頭を打ったとはいえその原因は私にある。モーント家の当主は、「気にしなくてもいい。むしろ娘にはいい薬になった」といわれたが、はいそうですかとなるほど私は人間を捨ててない。
それに、あの後父と母にみっちり説教されたし、見舞いに行かないという選択肢はそもそも存在しないのだ。
でも、まぁ、見舞いの相手はなんてたってヴァレリナ。きっとものすごい理不尽なことを言われて、馬鹿にされ、怒られる。今回のことを責任取って召使のような存在になれとでも言われるのだろう。気が進まない。が、私にも非があった。受け入れるしかないんだろう。はぁ、気が重い。
そんな気持ちで、ヴァレリナの元へ見舞いに行ったのだが、そこには私の予想する彼女はいなかった。
「この度は、ご迷惑をおかけし誠に申し訳ありませんでした。」
そう言って頭を床に擦り付けるヴァレリナ。
思わずその光景に目を丸くして、持っていた見舞いの花を落としそうになったのは、言うまでもない。
「ヴァレリナさま?何を言ってるんですか………謝るのはこっちの方で」
「いえ、あれは全て私が悪い!!あなたの言ったことは本当なのに、それに腹をたてるなんて!!!どうかお許しください!!」
責め立てられると思っていたのに、まさか謝れるとは。しかも、何故かとても、猛烈に反省してる様を見ることができるなんて、だれも予想してなかっただろう。こんな彼女見たことない。と思ったのは、と思ったのは、どうやら私だけじゃなく。彼女の家の者達も、なんだか彼女の言動に困惑しているようだった。
「っく。まさか悪役令嬢だったなんて!このままいけば、悲惨な末路なんて!!そんなこと思うわけないじゃない!!」
頭を抱え、ブンブンと振り回し始めるヴァレリナ。本当に彼女はどうしたんだろうか。
「しかも!?喧嘩を売った相手が、サポートキャラだったとか。終わってる!!腹黒黒幕キャラの彼女に喧嘩売るとか、終わってる!!」
何を言っているのか一切理解できなかったが、なんだか馬鹿にされているような気がしてならないのは気のせいだろうか。
しかし、まぁ、頭を打ったことを含め、この可笑しな言動。心配だ。もしかしたら、打ち所が悪かったのかもしれない。
「ヴァレリナさま?」
声をかけて、手を伸ばせば
「ひぃ!!」
なぜかと悲鳴をあげられる逃げられる。待て待ておかしい。何故なんだ。怖がられる理由なんてない。無いはずなのに
「お許しください!どうかこの通り。どうか奈落の底に落とすのだけは」
再び謝り懇願するする姿はまるで、私を恐怖の対象だとでも言わんばかり。演技とはとても思負えないし、そもそもプライドの高い彼女が、演技でここまでする理由も思い当たらない。
不意に、モーント家の使用人の方に視線をやれば、さっきと同様。お嬢様の変貌っぷりに驚いている。
「あのわがままなお嬢様が、人に頭を下げるなんて」
「天変地異の前触れ?嵐の前のなんとやら?」
「やはり、打ち所が……もう一度お医者さまを」
やはり、これはいよいよ頭を打って可笑しくなってしまった説が有力だろうか?
打ち所が悪かったらと心配していたが、まさかこうまで悪くなるとは。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
目の前には、いまだに地面に頭をこすりつけている彼女がいる。ひとまずは、この状況を何とかしなくては、どうにもならないだろう。
「ヴァレリナさま、顔を上げてください。きれいな顔が汚れてしまいます。」
彼女の前で膝をつき、なるべく同じ視線になるように腰を下ろす。
「そんな風にあやまらないでください。それに、謝るのはこちらです。ヴァレリナさま。申し訳ありませんでした。」
そう言って、謝れば顔を上げたヴァレリナと目があった。多分、ここにきて初めて目があったのではないだろうか。
「あ、あれは、私が全面的に悪いし、貴女が謝ることじゃないわ。むしろ悪いのは私で、その、転んだのも、頭を打ったのも自業自得だったから。」
謝っても謝り返されるの繰り返し。このままではらちが明かない。
「ヴァレリナさま、このままでは埒があきません。ですから、この際お互いが悪かった。そのお詫びとして、お互いの望みを叶えるということにしません?」
「え、でも。私が悪いのに。あなたの願いを聞くのはいいけど、貴女に願いを叶えてもらうのは、やっぱり悪いし」
その反応をされるのが面倒だから提案をしたんだ。否が応でも受け入れてくれなくては困る。
「受け入れてください。これが、私の願いです。受け入れてくれますよね?ね?」
「うっ、わ、分かった。ちゃんと受け入れます。」
半ば無理やりであったが、どうやら彼女は納得したようである。よし、これで謝りあいの交戦は終わるかな。代わりに、彼女の願いを聞くのは、ちょっと今までのことがあるし怖いが、自分から言い出したことだから仕方がない。
「ちなみに、ヴァレリナさまは、何を望みますか?」
「えっと、じゃ、じゃあ、私と友達になってくれない?」
思はずその申し出に、目を丸くする。突然の出来事だったからびっくりした。
「え、あ、その。ごめん。迷惑だったらいいの。で、でもその。私、今日の今日まで友達がいなかったから。自分で言うのもなんだけど、ひどい性格だったから」
みんなに好かれていないみたいで。
消えそうな声だったが、そう最後につぶやいたのが確かに聞こえた。
確かに彼女は、同世代の間で好かれていなかった。嫌われていた。それは、傍若無人な、わがままな態度が原因であったためだ。私も正直かかわりたくなかったし、関わろうとしなかった。
でも、今はどうだろうか。少し言動に問題はあるとはいえ、傍若無人な態度は一切見られない。それどころか、なんだか心を入れ替えたかのような性格の変貌っぷり。
演技とは思えない。本心から言っているのだろう。なぜこうなってしまったのかわからない。突然こうなってしまったから、ある日突然元に戻るかもしれない。はっきり言って、友達になって、ある日突然元に戻られても面倒だろう。
面倒だけど、彼女のその表情は、まるで子犬。
「だめ?やっぱり迷惑?あなたが友人ならとても心強いの。その、敵に回すと怖いけど、でもすごい好きなキャラだったから」
途中何を言っているのか理解できなかったが、そんなことはどうでもいい。そんな、捨てられた子犬のような瞳で、こう頼まれてしまったらさすがに断るに断れない。
「だ、駄目じゃないです。」
「本当!?うれしい!!」
きらきらと輝くひとみ。あぁ、本当にこの子は、ヴァレリナなのだろうか。私の知っている彼女と全く違う。でも、前よりもずっといい。それに、なんだか彼女の隣は退屈しなさそうだ。いい意味でも、悪い意味でも。
「友達、友達……うれしいな。えへへへへ、。あ、そうそう、私のことは呼び捨てで、呼んでくれていいからね。」
「え、あぁ、はい。私のことは、好きなように呼んでくれてかまいませんよ。」
「うん、よろしくね!!」
嬉しそうに差し出される手を、握ればぎゅっと強く握られた。
そしてこの日、私マリーヌ・フォーゲルは、ヴァレリナ・モーントと友人となったのである。
友人になってかれこれ10年にもなるのに、相変わらず彼女は私を飽きさせない、退屈させない性格をしている。
頭を打ってからの彼女は一転し、美しく、聡明で、皆に優しい、見た目通りのお姫様のような存在となった。なったのだけれど、見た目と中身に差異があるのは変わらない。
「悪役令嬢……没落エンド……どうにか回避しなくちゃ」
本当に黙っていればいいのに、口を開けばそんなセリフが出てくる。
あの日から、頭を打ったあの日から、悪役令嬢だの、没落だの、乙女ゲームだの、転生だのと訳の言葉を口走る日々が始まった彼女。そして、今日も今日とて、私はそんな彼女を観察している。
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