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推理王ショウナン
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――ライディング推理――
――それはスピードの中で進化した推理――
――そこに命を賭ける頭脳は大人の少年を見た目は子供の少年は1Sと呼んだ――
何かがおかしい。巷では名探偵と噂されていると自称している俺、【東京山 湘南】(とうきょうやま ショウナン)(7)は今の状況に何かを感じ取った。
俺、ショウナンはこの連休に幼馴染の【モーリー・ネイチャン・ラーン】(17)とその父【ゴロー・ネムリー・ラーン】(38)と共に温泉街に旅行に来ていた。
何故幼馴染とこんなに年齢差があるのかは聞かないでくれ、いろいろあったんだ。別に遊園地で立ションしてたらたまたま何かの間違いでいわれなき暴力を振るわれ、気絶しているうちに変な薬を飲まされたせいではない。断じて。
あと俺の名前だが別にこれは偽名ではない。多分俺に薬を飲ませたやつらも子供になって生き残っているとは思わないだろう。本名を名乗ったところで大丈夫なはずだ。モーリーも「へぇ、たまたま同姓同名なんだ。珍しいね」と言っていた。大丈夫だ。
さて改めて現在の状況を説明しとこう。現在俺たちは温泉旅館に宿泊中に起きた殺人事件の事情聴取を受けている。被害者は男性【島江 永須木】(しまえ ながすき)(24)、千葉県出身、趣味はバードウォッチング。19時30分ごろ夕食を終えて二階の自室に戻る姿を確認されたのが最後。0時40分ごろ、一緒に旅行に来ていた【禿戸 嵐】(はげと あらし)(23)がこっそりサウナで線香花火をしていたのを宿の職員に咎められ部屋に戻されたときに死亡しているのが発見された。死亡推定時刻は21時21分。死因はナタのようなもので八つ裂きにされたことによる失血死だ。
今第一容疑者として上げられているのが【ジン トニック】(41)で、寝ている彼の浴衣の袖に血だらけのナタのようなものが入り込んでいた。指紋もばっちりついている。
他に温泉旅館に宿泊していて容疑者として挙げられているのは俺たち3人の他には以下の通りだ。
【藤エ 古二】(ふじえ きゅうじ)(17)。男性。趣味は推理。東京都出身。カップルは死ね。
【白原 楽子】(しろはら がくこ)(17)。女性。趣味は薬物の治験。東京出身。カップルは死ね。
【黒野 史見】(くろの ふみ)(19)。女性。一人だし話さないからよくわからん。見た目はいい。
【老飼 来太郎】(おいかい きたろう)(56)。男性。趣味は母校の野球部に顔を出すことだと夕食のとき言っているのを聞いた。埼玉県出身。
現状全員のアリバイがあるとのことだがジンが犯人だとは思えない。というか思いたくない。藤エが犯人だと思いたい。いや奴が犯人だ。なにか証拠を作らなくては。いや証拠を見つけなくては。
ここで事件の捜査にやってきた渡辺警部は一通りの事情聴取を終えると旅館の外へと引き上げていった。貴重な情報だ、聞き逃すわけにはいかない。すぐさま俺はこっそり後をつけ、旅館の入り口の○○さん歓迎とかよく書いてある看板の後ろに隠れた。
「凶器に付着した血液は間違いなく被害者の物ですが……凶器に指紋の残っているジンさんは死亡推定時刻の時間は露天風呂に入っているのを見ているという藤エ君と白原さんの証言がありますね」
それを受けて真野安彦警部補が続ける。
「逆にジンさんの証言から藤エと白原のアリバイもあります。老飼も旅館の職員に20時から23時にかけて壁に向かって長々と説教をしていたという証言があります。ラーン一家はその時間ロビーで談笑しているのところを職員にみられていますからシロです。黒野のアリバイは?」
「おそらく白でしょうね。職員が18時ごろ自室へ戻るところを確認していました。そして彼女のアリバイを聞いたところとある小説投稿サイトの感想欄で18時から深夜の0時過ぎ、つまり我々が駆けつけるまでですが、ずっといろんな人物の小説の感想欄で作者に文句を言っていたそうです。その頻度はすべて2分以内でした」
なにをやっているんだあの女は。一人で温泉旅館に来るだけあって闇が深すぎるぞ。俺だって某掲示板でレスバトルをすることはあるが旅館に来てまでやるわけない。それにそれはアリバイになっているのか?
「それではすこしアリバイとしては弱いのでは? 昨今は自動投稿といったものもあるでしょう?」
そうだヤス。俺もそう思っていた。言わなかったらバーンバーンと登場して突っ込んでいたところだ。
「それがですね、感想をつけたあと相手の返信に対してまで感想をつけていたんですよ。そしてその感想なんですがこれです」
感想欄でレスバトルモドキをするな。黒野を潰す会とか結成されても知らんぞ。というか警部、なんでデジカメを見せているんだ。見せるなら該当ページを開くかスクショでいいだろ。わざわざデジカメで撮ったのか。そもそも鑑識でもないのになぜデジカメを持ち歩いているんだ。
「これは……ひどいですね。しかし内容は相手の返信を見なければできないものしかありませんね」
「その通りです。被害者はナタのようなもので八つ裂きにされていました。女性がスマホ片手に画面の向こうの人間を煽りながら人一人を八つ裂きにするのはかなり難しいと思います」
そういうと二人は考え込んでしまった。確かに現状では誰が殺したのか皆目見当もつかないな。だが名探偵ショウナンが必ずやこの事件を……
「あれれー、おかしいぞー」
高校生の男があれれーはちょっとどころではなくかなりキモイ。何をしている藤エ、お前はさっさと部屋に戻って女といちゃついて死ね。
陰で俺が毒を吐いていると藤エは泥に汚れたタオルを持ってきた。もっている手はちゃんと指紋が付かないよう白い手袋をしている。いつも持ち歩ているのかその手袋。俺もほしい。
「その小汚いタオルがどうかしたのかね藤エくん」
ヤス警部補は先の気持ち悪い発言は聞かなかったことにするつもりらしい。というかその発言のせいかだいぶヤスからの心証が悪いぞ藤エ。
「こんなところに泥に汚れたハンドタオルが落ちていたんだよ。もしかしたら何か事件に関係があるかもしれないよ」
「タオル? それが事件とどう関係あるのかね?」
「いや知らん」
知らんじゃねーだろ。趣味は推理じゃねーのか。
皆タオルが何か関係があるのかさっぱりわからなかったが渡辺警部だけは違ったようで藤エにこんな質問をした。
「このタオル、この旅館の備え付けの物ですね。藤エ君、このはどこに落ちていたのかね?」
備え付けのタオルかどうか一発でわかるのか。やっぱり警部ってすげー。
「そこを曲がって少し歩いたところの旅館の近くの塀のそばの茂みだよ」
なんでそんなところの物を拾ってきた。猫かお前は。俺の奴へのヘイトはマックス状態だ。
「そういえば被害者の部屋のハンドタオルが一枚消えていましたね……そうかわかりましたよヤスくん」
「本当ですか警部!」
本当ですか警部!
「本当ですよ。先ほど藤エくんと白原さんから聞いたジンさんのアリバイを覚えていますか?」
「ええ、確か21時ごろ大浴場に入ったときに一回露天風呂にいるのを、それからほぼ1時間後浴場から出るときにも一回、今度は室内の風呂に入っているジンを目撃しています。加えて藤エが更衣室に戻ったときもまだジンの荷物が残っていたと。ひたすらサウナでいちゃいちゃしていてい露天風呂には入らなかったとも聞いていますが」
どんなプレイだ。しかも夕食が終わってから禿戸はずっとサウナで線香花火をしていたはずだ。この時間のサウナカオスすぎるぞ。
「そこなんですよ。重要なのは入るときと出るとき以外ジンさんの姿を見ていないということです」
どういうことです警部?
「どういうことです警部?」
「ジンさんは露天風呂から外へと脱出したんです。そしてそのまま走って被害者の部屋の下まで行き、塀をよじ登って部屋へ侵入したんです。ナタのようなものはその行先に刺しておいたのでしょう。そして被害者を八つ裂きにした後その足で露天風呂へ戻ったんです。しかしそのまま戻ると足やナタのようなものについた泥でばれてしまう可能性がありますから被害者の部屋のハンドタオルで拭いてそのまま外へ捨てて露天風呂へと戻り、もう一度今度は室内の風呂に入って二人に自分を目撃させたんです。露天風呂の周りや塀などは鑑識も調べていませんから調べさせれば茂みを踏み荒した跡やジンさんの足についていた泥などが見つかると思います」
まずいそれっぽい推理が出てしまった! このままでは藤エを犯人として永久に塀の向こうへ追いやることができなくなってしまう! そうはさせまいと俺は飛び出した!
「待ってくれ! まだジンさんが犯人と決まったわけじゃない!」
「東京山! なんだ貴様聞いていたのか!」
「ゴメンヤス! 盗み聞きしたのは謝る! でもまだジンさんにもアリバイはある!」
「ないよ!」
ヤスが即答する。うん、その通りです。
「あるんだ!」
だがここで折れるわけにはいかない! たとえ俺が公務執行妨害で連行されたとしても!
「こいつ……」
「まあまあ真野警部補、ちょっと待ってあげてください」
「警部……」
そういうと渡辺警部はこちらを見た。
「ショウナンくん、君もS-スケーターなんだろう?」
「何故そのことを……」
「何、私もS-スケーターでね。君のことは知っているよ。数々の難事件で犯人が明らかな状態で状況をひっくり返してきた東京山ショウナンくん」
どうやら俺の名前も全国区になってきていたようだな。さすが東の名探偵といわれているだけはある。渡辺警部がぼそっと「警察にマークされているよ」と言っていたのは聞かなかったことにしよう。
「その事件の答えは推理の中で見つけるしかない。真野警部補! みなさんをここへ呼んできてください!」
渡辺警部の呼びかけで容疑者たちが全員外へ出てきた。
「オラオラはやく俺たちを寝かしてくれ、刑事さんよ!」
夜中まで起こされていてジンは不機嫌そうだ。第一容疑者の割に自分の容疑どうのより睡眠時間を優先するとはなかなか肝の座ったやつだ。
「現在我々警察はほぼ犯人の目星がついています。アリバイも崩しました。」
「ひぎぃ」
ジンさんそこでひぎぃ言うたらバレバレですよ。
「ですがそれに納得しない人が一人いるようです」
そういうと警部は俺を見た。やるしかないようだな。
「皆、俺と推理しよう」
「えっと、どういう意味でしょうか?」
黒野が遠慮がちに聞いてくる。お前の裏を知ってしまったせいでそのしぐさも恐ろしく見えるぞ。
「推理はいつだって俺たちを導いてくれた」
老飼がキチガイを見る目でこっちを見ているが構うものか。
そうだ、推理はいつだって俺たちの未来を切り開いてくれた。
「俺たちが迷っているなら」
「迷っているのはお前だけだろ」
うるさいぞ警部補今いいセリフ言ってるんだから。
「その答えは推理の中で見つけるしかない」
いつの間にかみんなの手には市販の推理用ターボエンジン付きスケートボード、通称『S-スケート』が渡されていた。渡辺警部を見るとグッとこぶしを見せてくれる。さすがだぜ渡辺警部。
「さあ行くぜ! ライディング推理! アクセラレーション!」
全員がS-スケートで道路を走り出した!
『推理が開始されます。一般車両はただちに退避してください。繰り返します』
S-スケートが自動でライディング推理に使用するルートを検索し走ってくれる。15年以上S-スケーターをやってきた俺に死角はない。第一レーンを最初に曲がった! 俺の先攻だ!
「現在第一容疑者がジンさんだが、普通相手を殺した凶器を自分の懐に隠すだろうか!? いや隠すはずがない! よってジンさんは犯人ではない!」
俺の攻撃にいち早く反撃してきたのは老飼だった。これが初ライディング推理とは思えない。歳食ってる割に順応は早いな!
「何言ってんだ! 指紋もついてんだぞ!あいつで決まりだ!」
「うるせー会社でかまってもらえないからっていつまでも母校の高校生に威張り散らしてんじゃねえ!」
「な、なに!?」
よし老飼は動揺している! 今だ!
「食らえさっきお前の懐から盗んでおいた野球ボール!(硬球)」
「ヴェッ!?」
俺の推理に動揺している間にライフポイントを0にしてやった! スケボーから落下した老飼は俺たちの後方はるか彼方へ消えていった。
ラーン家は俺の味方、ジンさんも自分に容疑がかからないようにするだろうから味方。残る敵は警察二人組とクソカップルと黒野とハゲだ!
「君は聞いていたと思いますが浴場にいたのを確認したのは藤エくんと白原さんがサウナに入るときと出る時だけです。その間のジンさんのアリバイはありません。他の人はすべてアリバイがあります。物的証拠もありますしジンさんが犯人以外ありえないでしょう」
クソッ! 渡辺警部だ。やはり彼が一番手ごわい。唯一俺のスピードについてきて推理的にも物理的にも隙がない! 周りの奴から消していくしかないか!
俺はいったんスピードを落とすと後続集団の近くにつけた。次は真野警部補だ!
「だがもし二人がサウナから出てきてしまったらどうする? 浴場にいないのに脱衣所に服だけ残ってるなんてなったら怪しまれる! そんな無計画なことをこんな計画的な犯行をする犯人がするだろうか!?」
「いや、ジンは凶器を自分の懐に入れるくらい無計画だしやっぱりジンが……」
「公僕が一般人に偏見をもつなァーッ!」
「ナンゴクッ!?」
足払い奇襲で真野警部補はS-スケートから落下し老飼同様後方へ消えていった。
「走れないS-スケーターに発言権は回ってこない!」
「あの、私たちS-スケーターっていうのじゃないんですけど……」
「あ、君の『小説家へなるー』の本アカとサブアカ両方晒しといたから」
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
ブレード返しで黒野もノックアウト! S-スケートがどんどん減速し見えなくなっていった。精神力とS-スケートのパワーは直結している。心の折れた者にライディング推理はできない。ちなみに本アカもサブアカも晒していない。知らないもん。調べる時間もないし。
「なんで俺、線香花火しに来ただけなのにこんな……」
「ハゲ」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
よしだいぶ数を減らしたぞ!
「警部さんよ! 俺が殺すわけないだろ! 第一あの塀を一人の人間が上るのは難しいだろ! すぐそばの公衆便所に立てかけてあった脚立を使わない限りは!」
「なるほど、公衆トイレの脚立を調べれば君の指紋が出るかもしれないな」
「まって! 今のなし!」
何やってんだジンさん! 味方だと思ってたらこの人敵だよ!
「実際人一人を八つ裂きにするには時間がかかるし声や物音で気付く可能性が高い! 犯行は複数で行われたと考えるのが妥当だ! そして今複数人で旅館に来ているのは俺たちとそこのクソカップルだけ! 俺たちはロビーでずっと職員が見ていたから犯行は不可能だがそこの二人は渡辺さん、あんたの推理のように露天風呂から抜け出しての犯行が可能だ!」
「なるほど、そう来ましたかショウナンくん」
これには渡辺警部も少し感心した顔だ。いいぞ。俺の名推理でどんどんS-スケートのスピードが上がっていく!
「ちょっと私たちを疑うわけ? そんなことする暇があったら古二くんとイチャイチャするわよ、ね!」
「真実はいつもひとつ!」
ショウナンは激怒した。必ずかのクソカップルを除かねばならぬと決意した。ショウナンはカップルの意味がわからぬ。
俺は推理で上がったスピードで一気に先頭に出る。
「食らえ砂の目つぶし!」
「イヤーッ!」
「藤エ古二、探偵さ」
「おっと危ない!」
渡辺警部にはよけられたが二人には命中した! 目が見えないゴミカップルどもはカーブを曲がれず木に激突した! よっしゃやったぜざまあみろ超嬉しい!
ふう、しかし奴らがくたばって冷静になってみればナタ振り回して人殺すような奴シャバに出しといたら俺もおちおち眠れん。
「渡辺さん、俺の気はすんだ。ジンさんが犯人でいいよ」
「ちょ、まてよ!」
ジンが焦ってるが知ったことか。俺はサレンダーする。
「それでいいのですかショウナンくん」
「え……?」
何を言っているんだこの人は。このまま放っておけば犯人逮捕じゃないか。
「何故自分の推理を貫き通さないのです。あなたは生粋のS-スケーターでしょう?」
渡辺警部に言われてはっとした。そうだ、何あきらめているんだ。俺は最強のS-スケーターになることをモーリーに、そしてハワイにいる親父に誓ったはずだ!
「そうだ! 俺は他人の推理などに導かれはしない! 俺の考えた推理、それが真実となるのだ! 真実は俺に従う! それをあんたに教えてやる!」
俺の言葉を聞くと渡辺警部はにっこりと笑った。
「その意気ですよ。ここからが本番です!」
「ああ! いくぜ! 第二ラウンドの開幕だ!」
――ライディング推理! アクセラレーション!――
ご愛読ありがとうございました。
――それはスピードの中で進化した推理――
――そこに命を賭ける頭脳は大人の少年を見た目は子供の少年は1Sと呼んだ――
何かがおかしい。巷では名探偵と噂されていると自称している俺、【東京山 湘南】(とうきょうやま ショウナン)(7)は今の状況に何かを感じ取った。
俺、ショウナンはこの連休に幼馴染の【モーリー・ネイチャン・ラーン】(17)とその父【ゴロー・ネムリー・ラーン】(38)と共に温泉街に旅行に来ていた。
何故幼馴染とこんなに年齢差があるのかは聞かないでくれ、いろいろあったんだ。別に遊園地で立ションしてたらたまたま何かの間違いでいわれなき暴力を振るわれ、気絶しているうちに変な薬を飲まされたせいではない。断じて。
あと俺の名前だが別にこれは偽名ではない。多分俺に薬を飲ませたやつらも子供になって生き残っているとは思わないだろう。本名を名乗ったところで大丈夫なはずだ。モーリーも「へぇ、たまたま同姓同名なんだ。珍しいね」と言っていた。大丈夫だ。
さて改めて現在の状況を説明しとこう。現在俺たちは温泉旅館に宿泊中に起きた殺人事件の事情聴取を受けている。被害者は男性【島江 永須木】(しまえ ながすき)(24)、千葉県出身、趣味はバードウォッチング。19時30分ごろ夕食を終えて二階の自室に戻る姿を確認されたのが最後。0時40分ごろ、一緒に旅行に来ていた【禿戸 嵐】(はげと あらし)(23)がこっそりサウナで線香花火をしていたのを宿の職員に咎められ部屋に戻されたときに死亡しているのが発見された。死亡推定時刻は21時21分。死因はナタのようなもので八つ裂きにされたことによる失血死だ。
今第一容疑者として上げられているのが【ジン トニック】(41)で、寝ている彼の浴衣の袖に血だらけのナタのようなものが入り込んでいた。指紋もばっちりついている。
他に温泉旅館に宿泊していて容疑者として挙げられているのは俺たち3人の他には以下の通りだ。
【藤エ 古二】(ふじえ きゅうじ)(17)。男性。趣味は推理。東京都出身。カップルは死ね。
【白原 楽子】(しろはら がくこ)(17)。女性。趣味は薬物の治験。東京出身。カップルは死ね。
【黒野 史見】(くろの ふみ)(19)。女性。一人だし話さないからよくわからん。見た目はいい。
【老飼 来太郎】(おいかい きたろう)(56)。男性。趣味は母校の野球部に顔を出すことだと夕食のとき言っているのを聞いた。埼玉県出身。
現状全員のアリバイがあるとのことだがジンが犯人だとは思えない。というか思いたくない。藤エが犯人だと思いたい。いや奴が犯人だ。なにか証拠を作らなくては。いや証拠を見つけなくては。
ここで事件の捜査にやってきた渡辺警部は一通りの事情聴取を終えると旅館の外へと引き上げていった。貴重な情報だ、聞き逃すわけにはいかない。すぐさま俺はこっそり後をつけ、旅館の入り口の○○さん歓迎とかよく書いてある看板の後ろに隠れた。
「凶器に付着した血液は間違いなく被害者の物ですが……凶器に指紋の残っているジンさんは死亡推定時刻の時間は露天風呂に入っているのを見ているという藤エ君と白原さんの証言がありますね」
それを受けて真野安彦警部補が続ける。
「逆にジンさんの証言から藤エと白原のアリバイもあります。老飼も旅館の職員に20時から23時にかけて壁に向かって長々と説教をしていたという証言があります。ラーン一家はその時間ロビーで談笑しているのところを職員にみられていますからシロです。黒野のアリバイは?」
「おそらく白でしょうね。職員が18時ごろ自室へ戻るところを確認していました。そして彼女のアリバイを聞いたところとある小説投稿サイトの感想欄で18時から深夜の0時過ぎ、つまり我々が駆けつけるまでですが、ずっといろんな人物の小説の感想欄で作者に文句を言っていたそうです。その頻度はすべて2分以内でした」
なにをやっているんだあの女は。一人で温泉旅館に来るだけあって闇が深すぎるぞ。俺だって某掲示板でレスバトルをすることはあるが旅館に来てまでやるわけない。それにそれはアリバイになっているのか?
「それではすこしアリバイとしては弱いのでは? 昨今は自動投稿といったものもあるでしょう?」
そうだヤス。俺もそう思っていた。言わなかったらバーンバーンと登場して突っ込んでいたところだ。
「それがですね、感想をつけたあと相手の返信に対してまで感想をつけていたんですよ。そしてその感想なんですがこれです」
感想欄でレスバトルモドキをするな。黒野を潰す会とか結成されても知らんぞ。というか警部、なんでデジカメを見せているんだ。見せるなら該当ページを開くかスクショでいいだろ。わざわざデジカメで撮ったのか。そもそも鑑識でもないのになぜデジカメを持ち歩いているんだ。
「これは……ひどいですね。しかし内容は相手の返信を見なければできないものしかありませんね」
「その通りです。被害者はナタのようなもので八つ裂きにされていました。女性がスマホ片手に画面の向こうの人間を煽りながら人一人を八つ裂きにするのはかなり難しいと思います」
そういうと二人は考え込んでしまった。確かに現状では誰が殺したのか皆目見当もつかないな。だが名探偵ショウナンが必ずやこの事件を……
「あれれー、おかしいぞー」
高校生の男があれれーはちょっとどころではなくかなりキモイ。何をしている藤エ、お前はさっさと部屋に戻って女といちゃついて死ね。
陰で俺が毒を吐いていると藤エは泥に汚れたタオルを持ってきた。もっている手はちゃんと指紋が付かないよう白い手袋をしている。いつも持ち歩ているのかその手袋。俺もほしい。
「その小汚いタオルがどうかしたのかね藤エくん」
ヤス警部補は先の気持ち悪い発言は聞かなかったことにするつもりらしい。というかその発言のせいかだいぶヤスからの心証が悪いぞ藤エ。
「こんなところに泥に汚れたハンドタオルが落ちていたんだよ。もしかしたら何か事件に関係があるかもしれないよ」
「タオル? それが事件とどう関係あるのかね?」
「いや知らん」
知らんじゃねーだろ。趣味は推理じゃねーのか。
皆タオルが何か関係があるのかさっぱりわからなかったが渡辺警部だけは違ったようで藤エにこんな質問をした。
「このタオル、この旅館の備え付けの物ですね。藤エ君、このはどこに落ちていたのかね?」
備え付けのタオルかどうか一発でわかるのか。やっぱり警部ってすげー。
「そこを曲がって少し歩いたところの旅館の近くの塀のそばの茂みだよ」
なんでそんなところの物を拾ってきた。猫かお前は。俺の奴へのヘイトはマックス状態だ。
「そういえば被害者の部屋のハンドタオルが一枚消えていましたね……そうかわかりましたよヤスくん」
「本当ですか警部!」
本当ですか警部!
「本当ですよ。先ほど藤エくんと白原さんから聞いたジンさんのアリバイを覚えていますか?」
「ええ、確か21時ごろ大浴場に入ったときに一回露天風呂にいるのを、それからほぼ1時間後浴場から出るときにも一回、今度は室内の風呂に入っているジンを目撃しています。加えて藤エが更衣室に戻ったときもまだジンの荷物が残っていたと。ひたすらサウナでいちゃいちゃしていてい露天風呂には入らなかったとも聞いていますが」
どんなプレイだ。しかも夕食が終わってから禿戸はずっとサウナで線香花火をしていたはずだ。この時間のサウナカオスすぎるぞ。
「そこなんですよ。重要なのは入るときと出るとき以外ジンさんの姿を見ていないということです」
どういうことです警部?
「どういうことです警部?」
「ジンさんは露天風呂から外へと脱出したんです。そしてそのまま走って被害者の部屋の下まで行き、塀をよじ登って部屋へ侵入したんです。ナタのようなものはその行先に刺しておいたのでしょう。そして被害者を八つ裂きにした後その足で露天風呂へ戻ったんです。しかしそのまま戻ると足やナタのようなものについた泥でばれてしまう可能性がありますから被害者の部屋のハンドタオルで拭いてそのまま外へ捨てて露天風呂へと戻り、もう一度今度は室内の風呂に入って二人に自分を目撃させたんです。露天風呂の周りや塀などは鑑識も調べていませんから調べさせれば茂みを踏み荒した跡やジンさんの足についていた泥などが見つかると思います」
まずいそれっぽい推理が出てしまった! このままでは藤エを犯人として永久に塀の向こうへ追いやることができなくなってしまう! そうはさせまいと俺は飛び出した!
「待ってくれ! まだジンさんが犯人と決まったわけじゃない!」
「東京山! なんだ貴様聞いていたのか!」
「ゴメンヤス! 盗み聞きしたのは謝る! でもまだジンさんにもアリバイはある!」
「ないよ!」
ヤスが即答する。うん、その通りです。
「あるんだ!」
だがここで折れるわけにはいかない! たとえ俺が公務執行妨害で連行されたとしても!
「こいつ……」
「まあまあ真野警部補、ちょっと待ってあげてください」
「警部……」
そういうと渡辺警部はこちらを見た。
「ショウナンくん、君もS-スケーターなんだろう?」
「何故そのことを……」
「何、私もS-スケーターでね。君のことは知っているよ。数々の難事件で犯人が明らかな状態で状況をひっくり返してきた東京山ショウナンくん」
どうやら俺の名前も全国区になってきていたようだな。さすが東の名探偵といわれているだけはある。渡辺警部がぼそっと「警察にマークされているよ」と言っていたのは聞かなかったことにしよう。
「その事件の答えは推理の中で見つけるしかない。真野警部補! みなさんをここへ呼んできてください!」
渡辺警部の呼びかけで容疑者たちが全員外へ出てきた。
「オラオラはやく俺たちを寝かしてくれ、刑事さんよ!」
夜中まで起こされていてジンは不機嫌そうだ。第一容疑者の割に自分の容疑どうのより睡眠時間を優先するとはなかなか肝の座ったやつだ。
「現在我々警察はほぼ犯人の目星がついています。アリバイも崩しました。」
「ひぎぃ」
ジンさんそこでひぎぃ言うたらバレバレですよ。
「ですがそれに納得しない人が一人いるようです」
そういうと警部は俺を見た。やるしかないようだな。
「皆、俺と推理しよう」
「えっと、どういう意味でしょうか?」
黒野が遠慮がちに聞いてくる。お前の裏を知ってしまったせいでそのしぐさも恐ろしく見えるぞ。
「推理はいつだって俺たちを導いてくれた」
老飼がキチガイを見る目でこっちを見ているが構うものか。
そうだ、推理はいつだって俺たちの未来を切り開いてくれた。
「俺たちが迷っているなら」
「迷っているのはお前だけだろ」
うるさいぞ警部補今いいセリフ言ってるんだから。
「その答えは推理の中で見つけるしかない」
いつの間にかみんなの手には市販の推理用ターボエンジン付きスケートボード、通称『S-スケート』が渡されていた。渡辺警部を見るとグッとこぶしを見せてくれる。さすがだぜ渡辺警部。
「さあ行くぜ! ライディング推理! アクセラレーション!」
全員がS-スケートで道路を走り出した!
『推理が開始されます。一般車両はただちに退避してください。繰り返します』
S-スケートが自動でライディング推理に使用するルートを検索し走ってくれる。15年以上S-スケーターをやってきた俺に死角はない。第一レーンを最初に曲がった! 俺の先攻だ!
「現在第一容疑者がジンさんだが、普通相手を殺した凶器を自分の懐に隠すだろうか!? いや隠すはずがない! よってジンさんは犯人ではない!」
俺の攻撃にいち早く反撃してきたのは老飼だった。これが初ライディング推理とは思えない。歳食ってる割に順応は早いな!
「何言ってんだ! 指紋もついてんだぞ!あいつで決まりだ!」
「うるせー会社でかまってもらえないからっていつまでも母校の高校生に威張り散らしてんじゃねえ!」
「な、なに!?」
よし老飼は動揺している! 今だ!
「食らえさっきお前の懐から盗んでおいた野球ボール!(硬球)」
「ヴェッ!?」
俺の推理に動揺している間にライフポイントを0にしてやった! スケボーから落下した老飼は俺たちの後方はるか彼方へ消えていった。
ラーン家は俺の味方、ジンさんも自分に容疑がかからないようにするだろうから味方。残る敵は警察二人組とクソカップルと黒野とハゲだ!
「君は聞いていたと思いますが浴場にいたのを確認したのは藤エくんと白原さんがサウナに入るときと出る時だけです。その間のジンさんのアリバイはありません。他の人はすべてアリバイがあります。物的証拠もありますしジンさんが犯人以外ありえないでしょう」
クソッ! 渡辺警部だ。やはり彼が一番手ごわい。唯一俺のスピードについてきて推理的にも物理的にも隙がない! 周りの奴から消していくしかないか!
俺はいったんスピードを落とすと後続集団の近くにつけた。次は真野警部補だ!
「だがもし二人がサウナから出てきてしまったらどうする? 浴場にいないのに脱衣所に服だけ残ってるなんてなったら怪しまれる! そんな無計画なことをこんな計画的な犯行をする犯人がするだろうか!?」
「いや、ジンは凶器を自分の懐に入れるくらい無計画だしやっぱりジンが……」
「公僕が一般人に偏見をもつなァーッ!」
「ナンゴクッ!?」
足払い奇襲で真野警部補はS-スケートから落下し老飼同様後方へ消えていった。
「走れないS-スケーターに発言権は回ってこない!」
「あの、私たちS-スケーターっていうのじゃないんですけど……」
「あ、君の『小説家へなるー』の本アカとサブアカ両方晒しといたから」
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
ブレード返しで黒野もノックアウト! S-スケートがどんどん減速し見えなくなっていった。精神力とS-スケートのパワーは直結している。心の折れた者にライディング推理はできない。ちなみに本アカもサブアカも晒していない。知らないもん。調べる時間もないし。
「なんで俺、線香花火しに来ただけなのにこんな……」
「ハゲ」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
よしだいぶ数を減らしたぞ!
「警部さんよ! 俺が殺すわけないだろ! 第一あの塀を一人の人間が上るのは難しいだろ! すぐそばの公衆便所に立てかけてあった脚立を使わない限りは!」
「なるほど、公衆トイレの脚立を調べれば君の指紋が出るかもしれないな」
「まって! 今のなし!」
何やってんだジンさん! 味方だと思ってたらこの人敵だよ!
「実際人一人を八つ裂きにするには時間がかかるし声や物音で気付く可能性が高い! 犯行は複数で行われたと考えるのが妥当だ! そして今複数人で旅館に来ているのは俺たちとそこのクソカップルだけ! 俺たちはロビーでずっと職員が見ていたから犯行は不可能だがそこの二人は渡辺さん、あんたの推理のように露天風呂から抜け出しての犯行が可能だ!」
「なるほど、そう来ましたかショウナンくん」
これには渡辺警部も少し感心した顔だ。いいぞ。俺の名推理でどんどんS-スケートのスピードが上がっていく!
「ちょっと私たちを疑うわけ? そんなことする暇があったら古二くんとイチャイチャするわよ、ね!」
「真実はいつもひとつ!」
ショウナンは激怒した。必ずかのクソカップルを除かねばならぬと決意した。ショウナンはカップルの意味がわからぬ。
俺は推理で上がったスピードで一気に先頭に出る。
「食らえ砂の目つぶし!」
「イヤーッ!」
「藤エ古二、探偵さ」
「おっと危ない!」
渡辺警部にはよけられたが二人には命中した! 目が見えないゴミカップルどもはカーブを曲がれず木に激突した! よっしゃやったぜざまあみろ超嬉しい!
ふう、しかし奴らがくたばって冷静になってみればナタ振り回して人殺すような奴シャバに出しといたら俺もおちおち眠れん。
「渡辺さん、俺の気はすんだ。ジンさんが犯人でいいよ」
「ちょ、まてよ!」
ジンが焦ってるが知ったことか。俺はサレンダーする。
「それでいいのですかショウナンくん」
「え……?」
何を言っているんだこの人は。このまま放っておけば犯人逮捕じゃないか。
「何故自分の推理を貫き通さないのです。あなたは生粋のS-スケーターでしょう?」
渡辺警部に言われてはっとした。そうだ、何あきらめているんだ。俺は最強のS-スケーターになることをモーリーに、そしてハワイにいる親父に誓ったはずだ!
「そうだ! 俺は他人の推理などに導かれはしない! 俺の考えた推理、それが真実となるのだ! 真実は俺に従う! それをあんたに教えてやる!」
俺の言葉を聞くと渡辺警部はにっこりと笑った。
「その意気ですよ。ここからが本番です!」
「ああ! いくぜ! 第二ラウンドの開幕だ!」
――ライディング推理! アクセラレーション!――
ご愛読ありがとうございました。
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