保健室 三年生

下野 みかも

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その後の保健室(卒業後にあったこと)

妹と私(お題箱より)

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 またカーディガン、ソファに置きっぱなし。 だらしない。 ほんとに、どうしもない。
芹奈せりな
 無視してる。 可愛くない。
「芹奈」
 ちら、とこちらを見る。 高いポニーテール。 わざと、顔の横に垂らした髪。 妹は片方だけ、ワイヤレスイヤホンを外す。
「なに」
 不機嫌そうな声。 いつからか、私が話しかけると、こんな声色を使うようになった。
「カーディガン。 ハンガー、かけなさい」
「うるさ」
 妹は、お母さんと私を怒らせる天才だ。 外したイヤホンをまた耳に入れて、動画を見始める。
 私は、カーディガンを妹の背中に置く。 むかつくけれど、服に罪はない。 そっと、置いてやる。
「うざ……」
 小さく言ったのが、聞こえた。 聞こえるように言ったのかは、分からない。


 私は、自分の部屋に戻る。
 年子の妹……芹奈は今年、高校生になった。
 中二の頃は、同じ女子高に行こうねって、言っていたのに。 
 両親に褒められたくて頑張り続けた私が行った女子高は、芹奈の偏差値では届かなかった。 妹は、同じ市内の「三番目」と言われる女子高へ、進学した。
 あんなに、良い子だったのに。 お父さん、お母さんが喧嘩にならないように、二人で力を合わせよ、って約束したのに。 流されやすくてばかな妹は、ある時おしゃれに目覚めて、少しずつ、私や両親に心を開かなくなっていった。
 だけど、可愛い。 いつまでも可愛いし、何なら、今は見た目がめちゃくちゃ可愛い。 
 何、あのポニーテール。 顔の横の、触覚みたいな前髪。 色付きリップ、生意気。 私だって、あんなに色が付くのは使ってない。 ……めちゃめちゃ、似合っている。 全部。
 枕に顔を埋めて、足をばたばたする。
 また、話したい。
 中学生の頃みたいに、普通に話したい。
「リップ、どこの?」って、聞いてみたい。
 新作コンビニスイーツの交換、したい。
 ハンドクリーム、塗りっこしたい……!
 ……素直じゃないのは、私も同じだ。 もう、芹奈とは普通に、喋れない。 どうしたって、言葉に棘を潜ませてしまう。


杏奈あんな
 真夜中。 ノックもせずに、妹が部屋にやって来た。 顔が、白い。
 私は、深夜ラジオのアプリを止める。 イヤホンを、外す。
「何?」
「うっ……うううううーっ」
 芹奈はお腹を抑えて、うずくまる。
「ど、どうしたの。 大丈夫? 芹奈」
 私はベッドを飛び起きる。 妹に、肩を貸す。
「お腹、痛いの……。 生理じゃないし、お腹壊してもいないのに、すごく痛い」
 ひとまず、ベッドに座らせる。 額に、べったり汗をかいている。 頬には、涙の跡もある。
「泣く程痛いなんて、おかしいわ。 お母さんには?」
 眉根をぎゅっと寄せて、答える。
「あ……明日にしてって。 明日まで痛かったら、病院連れてくって」
 自分の事、口ではっきり言える高校生が。 脂汗をかいて、泣いて訴えてるのに、明日? 私はスマホで検索して、すぐに電話を掛ける。
「もしもし? 救急安心センターですか? ……はい。 ええ。 お腹が痛いのは、妹で。 十六歳、女の子です……」


 そして、妹は救急車に乗って行った。 お母さんからは恥ずかしい、全く大袈裟な、と言われたけど、あんなに痛がる妹は、可哀想で見ていられなかった。 その日のうちに、芹奈に盲腸の診断が下りた。 
「お姉ちゃんが頼りになって良かったわ、これが逆なら、大変な事になってたわよ」
 と、お母さんは言った。
 もう少し、あと少しだけでも、芹奈に優しくしてあげて。 私は、悲しくなってしまった。


 数日後。 お母さんから、点滴だけでは散らせなくて、芹奈が手術を受ける事になったと聞いた。
「お母さん、行かないの?」
「手術のあいだじゅう? 待って、どうするの。 お母さん、その日、お約束があるから」
 お友達とのお茶が、手術よりも大事なの? 私はその晩は悲しくて、可哀想な妹を思って、泣いた。


 受付をして、病室の番号を確かめて、そこへ向かう。
 手術の日。 学校が終わってから、急いで病院へ向かった。 痛いのが嫌いな、甘えただった芹奈。 手術の前、最中、どんなに心細かっただろう。 麻酔は、覚めてるのだろうか。 起きるまで、いてあげよう。 学校帰り、商店街のケーキ屋さんで買った、可愛い缶入りのチョコレートも、あげる。
 談話室の、奥の個室。 名前のプレートを確認する。 扉は、三分の一ほど開いている。
 入ろうとして、足を止める。
 誰かと、話してる。
 お母さんではない。 今日は、行かないって言っていた。
 後ろ姿。 女の人……。 誰だろう。 グレーのスウェットのワンピース。 紺のキャップを被って、髪を後ろで一つに縛っている。 友達……?では、なさそうだ。 大人に見える。 だけどお見舞いに来るような親戚なんて、いない。
「すぐによくなるよ。 元気になる」
 励ましている。 手を握って。 ふふっ、と芹奈の笑う声も聞こえる。 久しぶりに聞く、妹の笑い声。 
 いたたまれなくなって、恥ずかしくて、私はそっと、病室を離れた。


 それから、三日後。 妹は退院した。 退院の日、お母さんは支払いを済ませて家に送り届けると、そのままお友達とお茶をしに行ってしまった。
「ただいま……」
「芹奈。 お帰り」
 返事もせずに、ふいっと行ってしまう。 退院してきただけなのに、いつものように、うっすらお化粧をしている。 髪も、計算されたルーズさでまとめている。
 洗面所から、音が聞こえる。 すぐに戻って来て、ソファの隣に座る。
 隣に座って来るなんて、二年振りくらいかな。 ちょっと、びっくりする。
「杏奈」
「何?」
「入院の時……ありがと」
「あぁ……救急車、呼んだ事?」
 芹奈は、テレビの方を見たまま、こくんと頷く。
「盲腸って、よくある病気だけど、ふつーに死ぬ事あるって、ネットで見た。 朝まで我慢しなくて、良かった。 杏奈が何とかセンターに電話して、救急車呼んでくれて、よかった」
 小さい声で、言う。 そして芹奈は、私にファンシーな猫柄の封筒を渡す。
「一人で読んで。 恥ずかしいから。 あたし、部屋で寝る」


 芹奈が二階に上がってから、封筒を開ける。 下手な字で、書いてある。
「あんなへ
 あんなのおかげで、盲腸ってわかって、治ってよかったです。 救急車呼んでくれてありがと。 最近あんま話してないけど、今度買い物いこ。 私は友達できたから、あんなと三人で行きたいです」 


「芹奈」
「ちょ……ドア、コンコンしてよ」
 ベッドで寝ながら、スマホをいじってる。
 私は、手術の日に渡そうと思っていた、缶入りのチョコレートを渡す。
「これ、あげる。 退院おめでとう」
「何、これ。 あ、カワイイ……。 カンカン」
 芹奈は、早速缶を開ける。 トリュフが四つ、入っている。 私の顔を見上げる。
「なんか……ありがと」
「ううん。 私も手紙、嬉しい。 ここ、座っていい?」
 いいよ、と笑顔で応えてくれる。 久し振りだ。 私は、ベッドに腰掛ける。
「お友達って、入院してた人?」
 気になって。 聞いてみる。
「ううん。 看護師」
 か……看護師?
「それは、お友達って……言うの? 退院したら、今度の外来で会うかどうか、くらいでしょ」
「ううん。 アプリで、友達なったもん」
 アプリの画面を見せてくれる。 「・:*+.Asami.:+」という名前と、女の子が二人で頬っぺたをくっ付けているアイコン。
「ウケるでしょ。 これ、娘と一緒に撮ったんだって。 アイコン」
「む……娘? この人、いくつなの」
「えーと、四十一っていってたかな」
 よ、よんじゅういち? 友達? 何言ってるの、芹奈?
「アイコン、あたしも朝美ちゃんみたいにしよっかな。 杏奈、こっち来てよ」
 芹奈は、私をぐいっと引き寄せる。 頬っぺたをくっ付ける。
「タイマー、三秒ね」
 セルフタイマーで、そのまま待つ。 頬っぺた、くっ付けたまま。 いい匂いがする……。 どきどきしてるの、伝わっていませんように。
「ウケる。 仲良しみたいじゃない、ウチら」
「みたい……じゃないよ。 また、仲良しになろう」
 芹奈は、びっくりした顔をする。 言って、私もびっくりする。 変に、どきどきしている。
「……ふふ。 姉妹だから、改めて言うことじゃあ、なくない?」
 芹奈は、悪戯っぽく笑う。 私の好きな、久し振りの、妹っぽい顔で。
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