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三年生 家族
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もうすぐ、卒業式だ。
ママも、来てくれる。 仕事を休んで。
合格発表は、その五日後。 生殺しの五日間。
きっと、合格してる。 いや、分かんない……。 合格、してるといいな……。 いやいや、してるよ!
無意識のうちに、首を縦に振ったり、横に振ったりしていたらしい。
「どしたの、首」
ママが、怪訝そうな顔をする。
今日のお夕飯は、コロッケ。 お惣菜屋さんで買ったやつ。 大きくて、美味しい。 自分で揚げるより、ラク。
「なんでもない」
そう、試験のことは、もう運を天に任せるしかない。
ママには、言わなきゃいけないことがある。
「なんでもなくない」
「何だろ。 言ってみぃ」
お味噌汁をふーふーしながら、ママが言う。 お味噌汁は、私が小学生の頃から、作る係。 今日は、さつまいもも入れてみました。 甘くて美味しいのだ。
「あの、大学、受かったらね……」
「うん」
「あの、うちからだと、ちょっと遠いかな~みたいな……」
ママは、手を止める。 ちょっとだけ、困った顔になる。
「高校よりは、遠いけど。 通え……ないかなぁ? 一人暮らししたいってこと?」
「い、いや、あの、お金かかるの、分かってるの。 バイトも、するし。 あの、でも、その、えーと」
「家賃払うほどバイトしたなら、働き過ぎだよ。 体、壊すよ」
ママは、真剣な顔になる。 違うの。 一人暮らしじゃ、ないの。
「あの……カ……カレシと……えと……ルームシェア的な……。 だ、だめかな……」
ママはお箸を置く。 私も、お箸を置く。 向かい合わせで、ママは私を真っ直ぐ見る。
「それ、夕陽ちゃんが、今決めた事?」
首、横に振る。
「カレシと二人で考えたの?」
今度は、縦に振る。
「そしたらさ。 カレシにも、話聞きたいな。 めちゃめちゃお世話になってるし。 連れて来て」
「えっ…… ここに?」
「家が嫌なら、どこでもいいよ。 喫茶店でもいいし」
「い、いや、そうじゃない。 場所じゃなくて。 えーと、引っ越す時とかじゃ、だめかな……」
「だめだよ。 ルームシェアなら、お金の話もしなきゃでしょ。 家賃とか、生活費とかさ。 だから、連れて来て。 明日でもいいよ。 明日ママ、休みだから」
「え、えーと…… そ、そうだね……。 うん……。 聞いてみる……」
ご馳走様して、お皿洗って、部屋に戻る。
大変なことになってしまった。
いや、考えないようにしてただけで、いつかはしなきゃいけなかったんだ。
ママに、先生を紹介する……。
ちょっとだけ年上の、金持ちの、イケメンの、優しい若い男と付き合ってるって信じてる、婿楽しみ~って言ってた、ママに……。
私は、ベッドでのたうち回る。
五往復ぐらいバタバタしてから、先生に電話する。
「こんばんは。 電話、珍しい。 どうしたの」
すぐ出てくれる。 やさしい、先生の声。 好き。
「あの、えと、先生、明日休みだよね」
「そうよ。 卒業式前の、最後の土曜日ね」
「えーと、あの、明日、うち、来られ……ますか?」
「あら。 お母様、夜勤?」
「ち、違うの。 あの、うちに、あ、あいさつに……」
三秒くらい、無言。
「そうね。 伺います。 お昼過ぎくらいでいいかしら」
「う、うん。 あの、えと、気を付けて来てね」
「ふふ。 ありがとう。 お休みなさい」
眠れなかった。 今日は、土曜日。 すっごい、お天気だ。
洗濯して、干して、お布団も干しておこう。 ベランダから見えても、ちゃんとお家のことやってるなって、思ってもらえるように。
リビングも、片付けて。 すぐ、ぐちゃぐちゃになる。 見えるところは、きれいにして。 玄関掃いて、トイレも掃除。 お昼はママと、パスタにした。 二人とも、静かに食べた。 お昼を食べたら、ママはいつもより、ちょっとおしゃれな服に着替えた。
「夕陽ちゃん」
「な、なに」
「カレシ…… ちゃんとお菓子とか、持って来るかな。 ママ、ケーキ買っといた方がいい?」
まじな顔で、私に聞く。 ママはいつでも、本気かふざけてるのか、よく分からない。
十四時前。 ピンポンが鳴る。
「迎えに行ってくる」
私は、サンダルをつっかけて、エントランスへ向かう。
先生だ。
トレンチコートを羽織って、白いシャツに、黄緑のカーディガン。 黒いパンツ。 今日も、すてき。
「お……おりえちゃん。 あの、急に、ごめんなさい」
先生は、にこにこしている。 すごいな。 嫌じゃないのかな……。
「全然。 お招きいただいて、ありがとう」
私は、首をぶんぶん横に振る。
「あの、ママにね、大学、先生の家から行きたいって、言っちゃったの。 そしたら、連れて来なさいってなっちゃって……」
「そんな事かなと思ったわ。 そんな顔、しないの。 あなたの前で、ご挨拶、したかったし」
並んで、エレベーターに向かう。 先生はちゃんと、おつかいもののお菓子を買って持って来てくれた。 デパートの、紙袋の。
「ただいまー……」
「お邪魔します」
ゆーっくり、家の扉を開ける。 リビングから、ママのはーい、どうぞ、という声が聞こえる。
「あ、あの、手洗うの、こっちで」
スリッパを出しながら、案内する。
「こんにちは」
「はい、こんにちは」
リビングで、先生とママが、ぺこっと挨拶をする。
な、なんか、ふつう……。 家庭訪問みたいになってる。 カ……カレシだぞ。 ママ、全然びっくりしてないし、怒ってない。
「これ、よかったら。 少しですけど」
「わあ! こ、これ、新しく入ったお店の……。 ね、夕陽ちゃん、あれだよ、ネットで前に見た、かわいいカンカンのクッキーだよ! ですよね?」
先生は、にこにこして頷く。
な、なんだ? これ。 大人って、すごいな。 わけわかんない。 私だけが、顔を真っ赤にしてる。
「あ、あのう、ママ。 私、私が、あの、えと、つ、付き合ってるのは」
「年上で、金持ちの、かっこいい、やさしい人なんでしょ。 最高だね。 夕陽ちゃん、すごい人と出会っちゃったね」
「えと……あの…… せ、先生なの……」
「知ってるよ。 授業参観の時、牛丼の歌にめっちゃウケてた先生でしょ」
先生が私に向かって、口を開く。 やさしい声。
「あのね。 文化祭の時、覚えてる?」
「うん。 私が倒れて、先生が家に連れて帰って来てくれた……」
「あの時にさぁ、ご挨拶、されちゃって。 実は。 いやぁ、ビックリしたなぁ」
ママが、紅茶の準備をしながら口を挟む。
先生は、隣に座って、私の方を向く。 内緒にしていてごめんなさいね、と小さく言う。
「授業参観の時に見た、はちゃめちゃ美人の先生が、うちの子を抱っこして帰って来てさ。 お母様に、お伝えしなくてはいけない事が……的な」
ママが向こうを向いている間に、先生は私のほっぺたにちゅっとする。 頭おかしい。 頭、ぐるぐるする。 手も、きゅっと握られる。
「大変申し訳ございません!みたいな。 まぁ、ビックリしたよ。 その時は」
「そ、そうだよね」
そりゃ……そうだよね。
「でもさ、夕陽ちゃん、カレシ……えーと、お付き合い始めて、いや、前からいい子だったけど、すっごく前向きないい子になってったからさ。 こりゃあ、大切にされてるし、いいお付き合いだなと……ママはそう思ったわけ」
紅茶を出しながら、ママはそんなことを言う。
先生は、頂きます、といって、紅茶を啜る。
ママも、私たちの向かいに座る。 真っ直ぐ、先生を見る。
「先生。 夕陽ちゃん、大学生になったら、一緒に住みたいんだって。 いい子だし、家のこと、何でもできる。 でも、まだ子どもだから。 今よりもっと、大切にしてくれる? 私の、ひとつだけの宝物なの」
二人並んで、小さいパイプベッドに腰掛ける。
私の部屋。 私は何でか、涙が止まらない。 先生は、背中をさすってくれる。
「内緒にしてて、ごめんなさいね」
私は、首をふるふるする。 鼻をかむ。
「内緒は、いい……。 でももう、内緒はナシ……」
「そうね。 これで本当に、内緒や秘密は、なしよ」
なんか、何で泣いてるのか、よく分からない。 先生と一緒に住むのが嬉しいのに、ママと離れるのが、寂しい。
「ママ……ママ、一人になっちゃう」
先生は、私をぎゅっとしてくれる。 いつもより、やさしく。
「寂しくて、泣いちゃうかもしれない。 ご飯も、菓子パンしか食べないかも。 ママ、ちゃんとしてないから……」
背中を、ぽんぽんされる。
「たった二駅離れるだけだけど、心配よね」
私は、こくこくする。
心配だよ。 片付け苦手で、アイロン掛けも苦手なママ。 子供っぽくて、楽しい、大好きなママ。
「寂しいよう……」
「寂しいわね。 大丈夫、お母様、ちゃんとした、素敵な大人だから。 夕陽が寂しい時は、すぐ送ってあげるから。 ここが、あなたのお家なんだから」
「先生、明日、暇? 今日は遅いし、泊まっていきなよ」
夕飯を食べながら、ママが気軽に誘う。 そう、私がずうっと泣いていたせいで、先生を遅くまで引き止めちゃって、お夕飯も、一緒に食べてる。 年に一回頼むか頼まないかの、贅沢品……宅配のピザを。
「マ、ママ。 先生、忙しいから。 そんな、気軽に…だめ」
先生の方、ちらっと見る。 先生も目を合わせて、にっこりして、ママに答える。
「実は…… 車には毎日、下着の替えが。 防災セットの中に」
「うそぉ。 泊まってくの? 先生」
「やったー。 先生、夕陽ちゃんが寝たら、二人で酒盛りしよう。 大丈夫、私、明日はゆっくり行けばいいからさ」
「まぁ! 素敵。 お酒も持ってくれば良かったですね」
「そうだよ。 次はクッキーだけじゃなくて、日本酒頼むよ、嫁」
「ママ! もう!」
本当、ママ、大好き。 子供っぽくてかわいい、ちょっと変な、たった一人のママ。
ママも、来てくれる。 仕事を休んで。
合格発表は、その五日後。 生殺しの五日間。
きっと、合格してる。 いや、分かんない……。 合格、してるといいな……。 いやいや、してるよ!
無意識のうちに、首を縦に振ったり、横に振ったりしていたらしい。
「どしたの、首」
ママが、怪訝そうな顔をする。
今日のお夕飯は、コロッケ。 お惣菜屋さんで買ったやつ。 大きくて、美味しい。 自分で揚げるより、ラク。
「なんでもない」
そう、試験のことは、もう運を天に任せるしかない。
ママには、言わなきゃいけないことがある。
「なんでもなくない」
「何だろ。 言ってみぃ」
お味噌汁をふーふーしながら、ママが言う。 お味噌汁は、私が小学生の頃から、作る係。 今日は、さつまいもも入れてみました。 甘くて美味しいのだ。
「あの、大学、受かったらね……」
「うん」
「あの、うちからだと、ちょっと遠いかな~みたいな……」
ママは、手を止める。 ちょっとだけ、困った顔になる。
「高校よりは、遠いけど。 通え……ないかなぁ? 一人暮らししたいってこと?」
「い、いや、あの、お金かかるの、分かってるの。 バイトも、するし。 あの、でも、その、えーと」
「家賃払うほどバイトしたなら、働き過ぎだよ。 体、壊すよ」
ママは、真剣な顔になる。 違うの。 一人暮らしじゃ、ないの。
「あの……カ……カレシと……えと……ルームシェア的な……。 だ、だめかな……」
ママはお箸を置く。 私も、お箸を置く。 向かい合わせで、ママは私を真っ直ぐ見る。
「それ、夕陽ちゃんが、今決めた事?」
首、横に振る。
「カレシと二人で考えたの?」
今度は、縦に振る。
「そしたらさ。 カレシにも、話聞きたいな。 めちゃめちゃお世話になってるし。 連れて来て」
「えっ…… ここに?」
「家が嫌なら、どこでもいいよ。 喫茶店でもいいし」
「い、いや、そうじゃない。 場所じゃなくて。 えーと、引っ越す時とかじゃ、だめかな……」
「だめだよ。 ルームシェアなら、お金の話もしなきゃでしょ。 家賃とか、生活費とかさ。 だから、連れて来て。 明日でもいいよ。 明日ママ、休みだから」
「え、えーと…… そ、そうだね……。 うん……。 聞いてみる……」
ご馳走様して、お皿洗って、部屋に戻る。
大変なことになってしまった。
いや、考えないようにしてただけで、いつかはしなきゃいけなかったんだ。
ママに、先生を紹介する……。
ちょっとだけ年上の、金持ちの、イケメンの、優しい若い男と付き合ってるって信じてる、婿楽しみ~って言ってた、ママに……。
私は、ベッドでのたうち回る。
五往復ぐらいバタバタしてから、先生に電話する。
「こんばんは。 電話、珍しい。 どうしたの」
すぐ出てくれる。 やさしい、先生の声。 好き。
「あの、えと、先生、明日休みだよね」
「そうよ。 卒業式前の、最後の土曜日ね」
「えーと、あの、明日、うち、来られ……ますか?」
「あら。 お母様、夜勤?」
「ち、違うの。 あの、うちに、あ、あいさつに……」
三秒くらい、無言。
「そうね。 伺います。 お昼過ぎくらいでいいかしら」
「う、うん。 あの、えと、気を付けて来てね」
「ふふ。 ありがとう。 お休みなさい」
眠れなかった。 今日は、土曜日。 すっごい、お天気だ。
洗濯して、干して、お布団も干しておこう。 ベランダから見えても、ちゃんとお家のことやってるなって、思ってもらえるように。
リビングも、片付けて。 すぐ、ぐちゃぐちゃになる。 見えるところは、きれいにして。 玄関掃いて、トイレも掃除。 お昼はママと、パスタにした。 二人とも、静かに食べた。 お昼を食べたら、ママはいつもより、ちょっとおしゃれな服に着替えた。
「夕陽ちゃん」
「な、なに」
「カレシ…… ちゃんとお菓子とか、持って来るかな。 ママ、ケーキ買っといた方がいい?」
まじな顔で、私に聞く。 ママはいつでも、本気かふざけてるのか、よく分からない。
十四時前。 ピンポンが鳴る。
「迎えに行ってくる」
私は、サンダルをつっかけて、エントランスへ向かう。
先生だ。
トレンチコートを羽織って、白いシャツに、黄緑のカーディガン。 黒いパンツ。 今日も、すてき。
「お……おりえちゃん。 あの、急に、ごめんなさい」
先生は、にこにこしている。 すごいな。 嫌じゃないのかな……。
「全然。 お招きいただいて、ありがとう」
私は、首をぶんぶん横に振る。
「あの、ママにね、大学、先生の家から行きたいって、言っちゃったの。 そしたら、連れて来なさいってなっちゃって……」
「そんな事かなと思ったわ。 そんな顔、しないの。 あなたの前で、ご挨拶、したかったし」
並んで、エレベーターに向かう。 先生はちゃんと、おつかいもののお菓子を買って持って来てくれた。 デパートの、紙袋の。
「ただいまー……」
「お邪魔します」
ゆーっくり、家の扉を開ける。 リビングから、ママのはーい、どうぞ、という声が聞こえる。
「あ、あの、手洗うの、こっちで」
スリッパを出しながら、案内する。
「こんにちは」
「はい、こんにちは」
リビングで、先生とママが、ぺこっと挨拶をする。
な、なんか、ふつう……。 家庭訪問みたいになってる。 カ……カレシだぞ。 ママ、全然びっくりしてないし、怒ってない。
「これ、よかったら。 少しですけど」
「わあ! こ、これ、新しく入ったお店の……。 ね、夕陽ちゃん、あれだよ、ネットで前に見た、かわいいカンカンのクッキーだよ! ですよね?」
先生は、にこにこして頷く。
な、なんだ? これ。 大人って、すごいな。 わけわかんない。 私だけが、顔を真っ赤にしてる。
「あ、あのう、ママ。 私、私が、あの、えと、つ、付き合ってるのは」
「年上で、金持ちの、かっこいい、やさしい人なんでしょ。 最高だね。 夕陽ちゃん、すごい人と出会っちゃったね」
「えと……あの…… せ、先生なの……」
「知ってるよ。 授業参観の時、牛丼の歌にめっちゃウケてた先生でしょ」
先生が私に向かって、口を開く。 やさしい声。
「あのね。 文化祭の時、覚えてる?」
「うん。 私が倒れて、先生が家に連れて帰って来てくれた……」
「あの時にさぁ、ご挨拶、されちゃって。 実は。 いやぁ、ビックリしたなぁ」
ママが、紅茶の準備をしながら口を挟む。
先生は、隣に座って、私の方を向く。 内緒にしていてごめんなさいね、と小さく言う。
「授業参観の時に見た、はちゃめちゃ美人の先生が、うちの子を抱っこして帰って来てさ。 お母様に、お伝えしなくてはいけない事が……的な」
ママが向こうを向いている間に、先生は私のほっぺたにちゅっとする。 頭おかしい。 頭、ぐるぐるする。 手も、きゅっと握られる。
「大変申し訳ございません!みたいな。 まぁ、ビックリしたよ。 その時は」
「そ、そうだよね」
そりゃ……そうだよね。
「でもさ、夕陽ちゃん、カレシ……えーと、お付き合い始めて、いや、前からいい子だったけど、すっごく前向きないい子になってったからさ。 こりゃあ、大切にされてるし、いいお付き合いだなと……ママはそう思ったわけ」
紅茶を出しながら、ママはそんなことを言う。
先生は、頂きます、といって、紅茶を啜る。
ママも、私たちの向かいに座る。 真っ直ぐ、先生を見る。
「先生。 夕陽ちゃん、大学生になったら、一緒に住みたいんだって。 いい子だし、家のこと、何でもできる。 でも、まだ子どもだから。 今よりもっと、大切にしてくれる? 私の、ひとつだけの宝物なの」
二人並んで、小さいパイプベッドに腰掛ける。
私の部屋。 私は何でか、涙が止まらない。 先生は、背中をさすってくれる。
「内緒にしてて、ごめんなさいね」
私は、首をふるふるする。 鼻をかむ。
「内緒は、いい……。 でももう、内緒はナシ……」
「そうね。 これで本当に、内緒や秘密は、なしよ」
なんか、何で泣いてるのか、よく分からない。 先生と一緒に住むのが嬉しいのに、ママと離れるのが、寂しい。
「ママ……ママ、一人になっちゃう」
先生は、私をぎゅっとしてくれる。 いつもより、やさしく。
「寂しくて、泣いちゃうかもしれない。 ご飯も、菓子パンしか食べないかも。 ママ、ちゃんとしてないから……」
背中を、ぽんぽんされる。
「たった二駅離れるだけだけど、心配よね」
私は、こくこくする。
心配だよ。 片付け苦手で、アイロン掛けも苦手なママ。 子供っぽくて、楽しい、大好きなママ。
「寂しいよう……」
「寂しいわね。 大丈夫、お母様、ちゃんとした、素敵な大人だから。 夕陽が寂しい時は、すぐ送ってあげるから。 ここが、あなたのお家なんだから」
「先生、明日、暇? 今日は遅いし、泊まっていきなよ」
夕飯を食べながら、ママが気軽に誘う。 そう、私がずうっと泣いていたせいで、先生を遅くまで引き止めちゃって、お夕飯も、一緒に食べてる。 年に一回頼むか頼まないかの、贅沢品……宅配のピザを。
「マ、ママ。 先生、忙しいから。 そんな、気軽に…だめ」
先生の方、ちらっと見る。 先生も目を合わせて、にっこりして、ママに答える。
「実は…… 車には毎日、下着の替えが。 防災セットの中に」
「うそぉ。 泊まってくの? 先生」
「やったー。 先生、夕陽ちゃんが寝たら、二人で酒盛りしよう。 大丈夫、私、明日はゆっくり行けばいいからさ」
「まぁ! 素敵。 お酒も持ってくれば良かったですね」
「そうだよ。 次はクッキーだけじゃなくて、日本酒頼むよ、嫁」
「ママ! もう!」
本当、ママ、大好き。 子供っぽくてかわいい、ちょっと変な、たった一人のママ。
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