保健室 三年生

下野 みかも

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三年生のお友達 一次試験の日(一日目)

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「あ……来た」
「来たわね。 緊張してるわ」
「びっくりするかな、へへ」
「きっとね。 泣き虫だから、泣いてしまうかも」
 共通テスト、一日目。 土曜日。 
 会場の、夕陽の行きたい国立大の門の前で、あたしは先生と一緒に立っている。 
 正確には、あたしは、勝手に立ってる。 
 どこの高校も、多分、塾や予備校なんかも、先生達がそれぞれ何人かずつ立って、来る生徒たちを励ましてる。
 基本的には、みんな担任が立ってるんだろうな。 保健室の先生が来てるとこなんて、うちぐらいじゃないだろうか。
 あたしは、勝手に来た。 自分の進路は、推薦でサクッと決まったから。 都内の、私立の女子大。 今日の試験も受けないから、応援に来た。
「余裕ぶっこいてるって思って、嫌な気持ちにならないかな。 夕陽」
「そんなこと、思わない子よ。 絶対、喜ぶわ。 ありがとう」
 先生は、あたしに微笑んでくれる。 
 

 第何陣かのバスが着いて、何十人かが降りてくる。 その中に、ひょろっとした、夕陽がいた。 いつもの重そうな黒いリュックを背負って、制服で、ひとりぼっちで歩いてくる。 あたし達を見つけて、不安そうな顔にぱっと花が咲く。
「先生! ケイ!」
 あっ、ばか。 走らなくていいのに!
 夕陽は、ずべん!と転ぶ。
「ちょ……あなた! 大丈夫?」
 先生が、駆け寄る。
 あたしも、後から駆け付ける。
「夕陽、だいじ? 痛くない?」
「い……、痛いよぅ」
 ほんと、ばか。 あたしたちを見て、テンション上がって、転ぶなんて。 夕陽のでっかい目に、涙が浮かんでいる。
「大きい傷パッド、持って来てるから。 向こうの花壇の方、座って、貼りましょうね」
「うん……」
 べそべそしながら、手を引かれる。 先生、痛いよ……って泣いている。 かわいそう。 あたしも、花壇の方へ向かう。


 おい……マジか!
 人気のない花壇、大きな石に座って、まぁ、膝には大きい傷パッドが貼ってあるけど、この二人、めちゃめちゃ、キスしている。
 私が来たのに気付いて、先生は横目でこっちを見て、また、ぷちゅぷちゅ、キスをする。
 夕陽は完全に目を閉じちゃって、先生の背中に腕を回してる。 こら! 気分を出すな!
「あ……先生、もっと」
 唇が離れて、夕陽が言う。 もっとじゃないよ。 先生は、夕陽の顔をあたしの方に向けさせる。
「やだ! ケイ……えと……  えへへ」
 顔を真っ赤にして、照れ笑いをする。 多分、あたしの顔も、真っ赤だ。
「よ……余裕じゃん。 夕陽、絶対合格だよ」
「えへへ……  ありがと……」
「これで、いつも通りよ。 平常心。 頑張って」
 何が、平常心だよ! エロ教師。 ほんと、頭おかしいよ。


 夕陽を見送ったら、先生は他の先生たちに「じゃ、私はこれで」って声を掛けてる。 まだまだ、生徒来てるのに。
「ねぇ、お茶でもする?」
「あ、あたし?」
「そう。 あなた。 私、終わる頃、またここに彼女を迎えに来るから」


 近くの、大きいチェーンの喫茶店に入る。 テーブル席に案内される。
「ホットミルクを」
「あたしは、ミルクコーヒー」
 まだ朝早いから、モーニングでトーストも付いてくる。 「あげる」って言って、先生はあたしに押し付ける。
「先生、こんなに早く撤収していいの」
「私、立つ担当じゃないもの。 勝手に来ただけだから、好きに帰るわ。 あなたと同じよ」
「でもさぁ……  普通、もうちょっといるっしょ。 他の子達だって、大切な日だし」
「他の子達には、他の先生方がいらっしゃるから。 心配しなくて大丈夫よ」
 話、通じない。 先生は確かにきれいだけど、そんなにやさしくないんだよな(だから、きれいな若い先生だけど、大人気ではない。 近寄りがたすぎ。 夕陽はいつも、誰かに取られるって心配してるけど)。
「先生……  夕陽が大学受かったら、一緒に住むって」
「ふふ。 そんな事まで話してるの? 仲良しね」
 ホットミルクを飲んで、先生は唇の端、舌でぺろっとする。 エロい。 わざとだろ。
「してるよ。 先生のこと、大好きだから…  夕陽は」
「ねえ、こういうところでは、先生、はだめよ。 怒られてしまうわ。 名字で読んでね」
「はぁ。 津田さん」
「なぁに。 ケイトちゃん」
「そ……それ、やめてよ。 好きじゃない。 外国人みたいで」
「そう? 素敵なお名前なのに」
「とにかく、名前、イヤなの。 皆にケイってよんでもらってるから、津田さんもそうして」
「そう。 じゃ、使いません」


「夕陽は……  勉強、めちゃめちゃ頑張ったよ」
「知ってるわ。 変に緊張しなければ、きっと合格よ」
「せ……津田さんと、一緒に住むために」
「そうね」
 先生は、少しずつホットミルクを啜る。
「ほんとに……住んでくれるの」
 あたしは、今、一番気になってる事を聞く。
「どういう意味?」
 カップをテーブルに置いて、あたしと目を合わせながら、先生は微笑む。 目の奥はきっと、笑ってない。
「夕陽、ほんとに、それだけが目標なんだよ。 一緒に住むの。 一生一緒にいたいって言って、泣くこともある」
「そうね。 知ってるわ」
「ほんとに……ずっと一緒にいてくれる? 夕陽、あなたに捨てられたら、死んじゃうかもしれない」
 毎日毎日、先生の話ばっかりする。 友達になりたての頃は、カレシがね、カレシがねって。 先生だって分かってからは、先生が、先生と、先生はね…って。 お喋りしたこと、えっちのこと、勉強のこと、おしゃれのこと……。
 あたしは英梨ちゃんが好きだけど、英梨ちゃんは、あたしの全部ではない。
 先生は、夕陽の全部。
 でも、先生にとって、夕陽は……全部なの?
「まあ。 どうして、あなたが泣くの」
「分かんない……」

「どう見えているのか、分からないけど」
 先生は、あたしが落ち着いたのを待って話し出す。
「私にとっても、一番大切よ。 最後まで、一緒にいたいと思ってるわ」
 あたしは、こくこく頷く。 ハンカチで、目の下、ずっと拭いながら。
「でもね」
 でも?
「お別れしたって……  案外、人は、平気なものよ。 私と彼女がもしも、そうなっても。 その時は死にたいと思ったって、うまくいかないものよ。 まして、仲良しのあなたや素敵なママがいるのだから。 あの子は大丈夫」
「なにそれ……  やめてよ」
「私の方こそ、捨てられちゃうかもしれないしね。 ふふ」
 そう言って、先生はホットミルクを飲み干した。


「私、また何か頼んで、しばらくここにいるわ。 帰り、お家まで送って行こうと思うから」
「マジで? よくやるね。 車で送ってるとこ、誰にも見られないでね。 夕陽がかわいそうだから」
「ふふ。 友達想いね。 お互い、ひとりぼっちの親友だものね」
 余計なお世話だよ。
 あたしは、ご馳走になって、先に帰ることにした。 ずっとここにいても、泣いたり怒ったりイライラしたりして、疲れる。

 
 お昼頃、夕陽からメールが来ていた。 「朝、チュー見られて、恥ずかしかった! でも、おかげで平常心!」だってさ。 あたしは、その調子! 夕陽なら、大丈夫!って、当たり障りない返信をした。
 変な先生。 きれいだけど、まともじゃない。 英梨ちゃんとも、全然違う。 
 あたしは、進路も決まってる。 将来はきっと普通に働いて、まぁ、実家のクリニックで受付や事務とかやってもいいわけだし、普通の結婚をするだろう。 そんなに、不自由なく。
 夕陽は? 夕陽は、どうなの?
 すべり止めなしの、ギリギリの受験して。 自分も学校の先生になれるかもしれない。 そして、あの先生と……どうするの?
 本気で、結婚できると思ってる?
 ……きっと、思ってる。 だから、頑張ってる。 
 羨ましいのか、びびってるのか、バカにしてるのか、あたしも分からない。 
 ただ……夢見る高校生の夕陽と、もう大人なのに同じような事を平気で言う先生。 おかしいのは、どう考えても先生。 そんな風に、やっぱり思ってしまった。
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