保健室 三年生

下野 みかも

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三年生 普通の恋

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 今日は、たくさん勉強したな。 時々、くっ付いて。 涼しい部屋、きれいな先生の部屋で、いっぽい勉強させてもらった。
 カーテンの隙間から、西陽が眩しい。 もう夕方になっちゃった。
「先生、今日も、お泊まりしたい」
 えへへ。 明日は日曜日。 先生も、お休みのはず。 実はこっそり、ママに許可、取ってある。
「私は、いいけど。 お母様、心配なさるんじゃなくて」
「ママから、メール来てた。 いいって」
「まあ。 手が早いこと」
 ママからの、メールを見せる。 そこにはハートの絵文字がたくさんで、「わかるよね~?」って。
「どういう意味かしら」
「ママ、彼氏と泊まってもいいけど、受験生だから避妊しなっていつも言う。 そのこと」
 すごい事言うでしょ、って、言ってみる。 恥ずかしいというか、何というか。
 先生は笑って、ぱちぱちと手を叩く。
「実践的指導ね。 仰る通りだわ」
「変なママでしょ」
 変なママなの。 うちのママ。
「心配なのよ。 いいお母様」


「今日も、お風呂……一緒に入ってくれる? 先生」
「もちろんよ。 洗ってあげる。 髪も、身体も」
「えへへ。 えっちだなぁ」


 お夕食、出前をとってもらっちゃった。 なんと、うなぎ。 しかも、四角いお重に入ってるやつ。 こんなの、法事とか?で食べるやつだよ。 先生、ぜいたく!(私に、ぜいたくさせてくれたんだと思うけど)
 お夕食を終えて、猫脚のソファで、ぴったりくっ付いて座る。 先生の肩に、もたれ掛かる。
「あのね、変なこと……聞いてもいい?」
 先生、指を絡めてくれる。
「何でも」
 結構、気になってたこと。 
「先生って……男の人とも、した事あるの?」
「気になる?」
「な、なるよ、そりゃ。 だって…」
 唇が、とんがってしまう。
「だって?」
 先生の顔の方を見る。 先生も、私を見てくれている。
「先生、きれいだから。 私と結婚する前に、男の人と結婚しちゃうかも」
 先生は、絡めた指を、ふわふわ動かす。
「ふふ。 した事、ありますけど。 ちっともよくなかったわよ。 あなたにしてあげる方が、ずっといいわ」
「や、やだあ。 えっち」
 つい、下を向いてしまう。 私とする方が、いいんだ……。 
 頬っぺたに、ちゅ、としてくれる。
「あなたこそ、そんな事聞いて。 興味あるの?」
「先生とキスする前は、男の人が好きだと思ってた。 芸能人とか。 でも今は、全然興味ない。 先生のことしか、好きじゃない」
 言いながら、照れちゃって。 足、所在なくて、ぶらぶらさせる。
 先生は空いてる方の手で、頭を撫でてくれる。
「かわいい、かわいい。 そうよ、あなたは一生、男となんて、しなくていいわ。 ずうっと、先生がしてあげるんだから」
 なんか、顔、上げられないな。 先生は、私が欲しいこと、全部言ってくれる。
「えっち……。 先生は、私のこと、好き?」
「当たり前でしょ。 今更よ」
「浮気、しない? 私だけ? 絶対?」
「やきもち焼きね。 あなただけって、昨夜も言ったでしょ」
 そう、昨夜、言ってくれたけど。 耳の穴のすぐそば、吐息が頭に響くくらい、近くで。
 でも、でも、不安なの。 絡めてる指、ぎゅっと力を入れて、先生の目を見る。
「だって、先生、きれいで素敵だから。 心配だよう。 一人で、お出掛けしちゃだめ。 飲みに行くのも、禁止。 男の人も女の人も、みんな先生のこと狙っちゃうから」
 真剣に言ってるのに、くすくす笑う。 先生は。
「まあ、私、そんなに素敵? かわいいあなたに言われて、嬉しいわ」
「私……かわいくないもん。 先生とちっとも、釣り合わない」
 指を外して、ぎゅっと抱きしめてくれる。 頭を撫でながら、先生は言う。
「そんな事! ほんとに、ばかね。 こんなにかわいいのに。 何が不安なの」
「先生が……。 先生が、きれいだから。 声も、素敵だし。 遠くから見ても、分かる。 顔が小さくて、かっこいいもん。 おしゃれだし。 いい匂い。 私、今だって、信じられない。 私だけ、先生を独り占めしてるのが」
 涙が、ぽろっと落ちた。 恥ずかしい。
「泣かないの」
「だって、先生が。 先生が、不安にさせるから」
 もっと力を入れて、抱いてくれる。 私も、先生をぎゅっとする。
「こうやって、抱き合ってるのに、不安なの?」
「不安だよ。 先生、ときどき、どっかに行っちゃいそうな気がするんだもん」


 先生はそれを聞いてから、私に、頬ずりをする。
「私がいなくなったら、寂しい?」
 体を離して、私は先生に抗議する。
「当たり前じゃん! 怒るよ」
「嬉しいわ。 怒ってね」
 先生、笑ってる。 だけど、いつもと違う。 寂しそう。 消えそうな、笑顔。
「ねえ、そういうの、だめだよ。 冗談でも、だめだからね」
 私は先生に向き合って、両手を握る。 


「そうね。 ごめんなさい。……先生もね。 不安なの。 いつかあなたが、男の人や、私と違う、若いお友達の事好きになって、置いていかれてしまうんじゃないかって」
「そんな事。 あるわけない」
 首、ぶんぶん振る。 
 あるわけないじゃん。 さっき、男となんかしなくていい、ずうっと先生がしてくれるって、言ったじゃん。
 あるわけないこと、言わないでほしい。 
 でも、先生は続ける。 自分の胸に、白い手を当てて。 噛んで含めるように。
「聞いて。 先生、あなたの事、もう本当に本当に、大好きで。 大好きになってしまったから。 学校でも家でも、一人の時、ずうっと考えてるのよ。 ……ばかみたいでしょ。 どうしたら、喜んでくれるかしらって」
「先生」
 胸に当ててる先生の手の上に、私の手を、重ねる。
「でも、分かってるの。 かわいくたって、私のこと好きだって言ってくれるからって、今自分がしていること、ほんとうは……良い訳ないって、分かってるのよ」
 先生。 
 見た事ない顔してる。 長い睫毛が、濡れてる。
「やだ。 そんな事、言わないでよ」
「あなたのママ、あなたの事、とっても大切になさってるわ。 まだまだ子供だって知っている。 私は、私のこと……頭、おかしいと思うわ。 自分を心から、軽蔑してる」
 そんなこと。 そんな悲しいこと、言わないで。 私は先生の顔を見たくなくて、胸に頭をぐりぐりなすりつける。 先生の声は、震えてる。
 

「先生。 私、早く大人になるから。 だから、教えて。 大人になる方法。 いっぱい勉強するし、お家のこと、掃除とか、ご飯作ったりとか、一緒に住んでも、全部できるようにする。 先生がしてほしいこと、全部するから。 だから」
 泣かないで。 そんなふうに顔を覆って、肩を震わせて、泣かないで。
 先生の背中に腕を回して、さする。 
 こんな風に、大人が泣くなんて。 先生が、泣いてしまうなんて。
「ごめんね……夕陽、ごめんなさい」
「謝らないでよぅ。 先生、悪くないのに、なんで謝るの」
「悪いのよ。 いけないの。 こんな風に、女どうしでセックスして、女しか好きになれなくなったら。 きっと、あなたの人生、めちゃくちゃになる」
「ならないよ。 幸せだよ。 先生と、ずっと一緒にいるもん。 何がめちゃくちゃなの」
「普通の人生、選べなくなるわ」
「そんなの、いらない。 先生のこと大好きなのが、普通だよ。 私の、普通だよ」
 先生は、私の顔を見る。 涙でぐしゃぐしゃのひどい顔で、泣いてる。
 そして、私に抱き付く。 背中に腕を回して、強く強くぎゅっとして、ごめんね、大好きよ、と繰り返す。 私も同じようにぎゅっとして、私も大好きだよ、一緒だよ、と繰り返した。
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