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三年生 コバルトブルーのティーセット
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「おはようございます」
「おはよう」
「おはようございまーす」
だる。
朝は、苦手。起きるのも苦手だし、元気な挨拶、もっと苦手。
校門を抜けて、昇降口へ向かいながら、保健室を見る。先生、いるかな。
いた。こっちを見てる。こっちというか、登校する私たち、皆か。もう一度、向こうをちらっと見る。小さく、手を振ってる……気がする。
嬉しくなって、私も、腰のあたりで小さく手を振る。
「見て! 先生、手、振ってるー」
「えっ、ヤバくない? 私も振る! 先生、いいよねー。 朝からツイてる気がするわー」
わ、私じゃなかった、のかな。ばつが悪くて、私は引っ込めた手をポケットに突っ込んで、歩く。
「こんちは」
「こんにちは」
お昼休み。意外と、この時間は穴場。今日も、先生はひとり、金色の枝の絵のカップで白湯を飲んでいる。
「お昼、食べてもいい?」
「ベッドの上は、飲食禁止。こちらでね」
座っていた椅子を、譲ってくれる。先生は、小さな丸椅子に掛け直す。
「白湯って、美味しいの?」
「どうでしょう。色が付いてるもの、好きじゃないので」
よく分からない。そういう健康法なのかな。
私の顔に、はてなマークが付いていたのだろう。
「色や味が濃いと、毒が入っていても分からないでしょ」
と、冗談なのか本気なのか分からない、付け足しをした。
私は、持ってきた菓子パンの袋を開ける。
「お昼、それだけですか」
「そんなに、食べたくない」
だって、ここに来ると、胸いっぱいになって食べられないんだもん。なんて、恥ずかしいから先生には言わないけど。
「先生」
「なに?」
「朝……みんなに、手を振ってあげてるの」
私だけだと思ったのに。ぼそぼその甘いパンを食べながら、聞く。
「みんなに? どうして」
だって、先生と目が合って、手を振ってもらったって、喜んでたよ。
ヤキモチ、かっこ悪いから。そんな事、言わないけど。
先生は、ふふっと笑って、言う。
「あなただけに、おはようって言ったんです」
顔が、近づく。私の口の横に付いた、パンくずをぺろりと舐める。
「すぐに、手を引っ込めてしまうから」
手についた甘いかけらも、ぱくりとする。
「私が手を振るの、恥ずかしい? いやでしたか」
「そんなわけ、ない……」
俯く私の顔を上げさせて、舌を差し込む。
「甘すぎて。これじゃ、栄養、ありませんよ」
先生はそう言って、戸棚から、青に金のリボンが描いてある、網目模様のティーセットを出す。
冷蔵庫から牛乳を注いで、レンジで温める。
「飲んでから、午後の授業に出ましょうね」
「はあ」
保健室に、こんなきれいなティーセットがあるなんて。私以外誰も、知らないといい。
私はきれいなコバルトブルーのカップを撫でながら、ゆっくりホットミルクを飲み終える。
先生、微笑みながら、
「そのカップ、あなた専用にしましょう。お昼にパンしか無かったら、またおいでなさい。牛乳、温めてあげるから」
なんて言うから。私は、もう、絶対毎日菓子パン一個しか持ってこないと、心に決めた。
「おはよう」
「おはようございまーす」
だる。
朝は、苦手。起きるのも苦手だし、元気な挨拶、もっと苦手。
校門を抜けて、昇降口へ向かいながら、保健室を見る。先生、いるかな。
いた。こっちを見てる。こっちというか、登校する私たち、皆か。もう一度、向こうをちらっと見る。小さく、手を振ってる……気がする。
嬉しくなって、私も、腰のあたりで小さく手を振る。
「見て! 先生、手、振ってるー」
「えっ、ヤバくない? 私も振る! 先生、いいよねー。 朝からツイてる気がするわー」
わ、私じゃなかった、のかな。ばつが悪くて、私は引っ込めた手をポケットに突っ込んで、歩く。
「こんちは」
「こんにちは」
お昼休み。意外と、この時間は穴場。今日も、先生はひとり、金色の枝の絵のカップで白湯を飲んでいる。
「お昼、食べてもいい?」
「ベッドの上は、飲食禁止。こちらでね」
座っていた椅子を、譲ってくれる。先生は、小さな丸椅子に掛け直す。
「白湯って、美味しいの?」
「どうでしょう。色が付いてるもの、好きじゃないので」
よく分からない。そういう健康法なのかな。
私の顔に、はてなマークが付いていたのだろう。
「色や味が濃いと、毒が入っていても分からないでしょ」
と、冗談なのか本気なのか分からない、付け足しをした。
私は、持ってきた菓子パンの袋を開ける。
「お昼、それだけですか」
「そんなに、食べたくない」
だって、ここに来ると、胸いっぱいになって食べられないんだもん。なんて、恥ずかしいから先生には言わないけど。
「先生」
「なに?」
「朝……みんなに、手を振ってあげてるの」
私だけだと思ったのに。ぼそぼその甘いパンを食べながら、聞く。
「みんなに? どうして」
だって、先生と目が合って、手を振ってもらったって、喜んでたよ。
ヤキモチ、かっこ悪いから。そんな事、言わないけど。
先生は、ふふっと笑って、言う。
「あなただけに、おはようって言ったんです」
顔が、近づく。私の口の横に付いた、パンくずをぺろりと舐める。
「すぐに、手を引っ込めてしまうから」
手についた甘いかけらも、ぱくりとする。
「私が手を振るの、恥ずかしい? いやでしたか」
「そんなわけ、ない……」
俯く私の顔を上げさせて、舌を差し込む。
「甘すぎて。これじゃ、栄養、ありませんよ」
先生はそう言って、戸棚から、青に金のリボンが描いてある、網目模様のティーセットを出す。
冷蔵庫から牛乳を注いで、レンジで温める。
「飲んでから、午後の授業に出ましょうね」
「はあ」
保健室に、こんなきれいなティーセットがあるなんて。私以外誰も、知らないといい。
私はきれいなコバルトブルーのカップを撫でながら、ゆっくりホットミルクを飲み終える。
先生、微笑みながら、
「そのカップ、あなた専用にしましょう。お昼にパンしか無かったら、またおいでなさい。牛乳、温めてあげるから」
なんて言うから。私は、もう、絶対毎日菓子パン一個しか持ってこないと、心に決めた。
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