保健室 三年生

下野 みかも

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二年生の頃 着任式の日

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「続いては、今年度着任の先生方のご紹介です」
 だる。
 今日から、二年生。学校は、たいして楽しくない。 
 今年度着任の先生方、っていってもさ。女子高なんて、かっこいい、若い男の先生が来るわけないし。先生と生徒、デキちゃうかもしれないじゃない。そんなん、少女漫画だけだよね。


 果たして、新しい先生達は、ベテランばかりだった。 うちはそこそこ進学校だし、まぁ、そうだろう。
 でも。
 最後に出てきたのは、背の高い、かっこいい、大輪のお花みたいにきれいな、新しい保健室の先生だった。
 自己紹介をしてる。ハスキーな声。どうしよう。すごい、すっごいきれいな先生。胸が、どきどきする。白っぽいパンツスーツにお花のコサージュを付けて、すごくかっこいい。脚、長い。すてき……。 


 私は、一目で、恋に落ちてしまった。


 芸能人だって、漫画のキャラクターだって、中学までの同級生にも、あんなに気になる人はいなかった。教室に戻っても、どきどきする。先生、何歳だろう。結婚、してるのかな。楽しい人かな。怖い先生かな。お話、してみたいな……。

 
 帰りのホームルームが終わって。
 気が付いたら、鞄を持って、保健室の前にいた。
 自分でも、驚いてる。行動力は、全然無い方。なのに、気付いたら、ドアの前にいる。今日は始業式だけだから、みんなとっくに帰ってる。
 どうしよう。来たはいいけど、用、ないよ。たまにいる、異常なコミュ力の子みたいに、せんせ~来たよ~みたいの、できないし。
 もじもじしていたら、廊下から、きれいな声をかけられた。
「こんにちは。具合、悪いのですか」
「あっ……先生」
「覚えてくれて、ありがとう。そう、今日からここの先生なの」
 パンツスーツの上に白衣を羽織って、先生、にこっと笑ってくれる。まぶしいほど、きれい。心臓は、セーラーのリボンが揺れるほど、大きく上下する。
「あっ、手伝います。荷物」
 段ボールで、お引っ越ししてたんだ。
「大丈夫、これで最後だから。ありがとう。やさしい子。何年生?」
 やさしい子、だって。なんか、すごい。かっこいい。 去年までの厳しいおばさん先生は、何だったんだろう……。
「に、二年生です。上履きの先が青いのが、二年生」
「そうですか。教えてくれて、ありがとう。体調、大丈夫?」
 そうだった。保健室の前で、佇んで。具合が悪い、ふりしないと。
 でも、でも、つまんない嘘、つくのはいやだな。
「あの。体調、悪くないんです。せ、先生に、ご挨拶、しておきたくて」
 変じゃないよね。変じゃない。普通だよね。
「わざわざ、ありがとう。帰り、急いでますか」
 どきどきして、喋れなくて、首をぶんぶん横に振る。
「よかったら、お茶でも。他の皆には、内緒で」

 
 電気ポットに水を入れて、紅茶の準備をしてくれる。 
 私、保健室なんて来るのは、まだ二回目。調理実習で、指を切って以来。
 ベッドに腰掛けて、先生を待つ。
 どうしよう。先生はただお茶に誘ってくれただけなのに、私は勝手にどきどきしてる。先生、ほんとに、きれいな人。全然、目が離せない。なんだか、いい匂いもする。
「入りましたよ。ベッドでは飲めないから、こちらへどうぞ」
 私は机の側の、小さな丸椅子に腰掛ける。先生は、前の先生も使っていた、大きな背もたれ付きの椅子に。 
 不思議な絵のティーセットに、私の分を。先生は、金色の枝みたいな絵が書いてあるカップに、お湯だけ入ってる。
「先生は、紅茶じゃないんですか」
「私は、白湯で」
 さゆ、っていうんだ。お湯のこと。大人っぽい。 


 いただきます。
 紅茶を飲む。先生も、白湯を啜ってる。
「着任式の時に」
 先生が涼やかな声で、話し出す。
「あなた、私をじっと、見てましたね。ずうっと。先生の挨拶、変でしたか」
「えっ」
 心臓が、止まりそうになる。先生を見ると、私の目を、じっと見ている。
「み、見てません。あの、ええと、見てたかもしれません。新しい先生はみんな、気になるから」
 目を逸らして、俯いて、声が、すごく小さくなってしまう。
 どうしよう。やっぱり、来るんじゃなかった。


 先生は、カップを机に置いた、私の手を撫でる。
「そうですか。あなただけが、最初から最後まで、ずうっと見ていてくれたから。私だけを見ていてくれたのかと」
 手、溶けそう。心臓、早すぎて、止まるかも。多分、顔、真っ赤だ。
「あ、あの。ごめんなさい。先生のこと、ずっと、見てました。あんまり、きれいだったから。い、今も、あの、お話とか、してみたくて。来てしまいました。 ご、ごめんなさい」
「どうして、謝るの?なんにも悪くないのに」
 先生の、きれいな声。
 撫でられてた手の甲は、ぞくぞくして、変な感じ。今度は、人差し指で、私の手の甲をなぞる。
「可愛い子。先生のこと、気になりますか」
 私は、首を縦にぶんぶん振る。もう、声が、出せない。心臓、破裂しそう。死ぬかもしれない。
「お顔、よく見せて」
 先生は、私の両頬を、両手で持ち上げる。少し傾けて、唇に、キスをした。
 わけ、わからない。
 すぐに、すっと唇が離れる。そして先生は、
「キス、したことある?」
 と聞いた。私は本当に訳が分からなくて、涙目で、首を横に、ぶんぶん振る。
「じゃあ、これが、二回目ですね」
 と言って、先生はまた、私にキスをした。今度は、大人の、長いキスを。
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