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40.始まりを待つ
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あれからグレイス様の突撃はなく、いよいよ今日パーティー当日を迎えた。
彼女の気持ちを聞いてしまうと、ケネス隊長にエスコートしてもらうというのも少し気が引けるけれど、貴族でもない役付きでもないジェイクでは護衛騎士としてしかパーティーには参加できないし、ユージン隊長は引き受けられない事情があるように先日言っておられたし…。
いっそ取りやめにしてもらえないかしら。
ここにきて物凄く後ろ向きな考えが再び頭をよぎる。
考え出すとどうも俯き加減になってしまう顔を、エマが遠慮なく掴んで上向かせる。
「まっすぐ前を向いていてください。お化粧ができません」
エマが私の世話をしてくれるようになってからもう3ヶ月近くになるのかな?
最初からあまり遠慮はなかったけれど、最近は本当に全く遠慮がない。
「ケネス様がお見えになるまでに仕上げないといけないのですから、ルイーズ様もきちんとご協力いただかないと困ります」
言葉こそ丁寧だけれど、なんだか姉にでも叱られたような気分になって「はい」としおらしく返事を返してしまう。
今日の私の役目は、怪しげな人を見かけたら、事前に騎士団の誰かに伝えること。
基本的にはケネス隊長が常に傍にいてくださるから、人の顔色だけ窺っていればいい感じではあるらしく。
…それが一番キツイのだけれど。
とにかく目立つ必要はないので、化粧も控えめに、髪も三つ編みを編んでハーフアップにしただけで済ませている。
…とは言え、リアム様が用意されたドレスが異常に目立っている気はするのだけれど。
「さあ。できましたよルイーズ様」
エマが満足気に言って、全身を眺める。
「ふふ。ジェイク様がヤキモキされそうですね」
冗談めかして言われたエマの言葉に、ジェイクの様子を想像して顔に熱が上る。
そんな私の様子を眺めて彼女は目を細めると、優しい声音で私の耳へと囁きかけてきた。
「お仕事が終わられましたら、想いを告げられてはいかがですか?」
「エ、エマ!」
一気に顔へ血が上り、思わず大きな声を上げてしまった私に、エマはくすくすと笑いながら「ケネス様がお見えになりましたよ」と扉の方へ意識を向けるよう促してくる。
彼女が耳元へ囁きかけたのと同時にノックの音が響いた扉を、エマは丁寧に開く。
そこには、騎士の隊服ではなく、貴族の装いでケネス隊長が立っていた。
見慣れない装いに思わず見惚れてしまった私は、慌ててドレスのスカートを摘み軽く膝を折り挨拶をする。
「ケネス隊長、本日はどうぞよろしくお願いします」
「こちらこそどうぞよろしくお願いします」
私が挨拶をすると、ケネス隊長はゆるく笑顔を浮かべ、胸に手をあて軽く頭をさげて一礼し、私へと歩み寄ってこられる。
それを横目に見ながら、エマが今度はケネス隊長にも聞こえる程度の声で私へと囁く。
「ルイーズ様、本日はケネス隊長ではなく、ケネス様と」
そうだ。今日に限ってはそう呼ぶようにと言われていた。
エマに言われて思い出したけれど、ケネス隊長で呼び慣れてしまっていて、様呼びはなんともくすぐったく恥ずかしい。
「ケネス…様」
恥ずかしい気持ちを押して何とか呼び直してみる。
どんな反応を示されるかと思ったけれど、ケネス隊長は全く動じた様子もなく、先ほどと同じ緩い笑みを浮かべて「では参りましょう」と私に手を差し伸べてきた。
今まで感じたこともなかったけれど、こういう動作が躊躇いなくできるあたり、間違いなく伯爵家のご令息だったのだなと感心してしまった。
今まで随分遠目に眺めていた王宮へ着き、馬車から降りた私は息を呑んだ。
テーマパークで見かけたような形のお城が目の前にある。
けれど規模が違いすぎて、今更ながらに異世界感を実感した。
パーティー会場となる広間に通され、ケネス隊長に促されるまま歩を進めながら、目立たない程度に辺りを見回す。
今回は危険因子を炙り出すのが目的のため、参加する人数を絞り、これでも小ぶりな広間でのパーティーだと言う。
これで小ぶりって…。
私が辺りを見回しているのも構わず、ケネス隊長はまっすぐ目的の場所を目指して歩をすすめる。
辿り着き、彼が足を止めてようやく私は目の前に在る存在に気付き、慌てて顔を向け礼をする。
「王太子殿下、本日はお招きいただきありがとうございます。本日は兄ダニエルが臥せっております故、わたくしが代わりにマイクロフト家の者として参加させていただきます」
ケネス隊長が設定上の口上を述べ、続けて私を紹介してくださり、それに合わせて私も短く挨拶を述べる。
「お初にお目にかかります。ルイーズ・クリスティと申します」
私が挨拶をすると、王太子殿下は僅か目を細めじっと私を観察するように見つめる。
「ほぅ。貴方が。これは…このまま王宮に閉じ込めておきたいほどお美しい」
「殿下!」
リアム様よりも更に上をいくお世辞…というより嫌がらせなのか?意地の悪い感じが見て取れる表情に、若干顔が引き攣りそうになっているのを我慢していると、横から咎めるような声が飛んでくる。
聴き覚えのある声に、そちらに顔を向ければ、リアム様が引き攣った顔で殿下を睨みつけていた。
王太子殿下を睨みつけるって…。
公爵家ご子息でも大丈夫なの!?
ちょっと心配になりながらリアム様を見つめてしまった私を、横から優しく促す手が引く。
はっと顔を向けると、ケネス隊長が王太子殿下にお辞儀をする姿が映り、私も慌ててそれに倣った。
「それでは失礼いたします」
「ああ。楽しんでくれ」
リアム様の様子も気に留めず、こちらへ言葉を返される王太子殿下の前から辞し、とりあえず私たちは壁際へと辿り着いた。
ケネス隊長は、通りがかった給仕から飲み物を受け取り、一つを私へと渡してくださる。
「とりあえず、暫くここに居ましょう。疲れたら仰ってください」
優しく気遣ってくださる彼に「はい。ありがとうございます」と返事を返し、私はゆっくりと会場内へと再度視線を巡らせた。
会場内にはパーティーに参加する貴族、警護にあたっている騎士、そして給仕などで忙しなく動き回る使用人たちが沢山見られる。
動き回る使用人たちに目をやっていると、中にイアンの姿も見える。
モーティマー邸で面談をして、王宮で仕えることになった人たちは既に王宮へと移っていた。
勿論私が報告済みの人たちには、見つからないようにしっかりと監視をつけて。
イアンの動きを目で追いながら、騎士の配置も確かめる。
油断を誘うため、目に見える場所に警護の騎士の配置は少なめにしてあるらしい。
王太子殿下の少し後ろ、一見すると死角になるような場所にユージン隊長の姿が見える。
殿下を挟んで反対側にもう一人。
順に視線を巡らす。
今のところジェイクの姿は見当たらない。
そうやって視線を巡らせていると、私と同じように騎士の配置に視線を巡らせている使用人が視界に入る。
私は気付かれないように、ケネス隊長の腕にそっと手を添え、視線だけでその存在を知らせた。
そちらを素早く確認した彼は、私ににこりと笑い返すだけで、特に何かした様子は見られなかったけれど、たぶん控えている騎士にどのようにかして合図を送られたのだろうなと、思わず彼の顔を見つめてしまった。
見上げる私に気付いて「ルイーズ嬢、なにか?」と問いかけられて、我に返った私は慌てて顔を逸らした。
逸らした先に、王太子殿下の方をじっと見つめる貴族男性の姿が視界に入る。
使用人たちの動きにも視線を向けている。
イアンと似たその仄暗い表情に、私は思わずケネス隊長の腕にかけた手にぐっと力を入れた。
彼女の気持ちを聞いてしまうと、ケネス隊長にエスコートしてもらうというのも少し気が引けるけれど、貴族でもない役付きでもないジェイクでは護衛騎士としてしかパーティーには参加できないし、ユージン隊長は引き受けられない事情があるように先日言っておられたし…。
いっそ取りやめにしてもらえないかしら。
ここにきて物凄く後ろ向きな考えが再び頭をよぎる。
考え出すとどうも俯き加減になってしまう顔を、エマが遠慮なく掴んで上向かせる。
「まっすぐ前を向いていてください。お化粧ができません」
エマが私の世話をしてくれるようになってからもう3ヶ月近くになるのかな?
最初からあまり遠慮はなかったけれど、最近は本当に全く遠慮がない。
「ケネス様がお見えになるまでに仕上げないといけないのですから、ルイーズ様もきちんとご協力いただかないと困ります」
言葉こそ丁寧だけれど、なんだか姉にでも叱られたような気分になって「はい」としおらしく返事を返してしまう。
今日の私の役目は、怪しげな人を見かけたら、事前に騎士団の誰かに伝えること。
基本的にはケネス隊長が常に傍にいてくださるから、人の顔色だけ窺っていればいい感じではあるらしく。
…それが一番キツイのだけれど。
とにかく目立つ必要はないので、化粧も控えめに、髪も三つ編みを編んでハーフアップにしただけで済ませている。
…とは言え、リアム様が用意されたドレスが異常に目立っている気はするのだけれど。
「さあ。できましたよルイーズ様」
エマが満足気に言って、全身を眺める。
「ふふ。ジェイク様がヤキモキされそうですね」
冗談めかして言われたエマの言葉に、ジェイクの様子を想像して顔に熱が上る。
そんな私の様子を眺めて彼女は目を細めると、優しい声音で私の耳へと囁きかけてきた。
「お仕事が終わられましたら、想いを告げられてはいかがですか?」
「エ、エマ!」
一気に顔へ血が上り、思わず大きな声を上げてしまった私に、エマはくすくすと笑いながら「ケネス様がお見えになりましたよ」と扉の方へ意識を向けるよう促してくる。
彼女が耳元へ囁きかけたのと同時にノックの音が響いた扉を、エマは丁寧に開く。
そこには、騎士の隊服ではなく、貴族の装いでケネス隊長が立っていた。
見慣れない装いに思わず見惚れてしまった私は、慌ててドレスのスカートを摘み軽く膝を折り挨拶をする。
「ケネス隊長、本日はどうぞよろしくお願いします」
「こちらこそどうぞよろしくお願いします」
私が挨拶をすると、ケネス隊長はゆるく笑顔を浮かべ、胸に手をあて軽く頭をさげて一礼し、私へと歩み寄ってこられる。
それを横目に見ながら、エマが今度はケネス隊長にも聞こえる程度の声で私へと囁く。
「ルイーズ様、本日はケネス隊長ではなく、ケネス様と」
そうだ。今日に限ってはそう呼ぶようにと言われていた。
エマに言われて思い出したけれど、ケネス隊長で呼び慣れてしまっていて、様呼びはなんともくすぐったく恥ずかしい。
「ケネス…様」
恥ずかしい気持ちを押して何とか呼び直してみる。
どんな反応を示されるかと思ったけれど、ケネス隊長は全く動じた様子もなく、先ほどと同じ緩い笑みを浮かべて「では参りましょう」と私に手を差し伸べてきた。
今まで感じたこともなかったけれど、こういう動作が躊躇いなくできるあたり、間違いなく伯爵家のご令息だったのだなと感心してしまった。
今まで随分遠目に眺めていた王宮へ着き、馬車から降りた私は息を呑んだ。
テーマパークで見かけたような形のお城が目の前にある。
けれど規模が違いすぎて、今更ながらに異世界感を実感した。
パーティー会場となる広間に通され、ケネス隊長に促されるまま歩を進めながら、目立たない程度に辺りを見回す。
今回は危険因子を炙り出すのが目的のため、参加する人数を絞り、これでも小ぶりな広間でのパーティーだと言う。
これで小ぶりって…。
私が辺りを見回しているのも構わず、ケネス隊長はまっすぐ目的の場所を目指して歩をすすめる。
辿り着き、彼が足を止めてようやく私は目の前に在る存在に気付き、慌てて顔を向け礼をする。
「王太子殿下、本日はお招きいただきありがとうございます。本日は兄ダニエルが臥せっております故、わたくしが代わりにマイクロフト家の者として参加させていただきます」
ケネス隊長が設定上の口上を述べ、続けて私を紹介してくださり、それに合わせて私も短く挨拶を述べる。
「お初にお目にかかります。ルイーズ・クリスティと申します」
私が挨拶をすると、王太子殿下は僅か目を細めじっと私を観察するように見つめる。
「ほぅ。貴方が。これは…このまま王宮に閉じ込めておきたいほどお美しい」
「殿下!」
リアム様よりも更に上をいくお世辞…というより嫌がらせなのか?意地の悪い感じが見て取れる表情に、若干顔が引き攣りそうになっているのを我慢していると、横から咎めるような声が飛んでくる。
聴き覚えのある声に、そちらに顔を向ければ、リアム様が引き攣った顔で殿下を睨みつけていた。
王太子殿下を睨みつけるって…。
公爵家ご子息でも大丈夫なの!?
ちょっと心配になりながらリアム様を見つめてしまった私を、横から優しく促す手が引く。
はっと顔を向けると、ケネス隊長が王太子殿下にお辞儀をする姿が映り、私も慌ててそれに倣った。
「それでは失礼いたします」
「ああ。楽しんでくれ」
リアム様の様子も気に留めず、こちらへ言葉を返される王太子殿下の前から辞し、とりあえず私たちは壁際へと辿り着いた。
ケネス隊長は、通りがかった給仕から飲み物を受け取り、一つを私へと渡してくださる。
「とりあえず、暫くここに居ましょう。疲れたら仰ってください」
優しく気遣ってくださる彼に「はい。ありがとうございます」と返事を返し、私はゆっくりと会場内へと再度視線を巡らせた。
会場内にはパーティーに参加する貴族、警護にあたっている騎士、そして給仕などで忙しなく動き回る使用人たちが沢山見られる。
動き回る使用人たちに目をやっていると、中にイアンの姿も見える。
モーティマー邸で面談をして、王宮で仕えることになった人たちは既に王宮へと移っていた。
勿論私が報告済みの人たちには、見つからないようにしっかりと監視をつけて。
イアンの動きを目で追いながら、騎士の配置も確かめる。
油断を誘うため、目に見える場所に警護の騎士の配置は少なめにしてあるらしい。
王太子殿下の少し後ろ、一見すると死角になるような場所にユージン隊長の姿が見える。
殿下を挟んで反対側にもう一人。
順に視線を巡らす。
今のところジェイクの姿は見当たらない。
そうやって視線を巡らせていると、私と同じように騎士の配置に視線を巡らせている使用人が視界に入る。
私は気付かれないように、ケネス隊長の腕にそっと手を添え、視線だけでその存在を知らせた。
そちらを素早く確認した彼は、私ににこりと笑い返すだけで、特に何かした様子は見られなかったけれど、たぶん控えている騎士にどのようにかして合図を送られたのだろうなと、思わず彼の顔を見つめてしまった。
見上げる私に気付いて「ルイーズ嬢、なにか?」と問いかけられて、我に返った私は慌てて顔を逸らした。
逸らした先に、王太子殿下の方をじっと見つめる貴族男性の姿が視界に入る。
使用人たちの動きにも視線を向けている。
イアンと似たその仄暗い表情に、私は思わずケネス隊長の腕にかけた手にぐっと力を入れた。
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