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25.初仕事
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エマに案内され部屋に入る。
そこは先ほどのリアム様の部屋よりは狭いけれど、それでも十分な広さがあり、執務机やソファセットも用意された豪華な部屋だった。
普通だったら、絶対転写者に与えられる職場環境ではないわよね。
部屋をグルリと見まわし感嘆の息を漏らす。
「ルイーズ様。リアム様よりお預かりした書類です。こちらに面談する者のリストと詳細が纏めてあります」
私に書類を手渡すと、印がつけてあるページまでを捲って「ここまでが本日の分となります」と説明を入れてくれる。
「分かったわ。ありがとう」
「では、私は面談中は下がるよう命じられておりますので失礼いたします。お昼の時間になりましたらまた参りますので、それまでに何かございましたら、屋敷の者へお託ください」
そう言うと、エマは丁寧なお辞儀をして部屋を出ていった。
私はソファに腰かけ、渡された書類に目を通す。
とりあえず今日は雇い入れを希望する人たちの面談だけだ。
外から来る人間をまずは選定して、既に雇われている人間に揺さぶりをかける。
イアンが単独で何かを企んでいるのか、誰か仲間がいるのか分からないけれど、仲間がいれば、上手くいけば芋づる式にいける可能性もある。
私はきゅっと書類を掴んでいた手に力を込める。
部屋の中には今は誰もいない。
隙をつくる為に、基本、屋敷の中では独りでの行動を指示されている。
部屋の外のどこかで、ユージン隊長かケネス隊長が控えてくれているはずだ。
コンコン
扉がノックされる。
まずは1人目が面談に現れたようだ。
ジーンに案内され、部屋へと20歳前後の男性が入ってくる。
「サム・イーストンです。よろしくお願いします」
「どうぞ」
扉の前でお辞儀する彼に、声をかけ、ソファを勧める。
緊張を悟られないよう、笑みをはりつけ、書類を両手で揃え持ち直す。
サムと名乗った彼も、緊張した面持ちで、勧められたソファに本当に座っても良いものか思案している様子が窺える。
「どうぞ。かけてください」
再度ソファを勧めると、ようやく「失礼いたします」と声をかけて腰掛ける。
「それでは、いくつか質問させてくださいね──」
表情の変化、感情の動き、感じられる違和感を見落とさないように、相手の顔をじっと見つめながら幾つかの質問をする。
普段はこんなふうに正面から見据えるものではない。
寧ろ、目を逸らし逃げ出してきたそれに目を向けるのは非常に苦痛を伴った。
5人もすれば疲れてしまい、私は部屋を出た。
ちょうどすれ違ったジーンに声をかけると、お茶を淹れるのでと庭園に案内される。
お茶を淹れに戻る際に、次の面談の予定も調整してくれるという。
本当にできた侍従だ。
今のところ、出世欲のある人間はいても、特にこれといった怪しげな人間はいない。
庭園に設えられたテーブルまで案内され、椅子に腰かけ辺りを見回す。
流石に公爵家の庭園。綺麗に手入れされて季節の花が咲き誇っている。
モーティマー邸にいる間はせめて見た目だけでも威厳を保っていて欲しいと言われている。
テーブルに突っ伏してため息を吐きたい気持ちをぐっと抑え、風に吹かれながら、ジーンが来るのを待つ。
いつもなら風に揺れる髪も、今日は纏められていて揺れることもない。
纏め髪に着けられた髪飾りにそっと触れ、騎士宿舎の方へ視線を向ける。
ここからでは、宿舎の建物は全く見えない。
それでも、視線を向け、ふぅっとため息を吐いた。
「ルイーズ様。お待たせいたしました」
ジーンがテーブルにティーセットを運んでくる。
「少しリラックスできるように、ハーブティーをご用意させていただきました」
言いながら、私の前にカップを置いてくれる。
「ありがとうございます。すみません、早々に抜け出してしまって」
きちんと調整さえできれば、いつ部屋を出てもいいとは言われている。
むしろ、部屋に籠るのではなく、屋敷内を歩き回って様子を見て欲しいとも言われているけれど、たった5人でこんなに精神的にくるとは思っていなかったために、何だか申し訳なくなってしまう。
屋敷内を歩いている内にすれ違った何人かに奇異の目で見られたり、畏怖の目を向けられたりするのも地味に精神を削られる。
既に泣きたい気分になりながら、ジーンが淹れてくれたハーブティーを口に運ぶ。
柔らかなハーブの香りが身体に染み渡っていく。
ふっと息を吐き、口をきゅっと引き結ぶ。
大きく深呼吸をすると気合を入れて立ち上がった。
「ご馳走さまでした。少し元気になりました。ありがとうございます」
ジーンにお礼を言って部屋へ戻ることを告げ、歩き出した。
所々で屋敷の使用人に出会す。
殆どの人が、軽く会釈をして通り過ぎるが、その表情には畏怖の念が見て取れる。
そんな中で、数名だけ気まずそうな表情で、隠れるように去っていく姿が見られた。
何かを企てていると言うより、細かな窃盗や誤魔化しをしている感じだろうか。
そんなふうに、考えながら部屋の前まで帰り着いた瞬間、私はギクリと足を止めた。
部屋の前には侍従の制服を着た、私より僅か背の高い青年が立っていた。
真っ直ぐな黒髪と無表情が、青年に裏の顔があるのではないかという雰囲気を増している。
「ルイーズ様。面談の者が来ておりますが、お通ししてもよろしいですか?」
丁寧な口調で問う彼に、動揺を悟られぬよう「ええ」と短く返事を返し、部屋へと入る。
屋敷にいれば遭うことは分かっていたが、やはり恐い。
私は足早にソファまで進み、彼が連れてきた面談者を部屋へ招き入れた。
面談者が部屋に入るのを確認すると、イアンは静かに扉を閉め、私の視界から消えた。
一瞬、安堵の息が漏れそうになるのを堪え、面談者に席を勧めて私もソファに腰掛ける。
こんな肝の冷える思いを、後どれだけしないといけないのだろう…。
初日前半にして、私は既に力尽きそうになっていた──。
あの後、午前の内にあと2人面談したところで、エマが昼食をと呼びに来た。
リアム様が状況を聞きたいとのことで、リアム様と2人食事をとり、午前の分の報告をした。
疲労が表に出てしまっていたのか、随分とリアム様に心配されてしまったけれど、今日中の面談予定者あと3人を、何とか気力を振り絞って終わらせた。
「…お、終わった…」
最後の面談者が退室して、1人になった部屋でソファの背もたれにもたれかかり、ぐったりとする。
屋敷内での見定めも頼まれているけれど、今日は流石にもう勘弁してもらいたい。
私は人気のない場所へ行こうと、午前中にジーンが案内してくれた庭園へ向かうことにして部屋を出た。
なるべく人の方を見ないように歩き、庭園のテーブルが設置された場所まで辿り着き、とりあえず椅子に腰かけようと椅子の背もたれに手をかけたところで膝から崩れ落ちた。
片方の手を椅子の肘掛けに、もう片方の手を地面についたまま動けなくなる。
じわりと額に嫌な汗が滲み、目の前が霞んでくる。
意識が遠のきそうになったところで、突然後ろから地面についた手を取られた。
「大丈夫ですか?」
声の主に、虚ろな目を向ける。
ケネス隊長だ。
どこかで様子を見ていて、動かない私を見かねて来てくれたのだろう。
言葉を返そうとしても、うまく喋れず、支えていた手を取られ身体を支えられなくなった私はそのまま彼の腕の中へ倒れこんだ。
酷い貧血のような状態で、意識はあっても身体も口も動かない。
彼は「失礼します」と声をかけると、前のめりに倒れこんでいる私の向きを変えさせ、その場で跪いた脚の上に抱きかかえ、上体を起こしてくれる。
申し訳なさ過ぎて、なんとか動こうとするけれど力が入らず、何とか下ろしてくれという意思表示をしようと彼の腕を掴む。
「大丈夫です。気にせずに落ち着くまで身を任せていてください」
いつもの冷静で、冷やかさまで感じたようなケネス隊長と同一人物とは思えないほど、優しい声をかけられ、私は無駄な力を抜いて彼の胸に頭を預けた。
そこは先ほどのリアム様の部屋よりは狭いけれど、それでも十分な広さがあり、執務机やソファセットも用意された豪華な部屋だった。
普通だったら、絶対転写者に与えられる職場環境ではないわよね。
部屋をグルリと見まわし感嘆の息を漏らす。
「ルイーズ様。リアム様よりお預かりした書類です。こちらに面談する者のリストと詳細が纏めてあります」
私に書類を手渡すと、印がつけてあるページまでを捲って「ここまでが本日の分となります」と説明を入れてくれる。
「分かったわ。ありがとう」
「では、私は面談中は下がるよう命じられておりますので失礼いたします。お昼の時間になりましたらまた参りますので、それまでに何かございましたら、屋敷の者へお託ください」
そう言うと、エマは丁寧なお辞儀をして部屋を出ていった。
私はソファに腰かけ、渡された書類に目を通す。
とりあえず今日は雇い入れを希望する人たちの面談だけだ。
外から来る人間をまずは選定して、既に雇われている人間に揺さぶりをかける。
イアンが単独で何かを企んでいるのか、誰か仲間がいるのか分からないけれど、仲間がいれば、上手くいけば芋づる式にいける可能性もある。
私はきゅっと書類を掴んでいた手に力を込める。
部屋の中には今は誰もいない。
隙をつくる為に、基本、屋敷の中では独りでの行動を指示されている。
部屋の外のどこかで、ユージン隊長かケネス隊長が控えてくれているはずだ。
コンコン
扉がノックされる。
まずは1人目が面談に現れたようだ。
ジーンに案内され、部屋へと20歳前後の男性が入ってくる。
「サム・イーストンです。よろしくお願いします」
「どうぞ」
扉の前でお辞儀する彼に、声をかけ、ソファを勧める。
緊張を悟られないよう、笑みをはりつけ、書類を両手で揃え持ち直す。
サムと名乗った彼も、緊張した面持ちで、勧められたソファに本当に座っても良いものか思案している様子が窺える。
「どうぞ。かけてください」
再度ソファを勧めると、ようやく「失礼いたします」と声をかけて腰掛ける。
「それでは、いくつか質問させてくださいね──」
表情の変化、感情の動き、感じられる違和感を見落とさないように、相手の顔をじっと見つめながら幾つかの質問をする。
普段はこんなふうに正面から見据えるものではない。
寧ろ、目を逸らし逃げ出してきたそれに目を向けるのは非常に苦痛を伴った。
5人もすれば疲れてしまい、私は部屋を出た。
ちょうどすれ違ったジーンに声をかけると、お茶を淹れるのでと庭園に案内される。
お茶を淹れに戻る際に、次の面談の予定も調整してくれるという。
本当にできた侍従だ。
今のところ、出世欲のある人間はいても、特にこれといった怪しげな人間はいない。
庭園に設えられたテーブルまで案内され、椅子に腰かけ辺りを見回す。
流石に公爵家の庭園。綺麗に手入れされて季節の花が咲き誇っている。
モーティマー邸にいる間はせめて見た目だけでも威厳を保っていて欲しいと言われている。
テーブルに突っ伏してため息を吐きたい気持ちをぐっと抑え、風に吹かれながら、ジーンが来るのを待つ。
いつもなら風に揺れる髪も、今日は纏められていて揺れることもない。
纏め髪に着けられた髪飾りにそっと触れ、騎士宿舎の方へ視線を向ける。
ここからでは、宿舎の建物は全く見えない。
それでも、視線を向け、ふぅっとため息を吐いた。
「ルイーズ様。お待たせいたしました」
ジーンがテーブルにティーセットを運んでくる。
「少しリラックスできるように、ハーブティーをご用意させていただきました」
言いながら、私の前にカップを置いてくれる。
「ありがとうございます。すみません、早々に抜け出してしまって」
きちんと調整さえできれば、いつ部屋を出てもいいとは言われている。
むしろ、部屋に籠るのではなく、屋敷内を歩き回って様子を見て欲しいとも言われているけれど、たった5人でこんなに精神的にくるとは思っていなかったために、何だか申し訳なくなってしまう。
屋敷内を歩いている内にすれ違った何人かに奇異の目で見られたり、畏怖の目を向けられたりするのも地味に精神を削られる。
既に泣きたい気分になりながら、ジーンが淹れてくれたハーブティーを口に運ぶ。
柔らかなハーブの香りが身体に染み渡っていく。
ふっと息を吐き、口をきゅっと引き結ぶ。
大きく深呼吸をすると気合を入れて立ち上がった。
「ご馳走さまでした。少し元気になりました。ありがとうございます」
ジーンにお礼を言って部屋へ戻ることを告げ、歩き出した。
所々で屋敷の使用人に出会す。
殆どの人が、軽く会釈をして通り過ぎるが、その表情には畏怖の念が見て取れる。
そんな中で、数名だけ気まずそうな表情で、隠れるように去っていく姿が見られた。
何かを企てていると言うより、細かな窃盗や誤魔化しをしている感じだろうか。
そんなふうに、考えながら部屋の前まで帰り着いた瞬間、私はギクリと足を止めた。
部屋の前には侍従の制服を着た、私より僅か背の高い青年が立っていた。
真っ直ぐな黒髪と無表情が、青年に裏の顔があるのではないかという雰囲気を増している。
「ルイーズ様。面談の者が来ておりますが、お通ししてもよろしいですか?」
丁寧な口調で問う彼に、動揺を悟られぬよう「ええ」と短く返事を返し、部屋へと入る。
屋敷にいれば遭うことは分かっていたが、やはり恐い。
私は足早にソファまで進み、彼が連れてきた面談者を部屋へ招き入れた。
面談者が部屋に入るのを確認すると、イアンは静かに扉を閉め、私の視界から消えた。
一瞬、安堵の息が漏れそうになるのを堪え、面談者に席を勧めて私もソファに腰掛ける。
こんな肝の冷える思いを、後どれだけしないといけないのだろう…。
初日前半にして、私は既に力尽きそうになっていた──。
あの後、午前の内にあと2人面談したところで、エマが昼食をと呼びに来た。
リアム様が状況を聞きたいとのことで、リアム様と2人食事をとり、午前の分の報告をした。
疲労が表に出てしまっていたのか、随分とリアム様に心配されてしまったけれど、今日中の面談予定者あと3人を、何とか気力を振り絞って終わらせた。
「…お、終わった…」
最後の面談者が退室して、1人になった部屋でソファの背もたれにもたれかかり、ぐったりとする。
屋敷内での見定めも頼まれているけれど、今日は流石にもう勘弁してもらいたい。
私は人気のない場所へ行こうと、午前中にジーンが案内してくれた庭園へ向かうことにして部屋を出た。
なるべく人の方を見ないように歩き、庭園のテーブルが設置された場所まで辿り着き、とりあえず椅子に腰かけようと椅子の背もたれに手をかけたところで膝から崩れ落ちた。
片方の手を椅子の肘掛けに、もう片方の手を地面についたまま動けなくなる。
じわりと額に嫌な汗が滲み、目の前が霞んでくる。
意識が遠のきそうになったところで、突然後ろから地面についた手を取られた。
「大丈夫ですか?」
声の主に、虚ろな目を向ける。
ケネス隊長だ。
どこかで様子を見ていて、動かない私を見かねて来てくれたのだろう。
言葉を返そうとしても、うまく喋れず、支えていた手を取られ身体を支えられなくなった私はそのまま彼の腕の中へ倒れこんだ。
酷い貧血のような状態で、意識はあっても身体も口も動かない。
彼は「失礼します」と声をかけると、前のめりに倒れこんでいる私の向きを変えさせ、その場で跪いた脚の上に抱きかかえ、上体を起こしてくれる。
申し訳なさ過ぎて、なんとか動こうとするけれど力が入らず、何とか下ろしてくれという意思表示をしようと彼の腕を掴む。
「大丈夫です。気にせずに落ち着くまで身を任せていてください」
いつもの冷静で、冷やかさまで感じたようなケネス隊長と同一人物とは思えないほど、優しい声をかけられ、私は無駄な力を抜いて彼の胸に頭を預けた。
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