上 下
19 / 60

17.幸せな思い出

しおりを挟む
ものすごく朧気な形で認識していた気持ちにハッキリと気付いてしまった。
ただ単に、裏表がなくて、読み取れる気持ちに嘘がなくて、信頼できる人で…。

なんとなく、傍にいられたら…と思っていた。

なのに…

「ルイーズ、おはよう」
約束の時間に家から出てきた私に、すぐ横から声がかけられる。
ビクッと肩を揺らして、横へ向いて視線を上げれば、見慣れた彼の顔が視界に入る。
その瞬間、頬に熱が上り、私は思わず片手を頬に触れた。

そんな私を覗き込むようにして「どうした?」と問いかけてくるジェイクに、私は慌てて言葉を返した。

「な、なんでもないわ!おはようジェイク」

私が挨拶を返すと、彼は柔らかく微笑んで私の頭に軽く手を乗せる。
そして、髪を撫でるように手を降ろすと、至極当然のように手を握られる。

「行こうか」

彼の優しい声、優しいしぐさに、心臓が早鐘を打つ。

…ああ…。ジェイクが好きだ…。

意識してしまうと、どうしようもなく恥ずかしく、顔を上げることができないけれど、彼に握られた手をきゅっと握り返し、手を引かれるまま歩きはじめた。

「ルイーズはどこか行きたいところはあるか?」

そう訊かれて、行きたいところを考えてみる。

ジェイクと一緒ならどこでも楽しそう…。

そう思うけれど、そんなこと口には出せない。
私は辺りに目を向けながら、再度考えてみて、ふと思いついたことを口に出してみた。

「…セレスに何かプレゼントしたいのだけど…。ずっと周りに気を配って、すごく良くしてもらってるから」
「…ああ。そうだな。俺からも何かお礼をしておかないとな」

私が言うと、ジェイクも考え込むように顎に手を当て、それから辺りに目を向ける。
セレスはどんなものなら喜んでくれるだろう?
…きっとジェイクからもらったら、どんな物でも喜ぶんだろうけど…。

歩きながら、色々な店を覗いてみる。
けれど、いつも来るこの市場は、すっかり見慣れた物ばかりで、しかも生活必需品的な物の扱いの方が多くて、プレゼントにするような物があまり見当たらない。

暫く歩いた後、ふと足を止めたジェイクにつられて私も足を止め、彼を見上げる。
「あまりプレゼントになりそうな物がないな。少し足を延ばすか」
見上げた私の視線を受けてジェイクはそう言うと、ちょうど通りに泊まっていた辻馬車を指さした。





この世界に来て、初めて街の外へ出る。
最初に案内人アルバートにものすごくざっくりとは説明してもらったけれど、この世界の世界規模も国の規模もいまいちよく分からない。けれど、ジェイク曰く、私たちの住む街から、馬車に乗れば2時間ほどで鉱石の産地で有名なノーフォークという街に着くらしい。

私たちが住んでいるウォッシュバーンは城下町で、市場も幾つかに別れて日用品から武器防具まで色々な物を扱っている店が沢山ある。
それこそ、城下だけあって品物の質も良い。
けれど、お土産品的な物やプレゼントにということを考えると、若干独自性というか、地域性みたいなものがない。
その点で言えば、隣街のノーフォークは色々な鉱石が採れ、鉱物を使ったアクセサリーなどを多く扱っているらしい。

道すがらジェイクにそんな説明を受け、昼前には目的のノーフォークへと辿り着いた。
ウォッシュバーンと違い自然が多く、山が見えるかと思えば、遠目に海も見える。
街中も自然が多く、鉱石や山の幸、海の幸で賑わいはあるものの、田舎町といったようなのどかさもある。

ちょっとした遠足に来た気分で、気持ちが僅か高揚する。
ジェイクに手を引かれながら、色々な店を覗き、店先に並んだアクセサリーを見ていると、ふと懐かしい記憶も思い出される。

「…私の母は鉱石の好きな人で、タンブルや裸石ルースを沢山集めていて、よく石の説明をしてもらっていたわ」

もう随分長い間、そんな幸せだった過去を思い出す余裕もなかった。
店先に並んだ鉱石を一つ手に取り呟くように漏らす。
ジェイクは、そんな私をただ黙って見守ってくれている。

手に取ったのは前世での私の誕生石だったトパーズ。
心の汚れを浄化し、直観力と洞察力を高め、人を見抜く目を養う。自分が本当に何を必要としているのか、何を見るべきなのかが分かってくる。
そんな意味を持つ石。
今ではお守りにこの石を持つ意味もない。
そう思って、トパーズを元に戻し、ふとその隣にある石に目を惹かれる。

淡いグリーンカラーの石。
──翡翠。

「お。お嬢ちゃんお目が高いね。これは徳を高め成功と繁栄をもたらす石として、価値の高いものは王族や貴族の間でも喜ばれる石でね。その上、災いや不運から持ち主の身の安全を守ってくれる石とも言われていて、手ごろな価格のものはお守りとして人気の石だよ。彼氏にプレゼントなら革紐で首からかけられるようにしてあげるけどどうだい?」

私の目がとまったのを目ざとく見つけ、店主が声をかけてくる。

「か、彼氏?!あ、いえ、あの女の子の友達にプレゼントしたくて…」

店主の言葉に思わず慌てて手を振り、否定の声をあげる。
しかし店主は気にした様子もなく話を続ける。
「女の子にかい?なら、ピアスや首飾り、ブレスレットに指輪、結構な種類があるよ。どれにする?」
幾つか見本を出してくれたのを見ながら、セレスに合いそうなものを考える。

「あ、これ。これください」
「お、いいな。セレスに合いそうだ」
私が並べられた品から一つを指さすと、ジェイクも賛同してくれる。
「はい。ありがとよ」
店主が手早く品物を包んで手渡してくれるのを横目に見ながら、ジェイクも他の品を見ている。
そして、店主が品物を私に渡すのを確認すると、今度は彼が選んだ品物を店主に渡す。
「俺はこれを貰おう」

ジェイクも私もセレスへのプレゼントを購入し、店を離れようとした時、ふと視界の端に赤い色が映る。
足を止め見やると、そこにあったのはガーネットだった。

ガーネットは勝負運、金運、健康運、恋愛運など様々な意味があるけれど、母が説明してくれた中で一番印象に残っていたのが、戦地へ赴く兵士が、ケガをせず生還できるためのお守りとして持っていたというもの。

私が立ち止まったことにジェイクがまだ気づいていない内に、私は慌てて店主に声をかけた。

「ルイーズ?」
ジェイクが、少し先で立ち止まって私を振り返るのとほぼ同時に、私は店主から品を受け取り彼の元へ小走りに駆け寄った。
「ごめんなさい。ちょっと気になるものがあったから」
言って彼を見上げると、彼は「もういいのか?」と訊き返してくる。
それに頷いて返すと、彼はまたはぐれては困るというように、すっと私の手を取った。

「どこかで昼飯にしようか」 

帰るにもまた時間がかかる。
お昼ご飯を食べて、少しゆっくりしてからでないと、車のように食べながらドライブという訳にはいかないだろう。
私は返事を返し、辺りを見回してみる。

カフェやレストランもあるようだけれど、軽食やお弁当を持ち帰れるようなお店も幾つかある。

「ジェイク、どこか公園のような場所で食事ができる所はあるかしら?」

私がサンドイッチ等を売っている店の方を見ながらそう問うと、ジェイクは「ああ、それなら良い場所がある」と答えて、お店の方へ歩き出した。





サンドイッチと飲み物を買って、私たちは市場から少し離れた小道を入り暫く歩いた場所にある池のほとりに立っていた。
周りに人気はなく、鳥のさえずりや風の音が心地良い。

「前に来た時に適当に歩いてたら迷い込んでな」

言いながら、ジェイクが座れそうな場所を探してくれる。
比較的草の少なく整った場所にハンカチを広げながら「悪い、座れそうなところがなかったな」と、私にハンカチの上に座れと促してくれる。
悪いからと断ったけれど、もう広げてしまったからと押し切られ、お礼を言って私はそこに腰を降ろした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから

gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

夫は私を愛してくれない

はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」 「…ああ。ご苦労様」 彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。 二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。

処理中です...