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第3章 エイレン城への道
夜のニス湖④
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「ゥァァアアアアア——ッ!!!」
ソレの顔が目の前まで近づこうとしている気配を感じて叫び散らしていたニゲルは、逃げ場がない、逃げる体力もない今、どうすることが正解か…まさに身体が勝手に反応していた。
(…かみさま!!僕に加護をッ!)
首に下がっていたドラゴンの歯をたぐりよせ、手にしっかり握りしめる。
これを離してはならない。そう感じて、冷え切った白い手がさらに白くなるまできつく握りこむ。
そして、ありったけの、声の限り、空に向かって叫んだ。
「やめてぇ———ぇぇぇッッ!!!」
僕は敵じゃない!
僕はドラゴンに会いに来ただけなんだ!
そう心で訴えながら。
グルガァァッァァ゛ッ!!
何とも知れない生臭い息がなにかの液体と共にぶわっと顔全体に吹き付けられる。
たまらず強くつぶった目と鼻の先を、両手でかばう様におおう。
「ぼくはッ!君と友達になりたいだけなんだ!!」
(たのむから、落ち着いてよ!!)
その時。
———キイィィィィン!!
(いッ…!)
突然、痛い…耳をつんざくような高い音が鳴り始まった。
耳障りで不快極まりない、まるで金属同士をすっているような音が辺りにひびいている。
(ううッ…!なに…?耳がッ!!)
あまりの気持ち悪さにきつく閉じていた目を開ければ、眩しい光の筋が、城の天守から真っすぐにこちらに向かって伸びている。
ニゲルはその天守から延びる光が、ソレを照らしていると分かった。
おそるおそる、照らされている真上を見上げる。
「ひッ…ひゃああァァァァ!!あ…ァ、はッ!ぁ…あぁッ!!」
そこにあったのは。
「ぁ…ぁ…!」
叫んで気を失わなかっただけでも褒められるだろう。
ニゲルは止まりそうになる息を必死で、それこそ血走った目で胸を大きく上下させて、なんとか…なんとか空気を取り込もうと動かしては、必死に正気をたもとうとした。…けれど、恐れで身体は全く動かない。
(ドッ、ド、ラゴン…!!ドラゴンだよッ!!これドラゴンだ…ッ!!)
この時ニゲルは、軽々しく会いたいなんて考えて水に入ったことを、本当に、心から、心の底から後悔し、反省した。
怖いなんてもんじゃない。
とんでもない。とんでもなかった。
想像のはるか上をいく姿。
(これがドラゴン…!?)
どう形容しても、どんな言葉を使ったって、きっとソレを表すには足りないだろう。
長く伸びた首の先、巨石のような巨大な頭は鋼のような強力なウロコにおおわれており、その頭の大きさからしても、いったい身体がどれほどの大きさになるのか、想像がつかなかった。
けた違いの大きさに、人間の小ささをはじめて感じたほどだ。
大きな口からは大小無数の刃物のような鋭い歯が並び、その間を水なのかよだれなのか訳の分からないものがボタボタと水面に落ちていく。それすらバチャンバチャンと大きなしぶきを立てていて、ニゲルの顔はまさに浴びるように、息が出来ぬほどそれを受けていた。蛇のような二股の舌は、まるで獲物を捕らえる為にあるのではないかというくらいざらついており、あまりの恐ろしさにまじまじと直視などできない。
なんとドラゴンはその巨体を水面下でうねらせながら、とぐろを巻くようにニゲルを囲んで上からのぞいていたのだ。
しかし、キーンという甲高い金属音が苦手なのか、苦悶の表情を浮かべてガバリと口を開けて頭を振りたくっている。その頭頂部…というべきか、耳のあたりになるのか、とにかく、そのあたりには前後で2連の角が生えており、角の間には、バチバチ!ジリジリジリっという音をさせる光の線が2本も3本も走って、まるで小さな雷を起こしているようだ。その周りは火花のようなものがバチバチと散っている。いや、あれは火花だろう。もしもその角が水面に付こうものならば、自分は死ぬんじゃないか…。そんな恐ろしい予感がする。
そしてその凶器のような角の後ろから背中にかけての長い長い首にはビッシリとトサカのような複雑なヒレが付いている。それだけではない。首の内側の黒ずんだ銀色のウロコには棘のようなものがそれこそ無数にあり、さわりでもしたら突き刺さって大変なことになりそうだ。
…絶対に触りたくない。
触りたくないけど、現状、その首で弾かれれば…いや実際、ニゲルを弾き飛ばすことなんて簡単だろう。その場合、刺さりたくないものがいっぱい刺さって痛みでもがき苦しみながら無残に死ななければならなくなるにちがいない。
———い、いやだ…!!
そんなこんなで頭の中は大混乱状態、想像だけでも気を失いそうなニゲルは、またしても巨大な鳴き声と辺りに吹き散らかしながら飛んでくるよだれに、我を忘れて泣きながら叫んだ。
「うわああぁぁッ!」
真上で苦しむ湖の神霊は、我慢ならぬと言いたげに音の発生源である天守の方に向かってとつぜん咆えたのだ。
おどろいてニゲルも叫んでしまったが、世にも恐ろしい、獣の、煮えたぎるような怒りの声。ビリビリと大気が震えて、水面も震える。
こんな声、きっと子供じゃなくても失神して倒れる人がいっぱいいるにちがいない。ニゲルも、冗談でも何でもなく…恐怖でいますぐにでも気を失いそうだった。
しかし怒り狂うドラゴンは咆えるだけではなかった。
今度は耳障りで吐き気までもよおす不快な音が途切れたと思ったら、ガガガガッ!ドーン!という何かがぶつかるような音がひびいた。まるで大砲でも打ったかのような音だ。
何事かと思って音のした湖の向こう側に頭をめぐらすと、パレスのそばの城壁に大量の氷の礫が張り付いている…。
「なにあれ……」
それも、どこからそんなものが…というほど、多量の礫だ。びっしりと張り付き、その重さで城壁が崩れるのではないかというほどの厚みになっていた。女性の叫び声がここまで聞こえてきて、ニゲルはガチガチと鳴る歯を食いしばった。
まさか。
そう思って巨塔のような首を持つドラゴンを見上げると、赤々とした瞳にむき出しの牙で唸りながら、礫を大量に吐きはじめた!
やっぱり!
(あの音が嫌なんだ…アラン様に怒ってる…!)
アラン様に止めさせろと、わざとパレスに向かって攻撃しているのだ。
なぜかわからないけど、ドラゴンの態度からして音に対して怒っているのが分かった。
(…もしかして、音出してるのサフィラスかも…)
あんな音を出せるとしたら、特殊な機械があるか、サフィラスの魔法くらいしかない。
嫌な予感がする。
(サフィラスは僕が居ないのに気付いて、もしかしたら湖にいるって思ってるのかもしれない…)
「…ニゲルッ!!居るのかッ!!」
そのとき水際門の方向から、聞きなれた、するどい呼び声が聞こえた。
幻聴かもしれないと思ったけれど、二度、三度と名前を呼ぶ声に、まぼろしではないと確信する。
(サフィラス…)
ニゲルはその声を聴いた瞬間、身体に再び力が戻ってくるような感覚がした。
「サフィラス…音を、やめて…」
ドラゴンが嫌がって攻撃をしてるから、止めてほしい。
「おとを、ださないで…!」
叫んだつもりでも、もう小さくしか、声が出ない。
「ニゲル!!ニゲル!!返事をしろっ!!」
聞こえている。
だけど、もう声が出ないよ…。
(ごめんさない…)
ソレの顔が目の前まで近づこうとしている気配を感じて叫び散らしていたニゲルは、逃げ場がない、逃げる体力もない今、どうすることが正解か…まさに身体が勝手に反応していた。
(…かみさま!!僕に加護をッ!)
首に下がっていたドラゴンの歯をたぐりよせ、手にしっかり握りしめる。
これを離してはならない。そう感じて、冷え切った白い手がさらに白くなるまできつく握りこむ。
そして、ありったけの、声の限り、空に向かって叫んだ。
「やめてぇ———ぇぇぇッッ!!!」
僕は敵じゃない!
僕はドラゴンに会いに来ただけなんだ!
そう心で訴えながら。
グルガァァッァァ゛ッ!!
何とも知れない生臭い息がなにかの液体と共にぶわっと顔全体に吹き付けられる。
たまらず強くつぶった目と鼻の先を、両手でかばう様におおう。
「ぼくはッ!君と友達になりたいだけなんだ!!」
(たのむから、落ち着いてよ!!)
その時。
———キイィィィィン!!
(いッ…!)
突然、痛い…耳をつんざくような高い音が鳴り始まった。
耳障りで不快極まりない、まるで金属同士をすっているような音が辺りにひびいている。
(ううッ…!なに…?耳がッ!!)
あまりの気持ち悪さにきつく閉じていた目を開ければ、眩しい光の筋が、城の天守から真っすぐにこちらに向かって伸びている。
ニゲルはその天守から延びる光が、ソレを照らしていると分かった。
おそるおそる、照らされている真上を見上げる。
「ひッ…ひゃああァァァァ!!あ…ァ、はッ!ぁ…あぁッ!!」
そこにあったのは。
「ぁ…ぁ…!」
叫んで気を失わなかっただけでも褒められるだろう。
ニゲルは止まりそうになる息を必死で、それこそ血走った目で胸を大きく上下させて、なんとか…なんとか空気を取り込もうと動かしては、必死に正気をたもとうとした。…けれど、恐れで身体は全く動かない。
(ドッ、ド、ラゴン…!!ドラゴンだよッ!!これドラゴンだ…ッ!!)
この時ニゲルは、軽々しく会いたいなんて考えて水に入ったことを、本当に、心から、心の底から後悔し、反省した。
怖いなんてもんじゃない。
とんでもない。とんでもなかった。
想像のはるか上をいく姿。
(これがドラゴン…!?)
どう形容しても、どんな言葉を使ったって、きっとソレを表すには足りないだろう。
長く伸びた首の先、巨石のような巨大な頭は鋼のような強力なウロコにおおわれており、その頭の大きさからしても、いったい身体がどれほどの大きさになるのか、想像がつかなかった。
けた違いの大きさに、人間の小ささをはじめて感じたほどだ。
大きな口からは大小無数の刃物のような鋭い歯が並び、その間を水なのかよだれなのか訳の分からないものがボタボタと水面に落ちていく。それすらバチャンバチャンと大きなしぶきを立てていて、ニゲルの顔はまさに浴びるように、息が出来ぬほどそれを受けていた。蛇のような二股の舌は、まるで獲物を捕らえる為にあるのではないかというくらいざらついており、あまりの恐ろしさにまじまじと直視などできない。
なんとドラゴンはその巨体を水面下でうねらせながら、とぐろを巻くようにニゲルを囲んで上からのぞいていたのだ。
しかし、キーンという甲高い金属音が苦手なのか、苦悶の表情を浮かべてガバリと口を開けて頭を振りたくっている。その頭頂部…というべきか、耳のあたりになるのか、とにかく、そのあたりには前後で2連の角が生えており、角の間には、バチバチ!ジリジリジリっという音をさせる光の線が2本も3本も走って、まるで小さな雷を起こしているようだ。その周りは火花のようなものがバチバチと散っている。いや、あれは火花だろう。もしもその角が水面に付こうものならば、自分は死ぬんじゃないか…。そんな恐ろしい予感がする。
そしてその凶器のような角の後ろから背中にかけての長い長い首にはビッシリとトサカのような複雑なヒレが付いている。それだけではない。首の内側の黒ずんだ銀色のウロコには棘のようなものがそれこそ無数にあり、さわりでもしたら突き刺さって大変なことになりそうだ。
…絶対に触りたくない。
触りたくないけど、現状、その首で弾かれれば…いや実際、ニゲルを弾き飛ばすことなんて簡単だろう。その場合、刺さりたくないものがいっぱい刺さって痛みでもがき苦しみながら無残に死ななければならなくなるにちがいない。
———い、いやだ…!!
そんなこんなで頭の中は大混乱状態、想像だけでも気を失いそうなニゲルは、またしても巨大な鳴き声と辺りに吹き散らかしながら飛んでくるよだれに、我を忘れて泣きながら叫んだ。
「うわああぁぁッ!」
真上で苦しむ湖の神霊は、我慢ならぬと言いたげに音の発生源である天守の方に向かってとつぜん咆えたのだ。
おどろいてニゲルも叫んでしまったが、世にも恐ろしい、獣の、煮えたぎるような怒りの声。ビリビリと大気が震えて、水面も震える。
こんな声、きっと子供じゃなくても失神して倒れる人がいっぱいいるにちがいない。ニゲルも、冗談でも何でもなく…恐怖でいますぐにでも気を失いそうだった。
しかし怒り狂うドラゴンは咆えるだけではなかった。
今度は耳障りで吐き気までもよおす不快な音が途切れたと思ったら、ガガガガッ!ドーン!という何かがぶつかるような音がひびいた。まるで大砲でも打ったかのような音だ。
何事かと思って音のした湖の向こう側に頭をめぐらすと、パレスのそばの城壁に大量の氷の礫が張り付いている…。
「なにあれ……」
それも、どこからそんなものが…というほど、多量の礫だ。びっしりと張り付き、その重さで城壁が崩れるのではないかというほどの厚みになっていた。女性の叫び声がここまで聞こえてきて、ニゲルはガチガチと鳴る歯を食いしばった。
まさか。
そう思って巨塔のような首を持つドラゴンを見上げると、赤々とした瞳にむき出しの牙で唸りながら、礫を大量に吐きはじめた!
やっぱり!
(あの音が嫌なんだ…アラン様に怒ってる…!)
アラン様に止めさせろと、わざとパレスに向かって攻撃しているのだ。
なぜかわからないけど、ドラゴンの態度からして音に対して怒っているのが分かった。
(…もしかして、音出してるのサフィラスかも…)
あんな音を出せるとしたら、特殊な機械があるか、サフィラスの魔法くらいしかない。
嫌な予感がする。
(サフィラスは僕が居ないのに気付いて、もしかしたら湖にいるって思ってるのかもしれない…)
「…ニゲルッ!!居るのかッ!!」
そのとき水際門の方向から、聞きなれた、するどい呼び声が聞こえた。
幻聴かもしれないと思ったけれど、二度、三度と名前を呼ぶ声に、まぼろしではないと確信する。
(サフィラス…)
ニゲルはその声を聴いた瞬間、身体に再び力が戻ってくるような感覚がした。
「サフィラス…音を、やめて…」
ドラゴンが嫌がって攻撃をしてるから、止めてほしい。
「おとを、ださないで…!」
叫んだつもりでも、もう小さくしか、声が出ない。
「ニゲル!!ニゲル!!返事をしろっ!!」
聞こえている。
だけど、もう声が出ないよ…。
(ごめんさない…)
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