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第3章 エイレン城への道
ニス湖畔、アルカット城③ ニゲル
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カタカタと何かが揺れてぶつかる小さな音に目を覚ましたニゲルは、ぼんやりとした頭で天蓋を眺めていた。
(…見たことのない模様だなあ…)
音のする方へ頭をめぐらすと、ちょうど男の人の後姿が見えた。
机の上に、湯気の上がる桶を置いているところみたいだ。
ずいぶん、きれいな格好をした人だ。
知らない人と知らない部屋にいることに違和感を感じて、そういえばヴァネスに行く途中でどうなったんだっけと、記憶がよみがえる。
(そうだ…僕、途中で倒れたんだ…)
急にハッとしてガバリと布をめくって起き上がる。
「サフィラス…どこ…?」
あわてて寝台から降りようとすると、力が抜けた足がもつれて、ドタン!と前方に倒れる。
「ああ!危ないですよ!まだ身体が戻っておりませんから!」
桶を持ってきた男性が床にドッタンとこけた音に気付いて、あわててニゲルのそばに寄ってくる。
ふいに手を差し出してきたので、おどろいてその手を強くはたいた。
——バシッ!
「ここはどこ!!サフィラスをどこにやったの!?」
ここに連れてきた人間は、自分をとっ捕まえれば、馬車を譲るだろうといったあの男の仲間だろうか。
怒りの感情のせいか、体が熱い。燃えるようだ。
吐く息も、まるで鍋の上をゆらゆらと昇る熱気のような感じである。
「どうか落ち着かれてください。ここはアルカット城。サフィラス様もご無事です」
「アル、カット城…?」
ニゲルはくらくらして、倒れるように寝台のはしに腰をかけた。
よく見れば、きれいな恰好をしているけれど、ちょっと小さくて髭も白くなったおじいさんだ。
「そうです、昨日夕方にここに到着されました」
「え?きのう??」
「そうです。お弟子様は気を失っておられましたから、覚えていらっしゃらないのも当然でございます」
どうりで何も分からないわけである。
気を失っている間、このおじいさんがずっと自分のお世話をしてくれていたのだろうか。何だか申し訳ない気持ちになる。
「…えっと、ごめんなさい…叩いてしまって…。あの、僕、どれくらい寝てましたか?」
「もう朝です。そろそろ朝食を召し上がる時間でございます。その前にお身体をふかせていただこうかと思いまして」
「え!そんなに!?…あ、拭くのは自分でできます…」
「いえいえ、お気になさらず。昨夜は高熱でどうなる事かと思いました。お目覚めも早くて驚きました。お腹がすかれたのでは?」
そう言われれば、不思議なことにお腹がすいてくる。
「えっと、…大丈夫です…」
けれどそれを口にするのが恥ずかしくて、うつむきがちにそう答える。
「ご遠慮なさることはございません。大切なお客様なのですから。…しかしまだ熱が下がっておりませんから、すこしやわらかく煮たものと、冷たいお水をお持ちします」
そう言うと、扉の外にだれか居たのか、突然また知らない人が部屋に入ってきて思わずそちらの方に目が行ってしまう。
「彼女がお弟子様のお身体を清めますので、私はお食事の準備で一度下がります」
きれいな礼をされ、すっすっと、音もなく扉からおじいさんは出ていった。
代わりに残された女性と目が合い、ニゲルは思わず寝台の布をにぎりしめた。
ちょっとあの洞穴のあたりの家々では見たことのない、垢抜けた女性だ。
(…おじいさん!ちょっとまってよ…はずかしいよ…!!)
今自分はきっと汗まみれだ。
ちらりとみただけだけど、顔は若かったから、きっと、自分より十歳も離れていないはずだ。
(…むりッ!)
きゅうにドキドキとしだす胸に、思考が停止する。
あれこれなやんで口をもごもごさせている間に、その女性は桶を取って、寝台に近づいてくる。
「初めまして、私はここの使用人でアビーと申します。いまからお体を拭かせて頂きたいのですが、よろしいですか?」
ちょっとかわいい声だ。
「あ…!ぁ…あーっと、ちょっと、まって…」
ニゲルはわずかな抵抗として、両手を前に出して、うつむいた。
「どうされました?やはりお具合が悪いですか…?」
そうしてすっと顔をのぞき込まれると、彼女からほんのり良い匂いがした。なんだか熱い身体が一層熱くなっている気がして、ふうっと息を吐いた。
「あー、その、な…ん…ていうか、僕、自分で、拭きたいんだけど…」
「しかし、お背中などは…」
「あぁ——っ、それは大丈夫!いつも自分でやってるから!ちょっと布貸して!」
「しかし、私も怒られてしまいます!」
「いいんだ!僕が自分でやらせてって言ったっていうよ!ごめんね!」
バッと女性から手拭いを受け取ると、ニゲルは寝台脇に置かれた桶にジャボンとその布を浸した。
「では、お背中だけでも!」
布をしぼっていると女性がまだ食いついてくる。
「あ、ははは…心配いらないよ…僕の方がきっと慣れてるからこういうことは…!」
「…そうですか…承知しました…。ではお着替えをここに置いておきます」
そう言ってやっと出ていった彼女が遠ざかる足音を聞いて、思わず大きなため息を吐いた。
「…勘弁してよ…もう…」
(…見たことのない模様だなあ…)
音のする方へ頭をめぐらすと、ちょうど男の人の後姿が見えた。
机の上に、湯気の上がる桶を置いているところみたいだ。
ずいぶん、きれいな格好をした人だ。
知らない人と知らない部屋にいることに違和感を感じて、そういえばヴァネスに行く途中でどうなったんだっけと、記憶がよみがえる。
(そうだ…僕、途中で倒れたんだ…)
急にハッとしてガバリと布をめくって起き上がる。
「サフィラス…どこ…?」
あわてて寝台から降りようとすると、力が抜けた足がもつれて、ドタン!と前方に倒れる。
「ああ!危ないですよ!まだ身体が戻っておりませんから!」
桶を持ってきた男性が床にドッタンとこけた音に気付いて、あわててニゲルのそばに寄ってくる。
ふいに手を差し出してきたので、おどろいてその手を強くはたいた。
——バシッ!
「ここはどこ!!サフィラスをどこにやったの!?」
ここに連れてきた人間は、自分をとっ捕まえれば、馬車を譲るだろうといったあの男の仲間だろうか。
怒りの感情のせいか、体が熱い。燃えるようだ。
吐く息も、まるで鍋の上をゆらゆらと昇る熱気のような感じである。
「どうか落ち着かれてください。ここはアルカット城。サフィラス様もご無事です」
「アル、カット城…?」
ニゲルはくらくらして、倒れるように寝台のはしに腰をかけた。
よく見れば、きれいな恰好をしているけれど、ちょっと小さくて髭も白くなったおじいさんだ。
「そうです、昨日夕方にここに到着されました」
「え?きのう??」
「そうです。お弟子様は気を失っておられましたから、覚えていらっしゃらないのも当然でございます」
どうりで何も分からないわけである。
気を失っている間、このおじいさんがずっと自分のお世話をしてくれていたのだろうか。何だか申し訳ない気持ちになる。
「…えっと、ごめんなさい…叩いてしまって…。あの、僕、どれくらい寝てましたか?」
「もう朝です。そろそろ朝食を召し上がる時間でございます。その前にお身体をふかせていただこうかと思いまして」
「え!そんなに!?…あ、拭くのは自分でできます…」
「いえいえ、お気になさらず。昨夜は高熱でどうなる事かと思いました。お目覚めも早くて驚きました。お腹がすかれたのでは?」
そう言われれば、不思議なことにお腹がすいてくる。
「えっと、…大丈夫です…」
けれどそれを口にするのが恥ずかしくて、うつむきがちにそう答える。
「ご遠慮なさることはございません。大切なお客様なのですから。…しかしまだ熱が下がっておりませんから、すこしやわらかく煮たものと、冷たいお水をお持ちします」
そう言うと、扉の外にだれか居たのか、突然また知らない人が部屋に入ってきて思わずそちらの方に目が行ってしまう。
「彼女がお弟子様のお身体を清めますので、私はお食事の準備で一度下がります」
きれいな礼をされ、すっすっと、音もなく扉からおじいさんは出ていった。
代わりに残された女性と目が合い、ニゲルは思わず寝台の布をにぎりしめた。
ちょっとあの洞穴のあたりの家々では見たことのない、垢抜けた女性だ。
(…おじいさん!ちょっとまってよ…はずかしいよ…!!)
今自分はきっと汗まみれだ。
ちらりとみただけだけど、顔は若かったから、きっと、自分より十歳も離れていないはずだ。
(…むりッ!)
きゅうにドキドキとしだす胸に、思考が停止する。
あれこれなやんで口をもごもごさせている間に、その女性は桶を取って、寝台に近づいてくる。
「初めまして、私はここの使用人でアビーと申します。いまからお体を拭かせて頂きたいのですが、よろしいですか?」
ちょっとかわいい声だ。
「あ…!ぁ…あーっと、ちょっと、まって…」
ニゲルはわずかな抵抗として、両手を前に出して、うつむいた。
「どうされました?やはりお具合が悪いですか…?」
そうしてすっと顔をのぞき込まれると、彼女からほんのり良い匂いがした。なんだか熱い身体が一層熱くなっている気がして、ふうっと息を吐いた。
「あー、その、な…ん…ていうか、僕、自分で、拭きたいんだけど…」
「しかし、お背中などは…」
「あぁ——っ、それは大丈夫!いつも自分でやってるから!ちょっと布貸して!」
「しかし、私も怒られてしまいます!」
「いいんだ!僕が自分でやらせてって言ったっていうよ!ごめんね!」
バッと女性から手拭いを受け取ると、ニゲルは寝台脇に置かれた桶にジャボンとその布を浸した。
「では、お背中だけでも!」
布をしぼっていると女性がまだ食いついてくる。
「あ、ははは…心配いらないよ…僕の方がきっと慣れてるからこういうことは…!」
「…そうですか…承知しました…。ではお着替えをここに置いておきます」
そう言ってやっと出ていった彼女が遠ざかる足音を聞いて、思わず大きなため息を吐いた。
「…勘弁してよ…もう…」
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