最後の魔導師

蓮生

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第3章 エイレン城への道

ヴァネス手前で①

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 キイィィ———ッッ!

 
 とつぜんの急減速きゅうげんそくで馬車全体がきしんだ音を立てた。

 ニゲルがそれをいっしゅん、ヴァネスに着いたのかとかんちがいした理由はいくつかあったが、1番の理由は、人の声が聞こえた事である。
 すっかり眠っていた身体は、急停車きゅうていしゃ衝撃しょうげきで座席からずれ落ちそうになり、それを片手で支えるサフィラスの強い力が、さらにニゲルを睡眠から急浮上きゅうふじょうさせた。


 ガタガタン!ぎぃぃ!!

 外で車輪が大きく音を立てて止まったのはいいけれど、車内にあったニゲルの手荷物は、前方に勢いのまますべり落ちてしまった。アーラからもらった襟巻も転がって、スマルさんからもらった包みも床に落ちている。

「なっなに!?着いたの?」

 しっかり頭が覚めて、なにごとかと起き上がる。
 と同時に、立ち上がって窓にちかよるサフィラスをふり返る。
 これでは、沢山はないけど後ろの積み荷もくずれたのではないか。

 そう思って声をかけようとしたサフィラスは、窓の外をすばやくのぞき、馬車前方をけわしい顔で見つめていた。

「…誰かが御者ぎょしゃを止めたようだ」

 眉間みけんにシワをよせ、確かめてくると言い、さっさと外に出ようとする。
 その腕をニゲルはとっさにつかんだ。

「あ、待って!僕も行く!」

「だめだ。ここにいて。短剣と腕輪は見えないように隠すんだ。いいね?」

 きびしい口調でそう言われ、仕方なくうなずく。

「…わかった」
 サフィラスがさっと出ていったあと、すぐに腕輪を袖の中にぐっぐっと押し込め、手をぶらぶら振っても手首の方に落ちてこないことを確認する。それから短剣を見つめてどうしようかと考える。
「…隠すったって、馬車の中って、隠し扉とか引き出しとかあるのかな…」
 見回してみるけど、特に見当たらない。
「座席の下はどうかな…」
 座っているまたの間をのぞき込む。
「…あ」
 これは引き出しだろうか。
 小さく丸い、目立たない取っ手が付いている。これが手前に引けたら、つまり引き出しなんじゃないか。
 ニゲルは座席から降りて床にひざをつき、目の前の丸い、木の取っ手を引っ張った。

「あ、やっぱりそうだ」

 引き出しを少し引っ張ると、中にはあの茶色い袋が入っていた。お母さんがニゲルたちに残した、可笑しな袋だ。

「ウエンさんが入れたのかな…置いてきたつもりだったのに…」

 嫌な予感がして袋の口を開けて中をのぞいてみると、お金がいっぱい入っている。

「ああ!やっぱり!せっかくのお金が!アーラとマリウスに使ってもらう予定だったのに!」
 こんな旅に貴重なお金を沢山持ちだしたら、途中で失くしたり取られたりしたら大変だ。せっかくお母さんが貯めてくれたものなのに。
「とりあえず、この袋の中に剣を入れておこう」
 ニゲルは短剣を袋に押し込むと、口を閉め、引き出しを元に戻した。



 コンコン。

 「…?」


 コンコン。


 音のする扉をじっと見つめる。
 ——誰かが馬車の扉をノックしている。

 しかし…きっと、サフィラスではない。
 サフィラスなら、そのまま入ってくるはずだ。
 ニゲルは頭をフル回転させて、どうするべきか考えた。

(…どうしようどうしよう…)

 その時、外でサフィラスと馬車を止めた人らしき男性の話し声が聞こえた。

「だから何度も言っているだろう。この馬車はニス湖畔こはんから先、岬に建つアルカット城へ向かう。そこまで怪しむならば、ダード一族の嫡子ちゃくしで城主でらせられる、アレン様にたずねるがよい」
「…では確認できるまでお待ちいただきます」
「いつまで待てと!?いい加減にしてくれ。私は急いでいるんだ」
 イライラとしているサフィラスの声に、相手の男性も声をあらげている。
「ですが、帯剣は貴族か司法関係者しか認められておりませんよ!」


 ガチャガチャ!

 はっとして、聞き耳を立てていたニゲルは、扉を開けようといじっている者の気配に息をのんだ。
(どうしよう!)
 馬車には隠れるところもない。
 そうはいっても、きょろきょろと、目を動かしてあれこれあれこれ考える。
 座席を持ち上げたら、そこに隠れられないだろうか。
 そんな案が浮かび、さっきまで寝ていたシートに手をかけて、おもいっきり上に持ち上げる。
(だめだ!開かない!反対側は!?)
 ニゲルはサフィラスが座っていた座席のシートに手をかける。
(ふっ…!)
 お腹に力を入れて、ぐっともち上げようと踏ん張った。
(アッ、開いた!)

「おい!しゃべってないでここを開けろ!」
 馬車の扉の前に居る男が、らんぼうな様子でサフィラスに命令している。


 まずい。

 早く隠れないと!

 ニゲルは厚みのあるシートを持ち上げたまま、右足を中に突っ込んで、身体をすっぽりと座席の下にいれる。
 急いで、持ち上げていたそれをかぶる様にあお向けになって下げると、棺桶かんおけに横たわったかのような形で完全に元通りにふたをした。

 中はせまくて真っ暗だ。もう少し体が大きかったら、きっと入らなかった。
 ドキドキと心臓がうるさく鳴って、息をつめようと思っても、鼻息があらくなってしまう。
 あまり聞こえなくなってしまったけど、外では話し声が続いている。

 しばらくすると、誰かが馬車内に入ってくる気配がした。
 ニゲルは目をつぶって息をのんだ。

「おい、…なんだこの床の包みは…。お前!一人旅にしては食べ物が多いようだな」

 やっぱりそうだ。馬車をくまなく検分けんぶんされている。

 


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