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第2章 旅立ち
別れの時⑤
しおりを挟む農場で過ごす最後の夜はあっという間にやってきた。
その間ニゲルはマリウスとアーラに別れを切り出すことが出来ず、ただ、2人を見るたびに心の中で謝っていた。
手紙は時間が出来た時、放牧場に一人で来ては何度も書いて書いて書き直して、最後には今まで言えずにいた、2人が何よりも大切であることを震える指で書きなぐった。
そうして心からの気持ちを幾度も吐き出せば、次第に荒れていた心は凪いでいき、涙も止まり、穏やかさを取り戻したのである。
一方サフィラスのけがは思いのほか酷く、たった2日程度では馬に乗ることはおろか、移動の為に山野を歩くことすら非常に困難であるように思われた。
とくに背中のけががひどいのだ。
ひどく擦りむいた擦過傷はやけども合わさっており、熱をもって膿んでいる。
せめてもう5日ほどここに居ろとウエンさんが説得していたけれど、サフィラスは2日後に出ると言って譲らなかった。その理由をニゲルは知っている。
ニゲルに自分のすべてを伝えるべく、正しく魔法を使えるための鍛錬をしようとしているのだ。もはや1日でも無駄にできないと、サフィラスは焦っているように見えた。自分の身体の養生よりも大事なのは、無理をしてでも一刻も早く習得させねばならぬことであり、それが山積み状態だと、きっと思っている。
ニゲルは、サフィラスの包帯を替える前の肌を清める湯を張った木桶を手にしたまま、台所の窓から外をみやった。
空の太陽はもう遠くの山々の合間に沈み、かすかな茜色の名残が、空と山との輪郭をあいまいにさせている。
ーーーついに夜が来る。
しかしもう、迷いはなかった。
「なあニゲル。包帯替え終わったら、ちょっと俺たちの部屋に来いよ」
後ろからマーロンが話しかけてきて、ぼんやり外をながめていたニゲルはびっくりして急に我に返る。
「あ、うん。わかった」
そのまま桶を抱えて、足早にサフィラスの部屋に向かう。
包帯を替える最中も、いつもサフィラスは腰を掛けたままで何も言わない。けれど、それがありがたかった。あれこれと言わずに、ニゲルの心の準備ができるのを待ってくれているのだ。
今日最後の包帯を替え終わると、サフィラスは意外な事に口を開いてはじめてニゲルにほほえんだ。
「ありがとう。上手になったな。器用でいいぞ」
「うん、上手にならないと、明日から大変でしょ?だから、空いてる時間にスマルさんに教えてもらったりしたんだ」
ニゲルもすこしだけ笑みを浮かべる。
サフィラスはそんなニゲルを見つめて、隣に座る様にうながした。
「…ニゲル。2人にはまだ話していないだろう」
「…」
床を見つめたまま黙ったままでいると、サフィラスはニゲルの肩を引き寄せた。
「ニゲル。まさかこのまま何も言わずに出ていくつもりではないだろう。今夜出発するのだから、きちんと話してきなさい。後悔してしまうよ」
「…手紙を、」
ニゲルは床を見つめたまま言った。
「 手紙…?」
「…手紙を書いたんだ…。なかなか、言い出せなくて…」
「そうか。けれど…。手紙を渡すのもいいが、やはりきちんと話し合ったほうが良いと思うよ。会いたいときに会えるとは限らないのだから」
「…そう…だね」
サフィラスの言う事はもっともだ。
けれど、最期の夜をマリウスたちと喧嘩で終わりたくもない。
「今夜、皆が寝静まった後に出る。支度は大丈夫かい?」
ニゲルは床を見つめたままうなずく。
「うん。大丈夫」
「なら、もうお行き。みんなとゆっくり過ごしなさい」
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