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第2章 旅立ち
別れの時③
しおりを挟む「え?え?ちょっとなにしてるの!?」
ラモは突然寝台の下に這いつくばって入り、何やら箱を次々引きずり出しはじめた。
一方マーロンはクローゼットの中の服をぽいぽい出し始め、何か奥の方に隠していたのか、ずた袋のような、小汚い袋を引っ張りだしたり、小さな木箱を出したりしている。
「あ、俺らはちょっと準備があるから、また後でな。お前が旅するなら、なにか良いものを見繕って、持たせてやるからな」
「あ、そう…。わかった」
しっしっ、と手で払われ、なんだか腑に落ちない気分のまま、追い出されるようにして部屋を後にした。
(ん?)
その時、廊下の向こうにある黒い塊が、部屋から出てきたニゲルに反応してむくりと顔を上げた。
あの黒い大きな犬だ。
寝そべっていた大きな体をこちらに向き変えると、精悍な顔つきで鼻をヒクヒクさせた後、ゆっくりと立ち上がり、こちらにやってくる。
(おおきい…)
ニゲルはその存在感に圧倒される。
壁側に寄って、犬の通り道をあけてやろうとしたけれど、予想外な事に、ニゲルの目の前でその巨体はピタリと止まり、なでろと言わんばかりに体を寄せてきたのだ。
ふっさりとした尾っぽが目の前に垂れており、壁にへばりつくように後ずさったニゲルの手に、ふらふらと当たってくる。
「えっと…君をなでても?」
黒い犬は、ふいっと一瞬こちらを見て、再び尾をふらふら揺らした。
「あ、ありがとう…」
恐る恐る頭から背中をすうっとひとなですると、目を細めてじっとしている。
「かしこそうだなぁ…」
ニゲルは独り言をつぶやいて犬の横顔をのぞきこんだ。それにしても、こんなでっかい犬は見た事がない。のしかかられたりしたら、潰れてしまいそうだ。ちょっと怖い。
「あれ?なんか下がってる」
のぞいた横顔の下、きらりと光った物を目がとらえた。
首に何かぶら下がっている。
よくよく見てみれば、毛で埋まってほとんど見えなかった細いくさりの首輪の先に、透明なガラス玉がついているのだ。その中に種火のような小さな炎のような模様が、ガラス玉の中をまるでぐるぐると渦巻いているかのように、ゆらゆらしていた。
「なんだろう、これ」
触ってみたくて手を伸ばしたが、蛍石を割ってしまった事が脳裏によみがえり、ハッとしてやめる。
「君、名前はなんていうの?」
犬に答えられるわけがないけれど、賢そうだからついつい話かけてしまう。
「僕はニゲル。かっこいいね」
嫌がっていないと感じ、もう一度、頭から背中にかけてゆっくりなでる。
黒々として艶めく豊かな毛並みに、吠えも唸りもしない穏やかそうな姿。
けれど、顔つきは精悍で、勇ましい様子が垣間見える。手足は長く、山野を駿馬のように駆けていけそうだ。
「僕は、明後日行かなくちゃいけないんだ…だから、きょうだいにそれを言わなきゃいけないんだけど…なかなか勇気が出なくて…君にこんな話しても分かんないだろうけど…」
すると、ふいっと鼻づらで手をつつかれ、ついて来いと言わんばかりに、巨体を揺らしながら歩き始めた。
数歩歩いてピタッと止まると、こちらを振り返って今度はじっと見つめている。
「ついて来いってこと…?」
そう言うと、まるで言葉がわかるかのようにうなずいた。…ように見えた。
びっくりして駆け寄ると、犬は再び前を向いて歩き始めて、迷いなく玄関へ向かった。
(どこまで行くつもりなんだろ…)
しかたなく後をついて玄関を出たニゲルは、数メートル先を犬が導くままに、牛舎の方向に向かって歩いていた。
まさか、こんなところにアーラとマリウスが居るとでもいうのか。
牛舎に着いたところで、犬は足を止めて、ニゲルを振り返る。
まるで、ここにいるから行って来いと言っているかのように、牛舎の方向に目をやると、その場で動かなくなったのだ。
「ここに、2人がいるの?」
ニゲルは犬に向かってそう話しかけていた。
犬はもう一度ニゲルを見ると、再び牛舎の方へ目をやった。
きっと、そうなのだ。なんとなく、そう思って重い足取りで牛舎の中に入る。
「おはようございます。あの…僕のきょうだいを見ませんでしたか?」
ニゲルは牛たちの間で朝早くからいつも牛舎の掃除をしているあの老人に声をかけた。
ああ、と老人は声を上げると、帽子のつばを指で押し上げてニゲルに笑いかける。
「さっきあっちの方にいっちまったよ」
指をさしたのは、牛舎の裏、冬の間に飼料を貯めておくサイロがある方向だ。
「ありがとうございます」
「なに、喧嘩でもしたんかい?泣いてるようだったよ」
「…え」
泣いていた。
そう聞いて、ニゲルは小走りで牛舎の裏に回った。
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