最後の魔導師

蓮生

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第2章 旅立ち

決意

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『自然に逆らう罪深い魔法だ』


 独り言のようなそれを聞いた瞬間、ニゲルは言葉が出なかった。

 ただ、瞳を揺らすサフィラスを見つめることしか出来ない。そしてこうしてじっと見つめるその顔には、見たこともない、さみしさと悲しみと、孤独の苦しみの中に悔しさがぐちゃぐちゃに混ぜ合わさったような、疲れた表情が浮かんでいた。

 どんな言葉をかけても、それが晴れるとは思えなかった。
 
 この瞳は、枯れ果ててしまうほど幾晩いくばんも涙を流したのかもしれない。
 それほどに傷つき、後悔し、自分を見失なったままであるかのように見えたのだった。


 だが一つだけニゲルに分かった事がある。


 サフィラスはひとりぼっちなのだ。

 いつも1人で、心から安らぐ瞬間もなければ、誰といても常に気が張って、ひたすら色々な事に耐えているのだということだけは理解できた。誰もこの人を救える人がいないのだと。

 サフィラスは、導師の命を引き換えにもらったこの命を、粗末にできない。
 
 そこまで罪深いことを尊敬する先生にさせてしまったからだ。
 国1番の名誉めいよある先生。
 その先生の輝かしい人生に、永遠に消えない傷をつけ、泥を塗ったのだと。あまつさえ、命までうばってしまった。

 しかし一方で、その命をかけて一人でずっと戦ってきたのだろう。

 自分を、全てを捨てて助けてくれた平和を愛する師匠のために。
 
 そしてなにより、自分が助かったばかりに余計に恨みを買う羽目になり、結果的に多くの魔法士仲間を死なせてしまったから。

 こうしてウエンさんのように隠れて暮らすことも逃げることも出来たかもしれない。けれど仲間のためにそれをしなかった。
 もっとも力のある魔導師だから。
 そして亡くなった仲間や自分を助けてくれた師匠へのつぐないとして、自らの責務せきむを果たそうとしているのだ。


 ーーいつからサフィラスは1人なのだろう。サフィラスの仲間はウエンさん以外、みんな死んでしまったのだろうか。

 そうだとしたら、あまりにも辛すぎる。1人であのアオガンや王様達を相手にするなんて無理がありすぎる。


「…サフィラスはさ、僕にどうして今この話をするの?僕を本当の弟子にするつもりになったから?」


「…ニゲルには話さなければと思ったからだ」

「それは…僕が不思議な力を持っているとわかったから?それとも、他の理由?」


「かつて、ニゲルと同じ力を、アオガンが持っていたからだ。魔法士をみ嫌い、導師にあんな運命を選ばせたあいつは、今でも私を恨んでいる。当てつけの様に大勢の魔法士を殺して、根絶ねだやしにしてやろうとしているんだ。私は恐ろしい…こんな事が一体いつまで続くのかと。どうかニゲルはそうならないでくれ…」

 ニゲルはサフィラスの手をとり、しっかりとにぎった。
「何が怖いの?言われなくてもぼくは、あんなヤツと同じにはならないよ。…たとえ同じような力を持っていても、誓って僕は絶対ああならない。みんなを守るんだ。きっとその為に天から授かった力なんだ。僕がそんなこと、いつかやめさせてみせる」

「けれどね、ニゲル。君は、私と同じようにあいつに顔を知られてしまった。なぜ君があそこで隠れるように暮らしていたのか、アイツは疑問視ぎもんししているはずだ。そして、何らかの関わりがあるはずだと考えていて、実際、朝に晩に監視かんしをよこしている。もしかしたら何かに気づいているかもしれないし何を考えているか分からない。とにかくアオガンは危険なんだよ。魔法士狩りを自ら進んでやっている男だ。あの家にはもう住めないだろう。そしてきっと君の居場所を地の果てでも追いかけてくる。ましてや、力に目覚めてしまったから、それを知れば尚更魔法士にさせまいと躍起やっきになって刺客しかくを送ってくるだろう」

 サフィラスの言いたい事がもはやニゲルにはなんであるか、理解できていた。

「…そっか、わかったよ…僕はここに居ちゃ、だめなんだね…」

 あきらめ、といえばそうかもしれないけれど、誰かを責めたりする気持ちにはならなかった。
 仕方がない、どうしようもないことなのだ。

「…君の安全はどこにも無くなってしまった。お母さんに、君達を守ってくれと言われたのに!!」

「…僕はそれでも構わないよ」
 
 ニゲルの決然けつぜんとした態度たいどに、サフィラスは呆然ぼうぜんとした、血の気の引いた顔で眉をしかめた。

「やつらは子供だって容赦はしない。…これまでのように無事で済むとは限らないんだぞ」

脅かすように言い放ったけれど、ニゲルは目を逸らさずに答えた。

「その時は、この腕輪を頼るよ…。アーラとマリウスはあの人に顔を見られていない。だから、僕さえ離れていれば安全だ。お母さんとの約束をまもらなきゃ。2人を守るって…だから、2人が守れるなら、僕は…ぼくは…ッ」

 ニゲルの目の縁から、耐えきれなかった涙がポロリとほおを滑り落ちた。

「ぼくは…!みんなとこの先会えなくなっても、ここから出るよ…」

 なかば叫ぶように言った言葉は、にじむ視界の中でかすれて消えた。

 けど、その言葉にうそはない。おそれていては、何もならないのだ。何もしないで怯えて暮らし、いつかアーラやマリウスが殺されてしまうくらいなら、自分の命をかけてみんなが助かる道を探したほうがよっぽどいい。

「どうか僕にありったけの事を教えて」

「ニゲル。おまえは何と勇敢ゆうかんな子よ。…わたしと、一緒に行くかい」

 サフィラスも両眼にあふれんばかりの涙をたたえて、しっかりとニゲルを抱きしめた。
 包むような手のひらが、落ち着かせようとぎこちなく背中をなでている。
 ニゲルも涙をこらえて前をみすえた。

 泣くものか。
 お母さんに再び会える時が来て、胸を張って2人を守ったと言える日まで。
 
 たとえ険しい道でも、泣いてあともどりなんか絶対にしない。みんなを守ってみせる。

「…うん、行くよ。サフィラスと…」

 ニゲルを強く抱きしめた気高き魔導師は、決意のにじむ瞳を静かに閉じた。

「そうか。ならばお前に私の全てをたくそう。アオガンと戦ってこの国で生きるんだ。いつか自由になるその日まで…最後まで絶対に希望を捨てないと約束してくれ、ニゲル」
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