44 / 93
第2章 旅立ち
決意
しおりを挟む
『自然に逆らう罪深い魔法だ』
独り言のようなそれを聞いた瞬間、ニゲルは言葉が出なかった。
ただ、瞳を揺らすサフィラスを見つめることしか出来ない。そしてこうしてじっと見つめるその顔には、見たこともない、さみしさと悲しみと、孤独の苦しみの中に悔しさがぐちゃぐちゃに混ぜ合わさったような、疲れた表情が浮かんでいた。
どんな言葉をかけても、それが晴れるとは思えなかった。
この瞳は、枯れ果ててしまうほど幾晩も涙を流したのかもしれない。
それほどに傷つき、後悔し、自分を見失なったままであるかのように見えたのだった。
だが一つだけニゲルに分かった事がある。
サフィラスはひとりぼっちなのだ。
いつも1人で、心から安らぐ瞬間もなければ、誰といても常に気が張って、ひたすら色々な事に耐えているのだということだけは理解できた。誰もこの人を救える人がいないのだと。
サフィラスは、導師の命を引き換えにもらったこの命を、粗末にできない。
そこまで罪深いことを尊敬する先生にさせてしまったからだ。
国1番の名誉ある先生。
その先生の輝かしい人生に、永遠に消えない傷をつけ、泥を塗ったのだと。あまつさえ、命までうばってしまった。
しかし一方で、その命をかけて一人でずっと戦ってきたのだろう。
自分を、全てを捨てて助けてくれた平和を愛する師匠のために。
そしてなにより、自分が助かったばかりに余計に恨みを買う羽目になり、結果的に多くの魔法士仲間を死なせてしまったから。
こうしてウエンさんのように隠れて暮らすことも逃げることも出来たかもしれない。けれど仲間のためにそれをしなかった。
もっとも力のある魔導師だから。
そして亡くなった仲間や自分を助けてくれた師匠へのつぐないとして、自らの責務を果たそうとしているのだ。
ーーいつからサフィラスは1人なのだろう。サフィラスの仲間はウエンさん以外、みんな死んでしまったのだろうか。
そうだとしたら、あまりにも辛すぎる。1人であのアオガンや王様達を相手にするなんて無理がありすぎる。
「…サフィラスはさ、僕にどうして今この話をするの?僕を本当の弟子にするつもりになったから?」
「…ニゲルには話さなければと思ったからだ」
「それは…僕が不思議な力を持っているとわかったから?それとも、他の理由?」
「かつて、ニゲルと同じ力を、アオガンが持っていたからだ。魔法士を忌み嫌い、導師にあんな運命を選ばせたあいつは、今でも私を恨んでいる。当てつけの様に大勢の魔法士を殺して、根絶やしにしてやろうとしているんだ。私は恐ろしい…こんな事が一体いつまで続くのかと。どうかニゲルはそうならないでくれ…」
ニゲルはサフィラスの手をとり、しっかりとにぎった。
「何が怖いの?言われなくてもぼくは、あんなヤツと同じにはならないよ。…たとえ同じような力を持っていても、誓って僕は絶対ああならない。みんなを守るんだ。きっとその為に天から授かった力なんだ。僕がそんなこと、いつかやめさせてみせる」
「けれどね、ニゲル。君は、私と同じようにあいつに顔を知られてしまった。なぜ君があそこで隠れるように暮らしていたのか、アイツは疑問視しているはずだ。そして、何らかの関わりがあるはずだと考えていて、実際、朝に晩に監視をよこしている。もしかしたら何かに気づいているかもしれないし何を考えているか分からない。とにかくアオガンは危険なんだよ。魔法士狩りを自ら進んでやっている男だ。あの家にはもう住めないだろう。そしてきっと君の居場所を地の果てでも追いかけてくる。ましてや、力に目覚めてしまったから、それを知れば尚更魔法士にさせまいと躍起になって刺客を送ってくるだろう」
サフィラスの言いたい事がもはやニゲルにはなんであるか、理解できていた。
「…そっか、わかったよ…僕はここに居ちゃ、だめなんだね…」
あきらめ、といえばそうかもしれないけれど、誰かを責めたりする気持ちにはならなかった。
仕方がない、どうしようもないことなのだ。
「…君の安全はどこにも無くなってしまった。お母さんに、君達を守ってくれと言われたのに!!」
「…僕はそれでも構わないよ」
ニゲルの決然とした態度に、サフィラスは呆然とした、血の気の引いた顔で眉をしかめた。
「やつらは子供だって容赦はしない。…これまでのように無事で済むとは限らないんだぞ」
脅かすように言い放ったけれど、ニゲルは目を逸らさずに答えた。
「その時は、この腕輪を頼るよ…。アーラとマリウスはあの人に顔を見られていない。だから、僕さえ離れていれば安全だ。お母さんとの約束をまもらなきゃ。2人を守るって…だから、2人が守れるなら、僕は…ぼくは…ッ」
ニゲルの目の縁から、耐えきれなかった涙がポロリとほおを滑り落ちた。
「ぼくは…!みんなとこの先会えなくなっても、ここから出るよ…」
なかば叫ぶように言った言葉は、にじむ視界の中でかすれて消えた。
けど、その言葉にうそはない。おそれていては、何もならないのだ。何もしないで怯えて暮らし、いつかアーラやマリウスが殺されてしまうくらいなら、自分の命をかけてみんなが助かる道を探したほうがよっぽどいい。
「どうか僕にありったけの事を教えて」
「ニゲル。おまえは何と勇敢な子よ。…わたしと、一緒に行くかい」
サフィラスも両眼に溢れんばかりの涙を湛えて、しっかりとニゲルを抱きしめた。
包むような手のひらが、落ち着かせようとぎこちなく背中をなでている。
ニゲルも涙を堪えて前をみすえた。
泣くものか。
お母さんに再び会える時が来て、胸を張って2人を守ったと言える日まで。
たとえ険しい道でも、泣いてあともどりなんか絶対にしない。みんなを守ってみせる。
「…うん、行くよ。サフィラスと…」
ニゲルを強く抱きしめた気高き魔導師は、決意のにじむ瞳を静かに閉じた。
「そうか。ならばお前に私の全てを託そう。アオガンと戦ってこの国で生きるんだ。いつか自由になるその日まで…最後まで絶対に希望を捨てないと約束してくれ、ニゲル」
独り言のようなそれを聞いた瞬間、ニゲルは言葉が出なかった。
ただ、瞳を揺らすサフィラスを見つめることしか出来ない。そしてこうしてじっと見つめるその顔には、見たこともない、さみしさと悲しみと、孤独の苦しみの中に悔しさがぐちゃぐちゃに混ぜ合わさったような、疲れた表情が浮かんでいた。
どんな言葉をかけても、それが晴れるとは思えなかった。
この瞳は、枯れ果ててしまうほど幾晩も涙を流したのかもしれない。
それほどに傷つき、後悔し、自分を見失なったままであるかのように見えたのだった。
だが一つだけニゲルに分かった事がある。
サフィラスはひとりぼっちなのだ。
いつも1人で、心から安らぐ瞬間もなければ、誰といても常に気が張って、ひたすら色々な事に耐えているのだということだけは理解できた。誰もこの人を救える人がいないのだと。
サフィラスは、導師の命を引き換えにもらったこの命を、粗末にできない。
そこまで罪深いことを尊敬する先生にさせてしまったからだ。
国1番の名誉ある先生。
その先生の輝かしい人生に、永遠に消えない傷をつけ、泥を塗ったのだと。あまつさえ、命までうばってしまった。
しかし一方で、その命をかけて一人でずっと戦ってきたのだろう。
自分を、全てを捨てて助けてくれた平和を愛する師匠のために。
そしてなにより、自分が助かったばかりに余計に恨みを買う羽目になり、結果的に多くの魔法士仲間を死なせてしまったから。
こうしてウエンさんのように隠れて暮らすことも逃げることも出来たかもしれない。けれど仲間のためにそれをしなかった。
もっとも力のある魔導師だから。
そして亡くなった仲間や自分を助けてくれた師匠へのつぐないとして、自らの責務を果たそうとしているのだ。
ーーいつからサフィラスは1人なのだろう。サフィラスの仲間はウエンさん以外、みんな死んでしまったのだろうか。
そうだとしたら、あまりにも辛すぎる。1人であのアオガンや王様達を相手にするなんて無理がありすぎる。
「…サフィラスはさ、僕にどうして今この話をするの?僕を本当の弟子にするつもりになったから?」
「…ニゲルには話さなければと思ったからだ」
「それは…僕が不思議な力を持っているとわかったから?それとも、他の理由?」
「かつて、ニゲルと同じ力を、アオガンが持っていたからだ。魔法士を忌み嫌い、導師にあんな運命を選ばせたあいつは、今でも私を恨んでいる。当てつけの様に大勢の魔法士を殺して、根絶やしにしてやろうとしているんだ。私は恐ろしい…こんな事が一体いつまで続くのかと。どうかニゲルはそうならないでくれ…」
ニゲルはサフィラスの手をとり、しっかりとにぎった。
「何が怖いの?言われなくてもぼくは、あんなヤツと同じにはならないよ。…たとえ同じような力を持っていても、誓って僕は絶対ああならない。みんなを守るんだ。きっとその為に天から授かった力なんだ。僕がそんなこと、いつかやめさせてみせる」
「けれどね、ニゲル。君は、私と同じようにあいつに顔を知られてしまった。なぜ君があそこで隠れるように暮らしていたのか、アイツは疑問視しているはずだ。そして、何らかの関わりがあるはずだと考えていて、実際、朝に晩に監視をよこしている。もしかしたら何かに気づいているかもしれないし何を考えているか分からない。とにかくアオガンは危険なんだよ。魔法士狩りを自ら進んでやっている男だ。あの家にはもう住めないだろう。そしてきっと君の居場所を地の果てでも追いかけてくる。ましてや、力に目覚めてしまったから、それを知れば尚更魔法士にさせまいと躍起になって刺客を送ってくるだろう」
サフィラスの言いたい事がもはやニゲルにはなんであるか、理解できていた。
「…そっか、わかったよ…僕はここに居ちゃ、だめなんだね…」
あきらめ、といえばそうかもしれないけれど、誰かを責めたりする気持ちにはならなかった。
仕方がない、どうしようもないことなのだ。
「…君の安全はどこにも無くなってしまった。お母さんに、君達を守ってくれと言われたのに!!」
「…僕はそれでも構わないよ」
ニゲルの決然とした態度に、サフィラスは呆然とした、血の気の引いた顔で眉をしかめた。
「やつらは子供だって容赦はしない。…これまでのように無事で済むとは限らないんだぞ」
脅かすように言い放ったけれど、ニゲルは目を逸らさずに答えた。
「その時は、この腕輪を頼るよ…。アーラとマリウスはあの人に顔を見られていない。だから、僕さえ離れていれば安全だ。お母さんとの約束をまもらなきゃ。2人を守るって…だから、2人が守れるなら、僕は…ぼくは…ッ」
ニゲルの目の縁から、耐えきれなかった涙がポロリとほおを滑り落ちた。
「ぼくは…!みんなとこの先会えなくなっても、ここから出るよ…」
なかば叫ぶように言った言葉は、にじむ視界の中でかすれて消えた。
けど、その言葉にうそはない。おそれていては、何もならないのだ。何もしないで怯えて暮らし、いつかアーラやマリウスが殺されてしまうくらいなら、自分の命をかけてみんなが助かる道を探したほうがよっぽどいい。
「どうか僕にありったけの事を教えて」
「ニゲル。おまえは何と勇敢な子よ。…わたしと、一緒に行くかい」
サフィラスも両眼に溢れんばかりの涙を湛えて、しっかりとニゲルを抱きしめた。
包むような手のひらが、落ち着かせようとぎこちなく背中をなでている。
ニゲルも涙を堪えて前をみすえた。
泣くものか。
お母さんに再び会える時が来て、胸を張って2人を守ったと言える日まで。
たとえ険しい道でも、泣いてあともどりなんか絶対にしない。みんなを守ってみせる。
「…うん、行くよ。サフィラスと…」
ニゲルを強く抱きしめた気高き魔導師は、決意のにじむ瞳を静かに閉じた。
「そうか。ならばお前に私の全てを託そう。アオガンと戦ってこの国で生きるんだ。いつか自由になるその日まで…最後まで絶対に希望を捨てないと約束してくれ、ニゲル」
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
王女様は美しくわらいました
トネリコ
児童書・童話
無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。
それはそれは美しい笑みでした。
「お前程の悪女はおるまいよ」
王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。
きたいの悪女は処刑されました 解説版
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
かつて聖女は悪女と呼ばれていた
楪巴 (ゆずりは)
児童書・童話
「別に計算していたわけではないのよ」
この聖女、悪女よりもタチが悪い!?
悪魔の力で聖女に成り代わった悪女は、思い知ることになる。聖女がいかに優秀であったのかを――!!
聖女が華麗にざまぁします♪
※ エブリスタさんの妄コン『変身』にて、大賞をいただきました……!!✨
※ 悪女視点と聖女視点があります。
※ 表紙絵は親友の朝美智晴さまに描いていただきました♪

理想の王妃様
青空一夏
児童書・童話
公爵令嬢イライザはフィリップ第一王子とうまれたときから婚約している。
王子は幼いときから、面倒なことはイザベルにやらせていた。
王になっても、それは変わらず‥‥側妃とわがまま遊び放題!
で、そんな二人がどーなったか?
ざまぁ?ありです。
お気楽にお読みください。

悪女の死んだ国
神々廻
児童書・童話
ある日、民から恨まれていた悪女が死んだ。しかし、悪女がいなくなってからすぐに国は植民地になってしまった。実は悪女は民を1番に考えていた。
悪女は何を思い生きたのか。悪女は後世に何を残したのか.........
2話完結 1/14に2話の内容を増やしました
ローズお姉さまのドレス
有沢真尋
児童書・童話
最近のルイーゼは少しおかしい。
いつも丈の合わない、ローズお姉さまのドレスを着ている。
話し方もお姉さまそっくり。
わたしと同じ年なのに、ずいぶん年上のように振舞う。
表紙はかんたん表紙メーカーさまで作成

お姫様の願い事
月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる