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1章 出会い
お母さんの気持ちと僕らの気持ち
しおりを挟むサフィラスはこうも続けた。
「いいかい。これは誰かにうばわれない為にも、できればつねに身に着けていたほうが良いものだ。そうすれば、もしも誰かが腕からもぎ取ろうとしたりすれば、たちまちその者は腕輪からひどい苦しみを与えられる。とてもうばうことは無理だろう」
「え…いま僕、マリウスの腕輪とっちゃった…」
「それは心配ない、ニゲルの腕に腕輪があるから大丈夫なんだ」
「腕輪にそんなこと分かるの!?」
「この3つはたがいに共鳴しあっているんだ。だから持ち主同士は安全なんだよ」
「そうなんだ…」
「お母さんは、君たちを今もそばで守っているんだ。そしてこれからもね」
しかしその言葉に、マリウスはしかめっ面をした。
バン!と机に手をついて、立ち上がる。
「じゃあ……なんで居なくなったのさ?お母さんもお父さんも、大人は自分勝手だ!僕たちこんなに困ってるのに!」
それはとても悲痛な叫びだった。ニゲルにもその気持ちは十分に理解できた。
なぜならニゲルたちはずっとこの悲しみを抱えながらここに住んでいたから。
けれど、それを目の前の大人だけにぶつけるのは間違っていると思った。
「マリウス…!そんなことサフィラスに言ったって仕方ないだろ……」
しかしサフィラスは、マリウスの手を取り、頭を下げた。
「たしかに大人は自分勝手だ。すまない。私も謝ろう。しかし、お母さんのことを悪く言うのはやめてほしい。お母さんは君たちを守るために、以前の裕福な暮らしを捨て、ここに来たんだ。決して君たちを見放したり見捨てたわけじゃない。ただ、どうしても帰れないんだ、ルシエは…」
「…なんでお母さんの名前しってるの?」
はっとしておもてを上げたサフィラスに、マリウスは詰め寄った。
「なんで知ってるの?ねえ?お母さんのこと知ってるの!?」
「マリウス、やめて!ちょっと落ち着いてよ!」
マリウスはニゲルがつかんだ腕を振り払った。
「なんで!兄ちゃんだって思ってるだろ?なんでお母さんは僕たちをここに置いてけぼりにしたんだって!」
「それはそうだけど…!」
けんかがはじまるような空気に、サフィラスはニゲルとマリウスの手をとり、ぎゅっとにぎった。
「ニゲル。いいんだ。ちょうどいい。私も昨日の事があって君たちを尚更ここに置いておけないと思っていたんだ。これは私の提案ではあるけれど、3人で考えてほしい事がある。…ここはお母さんが言うように、ニゲルたちにとってとても安全な場所だったと思う。けれど、これからは分からない。だから、私が古い知り合いの農場主に君たちの話を昨日しに行った。勝手なことをしてすまない。だけど、そこは安全な場所だと私が保証しよう。食べるのに困らないし、勉強だってできる。その農場主は子供が好きな夫婦だからとても喜んでくれて、ぜひみんなに会いたい、一緒に暮らしたいと言っている。どうだろう。ここから出て、もう少し町場に近い農場に移り住まないかい?」
ニゲルは驚きのあまり絶句していた。
農場?
農場で普通に暮らせるのか。
「それ、本当のはなし?」
突然、背後から声がした。
アーラだ。アーラがいつのまにか台所を柱の隅からのぞいている。
「ねえ、ほんとう?」
アーラはゆっくり歩いてニゲルの傍まで来ると、おかあさんはもう帰ってこないのかと、ニゲルに問うた。
「…アーラちゃん。私はうそは言わないよ。お母さんは事情があってここに帰ってこれない。だから、新しい場所で不自由なく、暮らさないかい?本も読めるように文字の勉強だってできるし、可愛い服だって着られる。そこには何も恐れるものはない。約束しよう」
「……」
マリウスもアーラも、そしてニゲルも、だれもしゃべらなかった。みんなそれぞれにここはお母さんとの思い出が詰まっていて、離れがたかった。
しかし、ニゲルだけは心の中で、これから先ここで2人を守りながらずっと暮らすのは大変じゃないかと感じていた。
それに、昨日あの危ない男の人に襲われたのだ。また来ないとも限らない。もしもあれがアーラやマリウスだったらと思うと、とてもじゃないけど、ここでみんなを守っていくのは無理だ。たしかに新しい場所で、知らない人の家に行かなければならないのは怖いけれど、サフィラスが大丈夫だというなら、信じてもいいんじゃないか。そして、それ以外に今の自分たちに選べる道はないような気がした。
「ねえ、2人とも。いこう、そこに」
ニゲルはずっと一緒に暮らしてきた大切なきょうだいを見つめた。
しかしその言葉に、マリウスは不安そうに瞳を揺らす。
「けど…どんな人か分からないから、会ってみないと僕は不安だよ…」
「マリウス君のいう事もわかる。であれば、早速明日、彼らのところまで案内しよう。どんな人か会って、色々見てから決めたらいい」
サフィラスはそういうと、にっこりと笑った。
「きっと気に入るよ。それに、引っ越しもすぐに終わるだろう。なにせ彼ら夫婦のところには君たちと同じくらいの年の子が何人かいて、引っ越し作業も張り切って手伝ってくれるからね」
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