最後の魔導師

蓮生

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1章 出会い

ニゲルのつりざお

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 今日は特についてない1日だった。


 辺りに人はなく、一人ポツンと、夕暮れに染まる川縁に、疲れてくたびれ果てた旅人のようにニゲルはドサリと座り込んでいた。

「…あぁ、もう…ぜんぜん釣れない…」

 空に浮かぶまるまるとした太陽は、だんだん赤くなって、周りの空も雲も赤色で染めはじめている。

 そろそろ帰らなきゃいけない。

 そうはおもいながらも、川のそばの草むらに膝をかかえて座ったまま、ニゲルはぼんやり空を見上げた。

 ここは、ニゲルの住む山の麓から程近い小川で、カワガニや魚が獲れる場所。

 しかし、ニゲルは下手だから、なかなかとれない。…今日は特にだめだ。

 ちいさな鳥たちも巣に急いで帰ろうとしているのか、こちらを気にもせず頭の上をびゅんっと通り過ぎていく。

(かえらなきゃ…)

 でも、魚籠ビクをのぞいても、魚は増えていない。

 まだ1匹だ。
 それも、ニゲルの片手のひらに入るくらい小さい魚。きっと食べるところなんて、ちょっとしかない。
 骨ばかりだ、きっと。

 今日は、お昼も食べてないのに、こんなんじゃあ、だめだ。

「…お腹すいたなぁ」

 はぁ、とため息をつくと、ゆらゆらと、茜色に輝く水面を見つめた。

「せめて、あと1匹あればなぁ…」
 そしたら、弟と、妹の分はあるのに。

 なかばやけくそで、川に向かって、石やら掴んだ草やらを手当たり次第投げ込む。

 すると、ぽちゃんと魚がとおくで跳ねた。

「あっ」

 ニゲルはすくっと立ち上がると、お尻をはたくのも忘れて、むしって千切れた草を放り投げた。


 水面に糸を垂らしたまま立てかけていたつりざおを、急いで手に取る。

「あいつを釣ってやる!」

 いそいそと虫籠から小さな糸ミミズを指でつかんで出すと、ウネウネといやがる姿を2つ3つ、針に取り付ける。

 ピュッと勢いよくサオを振って、魚が跳ねた辺りに午前中頑張って集めた糸ミミズを落とした。

「でっかいやつ!でっかい奴!こい!」

 思わず叫ぶ。
 もうお腹いっぱい魚が食べたい。

 2人分はあるくらいの太った魚でありますように。

 ニゲルは心の中で必死に祈った。

 そしてこれが釣れたら家に帰ろう。

 そう決めて。


「あっ!!」


 ぴんっと、糸が張り、くいっ、くいっと、手が引っ張られた気がした。

「いいぞ!」

(もしかして、さっきの魚かも!)

 きゅうにドキドキとしてきて、口がにんまりとなった。

 いや、あせっちゃだめだ。
 ゆっくり、確実に糸を手繰り寄せなきゃ。
 だって、今日はコイツを食べるんだから。


「よしよし、いいぞ…」
 水面の下、ヒレを振る黒い影が見えた。

 これはなかなかおっきい。

 もしかしたら、3人でお腹いっぱい食べられる大きさかもしれない。

 帰り間際にようやく運が向いてきたなぁ、とニゲルはどうにも笑いが出てしまう。

「焼き魚もいいけど、ちょっと汁物も食べたいなぁ…」


 ところが。


「あ、あれ?」

 何かおかしい。

 魚はビクビクと異様な動きをしているのか、ニゲルの持つ小さなつりざおを上下に、左右に、ブルブルと震えるように大きく小さく揺らす。

「え、え、ちょっと!ちょっと!」

 今度はぐるぐると、ニゲルがサオを持つ手ごと、回り始めた。
 空に円を描くように次第に勢い付いて大きく回り始める両手。
 それを必死に抑えようと、足を踏ん張り、手を止めようと力を込めたりして、なんともマヌケな格好で、とにかく夢中で頑張る。

「んん――!とまれー!!止まれったらー!!」

 離してなるものか。
 ぜったい、ぜったい食べるんだ!

「と――ま――れぇ―――!!この ――ッ!!」


 と、プツン、と音がした。

「うわぁ!!」

 ゴロンと後ろに転がるニゲル。

 頭がガンガンジンジンと痛い。
 打ったのだ。

 唯一の自慢、金色のふわふわ髪は草むらにまみれ、盛大に転がった時に付いた泥で、後ろ頭は見なくても十分汚れたに違いない。

「いててて…」

 サオを握り締めたまま、泥で濡れた後頭を左手で抑える。
 すごく痛い。
 1人だから、余計に痛く感じる。

 横向きになると、そのままショックをやり過ごした。

 どうやら釣り糸が切れたらしい。

 たぐり寄せた糸は、途中から引きちぎったようにぼろぼろになっていて、先には、針も付いていない。

 当然、魚も。

「…あぁ…針が……っ!最後のつりばりだったのに…」

 ニゲルは悲しくなった。
 魚が釣れなかったことに加え、針まで無くしてしまった。

 明日から釣りをどうしよう。
 もう、魚釣りができないかも知れない。

 その事が不安になったのか、なんなのか、じんわりとドングリ眼のふちから、涙が浮かんでくる。

 仰向けになると、うるうると涙で滲む視界で沈みゆく太陽を眺めた。
 綺麗で、温かい、暖炉のような色だ。

 だけど、寂しくなった。
 暖かい家で、ニゲルを温かい腕で抱きしめてくれる人はいない。帰るのは、冷たくひんやりとした洞窟の中の家だ。

 男なのにこんな事で泣いてしまうなんて。
 そう思っても、止まらない。

 恥ずかしい目を腕で覆う。

 ぽろぽろと、勝手に出てくる涙粒に、鼻水まで出てくる。
「…うっ…ぐすっ…ずっ…」

(お母さん…)

 もう嫌だ。
 なんでニゲルばかりこんなことをしなきゃいけないのか。

「…うぅ…お母さん、帰って、きてよ…ずっ…」

 一年前、居なくなってしまったお母さんの事を考え始めると、止まらなくなってくる。

 ニゲル達を残して、ある日突然、消えてしまった。

「お母さん…どこにいるんだよ…!」

 こんな生活、もう嫌だよ!!

 心の中では毎日そう思ってきた。
 だけど、妹や弟の前では言えない。
 それに、言ったって、どうにもならない。

「ずっ…ぐす…」

 こんな所で泣いてないで、帰ろう。
 帰らなきゃ。
 2人が待ってる。

 ニゲルはぼんやりとした頭で、最後の気力を振り絞って、起き上がろうとした。
 今日は、今日もだけど、芋の煮っ転がしで我慢するしかない。





「…やあ、こんにちは」



「?」

 ビクッとしたニゲルは、肩の向こうを振り返る。

 誰かいる。

 だれだろう。

 よおく見れば、その涼しげな声の方には、なんだかきれいな格好をした男の人が、立っていた。

 土手の上、手を振っている。

(…僕に手を振ってる…?)

 ニゲルは急に恥ずかしくなって、汚れてシミも取れなくなった白いシャツの袖で、涙や鼻水をゴシゴシこすって拭いた。

 頭を両手で撫でつけ、なんとなく整えながら、そのお兄さんに声をかけた。

「こんにちは…」

 ちょっとかぼそくて小さな声だったが、お兄さんには聞こえたようだ。

 ニゲルが挨拶をするや否や、土手の斜面を降りながら、迷いのない足どりで、草むらをスタスタと踏み分けてこちらに近づいてくる。


「やあ、じゃまして悪いね。お名前は?」

 突然の事にくちごもっていると、さっと頭を撫でられる。
 カアっと頰に熱が集まってしどろもどろになるが、なんとか声を出して答える。

「…ニ、…ニゲル…」

 ニゲルはそっとお兄さんを見上げた。

 すると、お兄さんはニッコリ笑った。

「ニゲル君」

「は、はい」


「この辺りに、宿はないかい?」

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