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授かりもの顛末
願いの縦糸 其の三
しおりを挟むうー……。
金の鼠が、ふわふわした苔の寝床で身じろぎをしている。
福鼠になって以来、長い眠りについていた頃をのぞき、この鼠は毎朝きっちり起きるようになった。
が、しかし、今日に限って寝汚い。
……いいよもう、おいら、福鼠じゃなくって普通の鼠でさ。おいらより凄い名前の奴がふたりもいるし……片っぽなんか元神様じゃんか。おいらの出る幕なんかないよーだ。
いじけている。
いじけついでに短い手脚をぐんと伸ばして、金の鼠は横へ転がった。
ころころころころ……。
ふーんだふーんだ……。と、と、あれぇ?
ぼやきながら転がるうちに、寝床にしているほこらの端まで転がってしまった。いつもなら、途中で巨大化したご神体の俵にぶつかり止まるはずなのだ。
金の毛玉は周囲を見渡した。
えっ。
俵が縮んでいた。
座敷童が孕んで以来、どデカくなってたご神体が、ちい福の抱き枕にぴったりなかわゆい大きさに戻っている。福鼠は駆け寄って、桃色の小さな手で俵をなで回した。元通りだ、よだれ染みも健在である。
またこれを抱えて眠れるようになったのは嬉しいけれど。
なんでまた元に、い、いぃ!?
独り言の途中、今度は外に異変を感じ、ちい福は後ろ脚で立ち上がり、鼻先を天へと向けた。ヒゲで周囲の気配を探る。
胡桃堂の家屋へ流れ込み続けていた、お山の力が減っていく。流れの元が閉じるらしい。しばらく鼻をひくつかせて様子をみていたちい福は、目を閉じてうん、と頷いた。
……そっか。お七夜だからか。
今日はお糸のお七夜だ。
産まれてすぐの赤ん坊は、儚くなることが多い。無事に七日を迎える事ができたとき、名を与えられ祝われる。
座敷童の旦那は子が産まれたその日に名付けていたが、ちい福はそこに、普段穏やかなこの男に似合わぬ『絶対にこの子を儚くなどするものか!』という意地と熱を感じたものだ。
その意地は、お山も同じであったろう。
この日まで母子を守ろうと、水の質を持つ遠い湊町まで強い力を注いできたのだ。無事お糸が七日を迎え、子守の精も付き一段落がついたと、ようやく無理をやめたに違いない。
よくもまあ今日まで、鎮守様もこんな無茶を許していたものである。
ま、鎮守様は産土神に甘いからなぁー……。
この湊町の鎮守神は、土地の神――産土神ではなく来訪神だ。ここより西に住まう古き女神である。
小さな漁村が湊に変わり、ひとびとが集まり、暮らしが変わった頃。土地の神では叶えにくい祈りも増えた。
「奉公人が長く務めてくれますように」
「利益がもっとあがりますように」
「うちの商売が当たりますように」
「流行れ! うちの団子!」
素朴な願いばかりを叶えてきた産土神に、雇い人がどうの利益がどうのと言ったところで無理な話だ。神だって困る。そんなとき、商人たちが西から神を勧請した。
分かたれたものをくくり和合する、それにより契約や商売の神として信仰される女神だった。
ひとは女神に湊町の守護を願い、広い神苑と立派な社を贈った。産土神は、変わりゆくひとびとの祈りを受けてくれるよう女神に願った。
そうして千年の昔に、ひとや物の結びつきを司るこの女神は、希われてはるか西から、この湊町へと守りの手を伸ばしたのだ。
それが鎮守様だ。
そんな鎮守様は、おおらかで寛容な女神である。そして特に、元々いた産土神に甘い。
水の質である湊町へ、お山の力が長々注がれるのは障りもあったろうに、お山の女神の望みを叶えたのもそのせいに違いない。
鎮守様がおおらかなおかげで、掟破りをしていた元貧乏鼠も、こうしてのんきにしていられる訳だが。
んん?
ぴん、とちい福のヒゲが伸びた。
注がれていたお山の力が完全に止まったと同時、ほこらの周りに気配が生まれた。その正体を察し、金の鼠はヒゲをしごいてひとりごちる。
うーん……。お山は、座敷童とお糸に、甘すぎるんじゃないのかねえ?
◇
寝起き姿のまま厠へ向かいながら、足は晴れやかな気分でいた。
今日はお糸のお七夜だ。
ありがたいことだ、無事にこの日を迎えられた。
お七夜は、誕生して無事に七日を迎えた子どもを祝う行事だ。普通、父方の祖父が音頭を取り、子どもを授かった夫婦の肉親たちなど、縁者を祝いの席へ招待する。
しかし、足は不義理をして世渡家から出された者だ。むしろ、祝言をあげ独り立ちしてからの方が家族とうまも合うようになったのだが、仲がいい様子をおおっぴらにするのは障りがあった。
だから、祝いの席は足の祖母と両親だけを招く気楽な席にしよう。そう夫婦で決めた。
近所に配る赤飯も、店のお客に配る紅白の飴も手配済み。準備は万端、くるみのために髪結いも頼んである。
お産の後、体を癒すため床についていたくるみが、久しぶりに髪を結って着飾るのだ。
子を産んでもなお変わらぬ初々しさへ、人妻らしい色香も加わった、愛しい愛しい足の大事な御新造だ。それが華やかに装えば、どれほどきれいになることか。
残念ながら、今日のための晴れ着は誂えられなかったけれど―――。
晴れ着といえば、お糸の着物だ。お宮参りに間に合うように用意しないとならない。
足は三兄弟なので、実家にある子どもの晴れ着は男児用だけ。お糸があやかれるよう、あのちいちゃな可愛い体へ着せる一つ身、掛ける四つ身、元気な娘がいるところからどちらも借りたらどうだろう。
大事な妻子のことをあれこれ考えながら廊下を歩いていた足は、「ひえっ」と押し殺した悲鳴を耳にした。
見れば、女中のお蔦が中庭を見て固まっている。
「うん?」
なんだか、前にもこんなことがあった気がするなぁ、と眺めていると、女中はこちらへ気付いてあわあわと手招きをしてくる。
「あっ、旦那様っ、大変です! これっ、こっ、こっ、こっ、これ!」
「こっこっこってお蔦さん、鶏じゃないんだから……」
きっとそうだろうな、と思いながら、足はお蔦の指さす先、中庭の畑やほこらを避けつつ置かれたものを見る。
「わあ」
やっぱり。
予想はしてたが、それでも驚かずにはいられない。
「昨日はこんなのなかったんですよ! 夜中に運び込んだなら、判りそうなものなのに。こんな、立派な……」
「誰か鬼退治にでも行ってきたんじゃないのかい」
「えっ」
軽口を叩いたら、信じられないという顔で見上げられたので慌てる。
「あっ、嘘です、冗談ですすみません……」
「もう、旦那様、真面目に聞いてください! さてはこれ、旦那様の仕業ですね!?」
「違う違う、俺じゃなくてお山だよ」
「奥様のお里からですか!」
賑やかなやりとりをよそに、中庭には、米俵と酒樽が向きを揃えてでんと積まれ、朝の光を浴びていた。おまけに俵の上には、朱塗りのつづらまでちょこんと載っている。
福鼠も呆れるほど、豊穣の祝福に満ちた品であるのだが――ひとである足に知るよしもない。
「お客様もいらっしゃる日なのに。届いたのなら、もう少し早めに教えてくださいまし! あああ、ひとを頼まなきゃ! 番頭さーん! 番頭さーんッ!」
「いや、まだ来てないんじゃないかと思うよ。ねぇ、お蔦さん。ちょいと、お蔦さん、ねえったら」
「番頭さーん!」
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