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授かりもの顛末
※御新造と御新造 結び
しおりを挟む祝言間近に縁談を壊した。
方々に不義理をした自分がこうして愛する妻と幸せに生きていられるのは、回りに恵まれているが故だ。決して自分の力ではない。
成鐘屋への不義理・不仲を解決できないまま、時ばかり過ぎていた。いつか、こんな日が来ると判っていたはずだ。足がしたことを思えば、責められてもなじられても仕方のないところである。
くるみが帰ってきた後、付き添っていたおたえから「成鐘屋の女将とお会いして、一緒に甘味を食べていらっしゃいました」と聞いてどれだけ驚いたことか。
全てはおのれの身から出た錆。くるみが嫌な思いをしなかったのは、ひとえに、成鐘屋のお久美が誰彼構わずひとを責めるような質でなかったお陰だ。
自分が情けない。
本当に、くるみが嫌な思いをしないでよかった。
寝る前のくるみとのひととき。ほっとしたのも手伝って、褥の上でくるみを抱えながら自分の考えに入り込んでいた足は、ふと気づいて口をつぐむ。
くるみが不満も露わなへ文字口で、こちらを見ていた。
「くるみ、くるみ、大事な大事な天女様。どうしたんだい。俺はなにか、お前さんに嫌なことでもしてしまったのかい? 可愛い口がへの字になってるよ」
むうっ、と不満げに下げられた口角に、今にもべそをかきそうなハの字眉。くるみは滅多に見せない顔で足を見上げる。何か自分はまずいことをしたらしい。なんとかせねばと足は焦る。
ああでも、と焦った頭で思う。
ぷっと膨れたくるみも可愛い。
◇
「くるみ、お前さん、焼きもちを焼いたのかい」
足は、手に持っていたままだった帳面を、妻を抱えたまま手を伸ばし、文机へ置く。ぎゅうっとしがみついてくる愛妻は伏せていた顔をあげた。不機嫌露わな、いとしの妻。それでいて、こちらへしがみついてくるのがいじらしい。
一体何が理由なのかと、ひとに伝わる言葉を持たぬ妻へ問うて、問うて、ようやくわかったのがこれだった。
焼きもち。
「俺がお久……、おっと。成鐘屋さんの御新造の名前を呼んだり、褒めたりしたのが、あんまり嬉しくなかったんだろう?」
うん、と頷く妻のいとけなさ。身ごもってなお、足の妻は初々しくて困る。これだから、夫婦になってしばらく経ってもなお、足はくるみに夢中なのだ。
「くるみ、くるみ、俺の大事な御新造さん。そりゃあやっぱり焼きもちだ。悋気だよ。本当にくるみは可愛いねぇ。夫冥利に尽きるよ」
まさか、子までできた今になって焼きもちを焼いてもらえるとは。嬉しさに笑いがこみ上げてきて、抑えられずにふふふ、と漏れる。腕の中の妻はしばらく目をぱちくりさせていたが、遅れて顔を赤らめた。染まっていくうなじが艶めいて、足の目を奪う。
「くるみ、くるみ、可愛いくるみ。焼きもちなんか焼かずとも、俺は全部丸ごとお前さんのだよ。ね? ずうっとずうっと、変わりゃしない。心の底から、お前さんに惚れきって、自分じゃどうにもできないぐらいさ」
解いた長い髪を指ですいて、その感触を楽しみながら、足は腕の中の宝物へ語りかける。くるみは、きっと生まれてはじめての嫉妬だったのだろう。それが自分への愛情故ともなれば余計、いとしい。今や妻は茹で蛸みたいに真っ赤になって、目をうろうろとさまよわせている。
「もちろん、お前さんが嫌だって言うんなら、金輪際、お前さん以外の女のひとの名前は呼ばないよ」
くるみは慌てたように、何度も頭を横に振った。そんなのだめ、と一生懸命訴えているようだ。
「そうかい? 俺は一向に構わないよ。お前さんの名前さえ呼べるなら」
名前すら持たずにいた、健気で優しい座敷童。巡り会い名を贈ったあの時、こうして連れ添う仲になるとは思いさえしなかった。けれどくるみは山から降りて、湊町で、足のかたわらに居ることを望んでくれたのだ。
くるみのためなら何でもしよう。
くるみが嫌だというのなら、身の回りから女のひとを遠ざけたっていい。ただひとり、妻が寄り添ってくれるなら、それで十分、満たされる。
こちらを見上げるくるみの、小さなあごへ手を添える。先ほどへ文字に結ばれていた唇が、物問いたげに開かれて悩ましい。赤く柔らかなその場所へ口づける。
くるみの唇に触れることができるのはおのれだけ。それが真実、足を幸福にする。
「くるみ、くるみ。可愛い、可愛い、大事なくるみ」
たった一度のくちづけに、くるみはとろけて潤んだ眼差しを足へ向ける。腕の中の小さな体は寝巻越しでも判るほど熱い。
「俺が丸ごとお前さんの物だって、ちゃんとわかってもらえるまで。今夜はずうっとお前さんを抱えて、くちづけていようね」
うん、とかすかにくるみが頷いたのを、足は見逃さなかった。身重の妻が苦しくないよう、抱え直して唇を重ねる。柔らかな下唇を吸い、舐め、互いを味わおうと、くちづけはより深いものに変わっていく。
が。
「ん……んんっ!?」
くるみのくちづけが激しい。小さな舌が口内で懸命に動き、中をなで、舌に絡む。熱烈だ。優しい手は足の寝巻の袷から入り肌を滑る。そんな妻に応じようとすればするほど、足の体の熱も上がっていき、腰のあたりが重ったるくなって―――。
勃った。
「ふ……、はぁ。く、くるみ、ごめんよ」
くるみは身重だというのに。
息の合間に謝るが、くるみは構わずくちづけてくる。その手が足の帯を解き。
「ん!?」
下帯を外し。
「んん!?」
固くなった足自身を握り込んだ。
「んんん!?」
驚いて身を引こうとするも、舌を吸われてそれができない。泡を食っているうちに下の膨らみを指先で揉まれ、そそり立つものをしごかれる。
「ん、ん、んんっ!」
情けないうめきが出る。
くるみが身重になってこちら、時折口や手で慰めてもらいはしたが、その回数は数えるほどだ。久しぶりの快楽はあまりに強く、足はなすすべもなく身を震わせた。妻を抱く腕に力がこもりそうになるのを必死に抑える。
先を手のひらでこね回され、膨らみを揉まれ、先のくぼみを指の腹でこすられる。妻の容赦のない責めに声をあげようと口を開けば、より深く舌が入り込んでくる。
「ん、んんっ! う、ふぅっ、う、ううっ!」
いとしいくるみの細い指が快楽をつむぐ。
可愛いくるみの舌が口内をくすぐる。
限界はすぐに来た。
溜まっていたせいで詰まりそうに濃いものが、勢いよくせり上がっていく。気持ちよすぎて腰が浮く。目の前がチカチカする。
出る。
出る。
止められない―――!
「うう、うううっ、ううッ!」
熱いものが弾ける。
絶頂のうめきすらくるみのくちづけに奪われながら、足は身を震わせて、抱きしめた妻の手の中で果てた。
部屋が、淫らなにおいと息づかいで満ちる。
「……う……」
妻の手で一気にのぼりつめさせられた足は、荒い息のまましばらく放心していたが、腕の中でくるみがもぞもぞ動いた拍子に我に返った。
「っ、は、はぁ……っ。ごめんよ、くるみの、手を、汚して……」
ようやく解放された口で謝る。しかし、くるみは聞いているのかいないのか、熱に浮かされたような顔で足の頬に、耳に、首にくちづけを落とし、ゆっくりと屈んでいく。
くるみが苦しくないように、その身を抱いていた腕をほどけば、身重の妻はその体を褥の上へ横たえた。座ったままの夫の脚の間へ右手を伸ばし、今果てたばかりのそれを握る。
「ちょっ、えっ、くるみ!?」
左の肘をついて身を起こしたくるみは、とろん、とした顔で夫を見上げ、微笑む。先ほどまで貪るようなくちづけをしていた、小さく愛らしい唇が潤んでいる。
その唇が、ゆっくり動く。
す、き。
「……っ」
唇からのぞく赤い舌が、白い歯が、一度果てた足を再び駆り立てる。
たりは、わたしの。
うっとりと、幸せそうに紡がれる、音のない甘いささやき。それはどうしてか、足へはっきりと伝わった。
期待と興奮に息がうわずる。
足は、言葉なしに愛を紡いだ唇が、おのれの欲望に張りつめた場所へ触れるのを、身動きすらできずに見ていた。
夜はまだまだ、終わりそうになかった。
◇
翌朝、胡桃堂一同は中庭の畑で、とんでもなく大きな茄子と、これまたとんでもなく大きな胡瓜を目にすることになった。
その原因を知っているのは、何やら上機嫌な胡桃堂の御新造と、ひとならぬものたちのみである。
その原因のひとつであった胡桃堂の主人といえば、なにやらぽわぽわと幸せそうで、その日は一日、てんで仕事にならなかったという。
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