座敷童、嫁に行く。

法花鳥屋銭丸

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授かりもの顛末

福鼠、おおいに寝坊する。結び

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 陽が落ちてひんやりした風が吹くと、生き返ったような心持ちになる。
 夕涼みの時間、くるみは部屋の襖を少しばかり開き、湯上がりの浴衣姿でうちわを動かしていた。

 海と大河に挟まれた湊町は、その湿気で夏は蒸し暑い。海からの風で冬はあまり積雪がないのだが、夏は過ごしにくい場所だろう。
 涼しい山中に長くいたくるみは、元々暑さというものに強くない。しかも今は大きなお腹。最近の焼けつくような熱がこたえるのだ。あまりに暑い日はみずちが気を利かせ、風へ冷気を乗せ身重の体をいたわってくれていた。

 隣の部屋ではおさよが眠っている。
 今日も一日くるくると働いた頑張り屋の子どもは、陽が落ちる頃になるともうだめである。くるみと一緒に入った風呂の中でも、湯上がりに天花粉をはたかれている間も、うとうとと舟を漕いでいた。布団へ横になったと思ったらすぐ夢の中。枕元の影法師とおそろいで、大の字の寝相でくうくう寝息を立てている。
 このうちに来た当初は小さな体をさらに縮め、海老のように丸くなって寝ていたものだ。少しは安心してくれたということだろうか。
 入れ替わるように風呂へ行ったたりは普段は烏の行水だが、今日は外回りでずいぶん汗をかいていたから、のんびり入ってくるだろう。

 座敷童、座敷童!

 てててっ、と小さな小さな足音と、最近聞こえずにいた声がした。くるみは顔をあげる。

 よう、座敷童! ほんとだぁ、ずいぶん腹がでっかくなってら!

 金の鼠がちょろちょろと、くるみの膝の近くへ現れた。行灯の明かりが小さな体の、金の毛皮を輝かせる。後ろ足で立ち上がりこちらを見上げ、感心したような声を出すと、桃色の鼻をひくひく動かした。

 ちい福! ひさしぶり。

 空いた方の手を差し伸べると、迷わずあがってくる。てのひらに久しぶりのくすぐったさを感じ、くるみの頬が自然とほころぶ。
 手を顔の近くに持っていき見てみれば、黄金の毛並みは以前よりふくふくして艶やかだ。何ヵ月も眠りについて精気を蓄えさせられた福鼠は、ヒゲの先までお山の力に満ち満ちている。
 ただ、その小さな体からは、なぜだか湊で嗅いだ磯くささがあった。

 おいらは久しぶりって感じじゃないんだけどな。浦島太郎ってこんな気分なのかねえ?

 知らないうちに夏になってるし……と、ちい福は手のひらの上でぼやく。戸惑うのも当然だ。くるみの顔が曇る。

 ごめんなさい、ちい福。知らないうちに何ヶ月も眠らせられるなんて。私のお腹に子どもができたから、お山がちい福を頼りにしたみたい。

 今、胡桃堂の家屋はお山の力で十重二十重とえはたえに包まれ、守られている。しかしそれだけでは不足、とお山は考えたのだろう。神饌を食べお山の質を持つちい福も、守りのひとつとして選ばれた。眠っていた間に力を注ぎ込まれている。名持ちでなければ、福鼠以外の何かになっていただろうほどの力だ。

 頼りにされたのはいいけどさ。別に、新しいことできたりしないんだよなぁ。前とおんなじ、おいらのままみたいだ。お山の力はたっぷりあるけど。

 金の鼠は自分の体を見回し、桃色の小さな手で毛並みをなでた。そのままくしくし身繕いをはじめる。

 ちい福はちい福のままで頼りになるのよ、きっと。

 なんだい、おいら褒めたってなんにも出やしないぜ。いつもならな!

 くるみの手のひらで、身繕いの勢い余ってころんと一回転すると、福鼠は照れた。そうして、廊下に向かって呼びかける。

 おおーい、出番だぞ!

 ちいっ、という返事は短くも複数だった。
 廊下の向こうから紺の風呂敷包みが現れた。福鼠のちびたちが、御神輿みたいに担ぎあげ、えっほえっほと運んでくる。
 よく見ればそれは、くるみがちびたちへ貸した風呂敷だ。中になにが包まれているのか、うりほどの包みの縛り目には、甘酸っぱい芳香を持つ花が一枝、さしてあった。濃い桃色の一重の花だ。

 ちぃ~、ちっ!

 号令に、ちび鼠たちはくるみの膝元でピタリと止まった。風呂敷包みを下に降ろす。

 おう、ごくろうさん!

 兄貴分のねぎらいに楽しげにちいちい鳴くと、小さな運び手たちは蜘蛛の子を散らすように去って行った。それを見送り、金の鼠はくるみの手から風呂敷包みへ飛び降りる。長い尻尾がしゅるんと揺れた。

 いい匂いだろ、この花。ハマナスっていうのさ。浜辺によく生えてる木でさ、今時分、花や実がとれるんだよ。
 お前さん、湊にゃ行っても砂浜は行った事ねえって言ってたからなぁ。見たことないんじゃないのかい。

 結び目に飾られた花の前で、鼠はどうだと胸を張る。

 うん、はじめて見る。いい匂いだし、きれいね。

 芳香の強い、柔らかそうな花びらをした花だ。確かに山では見たことのない、くるみの知らない花だった。
 手を伸ばし触れようとすると、鼠は急に慌てはじめる。

 あわわ、待った待った! その花、トゲがあるんだよ! 烏やちびたちとあらかた取ったけど、まだ残ってるかもしんないから、気をつけな!

 いつも調子がよくて悪ぶったりもするちい福が、そこまで気をかけて持ってきてくれたのか。くるみは顔がほころぶのを抑えられない。言われたとおり気をつけて手に取れば、甘酸っぱい芳香が強く鼻へ届いた。
 くれるの? と問うと、鼠は真面目な顔で頷く。

 ああ、懐妊祝いだよ! ずいぶん遅くなっちまったけどな! 包みの中はハマナスの実なんだ。甘酸っぱくて体にいいんだとさ。烏に手伝ってもらって、浜辺で集めてきた。

 浜辺。
 くるみは湊町の地図を思い浮かべる。
 行こうと思えば行ける場所なのに、なぜかまだ行った事はない。鼠にはずいぶんな距離だが、烏に手伝ってもらったというから、空から向かったのだろうか。
 くるみの見たことのない花を、体にいいという実を求めて、そんなところまで行くなんて。小さな身には大仕事だったに違いない。
 ちい福が心の底から自分を祝ってくれようとしているのが、なんだかくすぐったい。

 ありがとう、ちい福。とっても嬉しい。

 福鼠は、ぽんっと包みから飛び降りた。くるみの膝の前で後ろ足で立ち上がり、背中を反らしてこちらを見上げる。

 よかったな、座敷童。いい子を産めよ。おいら、頑張ってたくさん福を呼び込んでやるからな!

 くるみのためにお山から選ばれ、問答無用で眠らされ守りの力を与えられたのに、ちい福は怒らず、ただただ、くるみをこうして祝ってくれる。この家で一緒に日々を過ごしたのは、ひとならぬものにとっては短い時間だが、もうとうに互いが家族なのだと―――そう思えることはとても幸せな事だった。

 頼りにしてるわ、名持ちの福鼠さん。

 くるみは手を伸ばし、ちい福のふわふわのお腹を指でくすぐった。

 ちょ、ふあ、くしゅ、くしゅぐったいー!

 堪らず金の鼠は転がって、笑いながら身もだえする。

 福鼠の笑い声に差し招かれた涼風が一筋、ひとりと一匹の頬をなでていった。


 ◇


 風呂敷包みの中身であった、たくさんの赤い実は、お蔦さんたちお勝手組の手ですり潰されて、夏らしい寒天のお菓子に姿を変えた。
 花と同じ甘酸っぱい香りをしたお菓子をほんのちょっとご相伴にあずかった福鼠は、すっぱ、すっぱすっぱー! と猛烈な勢いで口元をこすり、座敷童の笑いを誘ったという。

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