座敷童、嫁に行く。

法花鳥屋銭丸

文字の大きさ
上 下
52 / 71
春風小路二番町胡桃堂こぼれ話

座敷童と影法師

しおりを挟む
 

 旅の疲れを癒してほしいとたりを湯に送り出してから、くるみは大きなお腹をかばいつつ、えっちらおっちら立ち上がった。隣の部屋の前まで来て、音を立てぬようそっと襖を開ける。

 布団の上で、幼い子どもが眠っている。たりが連れて帰った、小柄な痩せた娘である。
 さよ、という名のこの子ども、年の頃は七つという話だが、年よりさらに幼く見える。怖い夢を見ているか、眉間にしわを寄せていた。
 両親をなくし、今また叔父に売られた娘。境遇を思えば、安眠は確かに難しいだろうと思えた。

 くるみはゆっくり近づいて、その枕元に座る。

 幼い娘のその頬を、何度もさする影があった。
 人の姿をしているがとても小さい。梅の実ほどの頭をし、胴も手足もささやかだ。よし、よし、と慰めるように、何度も何度も娘の頬をなでる、その手が少しばかり透けていた。

 なでてなでて、ようやく、さよの眉間のしわが消えていく。それを見守った影は、やれやれよっこいしょ、と大儀そうにその場に座り込んだ。
 その手だけでなく、足先も消えかかっている。

 ―――小法師、影法師。

 くるみが呼びかけると、その影はのろのろと顔をあげる。
 あるのは闇ばかり。

 ぽっかりと何もない顔が、ものも言わずにくるみの方へと向けられた。


 ◇


 お産というのは命懸けである。
 そうして生んでも、子どもは亡くなりやすいものだ。だからこそ、子が無事にすくすく育つように、親はせっせと祈り、背守りをはじめ、細々とした災いよけのお守りを持たすのだ。

 そうして、その守りの中には、こういう守護の精を招き寄せるものもある。
 きっと、脱がせて畳んだ着物の上に置かれている、小さな守り袋がそうだろう。ずいぶん古びて傷んでいるが、これは亡き両親と子どもの、数少ないよすがであるに違いない。
 くるみの胸が、ちり、と痛む。
 ひとが絶えた、あの山里を思い出す。

 くるみに声をかけられた小さな小さな影法師は、しばらくこちらを眺めると、驚いて炒り豆みたいにぽーんと飛び上がった。
 真っ黒なさるぼぼ・・・・にそっくりだ。目はなくともわかるらしく、慌ててくるみの前に正座して、ぺこぺこと頭を下げる。先ほど皆に謝っていたたりを思わせるその様子に、くるみは薄暗い中で微笑んだ。

 小法師、影法師。心配しなくていい。
 私はお山の座敷童。今は、このお店の店主の妻です。

 影はぴたりと動きを止めて、くるみを見上げる。本当かどうか気配を探っているようだ。

 お前が守るその子どもは、今日からこの家の子ども。胡桃堂の一員です。大丈夫、悪いようにはしない。たりが胡桃堂の仲間にと、連れて帰った子どもだもの。

 くるみの言葉に影法師は、うん、と小さく頷いた。安心したらしいのが気配でわかる。

 天児あまがつ這子ほうこ、ぼぼ、法師。呼び方はいろいろあるが、この小さな影は、童女を思う母の心に呼ばれた影法師である。
 神がひとの祈りを糧とするのと同じく、この精もまた、母の祈りや願いを身に宿す。元来、面倒見のいい愛情深い精だ。
 だから、この子の親が死に、祈りや願いが失われ、その身が消えかかっても。今、子どもの悪夢を払おうとしたように、少ない力を振り絞り寄り添っていたのだろう。

 その献身が天の興味を引いたに違いない。
 そうして、子どもは天の試しに使われて、たりに助けられここにいる。

 小法師、影法師。
 親の祈りはもう絶えた。お前はこの子のそばにいる限り、そのまま消えていくでしょう。けれど、天の興味を引くほどの精を、消えるままにするのは惜しい。

 くるみは大きなお腹に苦労しながら身を縮め、影法師に顔を近づける。

 お前はこれからも、この子の、おさよちゃんのそばにいたい?

 問われた影法師は、くるみの方へ身を乗り出した。

 座敷童さま、座敷童さま。
 おさよちゃんは、いい子です。
 頭がよくて我慢強い。
 本当は寂しがり屋のべそっかき、でも、どっちも我慢しています。
 我慢なんかしないで、いっぱい、いっぱい、泣いて、笑ってほしい。
 座敷童さま、座敷童さま。
 わたしは、おさよちゃんのそばにいたい。おさよちゃんの笑顔が見たい。まだまだ小さな子どもなのに、もう何年も笑っていないのです。

 一生懸命、小さな声を張り上げ訴える影法師は、おさよのことしか口にしない。
 わかった、とくるみは身を起こし、懐から細い紐を取り出した。茜色の絹紐は、巾着を作るためたりに貰ったものの切れ端だ。

 紐の中に、お山のお米が入れてあるから、お前は消えずに済むでしょう。肌身離さず付けていてね。

 くるみは影法師の体に紐を結んでいく。お山の力もにぎにぎしい神饌ならば、消えかけている精の力を補うに十分だ。質が変わってしまうから、食べさせるわけにはいかないけれど。
 この愛情深い守りの精には、これからも、変わらずこの子のそばにいてほしい。

 細紐は、小さな影法師が首に巻くには太すぎた。たすき掛けにして、後ろで大きく蝶結びにする。

 ―――うん、可愛い。

 影法師は喜んだ。後ろを確かめようと振り向いて、見ることができずにくるくる回る。おのれの尾を追いかける犬のようだ。そのうちにつんのめって転び、座り込む。

 ―――小法師、影法師。

 影法師が、梅の実ほどの頭をもたげて、何もない顔をこちらにむける。

 お前の質が変わらずに、これからも愛情深い守りの精でいられるよう、名前をあげる。
 お前は今日から、こぼしさまです。

 影法師―――こぼしさまは驚いたか、またしてもぽーんと飛び上がった。
 驚くのも無理はない。普通、滅多なことでは名前など与えられない。しかも、さま、とつく特別格の名前など、小さな精には縁のないことだ。
 しかし、この精はその献身で、天の興味さえ引き寄せた。天の試しに使われた子どもに残る尊い気配、その気配に敬意を表し、さま、を与えられるにふさわしい。

 くるみは新しい胡桃堂の仲間に手を差し伸べる。

 私の名前はくるみというの。
 どうぞよろしく、こぼしさま。

 こぼしさまはためらいながら、くるみの指に小さな小さな手で触れる。
 その手も体のそこかしこも、もう、透けてなどいなかった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...