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材木問屋・世渡家三男坊の祝言
小話 大晦日の夜
しおりを挟む「今年は賑やかな年越しになりましたねえ、大奥様」
「そうだね、去年はおしずさんとふたりだったからね」
「今年は祖母様に大変お世話になりました。くるみともども、今後ともどうぞよろしくお願いします」
「お前さんには、世話がいらなくなってほしいものだよ」
「ははは、こりゃ手厳しい」
大晦日の晩、みなで賑やかに話しながら年越しそばを食べる。出来たてのかけそばは匂いとともに湯気が立ち、食欲をそそる。
まだ新居の普請が終わらない足とくるみの夫婦は、春先までおふくの家に引き続き厄介になることが決まっていた。年越しもこうして一緒だ。
おふくとおしず、ふたりきりの年越しは寂しいものだろう。新居に移っても、年越しはここにお邪魔することにしよう、と足は決める。
くるみも祖母様が好きなようだし、と横を見て、足はくるみがそばに手を付けていないことに気付いた。
「くるみ、どうしたんだい。食欲がないのかい」
そうではないと首を横に振り、くるみは物問いたげに足を見る。
「なんだろう、筆、筆がいるね。くるみ、どうしたのか教えておくれ」
こういう時のために、すぐ近くに紙と小筆が用意してある。さっと立って筆記具を持ってきた足は、くるみに渡して、一体何だったのかとじっと紙を見た。
くるみは一息に『緑』と書く。
「え? 緑?」
「ああ分かった」
ぽん、とおふくが膝を打つ。
「そばが緑だっていうんだね。山の方じゃそば粉と小麦だけでそばを打つんだろう」
「ああ!」
見慣れない色のそばに戸惑い眉を下げているくるみに、足は笑いかける。
「くるみ。ここいらじゃね、そばに布海苔を混ぜるんだよ。だから緑がかっているし、のどごしがつるっとしていてするする食べられるんだ。試してごらん」
くるみは筆から箸に持ち替えると、おそるおそるそばを食べた。小さな唇がちゅるるん! とそばをすする。
「どうだい?」
くるみは目を丸くしてもぐもぐと食べると、筆を手にした。
「ん、なになに? 『そばだけど、そばじゃない』? ははは! そうかい」
「やっぱり、海から遠いところにお育ちの方は『そば粉の多いどっしりしたそばじゃないと、そばを食べた気がしない』ってよくおっしゃってますよ」
「ああ。確かにそういうひとは多いねえ」
おしずの言葉におふくが頷く。
「そばもやっぱり、それぞれのふるさとの味が一番なのかね。じゃあ今度食べるそばは、くるみのふるさとの味、お山のおそばにしよう」
足は左手の指の背でくるみの頬をなでる。
「どんなそばか食べてみたいなあ。くるみのなじみの味は、きっと美味しいに違いないよ」
くるみはにっこり笑った。そのまま、紙にさらさらと字を書き付ける。
「えーと? 『足のふるさとのおそばは、つるつる不思議で美味しい』? そうかい。つるつる不思議、か。くるみは本当に、可愛いねえ」
さらにくるみの頬をなでようとする足に、おふくが面倒くさそうに言った。
「早く食べないとのびちまうよ」
「ふふふ、ご馳走様です」
楽しげなおしずの笑顔に、くるみがぽっと赤くなった。
除夜の鐘までは、後もう少し。
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