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中学編
中三・小寒の初候①
しおりを挟む学舎の入試まで後1週間。
1月15日が推薦入試。
1月16日が専願入試。
1月17日が両方の結果が出される合格発表日だ。
イコと2人、合格できればいいけれど。
塾の冬季講習も終わり、3学期の始業式があった。始業式は午前で下校。第一中も第二中も同じだ。
いつもなら帰って食事をしてから、イコの家でみんな揃って勉強会でもやろうなんて流れになるのだけれど今日は違う。
九州旅行の話が聞きたい、とイコが誘ったのは永井だけだった。
理由はもっともだ、けれど、避けられているのだろうかという疑いも拭えずにいる。
机に開いた問題集へ集中できず、大きく背伸びをしてみる。
さっさと食事を済ませ自分の部屋で自習をすれば、否が応でも目に入るのが『イコの棚』。カラーボックスの上、イコから貰ったものを並べたコーナーだ。
お茶会のランチョンマットは壁に貼り、その横に『人食いワニ事件』状態のワニのペンポーチをカラビナで吊り下げている。お手拭きはステンシル部分が見えるように畳んで置き、隣に、鯉とウサギのガチャポンフィギュアを貰った時のラッピングのまま飾っている。
何の変哲もない俺の部屋にあって、そこはおもちゃ箱みたいに色とりどりで、明るく楽しげだ。
まるでイコのいる世界そのもののように。
「写真、まだ印刷してなかったな」
ふと思い出す。
その場で食べるのがもったいなくて、大事に持って帰って来た羊羹のペロとまんじゅうのるりは、可愛いと喜んだばあちゃんが自分の作った皿へ載せ、ランチョンマットやお手拭きも合わせ、コタツの上での撮影会となった。
「あの小さなお嬢ちゃんは器用だねえ」とばあちゃんが感心しスマホを構え。
「あらあ、可愛いわねえ!」と母さんが加わり。
「なんたるフォトジェニック!」と通り過ぎようとした姉さんがスマホを手に戻ってきて。
「ペロもるりも可愛いなあ」とうちのペットを溺愛している父さんが連写をはじめ。
「いやあ、嬢ちゃんもこんだけ喜ばれれば満足だろうよ」とじいちゃんはそんな俺たちを眺めて笑っていた。
じいちゃんは撮影をしない代わりに、後ろにひな人形用の金屏風を置けだの、お茶入った湯飲みがあったらそれっぽいだのと誰かが言う度、率先して用意していた。楽しんでいたと思う。
最終的にずいぶん凝った写真が撮れ、母さんや姉さんは満足そうにスマホの待ち受け画面にし、父さんはペロとるりに「お前たちだぞー、可愛いだろう」とスマホを見せて逃げられていた。
俺はといえば、うちのデジカメで心ゆくまで撮影してから、姉さんのブーイングを無視し自分の部屋でひとり和菓子を楽しんだ。
俺のためだけにイコが用意した和菓子。
食べるのはもったいなかったが美味しかったし、菓子のペロやるりを細い指で用意しているイコを思い描いて、たまらなく幸せな気分になった。
そうして、差し出された羊羹を食べた時に唇をかすめた指と、潤んだ深い深い濃い色の瞳と、真っ赤に染まったイコの頬の滑らかさと熱と。
親指で撫でた赤く小さな唇の、溶けてしまいそうな柔らかさを思い出して、俺はもうダメになった。一晩中眠れなかった。
あの柔らかな唇に、俺の唇を重ねたいと願う。
あのお茶会の日以降、表面上は以前と変わらずイコと過ごしている。だけどふとした瞬間、イコがなんとも言えない顔をすることに気付いた。
それは走ってくる自転車をやり過ごすために引き寄せた時だったり、一緒に食事をしている時だったり、イコと呼んだ時だったり、毎回違うのだけれど。
小さな口を引き結び、何か困惑に似た、途方に暮れた顔をするのだ。
どうしていいのかわからない、とでも言うようなイコの顔を見る度に、きゅっと胸が詰まる。
俺のせいで、そんな顔をしてるのか。
いつも笑っていて欲しい、そう本心から願っている。それに間違いはない。
でも、イコにそういう顔をさせているのが他の誰でもなく俺なんだとしたら―――。
嬉しいと思ってしまう俺は、きっと悪い奴なんだろう。
もしかして俺は、イコ、と呼べるようになった代償に、気楽な友人としてのスタンスを失ったのかもしれない。避けられたり嫌われたりするのを恐れて自制し、守ってきた立場を。
塾での知り合いとして2年と少し。今年の夏から冬にかけて急速に親しくなって、気楽な友人として過ごしてきた。
じゃあ、今は?
俺は友人では満足できない。ああそうだ、どのみち友人のままで耐えられるはずがなかったのだ。
俺はイコに、俺を好きになってほしいと思う。
イコの特別になりたいと願う。
毛を逆立てて怒る仔猫みたいに、威嚇してきたイコを思い出す。俺がやり過ぎたために、身構えてうなる姿もとても可愛かった。決まり悪げに、避けていた理由を口にし「傷つけてたらごめんなさい」と謝る姿も、送ってくれて嬉しいとはにかむ様子も。
イコ、可愛い可愛い、俺の大事なお姫様。
お前に避けられ翻弄されることすら、俺にとっては甘い痛みになる。どうしようもなく、ただ、好きで仕方ないんだ。
だからどうか、お前の中に、俺の居場所を作ってくれないか。
ふわふわの髪に飾られたパッチン留めと、財布につけられた梅の花の鈴。
俺の贈ったものがイコの側で身に付けられるように。
ああ。
俺の思いも、イコの中に染み込んでしまえばいいのに。
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