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本編
27.神器復活
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◆◆◆
「おっはよー」
志帆や透石の子たちも含めた天威師が全員勢揃いした中、ひらひら手を振っているのは、紺と翠の礼装を纏うティルだ。
「日香! よく眠れたか?」
「会いたかったですわ」
ラウの妻テアと、ティルの妻ミアも微笑んでいる。テアは騎士服を彷彿とさせる礼装を着込み、ミアはレースがふんだんに使われた礼装姿だ。
少し離れた所で、おっとりとした顔立ちの優し気な青年がレイティと言葉を交わしている。彼はアドルフ・リラ――靘月神の神格を有するレイティの弟帝である。その衣装は黒みがかった青で、翠は入っていない。日香と目が合うと、にこりと眦を下げた。
日香はテアとミア、アドルフに笑みを返してから、ティルに向き直る。
「おはようございます。翠の衣装ということは、ティルお義兄様が帝祖を降ろされるんですね」
「そーだよー」
翠月帝の勧請は、同じ月神であるティルかリラのどちらかが担当することになっていた。
「初代様を降ろすって緊張しませんか? 私はがちがちなんですけど」
いつものふわふわした笑みを浮かべているティルは、日香の言葉にケロリと答えた。
「えー全然。成功する予感しかないよぉ」
当然のように放たれた言葉の裏にある、圧倒的な自信。ティルは、生まれた直後に覚醒してから現在まで、弛みなく天威師として活動して来た。人間などどうでもいいと言いながらも、決して歩みを止めることなく人のため世界のために己の務めを果たし続けた。
一度も途切れたことのないその軌跡が、揺らがぬ矜持と自負として垣間見える。
「もし日香がぐらついても、俺の方で修正するよ。帝祖と皇祖の勧請はセットだからね。落ち着いて、リラックスしていこう。リラ~ックス」
「はい」
「日の出まで後少し。準備はできていますか」
皇帝の正装を翻し、白珠が問う。その眼差しには深い気遣いと激励が滲んでいた。太祖を降ろす前に、まずは神器を修復しなければならない。
「はい、蒼月皇様。昨夜は神鎮めに参加できず、皆様にお任せしきりで大変申し訳なく思います」
(皆、大怪我しながら頑張ってたはずなのに……)
頭を下げた日香を天威師たちがちらりと一瞥し、気にするなと言わんばかりの表情を浮かべた。白珠がゆるりと微笑んだ。
「そなたは最も重要な大役を担っております。そちらの準備に専念するのは当然のこと」
続けて、ラウも安心させるように補足する。
「神々の怒りはあらかた宥められた。最高神およびその直属の高位神の中で、怒りを示された神のお相手は、全て父上が一手に引き受けて下さった。ゆえに、私たちはかなり楽ができたのだ」
(え? お義父様が全部担当なさったの!? ひ、一人で!?)
レイティを見ると、涼しい顔でアドルフと話し続けている。気配を探ってみるが、疲労や消耗は微塵も感じられない。
(……これが、生まれながらの荒神。――次元が違う)
改めて思い知らされ、全身に戦慄が走る。生来の荒神はあらゆる意味で別格なのだ。その圧倒的な力の前では全てが無力。
その桁外れさを再認識しながら周囲を見回すと、天威師たちが配置についている。少し離れた距離から、緩やかに日香を囲むような形だ。
「仮にそなたの力が安定を欠いたとしても、崩れぬよう皆が支えます。まずは神器の修復に専心なさい」
「心得ましてございます」
白珠に指定された場所に立つ。そこに横たわる始まりの神器の前に跪くと、隣にやって来た志帆が囁いた。
「私が横で補佐します。皆すぐ駆け付けられるようにしていますからね」
頷きを返し、日香は目を閉じた。最後の瞑想だ。
(絶対上手くいく。成功以外ないから!)
その一念だけで思考と精神を満たし、槍のごとく研ぎ澄ませる。あらゆる不安や悪い結末は全て、閃く穂先で貫き打ち砕けるように。並行して修復の神威を錬磨し、増幅させていく。
「――時間だ。日が昇る」
レイティの呟きが聞こえたと同時、日香のすぐ後ろに立つ月香が言った。
「今よ、力を注いで!」
その一声と共に、日香は練り上げた力を一気に解放する。高嶺が支えるように背に手のひらを当ててくれた。同時に、庭園の彼方に見える地平線が赤く染まり、太陽の最端が姿を現した。
虹色を纏う紅の神威が炸裂し、空間を照らすように輝く。それは即座に一筋の線に変じ、始まりの神器に注ぎ込まれていった。
(お願い、元気になって!)
迸る力がぶれて小鳥から逸れそうになる度、控える天威師たちが流れを修正してくれる。
「もう少し出力を強くできますか」
紅光と神器の様子を確認していた志帆が言う。
「は、はい!」
(も、もうかなり出してるんだけど――頑張れ私、もう一声! でぇーいっ!)
力をさらに放出すると、虹の鱗粉を纏う紅の輝きが一層強まった。
(うぅ……細かい制御が……できな……)
汗を流して神威を注ぎ続ける日香を、月香の隣に佇む秀峰が励ました。
「大丈夫、上手くできている。このまま全力を出し続ければ良い。力の流れの微調整は高嶺がする。もちろん私たちも」
高嶺、の単語に僅かに力が入っていた。日香を勇気づけようと、太子呼びではなくあえて名を出したのだろう。
(そ、そうだよ。高嶺様もいて下さるから)
背に触れている高嶺の手を、日香が改めて意識した時。
「え? あーはいそうですね」
高嶺が返したのは、実に気の抜けた生返事だった。欠伸を堪えて放たれたような声に、一瞬沈黙が落ちる。側にいた白珠と志帆が呆気にとられたように高嶺を見つめ、一拍後、秀峰が抗議した。
「何だその返事は? あーはいそうですね、ではない! 日香がここまで頑張っているのに!」
「ですが、どうせ上手くいくのですし……」
「成否はまだ分からないだろう。だからこそ皆が必死に――」
「成功します」
いっそ爽快なほどにさっぱりと、高嶺は言い切った。
「私が日香を補佐して共に行うのです。私と日香が力を合わせるのならば、どんなことだってできるに決まっているではありませんか」
当然だと言わんばかりの微笑みに乗せた発言に、秀峰がぽかんとした表情で黙る。
(……って高嶺様ー!? こんな時に何を言い出すんですか!? 嬉しいけど!)
今、さらりとすごいことを言われたような気がする。
日香がかぁっと顔を赤くしていると、その様子を見て高嶺が「あ」と小さく呟いて目を見開いた。そして、同じようにぽっと頬を染め、どぎまぎと視線をさ迷わせる。自分が何を言ったか気付いていなかったらしい。
「わー、惚気だ惚気だー」
この場に不釣り合いな明るい声でティルがはやし立て、ラウに頭を小突かれる。面白そうに笑い声を上げたレイティも、白珠に睨まれて小さくなった。それを見た志帆やリラたちが思わずと言った様子で相好を崩し、場の空気が和んだ。日香の肩からも力が抜ける。
「日香」
高嶺が日香の手に己の手を添えた。愛しい者の気配と温もり、息遣いがすぐ近くにある。その事実が日香の精神を驚くほどに安定させた。
(ああ、そうだ。私たちは二人一緒なら何でもやれる。どこまでだって行ける)
重なった手から互いの力が流れ込み、螺旋を描くように絡み合い融け合いながら迸る。それは真っ直ぐに始まりの神器へと吸い込まれていった。
(頑張って――まだ終わっちゃだめ!)
三千年の長きに渡り、天威師たちが護り続けて来たこの世界。自分も人間という種族を愛している。
日香は息を吸い込み、声を張り上げる。
「緋の日神が創りし原初の神器よ。ここに紅の日神が命じます。今一度蘇りなさい!」
神器から溢れた紅色の極光がぱぁんと弾けて展開され、流星の渦が降り注ぐが如く大気が煌めく。朝日に照らされる空が煌々と燃え、天の川を地上でひっくり返したように虹色の鱗粉が舞う。その様は、神格を持つ者にしか視認できない奇跡の絶景だ。
日香と高嶺の力を補い、高め、微調整するように、天威師たちの力が瞬いている。皆、力を貸してくれているのだ。
(こんなにたくさん、支えてくれる人がいる。助けてくれる人がいる。一緒に進んでくれる人がいる。だから、大丈夫)
紅色の光が一際強く爆ぜた。始まりの神器がカッと双眸を開き、輝きを取り戻した羽根を翻す。小鳥並の大きさだった体躯がぐんぐんと巨大化し、人乗せて飛べそうなほどになる。そして力強く宙に舞い上がると、天に向かって透明な囀りを上げた。緋と紅。似て非なる輝きが混ざり合っている。
「やった!」
「回復しましたわね」
テアが歓声を上げ、ミアも頷いた。志帆が素早く指示を出す。
「このまま神器を安定させるのです。回復したての神器は、いわば過度な空腹状態。神器の食事は創造者の神威です。あなたの神威をもう一度注ぎ込みなさい」
「はい!」
日香は再度力を練り直し、両足を大きく開いて腕を勢い良く振り上げると、全力の神威を宙の巨鳥に注ぎ込んだ。
「どぉぉぉうりゃああぁぁぁー!!」
大瀑布のごとき激しさを秘めた紅の輝きが、これでもかと神器に注入される。
「……天威師の品格とは……」
「はは、元気で良いじゃないか」
日香を見ながら憮然としている白珠を、レイティがよしよしと宥めた。
始まりの神器に宿る二色の赤の均衡が崩れ、紅が多くなっていく。神器が日香の力を取り込んでいるのだ。弾けた紅光が光球となって神器の姿を覆い隠す。だが、光の玉はしっかりと宙に浮かんでいた。中にいる神器が安定した証だ。
「よくやった!」
秀峰が珍しく感情を露わにして微笑む。
ふらりとよろめきかけた日香を、高嶺が後ろから支えてくれた。
(ああ、良かった)
背から直に伝わる体温が愛おしい。その腕に体を預けたまま空を見上げると、太陽が完全に顔を出したところであった。
(さっきの光や力は神格持ちにしか視えないから……ここで起こったこと、人間たちには知られてないよね)
念のために天威師の力で探りを入れると、皇宮と帝城の中も含め、世界の人々に動揺の気配はなかった。きらきらと輝く朝日を受けながら、一日の始まりを迎えている。
門の外で待機していた聖威師たちが歓喜し、佳良から成功の報を聞いた両親が安堵している様子も視えた。当真だけでなく、淡白な反応であったフルードまでが涙を流している。
「頑張ったな、日香」
耳元で優しい囁き声が落とされる。何よりも安らぎと平穏を与えてくれる声。真綿のような心地よさを持つそよ風が吹いた。
「高嶺様――ありがとうございます」
日香はそっと微笑んだ。
だが次の瞬間、天がさざめいた。
「おっはよー」
志帆や透石の子たちも含めた天威師が全員勢揃いした中、ひらひら手を振っているのは、紺と翠の礼装を纏うティルだ。
「日香! よく眠れたか?」
「会いたかったですわ」
ラウの妻テアと、ティルの妻ミアも微笑んでいる。テアは騎士服を彷彿とさせる礼装を着込み、ミアはレースがふんだんに使われた礼装姿だ。
少し離れた所で、おっとりとした顔立ちの優し気な青年がレイティと言葉を交わしている。彼はアドルフ・リラ――靘月神の神格を有するレイティの弟帝である。その衣装は黒みがかった青で、翠は入っていない。日香と目が合うと、にこりと眦を下げた。
日香はテアとミア、アドルフに笑みを返してから、ティルに向き直る。
「おはようございます。翠の衣装ということは、ティルお義兄様が帝祖を降ろされるんですね」
「そーだよー」
翠月帝の勧請は、同じ月神であるティルかリラのどちらかが担当することになっていた。
「初代様を降ろすって緊張しませんか? 私はがちがちなんですけど」
いつものふわふわした笑みを浮かべているティルは、日香の言葉にケロリと答えた。
「えー全然。成功する予感しかないよぉ」
当然のように放たれた言葉の裏にある、圧倒的な自信。ティルは、生まれた直後に覚醒してから現在まで、弛みなく天威師として活動して来た。人間などどうでもいいと言いながらも、決して歩みを止めることなく人のため世界のために己の務めを果たし続けた。
一度も途切れたことのないその軌跡が、揺らがぬ矜持と自負として垣間見える。
「もし日香がぐらついても、俺の方で修正するよ。帝祖と皇祖の勧請はセットだからね。落ち着いて、リラックスしていこう。リラ~ックス」
「はい」
「日の出まで後少し。準備はできていますか」
皇帝の正装を翻し、白珠が問う。その眼差しには深い気遣いと激励が滲んでいた。太祖を降ろす前に、まずは神器を修復しなければならない。
「はい、蒼月皇様。昨夜は神鎮めに参加できず、皆様にお任せしきりで大変申し訳なく思います」
(皆、大怪我しながら頑張ってたはずなのに……)
頭を下げた日香を天威師たちがちらりと一瞥し、気にするなと言わんばかりの表情を浮かべた。白珠がゆるりと微笑んだ。
「そなたは最も重要な大役を担っております。そちらの準備に専念するのは当然のこと」
続けて、ラウも安心させるように補足する。
「神々の怒りはあらかた宥められた。最高神およびその直属の高位神の中で、怒りを示された神のお相手は、全て父上が一手に引き受けて下さった。ゆえに、私たちはかなり楽ができたのだ」
(え? お義父様が全部担当なさったの!? ひ、一人で!?)
レイティを見ると、涼しい顔でアドルフと話し続けている。気配を探ってみるが、疲労や消耗は微塵も感じられない。
(……これが、生まれながらの荒神。――次元が違う)
改めて思い知らされ、全身に戦慄が走る。生来の荒神はあらゆる意味で別格なのだ。その圧倒的な力の前では全てが無力。
その桁外れさを再認識しながら周囲を見回すと、天威師たちが配置についている。少し離れた距離から、緩やかに日香を囲むような形だ。
「仮にそなたの力が安定を欠いたとしても、崩れぬよう皆が支えます。まずは神器の修復に専心なさい」
「心得ましてございます」
白珠に指定された場所に立つ。そこに横たわる始まりの神器の前に跪くと、隣にやって来た志帆が囁いた。
「私が横で補佐します。皆すぐ駆け付けられるようにしていますからね」
頷きを返し、日香は目を閉じた。最後の瞑想だ。
(絶対上手くいく。成功以外ないから!)
その一念だけで思考と精神を満たし、槍のごとく研ぎ澄ませる。あらゆる不安や悪い結末は全て、閃く穂先で貫き打ち砕けるように。並行して修復の神威を錬磨し、増幅させていく。
「――時間だ。日が昇る」
レイティの呟きが聞こえたと同時、日香のすぐ後ろに立つ月香が言った。
「今よ、力を注いで!」
その一声と共に、日香は練り上げた力を一気に解放する。高嶺が支えるように背に手のひらを当ててくれた。同時に、庭園の彼方に見える地平線が赤く染まり、太陽の最端が姿を現した。
虹色を纏う紅の神威が炸裂し、空間を照らすように輝く。それは即座に一筋の線に変じ、始まりの神器に注ぎ込まれていった。
(お願い、元気になって!)
迸る力がぶれて小鳥から逸れそうになる度、控える天威師たちが流れを修正してくれる。
「もう少し出力を強くできますか」
紅光と神器の様子を確認していた志帆が言う。
「は、はい!」
(も、もうかなり出してるんだけど――頑張れ私、もう一声! でぇーいっ!)
力をさらに放出すると、虹の鱗粉を纏う紅の輝きが一層強まった。
(うぅ……細かい制御が……できな……)
汗を流して神威を注ぎ続ける日香を、月香の隣に佇む秀峰が励ました。
「大丈夫、上手くできている。このまま全力を出し続ければ良い。力の流れの微調整は高嶺がする。もちろん私たちも」
高嶺、の単語に僅かに力が入っていた。日香を勇気づけようと、太子呼びではなくあえて名を出したのだろう。
(そ、そうだよ。高嶺様もいて下さるから)
背に触れている高嶺の手を、日香が改めて意識した時。
「え? あーはいそうですね」
高嶺が返したのは、実に気の抜けた生返事だった。欠伸を堪えて放たれたような声に、一瞬沈黙が落ちる。側にいた白珠と志帆が呆気にとられたように高嶺を見つめ、一拍後、秀峰が抗議した。
「何だその返事は? あーはいそうですね、ではない! 日香がここまで頑張っているのに!」
「ですが、どうせ上手くいくのですし……」
「成否はまだ分からないだろう。だからこそ皆が必死に――」
「成功します」
いっそ爽快なほどにさっぱりと、高嶺は言い切った。
「私が日香を補佐して共に行うのです。私と日香が力を合わせるのならば、どんなことだってできるに決まっているではありませんか」
当然だと言わんばかりの微笑みに乗せた発言に、秀峰がぽかんとした表情で黙る。
(……って高嶺様ー!? こんな時に何を言い出すんですか!? 嬉しいけど!)
今、さらりとすごいことを言われたような気がする。
日香がかぁっと顔を赤くしていると、その様子を見て高嶺が「あ」と小さく呟いて目を見開いた。そして、同じようにぽっと頬を染め、どぎまぎと視線をさ迷わせる。自分が何を言ったか気付いていなかったらしい。
「わー、惚気だ惚気だー」
この場に不釣り合いな明るい声でティルがはやし立て、ラウに頭を小突かれる。面白そうに笑い声を上げたレイティも、白珠に睨まれて小さくなった。それを見た志帆やリラたちが思わずと言った様子で相好を崩し、場の空気が和んだ。日香の肩からも力が抜ける。
「日香」
高嶺が日香の手に己の手を添えた。愛しい者の気配と温もり、息遣いがすぐ近くにある。その事実が日香の精神を驚くほどに安定させた。
(ああ、そうだ。私たちは二人一緒なら何でもやれる。どこまでだって行ける)
重なった手から互いの力が流れ込み、螺旋を描くように絡み合い融け合いながら迸る。それは真っ直ぐに始まりの神器へと吸い込まれていった。
(頑張って――まだ終わっちゃだめ!)
三千年の長きに渡り、天威師たちが護り続けて来たこの世界。自分も人間という種族を愛している。
日香は息を吸い込み、声を張り上げる。
「緋の日神が創りし原初の神器よ。ここに紅の日神が命じます。今一度蘇りなさい!」
神器から溢れた紅色の極光がぱぁんと弾けて展開され、流星の渦が降り注ぐが如く大気が煌めく。朝日に照らされる空が煌々と燃え、天の川を地上でひっくり返したように虹色の鱗粉が舞う。その様は、神格を持つ者にしか視認できない奇跡の絶景だ。
日香と高嶺の力を補い、高め、微調整するように、天威師たちの力が瞬いている。皆、力を貸してくれているのだ。
(こんなにたくさん、支えてくれる人がいる。助けてくれる人がいる。一緒に進んでくれる人がいる。だから、大丈夫)
紅色の光が一際強く爆ぜた。始まりの神器がカッと双眸を開き、輝きを取り戻した羽根を翻す。小鳥並の大きさだった体躯がぐんぐんと巨大化し、人乗せて飛べそうなほどになる。そして力強く宙に舞い上がると、天に向かって透明な囀りを上げた。緋と紅。似て非なる輝きが混ざり合っている。
「やった!」
「回復しましたわね」
テアが歓声を上げ、ミアも頷いた。志帆が素早く指示を出す。
「このまま神器を安定させるのです。回復したての神器は、いわば過度な空腹状態。神器の食事は創造者の神威です。あなたの神威をもう一度注ぎ込みなさい」
「はい!」
日香は再度力を練り直し、両足を大きく開いて腕を勢い良く振り上げると、全力の神威を宙の巨鳥に注ぎ込んだ。
「どぉぉぉうりゃああぁぁぁー!!」
大瀑布のごとき激しさを秘めた紅の輝きが、これでもかと神器に注入される。
「……天威師の品格とは……」
「はは、元気で良いじゃないか」
日香を見ながら憮然としている白珠を、レイティがよしよしと宥めた。
始まりの神器に宿る二色の赤の均衡が崩れ、紅が多くなっていく。神器が日香の力を取り込んでいるのだ。弾けた紅光が光球となって神器の姿を覆い隠す。だが、光の玉はしっかりと宙に浮かんでいた。中にいる神器が安定した証だ。
「よくやった!」
秀峰が珍しく感情を露わにして微笑む。
ふらりとよろめきかけた日香を、高嶺が後ろから支えてくれた。
(ああ、良かった)
背から直に伝わる体温が愛おしい。その腕に体を預けたまま空を見上げると、太陽が完全に顔を出したところであった。
(さっきの光や力は神格持ちにしか視えないから……ここで起こったこと、人間たちには知られてないよね)
念のために天威師の力で探りを入れると、皇宮と帝城の中も含め、世界の人々に動揺の気配はなかった。きらきらと輝く朝日を受けながら、一日の始まりを迎えている。
門の外で待機していた聖威師たちが歓喜し、佳良から成功の報を聞いた両親が安堵している様子も視えた。当真だけでなく、淡白な反応であったフルードまでが涙を流している。
「頑張ったな、日香」
耳元で優しい囁き声が落とされる。何よりも安らぎと平穏を与えてくれる声。真綿のような心地よさを持つそよ風が吹いた。
「高嶺様――ありがとうございます」
日香はそっと微笑んだ。
だが次の瞬間、天がさざめいた。
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