【完結】すっぽんじゃなくて太陽の女神です

土広真丘

文字の大きさ
上 下
24 / 85
本編

24.いきなり納期が早まった

しおりを挟む
 白珠に食ってかかった秀峰が、はっと瞬きして身を引いた。蒼白になって俯く。

「申し訳ありません……」

 レイティが白珠を宥めるように頭を撫でる。

「お前がどれだけ凄絶な惨事を乗り越えて覚醒したか、皆は知らない。良い部分だけを見せているからな」

 両親と兄弟の全員が天威師である秀峰は、当然彼も覚醒するであろうと見込まれて育った。通常の皇家の者よりも遥かに大きな期待をかけられていたのだ。だが、一向にその時は訪れず、限界を超えて膨れ上がっていた周囲の期待は怒りと失望に変貌した。そして、それは壮絶な虐めとして襲いかかった。

 白珠たちはその事態を認知していなかった。天威師は己の力に幾重もの制限を課し、極力使わぬように抑制している。そのため、秀峰の様子を常に把握できたわけではない。

 覚醒していない御子は、日香のように療養等の名目がなければ、天威師がいます場所から遠く離れた区域の宮で生活する。同じ皇宮内に住んでいると言っても、実質的に別居しているも同然であり、目が届かなかった。
 皇宮の片隅で暮らす秀峰は、衣食住においてあらゆる差別を受け、誹謗中傷や暴言は当たり前であった。

 当時を思い出しているのか、志帆が苦い顔になった。

「秀峰は本当によく耐えたものです。けれど、本当のことを私たちに言って欲しかった。全てを知った時、私たちがどれほど衝撃を受けたか…。一言助けを求めてくれれば、私たちはすぐにでもあなたを守るために動いたのですよ」
「すみませんでした、叔父上」

 秀峰が小声で謝罪した。彼は真面目で他者への配慮が深い。理不尽な扱いを受けていた当時は、徴を出せなかった自分が悪いと耐えるだけで、受けている仕打ちを家族に告発することはなかったのだ。皇家から支給されている緊急通信用の霊具を使って助けを呼ぶこともしなかった。
 秀峰を知る者たちは、その性格をよく分かっていたからこそ虐げていたのだ。

 それでも、常識のある者は決して一線を越えた加虐行為を行うことはなかった。秀峰は未覚醒ではあるが、皇家と帝家には大切な身内として深く愛されている。もしも彼を傷付けたことが皇帝一族に知られれば、文字通りの地獄に叩き落されると予想できるからだ。

 ……しかし、世の中には常識が通じない超思考の人間が一定数存在する。
 高嶺が能面のように生気のない眼差しで呟いた。

「秀峰兄上を暴行した輩を、私たちは決して許しません」

 不遇をかこつ秀峰に訪れた、運命の日。その日は、天威師が総出で参加する大掛かりな祭事が行われ、皇宮の一部が解放されていた。庶子の宮は厳重に護られることになっていたが、秀峰の警護担当になった者たちは当然のごとくその職務を放棄し、密かに祭事を見に行っていた。

 部外者が皇宮に入りやすくなっているこの日、何とも都合のいいことに、期待を裏切った出来損ないの御子の警備が手薄になっているらしい。

 常識の通用しない愚かな暴徒たちはその情報を嗅ぎ付け、皇宮に侵入して秀峰の宮を急襲し、あらん限りの暴力を振るった。しまいには、全身に油をかけて生きたまま焼きながら、非合法に安全装置を外して出力を上げた霊具で治癒をかけ続け、どれだけ燃えても死なないようにするという凶行に及んだという。完全に殺しさえしなければ、霊具で回復させられるからと躊躇うことはなかった。

 すると、穢れ切ったその心に呼応する形で、天界の奥にある神罰牢の扉が現世に呼び寄せられた。――むろん、醜い心を持つ者がいるだけで天の牢獄が召喚されるわけではない。神罰牢の扉が地上に出現するには他にも多くの条件が必要になるが、その時は奇跡のような確率で条件が揃ってしまったのだ。

 秀峰を踏みにじっていた暴徒たちは、神罰牢に引きずり込まれた。祭事中の家族とは連絡が取れないため、秀峰は自分で彼らを助けに行った。己を半死半生の目に遭わせた者たちを助けるために、満身創痍で神罰牢に飛び込んだのだ。
 そして、全員を救出して帰った。神罰牢の最奥まで堕ちた暴徒を一人ずつ運んで現世に連れ戻したのだ。

 神ですら耐えられないほどの苦痛が満ちる神罰牢に、まだ覚醒しておらずただの人間に等しい状態の者が飛び込み、出入り口から最奥まで往復する。しかも、それを幾度も幾度も繰り返す。まず実現不可能な芸当のはずだった。

 通常は、神であろうとも髪の毛一筋分でも中に入っただけで動けなくなる。ましてや最奥まで行って帰って来られるはずがない。奇跡が起きて一往復はできたとしても、一度現世に帰った時点で心が折れ、もう二度と神罰牢に入るのは嫌だと拒否するはずなのだ。何往復もできるはずがない。

 だが、秀峰は未覚醒状態のままで不可能な芸当をやり遂げた。文字通り比類なき精神力の持ち主である、そして、気絶した暴徒全員を現世に返した直後、死神として覚醒し、その力を持って神罰牢の扉を閉じ、天界に送還した。
 15歳での覚醒は、三千年に及ぶ皇家と帝家の歴史の中でも例を見ない遅咲きだ。稀に見る大器晩成型であった。

「不当な虐げを行う者がいなければ、せめてあの暴徒共さえ現れなければ、兄上は地獄を味わうことなく健全に生活なされ、15歳で自然に天威師に目覚めることができていたのに」

 高嶺の眼差しに悔しさが滲む。皇帝家に生まれた者が未覚醒の至高神なのかただの人間なのかを、その者が覚醒する前から見定めることはできない。天威師の眼を持ってしてもだ。神格を解放した正真正銘の至高神ならば判別できるが、みだりに天の祖神に頼って答えを乞うてはならないとされている。
 誕生時に始まりの神器と感応したことで、力に覚醒しておらずとも日神であることが確実視されていた日香は特例なのだ。

 従来は、13歳を超えても覚醒しなかった者は、至高神ではなく人間として生まれたと見なすのが慣例となっていた。実際、今まではその対応で合っていた。事情を知った祖神も本気で驚くほどに例外中の例外の遅咲きであった秀峰が顕現するまでは。

 満を持して覚醒した秀峰だが、まさか神罰牢が人世に出現したという真相を明かすことはできず、ただ遅咲きの覚醒であったと公表されるのみで、彼がどれほどの苦難の果てに覚醒したのかは、市井しせいには知られていない。

 ただし、覚醒の波動を感知し、祭事を中止して駆け付けた天威師には覚醒までの経緯が知られ、今までに受けて来た仕打ちも明らかになった。

「あのような目に遭わされたのに、兄上は人間を愛しておられます」

 15歳という十分に自我が確立する年齢になるまで覚醒しなかった秀峰は、人間として暮らしていた頃の記憶が濃い。ゆえに、人への情が通常の天威師よりも遥かに深いのだ。
 そして、めでたく天威師となった今現在の彼が、生まれて間もない頃から覚醒していた高嶺やティルたちと遜色そんしょくない活躍を見せているのは、ひとえに彼が未覚醒という境遇にくじけることなく努力と研鑽を重ね続けて来たからだ。

「遭わされたと言うが、神罰牢に関しては私が勝手に助けに行ったことだ。誰かに頼まれたわけではない。私の自己責任だろう」
「ですが、暴徒が襲撃しなければ、そもそも神罰牢が開くこともなかったのです。――やはり滅ぼしましょう、人間も世界も」
「だから滅ぼすな! 頼むから!」

 必死で言い募る秀峰に、ルーディと黒曜が蠱惑的な微笑みを投げた。

「僕の可愛い孫ちゃん。君が手を下す必要なんかないんだよ」
「あなたたちが天に還れば、後は怒れる神々が良いようにするでしょう」

 無慈悲な提案に、白珠が声を上げた。

「何故そのような酷なことを仰るのです。あなた方とて、かつては天威師として――皓死帝こうしてい玄闇皇こくあんこうとして神鎮めを行い、世界と人間を維持されていたではありませんか!」
「うーん、でも僕かなり嫌々やってたしさぁ。歴代の祖神様方が何やかやで継承してきたものだから、仕方なくね。人間の皮を捨てて至高神に戻ったら、何か全部どうでも良くなっちゃったよ」
「私もそうよ。それが普通なの。至高神の本性でありながら人への愛があった皇祖が異例であっただけ」

 娘の言い分をにっこり笑って切り捨てた黒曜が、一歩前に出た。

「話が逸れてしまったわ。元に戻しましょう。――祖神は皆、天威師の帰還を望んでいるの。始まりの神器が尽きかけていることは、その恰好の理由になる。この神器が果てれば、天威師は地上にいられなくなるのだもの」

 ぐったりとした小鳥にじっと視線を注ぐ黒曜。志帆がそろりと神器を手の中に包むようにして隠した。

「あら、壊そうなどと思っていないわよ。……少し前に神託が降りたでしょう。帝祖自らが神器の状態を確認なさり、もう保たないと判断すれば、その時点で天威師を強制的に送還すると」

 ちらりと流し目を向けられた日香は首肯した。だからこそ、三日後に日香が急ぎ神器を修復する手はずになっていたのだ。

「その刻が早まったの。明日よ」
「――明日!?」

 白珠と秀峰、そして日香の声が重なる。

「母上、それは急すぎるのでは」
「宗基家の娘の暴挙も起こって、祖神も我慢の限界に来ていらっしゃるの。……私とお兄様はそれを伝えに来たのよ。明日の早朝、太陽が昇り切ると同時に、帝祖様が直々に神器をご覧になられます。もしも手を打ちたいならば、明朝の日が昇る前にどうにかすることね」

 そう言った黒曜は、ただ悠然と微笑んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

美味しい料理で村を再建!アリシャ宿屋はじめます

今野綾
ファンタジー
住んでいた村が襲われ家族も住む場所も失ったアリシャ。助けてくれた村に住むことに決めた。 アリシャはいつの間にか宿っていた力に次第に気づいて…… 表紙 チルヲさん 出てくる料理は架空のものです 造語もあります11/9 参考にしている本 中世ヨーロッパの農村の生活 中世ヨーロッパを生きる 中世ヨーロッパの都市の生活 中世ヨーロッパの暮らし 中世ヨーロッパのレシピ wikipediaなど

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

処理中です...