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11.始まりの神器

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 ◆◆◆

『どう、佳良? 神官府は――ううん、皇宮と帝城は騒がしくなってる?』

 自身の宮に退避した日香は、念話用の通信霊具で佳良に問いかけた。彼女は現在、神官府で現状の確認と対処に当たっている。
『はい。何しろ緘口令かんこうれいを出す前に情報が出回ってしまいましたので』
『あーやっぱり』

 宗基家当主の妾の娘、花梨が天威師に覚醒した――。その報は、水が薄紙に染み込むかの如き速度で皇宮と帝城を駆け巡った。当真が孔雀神に見初められた報も吹き飛ばす勢いだという。

『困ったものです。皇家と帝家以外から天威師が出ることは有り得ないというのに。例え皇家の縁戚たる宗基家であろうとも』
『うん……』

 皇帝家は一族の血を滅多に外に出さない。本人がただの人間として生まれても、その子や孫が先祖返りを起こして天威師に覚醒する可能性があるからだ。ただし、五代に渡って庶子が続けば、以降の子孫は先祖返りを起こさなくなり、必然的に天威師になることもなくなる。これは初代皇帝が降臨する際、祖たる天の至高神が定めた絶対の掟だ。ゆえに、自身の先祖となる直近の天威師から五代以上を隔てている庶子に限れば臣籍降下することもある。
 そしてそのような場合に、降下する庶子の養子先あるいは嫁入り先、婿入り先となるのが、皇国の一位貴族と帝国の大公家だ。

『宗基花梨は遡れば皇家の血を引いておりますが、最も親等が近い天威師から数えて五代より離れています。先祖返りが起こるはずがございません』
『でも、天威師だと触れ回ってるんでしょう?』
『ええ。皇家の御子を賜って来た宗基家だからこそ特例が発生し、五代以上を隔てた遠縁でも天威師に覚醒する奇跡が起きた、と主張しているようです』
『そんなことあるはずないのに……』

 至高神が制定した決まりが破られることはない。五代の線引きは絶対だ。

『騒ぎ立てているのは当主たる宗基豪栄ごうえい。今一人の娘である恵奈けいな殿は関与されていないとのことです。むしろ皇家と共に騒ぎを鎮静化しようと尽力されているとか』
(うーん、恵奈さんも大変だなぁ)

 巷では暗愚との悪評が極まっている宗基家当主、豪栄。だが、彼の長女にして花梨の姉、そして聖威師でもある宗基恵奈は人望篤く、良識も弁えている。日香も幾度か会ったことがあるが、とても同じ血を持つ父娘とは思えない。既に亡き当主夫人がまともでその血を継いだのか、あるいは隔世遺伝でも出たのだろうか。

(何で日神じゃない花梨さんにが反応したんだろう)

 考えながら、日香はさらに問いかけた。

『高嶺様たちは?』
『現在、宗基花梨と面会なさっております』
『あぁそっか、そういうしきたりだもんね』

 天威師が覚醒した際は、既に目覚めている先達の天威師がその真偽を確認することになっている。

『日香様がお望みであれば、私に分かる範囲で状況をお伝えいたします。太子方からも、日香様の御意向を尊重するよう申し付けられておりますので』
『本当? 教えて!』
『私も直に様子を拝見しているわけではなく、太子方から随時いただく念話で様子を把握しているのですが……どうやら、宗基花梨は藍闇太子様との婚姻を希望しているそうなのです』
『へ?』

 日香は唖然とする。いきなり突拍子もない話題になった。

『藍闇太子様のお相手には、庶子たる日香様よりも同じ天威師である自分の方が適切である。そう主張しているとか』
『うーん』

 日香様はむ~んと眉を寄せて腕組みした。軽く小首を傾げて純粋な疑問を吐き出す。

(何言ってるの? その花梨って人。高嶺様の妻は私。私が高嶺様の伴侶なんだけど?)

 馬鹿馬鹿しくて嫉妬すら起こらない。

『申し訳ございません。現時点で分かっていることがここまでなのです』
『ううん十分だよ、謝らないで。佳良だって忙しいのに、教えてくれてありがとう。何かあったらまた連絡するね』

 礼を言い、通信霊具を切る。後には静けさだけが残った。この宮の中に、日香以外の生命の気配はない。常駐している使用人は人間ではなく、皇帝が用意した形代かたしろだ。

(高嶺様……面会中なら連絡するのはまずいかな。でも、佳良には念話で状況を伝えてるんだし、話しかけても大丈夫かも)

 文字通り人気のない宮で一人悩んでいると、空間に波紋が走った。幕のように揺らめいた空間を掻き分け、長身痩躯の影が躍り出る。

「日香」
「来ちゃったよぉ」

 凛とした声とふんわりした声が交互に響き、日香はぱっと顔を明るくした。

「ラウお義兄様、ティルお義兄様!」
「そなたのことが気になったのだ。色々と懸念を抱いているであろうと」
「だからラウ兄上と一緒に来ちゃったよ~」

 涼やかに告げるのはラウ、くすくす笑って紡ぐのはティル。

「父上と母上もそなたのことを案じておられる」
「お義父様とお義母様がですか?」

 日香の脳裏に義両親の姿が浮かんだ。義母はともかく、義父はこの事態に激怒しているのではないかと思うと、背筋が寒くなる。あの義父は、身内以外には芥子粒けしつぶほどの情も持ち合わせていないのだ。

「……気にかけていただいて嬉しいです。後でお礼を言っておきます」
「うん、そうしてあげて。二人とも喜ぶよ~。……で、気になってると思うけど」

 ティルが纏う気配を引き締めた。

「今回が暴走しかかったのは日香のせいじゃないよ」

 安心させるように放たれた言葉に、日香は一瞬黙り込んだ。

「高嶺様もそう仰ってました。でも万一があったら怖いから、今は天威を抑えてます。念話とかも通信霊具を使ってますし」

 力が安定するまでの間は、ずっとそうして来た。皇宮内では力を抑え、皇宮の外に造られた秘密の修練領域で天威の扱い方を修得して来たのだ。

「いや、そなたの力は安定した。もう自由に使って良い」

 ラウが念押しするように言った。ティルもうんうんと頷いている。高嶺に加え、義兄たちも太鼓判を押すならば大丈夫なのだろうと思いつつ、日香は確認する。

「……本当にあれは問題ないんですよね? 天威師の至宝――始まりの神器は」
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