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本編
4.この世界と力のこと
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◆◆◆
「じゃあ、えーと、当真くん」
人がほとんど来ない四阿に腰を落ち着け、日香と当真は向かい合って座っていた。
「まずは、この国とお隣の帝国について分かる範囲で話してみて。……って言っても、神官府の試験だからね。神官に関係ある部分を重点的に話してくれる?」
促すと、当真は背筋を伸ばして頷いた。
「はい、ではいきます。――この世界は二つの国が統べています。一つはここ神千国。世界の東半分を制する皇国です。もう一つは西の覇者である帝国ミレニアム。他の国はほぼ全て、皇国か帝国の属国です」
「うん」
「今からおよそ三千年前、乱世を統一した双子の兄妹がいました。東をまとめ上げた妹君は神千皇国の初代皇帝となり、西を制した兄君はミレニアム帝国の初代皇帝となりました。お二人は天から降りて来た神で、兄妹でありながら夫婦でもありました」
今まで習った知識を暗唱する当真の口調に乱れはない。きっと今まで何度も復習し、頭に叩き込んで来たのだろう。
「皇祖は黒髪黒目、帝祖は金髪碧眼でした。二代目皇帝となるお二人のお子様方は、どちらかの色を継いでいたため、髪と目が黒であれば皇家に属し、金と碧であれば帝家に属しました」
神の血を引く皇家と帝家は、神に仕える神官にとって切っても切れぬ存在だ。
「両国の都は隣り合っており、皇宮と帝城は国境越しに隣接しています。皇国民は温厚で穏やかな者が多く、帝国民は苛烈で好戦的な者が多いです」
ただし、両者は互いを理解しようとする性質を持っている。双方の言語や文化を学ぶ教養は身分を問わず必修化されているため、意思疎通にも困らない。
日香はぱちぱちと拍手をした。
「うん、よく分かってるじゃない。次は力のことだね。まずは徴と霊威、それに神官のことを言ってみて」
まだ覚醒していない当真には辛いことだろうが、試験には必ず出る。
「はい。――この世界には、神と交信し多様な奇跡を起こす者が誕生します。その力は『霊威』と呼ばれ、霊威を持つ者は『霊威師』と称されます」
霊威は人間も含めた森羅万象に宿っている。しかし、神と繋がることができる強さを持つ者は限られる。
「一定以上の霊威を持つ者は、感情の高まりに呼応して瞳が輝きます。それが『徴』と呼ばれるものです。徴を発現した者のみが霊威師と称され、霊威を持つ者と認識されます」
徴が出ない程度であれば、『霊威を持っていない』と扱われるのだ。
「徴は、一部の家系の者に一桁の年齢で顕れることが多いです。それを見越し、対象者は幼少期から神官府で教育を受けます。晴れて徴を発現すれば霊威師となり、神官として登録されます」
貴族の世界では霊威の有無と強弱が何よりも重視され、徴を出せなかった者は無能の烙印を押されてしまう。
「神官は神のお言葉を聞き託宣を下ろす他、霊威を駆使して超自然的な奇跡を起こします」
奇跡とは例えば、虚空から火や水、風を生み出す、頭脳や身体能力を底上げする、怪我や病気を治癒する、遠距離の者に声や思念を飛ばす、遥か遠くの光景を見通す、一瞬で別の場所に移動する、など多岐に渡る。
「また、霊具の作成も神官の仕事です」
そこまで聞いた日香は軽く手を上げた。
「は~い、質問です。霊具について簡単に答えて下さい」
口述試験では、途中で追加の問いをされるかもしれない。当真は落ち着いて応じた。
「霊具とは、霊威を火力や風力、治癒力など様々な力に変換する道具のことです。例えば、大気中の霊威を念話や通話の力に変換する通信霊具を持っていれば、徴を持たない者でも遠方の者に思念や声を飛ばして会話できます」
神と繋がる力である霊威は、実はとても汎用性が高い。日常生活に必要な機能の多く――上下水道、動力、燃料、輸送、通信など――が、霊威によりまかなわれている。
「霊具の作成は神官の職務であり、神官府で行われています」
「よしよし、いい感じじゃん。次は神様のことを話してくれる?」
「この世界には多くの神が存在し、至高神たる日神、月神、闇神、そして死神が最頂点にいます。通常の神は無色透明に輝く気――神威を持ちますが、高位の神の気は有色です」
色を帯びた神威を纏う神は色持ちの神と呼ばれる。世界が誕生するより以前に顕現した最古にして原初の至高神の場合、日神は金、月神は銀、闇神は黒、死神は白の神威を放つとされる。ゆえに、その彩を冠して金日神、銀月神、黒闇神、白死神と称される。また、至高神は虹色を帯びた気を持つ。
「ただし、至高神は神の中でも別枠で考えられているため、地水火風の四大高位神が実質的な最高神とされています」
四大高位神は森羅万象を統べており、至高神を除くほぼ全ての神々の頂に立っている。
「神は天界に座し、地上への関与は最小限に留めています。が、状況によって天恵や神罰、神託を降ろすこともあります。霊威師は死後転生せず天界に召し上げられ、神にお仕えする立場になります」
(うん、基本はできてるね。さすが唯全家のご子息)
内心で頷きながら、日香は促した。
「それじゃあ、聖威師について話して」
「はい。この世界では稀に、特別に神の寵愛を受ける者が生まれます。神の愛し子である彼らは『聖威師』と称され、その力は『聖威』と呼ばれています。聖威師は自らも神格を授かり、神の列に連なることを許された存在です」
人間を超えた別格の存在であり、霊威師など比較にならない高みにいる。実を言えば、先ほどの佳良も聖威師だ。彼女は鷹の神の寵を受けている。そして聖威師がいる場合、ほぼ例外なく神官府の長に就くのが慣例である。紋章入りの神官衣を纏えるのも聖威師のみだ。
「神の寵児の中で特別枠にいるのが、至高神の加護を賜った方々です。その方々は『天威師』と呼ばれ、そのお力は『天威』と称されます」
「天威と聖威について、もう少し詳しく」
「天威と聖威は不完全な神威のことです。天威師と聖威師は、地上にいる間は神格を抑え込み、人に擬態して生きています。死去時に神格を解放し、神となって天に昇ります」
地上は人間の領域であり、天の神は積極的に干渉しないという原則があるからだ。
「神格を秘めている場合、本来の力である神威は振るえません。しかし、神威の一部を断片的に発現させ、霊威より遥かに強力な奇跡を起こすことはできます。それが天威や聖威と呼ばれるものです」
仮に神威を使えば神になったと見なされ、天へ還らなければならなくなる。加えて、神威の一端である天威と聖威についても、使用可能な能力の種類や範囲、出力、頻度などに大きな制約を課されている。許された範囲を超えて力を使えば、その場で天に強制送還だ。
「続けて」
「はい、天威師は自らも至高の神格を持つ特別な存在です。日神、月神、闇神、死神のいずれかの神格を有しておられ、至高神からの寵愛を受けています」
「聖威師と違うところはどこか分かる?」
「天威師は皇家と帝家にしか誕生しません。それから、天威師は生まれながらにして自身の中に神格を持っています。聖威師の場合、初めは人間として生まれ、加護を授かった神から後天的に神格を賜りますが、天威師は最初から神です」
「どうして天威師は初めから神なの?」
「皇家と帝家の初代皇帝が共に至高神であり、皇家と帝家はその末裔だからです。両家の一部の者は先祖返りを起こし至高の神として生まれます。それが天威師と呼ばれる方々です」
「……だけど、皇家と帝家に生まれた全員が先祖返りを起こすわけじゃないよね」
「先祖返りを起こさなかった者は、皇帝家の庶子という扱いになり、人の世を運営する王族として国政に関わります」
神である天威師は、皇帝の地位にあっても国政には関わらない。君臨すれども統治せず、である。
国営全般を担い人の世を率いていくのは、人間として生まれた庶子たちだ。王族という立場になる彼らは帝王学を習得し、代替わりの際に選ばれた者が王太子を経ず直に新国王として即位する。ゆえに、この国においては次期国王である王太子という地位は存在せず、『太子』と言えば次期皇帝のことを指す。
「天威師の場合、誕生時は普通の人間と区別が付きませんが、己の最奥に眠る至高神の本性に覚醒した時に虹色の輝きを発現します」
天威師は、早ければ誕生と同時に、遅くとも10代前半までには覚醒することがほとんどだ。
「それから、天威師は全員が皇帝もしくは太子の位に即きます。現在の皇国と帝国には皇帝と太子が複数いらっしゃり、三千年の歴史でも稀に見る多さだと言われています」
なお、皇国と帝国においては、皇帝家の者の敬称は様で統一されている。会話の中で『陛下』とだけ発すれば、皇帝のことか国王のことかが曖昧になり、間違えの元になるためだ。ゆえに陛下、殿下という敬称自体が用いられない。
「ただし、太子であると同時に妃でもある方々の一部には、妻としての立場に注力すると宣言している方もおられます。そのような方々は、公式の場以外では太子と呼ばれないこともあります」
日香の片割れたる月香もその例に該当する。
うんうんと頷いていると、当真がぱっと無邪気な顔になった。
「皇帝家の直系の次世代は、すっぽん皇女様を除けば全員が天威師です。潤沢で安心ですよね!」
「じゃあ、えーと、当真くん」
人がほとんど来ない四阿に腰を落ち着け、日香と当真は向かい合って座っていた。
「まずは、この国とお隣の帝国について分かる範囲で話してみて。……って言っても、神官府の試験だからね。神官に関係ある部分を重点的に話してくれる?」
促すと、当真は背筋を伸ばして頷いた。
「はい、ではいきます。――この世界は二つの国が統べています。一つはここ神千国。世界の東半分を制する皇国です。もう一つは西の覇者である帝国ミレニアム。他の国はほぼ全て、皇国か帝国の属国です」
「うん」
「今からおよそ三千年前、乱世を統一した双子の兄妹がいました。東をまとめ上げた妹君は神千皇国の初代皇帝となり、西を制した兄君はミレニアム帝国の初代皇帝となりました。お二人は天から降りて来た神で、兄妹でありながら夫婦でもありました」
今まで習った知識を暗唱する当真の口調に乱れはない。きっと今まで何度も復習し、頭に叩き込んで来たのだろう。
「皇祖は黒髪黒目、帝祖は金髪碧眼でした。二代目皇帝となるお二人のお子様方は、どちらかの色を継いでいたため、髪と目が黒であれば皇家に属し、金と碧であれば帝家に属しました」
神の血を引く皇家と帝家は、神に仕える神官にとって切っても切れぬ存在だ。
「両国の都は隣り合っており、皇宮と帝城は国境越しに隣接しています。皇国民は温厚で穏やかな者が多く、帝国民は苛烈で好戦的な者が多いです」
ただし、両者は互いを理解しようとする性質を持っている。双方の言語や文化を学ぶ教養は身分を問わず必修化されているため、意思疎通にも困らない。
日香はぱちぱちと拍手をした。
「うん、よく分かってるじゃない。次は力のことだね。まずは徴と霊威、それに神官のことを言ってみて」
まだ覚醒していない当真には辛いことだろうが、試験には必ず出る。
「はい。――この世界には、神と交信し多様な奇跡を起こす者が誕生します。その力は『霊威』と呼ばれ、霊威を持つ者は『霊威師』と称されます」
霊威は人間も含めた森羅万象に宿っている。しかし、神と繋がることができる強さを持つ者は限られる。
「一定以上の霊威を持つ者は、感情の高まりに呼応して瞳が輝きます。それが『徴』と呼ばれるものです。徴を発現した者のみが霊威師と称され、霊威を持つ者と認識されます」
徴が出ない程度であれば、『霊威を持っていない』と扱われるのだ。
「徴は、一部の家系の者に一桁の年齢で顕れることが多いです。それを見越し、対象者は幼少期から神官府で教育を受けます。晴れて徴を発現すれば霊威師となり、神官として登録されます」
貴族の世界では霊威の有無と強弱が何よりも重視され、徴を出せなかった者は無能の烙印を押されてしまう。
「神官は神のお言葉を聞き託宣を下ろす他、霊威を駆使して超自然的な奇跡を起こします」
奇跡とは例えば、虚空から火や水、風を生み出す、頭脳や身体能力を底上げする、怪我や病気を治癒する、遠距離の者に声や思念を飛ばす、遥か遠くの光景を見通す、一瞬で別の場所に移動する、など多岐に渡る。
「また、霊具の作成も神官の仕事です」
そこまで聞いた日香は軽く手を上げた。
「は~い、質問です。霊具について簡単に答えて下さい」
口述試験では、途中で追加の問いをされるかもしれない。当真は落ち着いて応じた。
「霊具とは、霊威を火力や風力、治癒力など様々な力に変換する道具のことです。例えば、大気中の霊威を念話や通話の力に変換する通信霊具を持っていれば、徴を持たない者でも遠方の者に思念や声を飛ばして会話できます」
神と繋がる力である霊威は、実はとても汎用性が高い。日常生活に必要な機能の多く――上下水道、動力、燃料、輸送、通信など――が、霊威によりまかなわれている。
「霊具の作成は神官の職務であり、神官府で行われています」
「よしよし、いい感じじゃん。次は神様のことを話してくれる?」
「この世界には多くの神が存在し、至高神たる日神、月神、闇神、そして死神が最頂点にいます。通常の神は無色透明に輝く気――神威を持ちますが、高位の神の気は有色です」
色を帯びた神威を纏う神は色持ちの神と呼ばれる。世界が誕生するより以前に顕現した最古にして原初の至高神の場合、日神は金、月神は銀、闇神は黒、死神は白の神威を放つとされる。ゆえに、その彩を冠して金日神、銀月神、黒闇神、白死神と称される。また、至高神は虹色を帯びた気を持つ。
「ただし、至高神は神の中でも別枠で考えられているため、地水火風の四大高位神が実質的な最高神とされています」
四大高位神は森羅万象を統べており、至高神を除くほぼ全ての神々の頂に立っている。
「神は天界に座し、地上への関与は最小限に留めています。が、状況によって天恵や神罰、神託を降ろすこともあります。霊威師は死後転生せず天界に召し上げられ、神にお仕えする立場になります」
(うん、基本はできてるね。さすが唯全家のご子息)
内心で頷きながら、日香は促した。
「それじゃあ、聖威師について話して」
「はい。この世界では稀に、特別に神の寵愛を受ける者が生まれます。神の愛し子である彼らは『聖威師』と称され、その力は『聖威』と呼ばれています。聖威師は自らも神格を授かり、神の列に連なることを許された存在です」
人間を超えた別格の存在であり、霊威師など比較にならない高みにいる。実を言えば、先ほどの佳良も聖威師だ。彼女は鷹の神の寵を受けている。そして聖威師がいる場合、ほぼ例外なく神官府の長に就くのが慣例である。紋章入りの神官衣を纏えるのも聖威師のみだ。
「神の寵児の中で特別枠にいるのが、至高神の加護を賜った方々です。その方々は『天威師』と呼ばれ、そのお力は『天威』と称されます」
「天威と聖威について、もう少し詳しく」
「天威と聖威は不完全な神威のことです。天威師と聖威師は、地上にいる間は神格を抑え込み、人に擬態して生きています。死去時に神格を解放し、神となって天に昇ります」
地上は人間の領域であり、天の神は積極的に干渉しないという原則があるからだ。
「神格を秘めている場合、本来の力である神威は振るえません。しかし、神威の一部を断片的に発現させ、霊威より遥かに強力な奇跡を起こすことはできます。それが天威や聖威と呼ばれるものです」
仮に神威を使えば神になったと見なされ、天へ還らなければならなくなる。加えて、神威の一端である天威と聖威についても、使用可能な能力の種類や範囲、出力、頻度などに大きな制約を課されている。許された範囲を超えて力を使えば、その場で天に強制送還だ。
「続けて」
「はい、天威師は自らも至高の神格を持つ特別な存在です。日神、月神、闇神、死神のいずれかの神格を有しておられ、至高神からの寵愛を受けています」
「聖威師と違うところはどこか分かる?」
「天威師は皇家と帝家にしか誕生しません。それから、天威師は生まれながらにして自身の中に神格を持っています。聖威師の場合、初めは人間として生まれ、加護を授かった神から後天的に神格を賜りますが、天威師は最初から神です」
「どうして天威師は初めから神なの?」
「皇家と帝家の初代皇帝が共に至高神であり、皇家と帝家はその末裔だからです。両家の一部の者は先祖返りを起こし至高の神として生まれます。それが天威師と呼ばれる方々です」
「……だけど、皇家と帝家に生まれた全員が先祖返りを起こすわけじゃないよね」
「先祖返りを起こさなかった者は、皇帝家の庶子という扱いになり、人の世を運営する王族として国政に関わります」
神である天威師は、皇帝の地位にあっても国政には関わらない。君臨すれども統治せず、である。
国営全般を担い人の世を率いていくのは、人間として生まれた庶子たちだ。王族という立場になる彼らは帝王学を習得し、代替わりの際に選ばれた者が王太子を経ず直に新国王として即位する。ゆえに、この国においては次期国王である王太子という地位は存在せず、『太子』と言えば次期皇帝のことを指す。
「天威師の場合、誕生時は普通の人間と区別が付きませんが、己の最奥に眠る至高神の本性に覚醒した時に虹色の輝きを発現します」
天威師は、早ければ誕生と同時に、遅くとも10代前半までには覚醒することがほとんどだ。
「それから、天威師は全員が皇帝もしくは太子の位に即きます。現在の皇国と帝国には皇帝と太子が複数いらっしゃり、三千年の歴史でも稀に見る多さだと言われています」
なお、皇国と帝国においては、皇帝家の者の敬称は様で統一されている。会話の中で『陛下』とだけ発すれば、皇帝のことか国王のことかが曖昧になり、間違えの元になるためだ。ゆえに陛下、殿下という敬称自体が用いられない。
「ただし、太子であると同時に妃でもある方々の一部には、妻としての立場に注力すると宣言している方もおられます。そのような方々は、公式の場以外では太子と呼ばれないこともあります」
日香の片割れたる月香もその例に該当する。
うんうんと頷いていると、当真がぱっと無邪気な顔になった。
「皇帝家の直系の次世代は、すっぽん皇女様を除けば全員が天威師です。潤沢で安心ですよね!」
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