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◆◆◆
「で、その……これは一体どういうことでしょうか」
とりあえず食堂に場所を移し、テーブルに腰を落ち着けた私たちは、しばらく互いの出方を見るように沈黙していた。恐る恐る口火を切ったのは父だ。
「あなたはカインツ様だと? ハじゃなくてカ?」
「あ、はい……カの方です。ごほっ」
ハインツの双子の弟、第三王子カインツ殿下。小さな頃から病弱で、ほとんど表に出てこない王子様だった。私も会ったことないのよ。体が弱いから学園にも入学していなくて、王宮に家庭教師を呼んでいたそうだし。さっきからやたらと咳込んでるのはやっぱり体調が悪いのかしら。
「私は兄の身代わりに立てられたのです。ハインツとしてローゼ男爵家に行けと。本物の兄上は私に成り代わり、王宮の奥に匿われています。数年後、ほとぼりが冷めたら病が快癒したとでも言って、私の名で表に出るでしょう」
「な、何故そんなことに……」
「ごほごほ……王家は王太子たる第一王子ジュード兄上を除いて腐り切っています。国庫の金をバレない程度に着服し、王家に伝わる宝を売りさばいているのは王と王妃も同様。第二王子であるハインツ兄上が目立つ行動をしたために隠しきれなくなり、やむを得ず全ての罪をハインツ兄上に被せた上で私を身代わりにしたのです。あの三人は一蓮托生で、互いが互いの不正の証拠を握り合っていますから、誰かを切り捨てることができないのです」
はあぁ、うそでしょ!? 王家ボロボロじゃない!
「数年前、王たちを諌めたジュード兄上は監視付きで国外留学に行かされ、未だ戻ってこられずにいます。それから横領が本格的になりました。僕は幼い頃から病弱で、ベッドから長時間起きていることができず、抗議しても聞き入れてもらえませんでした。それどころか部屋に軟禁状態にされてしまって」
「か、替え玉にされたことも含めて、全てを司法院に訴え出ればいかがですかな? というか王家は、あなたから私たちに真相を話されてバレるとは考えなかったのでしょうか」
確かに。事実、こうして即バレして全部白状ってるわけだし。
「司法と捜査を司る機関の上層部は、既に王に買収されています。ごほ、僕たちが声を上げたところでもみ消されるだけでしょう。それに僕はこの体なのでろくに動けませんし。なんせ10メートル走っただけで倒れてしまう有り様なんです。おそらくこの邸の周囲には監視が付けられていますから、おかしな動きをすれば病死ということで暗殺されるかも……」
「な、何と……」
それ以上は言葉もない父に代わりに、ぐいっと身を乗り出した私は力強く宣言した。
「やっぱり呪いしかないわ! 邸内でこっそり呪うのならバレないわよ! カインツ殿……いえ、カインツ様。あいつら全員呪ってやりましょう! あなたの力が必要なんです!」
「の、呪い!? 何ですか藪から棒に!?」
のけぞるカインツ様をよそに、私は呪いの本を引っ張り出して超高速でめくり、やり方を再確認したのだった。
◆◆◆
「……ということで、準備しました!」
食堂のテーブルには、魔法陣を刺繍したテーブルクロスと、皿に乗ったローストチキン、すっぽんの活き血のジュース、庭で取ってきた草を茹でた温野菜サラダが並んでいる。
『ワー、ナンダカオイシソウダナァ』と現実逃避気味に呟くお父様を無視して、私は金紙を貼り付けて黄金に輝かせた万能包丁をカインツ様に差し出した。剣なんかとっくに売っちゃったわよ、賠償金を払うのにお金がいるんだから!
「後はこの包丁を持って呪文を唱え、テーブルの食事を食べて、ゆっくりでいいのでステップを踏んで下さい。呪文とステップはこの本に書いてある通りです」
「ちょっ、何かおかしいと思う! 何か違うよコレ!? 落ち着いて一回考え直そう!」
全力のノーサンキューで包丁を拒みながら、いつの間にか丁寧語を消したカインツ様が必死で訴えるけど、ギロッと睨んで押し通す。
「いいから協力して下さい! 何でもいいからあのバカ妹に一泡吹かせてやりたいの! ついでに王家にもね!」
「ひ、ひぇぇ……」
私の勢いに圧倒されたカインツ様が、おずおずと金ピカ包丁を受け取った。一瞬だけ触れ合った指と指の感触に、何故か胸の奥が僅かに跳ねたような気がした。
カインツ様は本を見ながらたどたどしく呪文を唱え始める。
「ええと、ア……アローム、ベルサレム……ごほごほ……」
さあ、呪われてしまえ!
弱々しい声を聞きながら、私は内心で妹と本物のバカ王子への怨嗟をぶちまけていた。
――それを毎日続け、1カ月ほどが経った。当たり前だけど妹とバカ王子がひどい目に遭ったという報は入って来ない。やっぱり呪いなんてインチキだったらしい。はぁ、まあ分かってたけどさ……。
底を突きかけていた資金も本当になくなってしまったし、後は一家でのたれ死ぬだけね。せめてカインツ様だけは逃してあげたいけど、ずっと寝たきりに近い生活をしていたというから無理だろう。
と、思っていた。
「で、その……これは一体どういうことでしょうか」
とりあえず食堂に場所を移し、テーブルに腰を落ち着けた私たちは、しばらく互いの出方を見るように沈黙していた。恐る恐る口火を切ったのは父だ。
「あなたはカインツ様だと? ハじゃなくてカ?」
「あ、はい……カの方です。ごほっ」
ハインツの双子の弟、第三王子カインツ殿下。小さな頃から病弱で、ほとんど表に出てこない王子様だった。私も会ったことないのよ。体が弱いから学園にも入学していなくて、王宮に家庭教師を呼んでいたそうだし。さっきからやたらと咳込んでるのはやっぱり体調が悪いのかしら。
「私は兄の身代わりに立てられたのです。ハインツとしてローゼ男爵家に行けと。本物の兄上は私に成り代わり、王宮の奥に匿われています。数年後、ほとぼりが冷めたら病が快癒したとでも言って、私の名で表に出るでしょう」
「な、何故そんなことに……」
「ごほごほ……王家は王太子たる第一王子ジュード兄上を除いて腐り切っています。国庫の金をバレない程度に着服し、王家に伝わる宝を売りさばいているのは王と王妃も同様。第二王子であるハインツ兄上が目立つ行動をしたために隠しきれなくなり、やむを得ず全ての罪をハインツ兄上に被せた上で私を身代わりにしたのです。あの三人は一蓮托生で、互いが互いの不正の証拠を握り合っていますから、誰かを切り捨てることができないのです」
はあぁ、うそでしょ!? 王家ボロボロじゃない!
「数年前、王たちを諌めたジュード兄上は監視付きで国外留学に行かされ、未だ戻ってこられずにいます。それから横領が本格的になりました。僕は幼い頃から病弱で、ベッドから長時間起きていることができず、抗議しても聞き入れてもらえませんでした。それどころか部屋に軟禁状態にされてしまって」
「か、替え玉にされたことも含めて、全てを司法院に訴え出ればいかがですかな? というか王家は、あなたから私たちに真相を話されてバレるとは考えなかったのでしょうか」
確かに。事実、こうして即バレして全部白状ってるわけだし。
「司法と捜査を司る機関の上層部は、既に王に買収されています。ごほ、僕たちが声を上げたところでもみ消されるだけでしょう。それに僕はこの体なのでろくに動けませんし。なんせ10メートル走っただけで倒れてしまう有り様なんです。おそらくこの邸の周囲には監視が付けられていますから、おかしな動きをすれば病死ということで暗殺されるかも……」
「な、何と……」
それ以上は言葉もない父に代わりに、ぐいっと身を乗り出した私は力強く宣言した。
「やっぱり呪いしかないわ! 邸内でこっそり呪うのならバレないわよ! カインツ殿……いえ、カインツ様。あいつら全員呪ってやりましょう! あなたの力が必要なんです!」
「の、呪い!? 何ですか藪から棒に!?」
のけぞるカインツ様をよそに、私は呪いの本を引っ張り出して超高速でめくり、やり方を再確認したのだった。
◆◆◆
「……ということで、準備しました!」
食堂のテーブルには、魔法陣を刺繍したテーブルクロスと、皿に乗ったローストチキン、すっぽんの活き血のジュース、庭で取ってきた草を茹でた温野菜サラダが並んでいる。
『ワー、ナンダカオイシソウダナァ』と現実逃避気味に呟くお父様を無視して、私は金紙を貼り付けて黄金に輝かせた万能包丁をカインツ様に差し出した。剣なんかとっくに売っちゃったわよ、賠償金を払うのにお金がいるんだから!
「後はこの包丁を持って呪文を唱え、テーブルの食事を食べて、ゆっくりでいいのでステップを踏んで下さい。呪文とステップはこの本に書いてある通りです」
「ちょっ、何かおかしいと思う! 何か違うよコレ!? 落ち着いて一回考え直そう!」
全力のノーサンキューで包丁を拒みながら、いつの間にか丁寧語を消したカインツ様が必死で訴えるけど、ギロッと睨んで押し通す。
「いいから協力して下さい! 何でもいいからあのバカ妹に一泡吹かせてやりたいの! ついでに王家にもね!」
「ひ、ひぇぇ……」
私の勢いに圧倒されたカインツ様が、おずおずと金ピカ包丁を受け取った。一瞬だけ触れ合った指と指の感触に、何故か胸の奥が僅かに跳ねたような気がした。
カインツ様は本を見ながらたどたどしく呪文を唱え始める。
「ええと、ア……アローム、ベルサレム……ごほごほ……」
さあ、呪われてしまえ!
弱々しい声を聞きながら、私は内心で妹と本物のバカ王子への怨嗟をぶちまけていた。
――それを毎日続け、1カ月ほどが経った。当たり前だけど妹とバカ王子がひどい目に遭ったという報は入って来ない。やっぱり呪いなんてインチキだったらしい。はぁ、まあ分かってたけどさ……。
底を突きかけていた資金も本当になくなってしまったし、後は一家でのたれ死ぬだけね。せめてカインツ様だけは逃してあげたいけど、ずっと寝たきりに近い生活をしていたというから無理だろう。
と、思っていた。
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