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そんなむちゃくちゃな! 王家ってバカなの!?
そりゃレーテのことは、保護者として目が行き届いていないところはあったけど……あんまりじゃない!? うちだって本当にギリギリだったのに!
「もうダメだ……何もかも終わりなんだぁ~」
オンオンと泣き出す父。私と同じ翡翠色の目から涙がダダ漏れになっている。
私も王家からの書状を読んでみたけど、これはダメだ。もう処分が決定していて、今からじゃ覆せない。力がある高位貴族なら抗告できるかもしれないけど、うちじゃ……。
いくつか抵抗する手段を考えてみたものの、王家の権力の前では無意味。このまま強引にバカ王子がねじ込まれて終わるだろう。
これじゃあ本当にローゼ男爵家は潰れてしまう。爵位没収はまだいい。うちなんか所詮商人上がり、元庶民の家柄でしかないもの。でも、これまでコツコツ築いてきた事業も成果も信頼も、全部水の泡になると思うと……。お母様、ご先祖様、ごめんなさい……。
ああ、せめて妹に復讐してやりたい。できることは神頼みくらいだけど、こんな理不尽な運命を下す神様なんかに祈ってやるもんか! いっそ悪魔にでも――ん? 悪魔?
「……呪ってやるわ」
「え?」
「こうなったら超常的な存在に頼るしかないでしょう。妹を呪ってやるのよ! 自分だけ逃げるなんて許せない。悪魔の力でも何でも借りて復讐してやる!」
「シャ、シャルロッテ、大丈夫かい? 何だかすごい方向に舵を切った気が……」
戸惑う父を無視して邸の書庫に駆け込む。付き合いがあった骨董屋におだてられた父が二束三文で買わされた古い書物の中に、呪いの書とかいうワケの分からないものがあった。ペラペラめくっただけで書庫の奥に放り込んだけど、あの中に呪いのかけ方が書いてあったはず。
「あったわ! ええと、呪いをかけるためは……生き物の肉、生き血、薬草を魔法陣の上に捧げ、勇者の血を引く者が黄金に輝く刃を持って呪文を唱え、捧げものを食した上で所定のステップを踏むこと。何だ、意外と簡単ね」
「か、簡単? 生き血を飲むなんて……」
追いついてきた父も私の肩越しに書物を覗き込み、恐ろしいと言わんばかりに身を震わせた。
「肉はローストチキン、血はすっぽんの活き血を殺菌処理してトマトジュースで割る、薬草は庭に生えてるそれっぽい草で用意できるわよ! 勇者の血を引く者は、ほら、王子が来るじゃない! 王家の始祖が勇者なんだから! こうなったら王子も巻き込んでやるわ! そもそもバカ王子がバカ妹にたぶらかされたからこうなったのよ、責任取って呪ってもらうから!」
おどろおどろしい表紙が書かれた呪いの本を握りしめ、私は鼻息荒く言い切った。
◆◆◆
「ごほごほ……ええと……元王子のハインツです。よろしくお願いします」
邸の玄関にて、そう言って礼儀正しく頭を下げたのは、柔らかな金髪に青い垂れ目の青年だった。仮にも元王子だというのに、お付きの者は誰もおらず一人ポツンと立っている。出迎えた私とお父様は呆然と彼を凝視した。
……いや、あなた誰?
ハインツ王子の姿は学園で遠目に見たことがある。男爵家の私とは格が違いすぎて、近付くことはできなかったけど。
目の前の彼は、確かにあのバカ王子と同じ顔をしている……けど、あいつはこんなに線が細かったっけ? こんなに優しそうな目をしてたっけ? こんなに柔らかい雰囲気だったっけ?
違う。何か違う。
「あなたは誰ですか?」
思わず本音がこぼれ落ちた。青年が目を瞠る。荒々しくて粗暴だと評判のハインツとは余りに違う青年を前に、同じく固まっていた父も。
「……あー、やっぱりバレますよね。あなたは学園で兄を見たことがあるでしょうから、分かってしまうと思ったのですが、ごほごほ」
「えっ、兄? ど、どういうことですか、ハインツ殿下」
父が目を白黒させながら問う。青年は困ったように頰をかいた。
「もうこちらに婿入りした身なので、殿下は不要です。……ええと、それで、僕はハインツではないのです。双子の弟、カインツと申します」
「「はぃぃ!?」」
そりゃレーテのことは、保護者として目が行き届いていないところはあったけど……あんまりじゃない!? うちだって本当にギリギリだったのに!
「もうダメだ……何もかも終わりなんだぁ~」
オンオンと泣き出す父。私と同じ翡翠色の目から涙がダダ漏れになっている。
私も王家からの書状を読んでみたけど、これはダメだ。もう処分が決定していて、今からじゃ覆せない。力がある高位貴族なら抗告できるかもしれないけど、うちじゃ……。
いくつか抵抗する手段を考えてみたものの、王家の権力の前では無意味。このまま強引にバカ王子がねじ込まれて終わるだろう。
これじゃあ本当にローゼ男爵家は潰れてしまう。爵位没収はまだいい。うちなんか所詮商人上がり、元庶民の家柄でしかないもの。でも、これまでコツコツ築いてきた事業も成果も信頼も、全部水の泡になると思うと……。お母様、ご先祖様、ごめんなさい……。
ああ、せめて妹に復讐してやりたい。できることは神頼みくらいだけど、こんな理不尽な運命を下す神様なんかに祈ってやるもんか! いっそ悪魔にでも――ん? 悪魔?
「……呪ってやるわ」
「え?」
「こうなったら超常的な存在に頼るしかないでしょう。妹を呪ってやるのよ! 自分だけ逃げるなんて許せない。悪魔の力でも何でも借りて復讐してやる!」
「シャ、シャルロッテ、大丈夫かい? 何だかすごい方向に舵を切った気が……」
戸惑う父を無視して邸の書庫に駆け込む。付き合いがあった骨董屋におだてられた父が二束三文で買わされた古い書物の中に、呪いの書とかいうワケの分からないものがあった。ペラペラめくっただけで書庫の奥に放り込んだけど、あの中に呪いのかけ方が書いてあったはず。
「あったわ! ええと、呪いをかけるためは……生き物の肉、生き血、薬草を魔法陣の上に捧げ、勇者の血を引く者が黄金に輝く刃を持って呪文を唱え、捧げものを食した上で所定のステップを踏むこと。何だ、意外と簡単ね」
「か、簡単? 生き血を飲むなんて……」
追いついてきた父も私の肩越しに書物を覗き込み、恐ろしいと言わんばかりに身を震わせた。
「肉はローストチキン、血はすっぽんの活き血を殺菌処理してトマトジュースで割る、薬草は庭に生えてるそれっぽい草で用意できるわよ! 勇者の血を引く者は、ほら、王子が来るじゃない! 王家の始祖が勇者なんだから! こうなったら王子も巻き込んでやるわ! そもそもバカ王子がバカ妹にたぶらかされたからこうなったのよ、責任取って呪ってもらうから!」
おどろおどろしい表紙が書かれた呪いの本を握りしめ、私は鼻息荒く言い切った。
◆◆◆
「ごほごほ……ええと……元王子のハインツです。よろしくお願いします」
邸の玄関にて、そう言って礼儀正しく頭を下げたのは、柔らかな金髪に青い垂れ目の青年だった。仮にも元王子だというのに、お付きの者は誰もおらず一人ポツンと立っている。出迎えた私とお父様は呆然と彼を凝視した。
……いや、あなた誰?
ハインツ王子の姿は学園で遠目に見たことがある。男爵家の私とは格が違いすぎて、近付くことはできなかったけど。
目の前の彼は、確かにあのバカ王子と同じ顔をしている……けど、あいつはこんなに線が細かったっけ? こんなに優しそうな目をしてたっけ? こんなに柔らかい雰囲気だったっけ?
違う。何か違う。
「あなたは誰ですか?」
思わず本音がこぼれ落ちた。青年が目を瞠る。荒々しくて粗暴だと評判のハインツとは余りに違う青年を前に、同じく固まっていた父も。
「……あー、やっぱりバレますよね。あなたは学園で兄を見たことがあるでしょうから、分かってしまうと思ったのですが、ごほごほ」
「えっ、兄? ど、どういうことですか、ハインツ殿下」
父が目を白黒させながら問う。青年は困ったように頰をかいた。
「もうこちらに婿入りした身なので、殿下は不要です。……ええと、それで、僕はハインツではないのです。双子の弟、カインツと申します」
「「はぃぃ!?」」
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