神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘

文字の大きさ
上 下
117 / 160
第2章

14.眠たがりの神

しおりを挟む
 肝心の当事者はにこやかに頷く。初対面の時のどもり具合は、光の彼方に置き去ってしまったかのようだ。

「そういうことだよ。後は親子や兄弟姉妹の契りも、愛し子や包珠の契りに等しい意味と重みを持つ。同胞を身内として無限に愛し抜く神が、わざわざ更に近しい肉親の約定を締結するほど大切だということだから。伴侶の関係を築く夫婦の契りもそうだ」

 ただ、主神は愛し子を独占したがる傾向が強く、他の神と契りを結ぶことに良い顔をしない神もいる。ゆえに、宝玉などもそれほど数がいるわけではなく、人の世ではあまり知られていないという。

「身近なところで言えば、焔神様とパパさんは兄弟の契りを結んでいるだろう。邪神様も……」
「お、お待ち下さい。私は貴き泡神様の特別になれるような器ではありません」

 予想外の事態に転がっていく状況に、アマーリエはフルードに視線を向けた。いつもならば、こういう時にはさっとフォローに入ってくれるのだ。

(大神官、ではなくてフルード様。ここはどう切り抜ければ良いのですか……って、あら?)

 だが、フルードはボゥっとした面差しで俯いていた。そういえば、先ほどから言葉を発していない。ラミルファがしっかり彼の腕を掴んでいるので、邪神を接待するこれからに思いを馳せて憂鬱になっているのだろうか。

(やっぱり疲れていらっしゃるみたい。……そうよね、ここ数日で本当に色々あったもの。心労が溜まっておいでなのかも)

 もちろん、アマーリエがこちらを見ていることに気付くか、念話で呼べば、すぐに我に返って助けてくれるだろうが――

(すぐにフルード様に頼るのは良くないわ。けれど、選ばれし神のご意向に逆らうことは難しいし、どうすれば……)

 密かに反省しながら、どう対応したものかと頭を悩ませていると、フレイムが再びアマーリエを己の背に隠した。

「泡神様はまず自分の愛し子を見付けるのが先じゃないのか。そのために勇気を振り絞って特別降臨したんだろ」
「う……うん」

 痛いところを突かれたとばかりに、泡の神は若干及び腰になった。

「だけど、あるがままの私を丸ごと受け入れてくれたから嬉しくて」

 唇を尖らせて上目遣いに訴えるが、フレイムがアマーリエの前に仁王立ちしたまま動かないので、諦めたように足を引く。そして、いじけたように壁にのの字を書き始めた。

「こんなに綺麗なアマーリエを、焔神様だけが独占するなんてズルイ。私も妹か宝玉にしたい。あっ、いっそ娘にしても良いか」
「だーからー、その前に自分の愛し子を探せっての。ここに来た目的がブレまくってんじゃねえか」
「分かっているよ。…………仕方ない、今はいったん退く」
(よ、良かったわ。ありがとうフレイム!)

 だが、肩を落として嘆息したフロースは、次の瞬間魅惑の笑みを刷き、声をトロリと甘くした。

「だけど、諦めたわけではないから。いずれ機を改めて、あなたを私の妹か掌中の珠にするよ、アマーリエ」
「はぁ……」
(諦めては下さらないのね)

 アマーリエは目眩を堪えて小さく相槌を返した。そんな内面を知るよしもない泡神が続ける。

「では、そろそろあなたの邸に案内してくれ。こんなに喋ったのは久しぶりで疲れてしまった。早く眠りたい」
(丸一日以上爆睡していたのにまだ寝るの!?)

 どれだけ寝るのが好きな神なんだあなたは。内心の突っ込みが声に出ないよう抑えながら、引きつった笑みで頷いた。

「承知いたしました。今から転移しますので、どうかごゆるりとご滞在下さい」

 ◆◆◆

「どうだった、フレイム?」
「普通に気に入ったみたいだぜ。不平とか不満とかは言ってなかった」

 ようやく戻れた自邸にて。ジリジリしながら私室で待機していたアマーリエは、戻ったフレイムに首尾を聞く。頼れる夫は、問題無しだと頷いて軽く片目を瞑った。山吹色に戻った双眸がキラリと輝く。

「そう……良かったわ」

 ――フロースには、常に整えてある貴賓室の中でも、最上級の特別室を提供した。
 当然の顔でそこに収まったフロースの世話は、フレイムが創った形代が行なってくれる。念のため、フロースが入室した直後はフレイムも部屋に残り、居心地や備品等に不足・注文が無いかを確認していた。

「何かあれば形代に言うか念話しろって言ってあるから、必要なら連絡して来るだろ」
「ありがとう。ひとまずは安心ね」

 ホッと肩の力を抜き、アマーリエは邸の中に感覚を巡らせた。

(静かだわ……)

 自分とフレイム、ラモスとディモス、そしてフロース以外には生命の気配が無いことを確認し、小さく息を吐き出す。聖獣たちにはフロースのことを話したが、対面はまださせていない。

 ここに住み込みで勤めている使用人たちには、特別休暇と臨時手当を支給し、緊急で邸から出てもらった。これは不自然な措置ではない。一定以上の地位に在る神官は、天や神に関する極秘事項を扱うこともある。その期間は、万一の漏洩防止のため、人間の使用人を遠ざけて形代に世話をさせることが多いのだ。

「よっしゃ、じゃあキャラメルラテとフォンダンショコラ作ってやるよ。特別に豪華仕様でな」

 フレイムが腕まくりし、先ほど脱いだエプロンとバンダナキャップをどこからか取り出して装着した。疲れ切っていたアマーリエの心が一瞬で明るくなる。

「楽しみだわ。ラテはクリームたっぷりでお願い」
「任しとけ。フォンダンショコラはアイス添えにしてやるよ」
「やった! 作るところを見ていてもいい?」
「お前になら穴が開くまで見られてもオッケーに決まってんだろ」
「もう、フレイムったら」

 座っていたフカフカのソファから立ち上がると、甘えるように腕を絡める。

(フォンダンショコラにイチゴも付けてもらえないかしら。それか、イチゴ味のアイスにしてもらうのも有りね)

 急に注文を増やしても問題ないだろう。強力な霊威、あるいは聖威や神威を以ってすれば、あらゆる食材を自由自在に召喚できる。アマーリエがいそいそと口を開こうとした時。

《アマーリエ、勤務時間外にすまない》
「神官長……アシュトン様?」

 唐突に念話が響く。帝国神官府の神官長でありフルードの妻でもある男装の麗人、アシュトン・イステンドだった。イステンド大公家の現当主でもある。

《ああ。――大神官から聞いた。今後は名前で呼んでくれるそうだな。とても嬉しく思う》

 アシュトンが普段より柔らかな声で告げた。同時にフレイムが振り向く。

「どうした。何か連絡か?」
「ええ、アシュトン様からよ」

 答えていると、タイミングを計ったようにアシュトンが聞いて来た。

《近くに神々はおいでか》
《フレイムでしたら目の前におります》
《では、今から念話を繋がせてもらう》

 言葉と共に、フレイムが『おっ』と小さく声を上げた。彼を含めた念話網が張られたのだろう。

《何かあったのですか?》

 また神器の暴走か神が荒れたかと身構えていると、予想外の返しが来た。

《緊急の報告だ。――テスオラ王国で聖威師が誕生したそうだ》
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜

言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。 しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。 それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。 「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」 破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。 気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。 「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。 「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」 学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス! "悪役令嬢"、ここに爆誕!

婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します

けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」  五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。  他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。 だが、彼らは知らなかった――。 ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。 そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。 「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」 逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。 「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」 ブチギレるお兄様。 貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!? 「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!? 果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか? 「私の未来は、私が決めます!」 皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!

追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中

四馬㋟
ファンタジー
幸福をもたらす聖女として民に崇められ、何不自由のない暮らしを送るアネーシャ。19歳になった年、本物の聖女が現れたという理由で神殿を追い出されてしまう。しかし月の女神の姿を見、声を聞くことができるアネーシャは、正真正銘本物の聖女で――孤児院育ちゆえに頼るあてもなく、途方に暮れるアネーシャに、女神は告げる。『大丈夫大丈夫、あたしがついてるから』「……軽っ」かくして、女二人のぶらり旅……もとい巡礼の旅が始まる。

司書ですが、何か?

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 16歳の小さな司書ヴィルマが、王侯貴族が通う王立魔導学院付属図書館で仲間と一緒に仕事を頑張るお話です。  ほのぼの日常系と思わせつつ、ちょこちょこドラマティックなことも起こります。ロマンスはふんわり。

俺の畑は魔境じゃありませんので~Fランクスキル「手加減」を使ったら最強二人が押しかけてきた~

うみ
ファンタジー
「俺は畑を耕したいだけなんだ!」  冒険者稼業でお金をためて、いざ憧れの一軒家で畑を耕そうとしたらとんでもないことになった。  あれやこれやあって、最強の二人が俺の家に住み着くことになってしまったんだよ。  見た目こそ愛らしい少女と凛とした女の子なんだけど……人って強けりゃいいってもんじゃないんだ。    雑草を抜くのを手伝うといった魔族の少女は、 「いくよー。開け地獄の門。アルティメット・フレア」  と土地ごと灼熱の大地に変えようとしやがる。  一方で、女騎士も似たようなもんだ。 「オーバードライブマジック。全ての闇よ滅せ。ホーリースラッシュ」  こっちはこっちで何もかもを消滅させ更地に変えようとするし!    使えないと思っていたFランクスキル「手加減」で彼女達の力を相殺できるからいいものの……一歩間違えれば俺の農地(予定)は人外魔境になってしまう。  もう一度言う、俺は最強やら名誉なんかには一切興味がない。    ただ、畑を耕し、収穫したいだけなんだ!

学園首席の私は魔力を奪われて婚約破棄されたけど、借り物の魔力でいつまで調子に乗っているつもり?

今川幸乃
ファンタジー
下級貴族の生まれながら魔法の練習に励み、貴族の子女が集まるデルフィーラ学園に首席入学を果たしたレミリア。 しかし進級試験の際に彼女の実力を嫉妬したシルヴィアの呪いで魔力を奪われ、婚約者であったオルクには婚約破棄されてしまう。 が、そんな彼女を助けてくれたのはアルフというミステリアスなクラスメイトであった。 レミリアはアルフとともに呪いを解き、シルヴィアへの復讐を行うことを決意する。 レミリアの魔力を奪ったシルヴィアは調子に乗っていたが、全校生徒の前で魔法を披露する際に魔力を奪い返され、醜態を晒すことになってしまう。 ※3/6~ プチ改稿中

勇者パーティを追放された聖女ですが、やっと解放されてむしろ感謝します。なのにパーティの人たちが続々と私に助けを求めてくる件。

八木愛里
ファンタジー
聖女のロザリーは戦闘中でも回復魔法が使用できるが、勇者が見目麗しいソニアを新しい聖女として迎え入れた。ソニアからの入れ知恵で、勇者パーティから『役立たず』と侮辱されて、ついに追放されてしまう。 パーティの人間関係に疲れたロザリーは、ソロ冒険者になることを決意。 攻撃魔法の魔道具を求めて魔道具屋に行ったら、店主から才能を認められる。 ロザリーの実力を知らず愚かにも追放した勇者一行は、これまで攻略できたはずの中級のダンジョンでさえ失敗を繰り返し、仲間割れし破滅へ向かっていく。 一方ロザリーは上級の魔物討伐に成功したり、大魔法使いさまと協力して王女を襲ってきた魔獣を倒したり、国の英雄と呼ばれる存在になっていく。 これは真の実力者であるロザリーが、ソロ冒険者としての地位を確立していきながら、残念ながら追いかけてきた魔法使いや女剣士を「虫が良すぎるわ!」と追っ払い、入り浸っている魔道具屋の店主が実は憧れの大魔法使いさまだが、どうしても本人が気づかない話。 ※11話以降から勇者パーティの没落シーンがあります。 ※40話に鬱展開あり。苦手な方は読み飛ばし推奨します。 ※表紙はAIイラストを使用。

僕のギフトは規格外!?〜大好きなもふもふたちと異世界で品質開拓を始めます〜

犬社護
ファンタジー
5歳の誕生日、アキトは不思議な夢を見た。舞台は日本、自分は小学生6年生の子供、様々なシーンが走馬灯のように進んでいき、突然の交通事故で終幕となり、そこでの経験と知識の一部を引き継いだまま目を覚ます。それが前世の記憶で、自分が異世界へと転生していることに気付かないまま日常生活を送るある日、父親の職場見学のため、街中にある遺跡へと出かけ、そこで出会った貴族の幼女と話し合っている時に誘拐されてしまい、大ピンチ! 目隠しされ不安の中でどうしようかと思案していると、小さなもふもふ精霊-白虎が救いの手を差し伸べて、アキトの秘めたる力が解放される。 この小さき白虎との出会いにより、アキトの運命が思わぬ方向へと動き出す。 これは、アキトと訳ありモフモフたちの起こす品質開拓物語。

処理中です...