78 / 160
第1章
78.前を見て進め②
しおりを挟む
『地面をのたうち苦難の日々に耐え、最後まで生来の清らかさを持ち続けたあなたは、今ようやく翼を手に入れました。今後はどこへでも、どこまででも自由に羽ばたいていけるでしょう。臆することなく広大な空の中へ飛び込み、貪欲に学び、多くを吸収し、大きく成長なさい』
アマーリエは反射的に空を仰いだ。染みるような青が広がっている。
――地べたばかりを見ていてはならぬ
黇死皇の言葉が、胸の内に蘇った。
――見上げれば、誰の上にも空がある。太陽の光も天弓の青も、選ばれし者のみに降り注ぐのではない
ふと、神官府で習ったことを思い出す。
黇死皇は天威師としての覚醒が特別に遅かったのだと。15歳での覚醒であり、それまでは外れの御子として不遇の日々を送っていたそうだ。覚醒が遅かった分、その思考や感覚は他の天威師と比べて圧倒的に人間に近いという。
慈悲深き皇祖の再来と謳われる紅日皇后と、異例の遅咲きであった黇死皇。この二名は異色の天威師とも称され、歴代でも傑出して人に寄り添った対応をしてくれると聞いた。
別の光景を思い出す。
星降の儀で、悪神の寵を得たと知らずに歓喜するミリエーナを、臨席した天威師たちは無表情で見ていた。決して蔑んでいるわけではない。軽んじるわけでもない。かといって助けようともず、案じる気配さえない。ただただひたすらに興味のないものを見ていただけの、無味乾燥で空虚な眼差し。
本当の意味でミリエーナやアマーリエたちを気にかけていたのは、目の前の紅日皇后と黇死皇だった。
――自分に自信を持てずとも良い。思い切って顔を上げ、周囲を見回すだけで良い。さすれば自ずと気付く。自分の上にも広く青い空が広がっていることを
晴れ渡った天を見つめるアマーリエの眼前に、桃色の小鳥が舞い降りた。鳥と分離した皇后は、相変わらず透けた姿のままでこの場に留まっている。僅かに視線を泳がせたフルードが、数拍後に小さく頷き、口を開く。
「アマーリエ。たった今、オーネリア様から念話が入りました。神官たちがあなたの安否を気にしているそうです。大丈夫と言い聞かせても、なかなか避難場所に来ないから心配していると」
「えっ……」
「彼らに無事な姿を見せ、聖威師になったことを報告した方がいいでしょう。堂々と、胸を張って伝えるのです。私はこれから皇后様をお見送りしますから、あなたは先に行きなさい」
それを聞いたフレイムが手を差し出した。
『そりゃあ俺も行かねえとだな。ユフィー、一緒に行こう』
ラモスとディモスが顔を見合わせた。
『では、私たちは一度サード邸に戻ります』
『ご主人様のお部屋で帰りをお待ちしています』
「え、ええ」
頷いたアマーリエがフレイムの手を取ると、彼はふと閃いたように笑った。
『せっかくこんなに晴れてるんだ、転移じゃなくてひとっ飛びしていくか、ビューンとな』
「皆がびっくりするわ」
『させてやろうぜ。――ほれ』
アマーリエの中に根付いたばかりの聖威が震える。繋いだ手から伝わるフレイムの神威が、聖威を操作しているのだ。ふわりと、アマーリエの背に紅葉色の翼が広がった。
「きゃあ!? 何――まあ、すごい! 羽根が生えたわ!」
自身の背を振り返って目を丸くしているアマーリエに、フレイムは優しく笑った。
『次からは自分でできる。今のでやり方を魂が記憶したからな。これからたくさん教えてやるから、すぐに色々できるようになる』
アマーリエとフレイムを先導するように、小鳥が先んじて飛び立った。弾丸のように飛翔する小さな体躯が輝き、空に虹色がかった紅の奇跡が刻まれた。紅日皇后が朧な腕を上げて天を示す。
『飛び立て。紅き天威の残光の下に』
その号令に押されるように、アマーリエは地面を蹴ると、フレイムと共に空高く舞い上がった。小鳥が描いた光の残滓を追うようにして、大空を翔け抜ける。
(すごい――気持ちいい!)
遠く離れていく地上、ミニチュアのように縮小する風景。そびえる帝城と皇宮の塔が真下に見える。はためく羽根、煽られる髪。――そして、繋いだ手から伝わる温もり。
(幸せだわ。私、今すごく幸せ)
すぐ隣に愛しい者の息遣いを感じながら、アマーリエはそっと目を閉じた。自分はこれから、今よりもずっとずっと幸福になれるのだと確信しながら。
アマーリエは反射的に空を仰いだ。染みるような青が広がっている。
――地べたばかりを見ていてはならぬ
黇死皇の言葉が、胸の内に蘇った。
――見上げれば、誰の上にも空がある。太陽の光も天弓の青も、選ばれし者のみに降り注ぐのではない
ふと、神官府で習ったことを思い出す。
黇死皇は天威師としての覚醒が特別に遅かったのだと。15歳での覚醒であり、それまでは外れの御子として不遇の日々を送っていたそうだ。覚醒が遅かった分、その思考や感覚は他の天威師と比べて圧倒的に人間に近いという。
慈悲深き皇祖の再来と謳われる紅日皇后と、異例の遅咲きであった黇死皇。この二名は異色の天威師とも称され、歴代でも傑出して人に寄り添った対応をしてくれると聞いた。
別の光景を思い出す。
星降の儀で、悪神の寵を得たと知らずに歓喜するミリエーナを、臨席した天威師たちは無表情で見ていた。決して蔑んでいるわけではない。軽んじるわけでもない。かといって助けようともず、案じる気配さえない。ただただひたすらに興味のないものを見ていただけの、無味乾燥で空虚な眼差し。
本当の意味でミリエーナやアマーリエたちを気にかけていたのは、目の前の紅日皇后と黇死皇だった。
――自分に自信を持てずとも良い。思い切って顔を上げ、周囲を見回すだけで良い。さすれば自ずと気付く。自分の上にも広く青い空が広がっていることを
晴れ渡った天を見つめるアマーリエの眼前に、桃色の小鳥が舞い降りた。鳥と分離した皇后は、相変わらず透けた姿のままでこの場に留まっている。僅かに視線を泳がせたフルードが、数拍後に小さく頷き、口を開く。
「アマーリエ。たった今、オーネリア様から念話が入りました。神官たちがあなたの安否を気にしているそうです。大丈夫と言い聞かせても、なかなか避難場所に来ないから心配していると」
「えっ……」
「彼らに無事な姿を見せ、聖威師になったことを報告した方がいいでしょう。堂々と、胸を張って伝えるのです。私はこれから皇后様をお見送りしますから、あなたは先に行きなさい」
それを聞いたフレイムが手を差し出した。
『そりゃあ俺も行かねえとだな。ユフィー、一緒に行こう』
ラモスとディモスが顔を見合わせた。
『では、私たちは一度サード邸に戻ります』
『ご主人様のお部屋で帰りをお待ちしています』
「え、ええ」
頷いたアマーリエがフレイムの手を取ると、彼はふと閃いたように笑った。
『せっかくこんなに晴れてるんだ、転移じゃなくてひとっ飛びしていくか、ビューンとな』
「皆がびっくりするわ」
『させてやろうぜ。――ほれ』
アマーリエの中に根付いたばかりの聖威が震える。繋いだ手から伝わるフレイムの神威が、聖威を操作しているのだ。ふわりと、アマーリエの背に紅葉色の翼が広がった。
「きゃあ!? 何――まあ、すごい! 羽根が生えたわ!」
自身の背を振り返って目を丸くしているアマーリエに、フレイムは優しく笑った。
『次からは自分でできる。今のでやり方を魂が記憶したからな。これからたくさん教えてやるから、すぐに色々できるようになる』
アマーリエとフレイムを先導するように、小鳥が先んじて飛び立った。弾丸のように飛翔する小さな体躯が輝き、空に虹色がかった紅の奇跡が刻まれた。紅日皇后が朧な腕を上げて天を示す。
『飛び立て。紅き天威の残光の下に』
その号令に押されるように、アマーリエは地面を蹴ると、フレイムと共に空高く舞い上がった。小鳥が描いた光の残滓を追うようにして、大空を翔け抜ける。
(すごい――気持ちいい!)
遠く離れていく地上、ミニチュアのように縮小する風景。そびえる帝城と皇宮の塔が真下に見える。はためく羽根、煽られる髪。――そして、繋いだ手から伝わる温もり。
(幸せだわ。私、今すごく幸せ)
すぐ隣に愛しい者の息遣いを感じながら、アマーリエはそっと目を閉じた。自分はこれから、今よりもずっとずっと幸福になれるのだと確信しながら。
22
お気に入りに追加
121
あなたにおすすめの小説

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜
言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。
しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。
それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。
「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」
破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。
気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。
「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。
「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」
学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス!
"悪役令嬢"、ここに爆誕!
婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します
けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」
五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。
他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。
だが、彼らは知らなかった――。
ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。
そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。
「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」
逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。
「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」
ブチギレるお兄様。
貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!?
「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!?
果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか?
「私の未来は、私が決めます!」
皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中
四馬㋟
ファンタジー
幸福をもたらす聖女として民に崇められ、何不自由のない暮らしを送るアネーシャ。19歳になった年、本物の聖女が現れたという理由で神殿を追い出されてしまう。しかし月の女神の姿を見、声を聞くことができるアネーシャは、正真正銘本物の聖女で――孤児院育ちゆえに頼るあてもなく、途方に暮れるアネーシャに、女神は告げる。『大丈夫大丈夫、あたしがついてるから』「……軽っ」かくして、女二人のぶらり旅……もとい巡礼の旅が始まる。

学園首席の私は魔力を奪われて婚約破棄されたけど、借り物の魔力でいつまで調子に乗っているつもり?
今川幸乃
ファンタジー
下級貴族の生まれながら魔法の練習に励み、貴族の子女が集まるデルフィーラ学園に首席入学を果たしたレミリア。
しかし進級試験の際に彼女の実力を嫉妬したシルヴィアの呪いで魔力を奪われ、婚約者であったオルクには婚約破棄されてしまう。
が、そんな彼女を助けてくれたのはアルフというミステリアスなクラスメイトであった。
レミリアはアルフとともに呪いを解き、シルヴィアへの復讐を行うことを決意する。
レミリアの魔力を奪ったシルヴィアは調子に乗っていたが、全校生徒の前で魔法を披露する際に魔力を奪い返され、醜態を晒すことになってしまう。
※3/6~ プチ改稿中
勇者パーティを追放された聖女ですが、やっと解放されてむしろ感謝します。なのにパーティの人たちが続々と私に助けを求めてくる件。
八木愛里
ファンタジー
聖女のロザリーは戦闘中でも回復魔法が使用できるが、勇者が見目麗しいソニアを新しい聖女として迎え入れた。ソニアからの入れ知恵で、勇者パーティから『役立たず』と侮辱されて、ついに追放されてしまう。
パーティの人間関係に疲れたロザリーは、ソロ冒険者になることを決意。
攻撃魔法の魔道具を求めて魔道具屋に行ったら、店主から才能を認められる。
ロザリーの実力を知らず愚かにも追放した勇者一行は、これまで攻略できたはずの中級のダンジョンでさえ失敗を繰り返し、仲間割れし破滅へ向かっていく。
一方ロザリーは上級の魔物討伐に成功したり、大魔法使いさまと協力して王女を襲ってきた魔獣を倒したり、国の英雄と呼ばれる存在になっていく。
これは真の実力者であるロザリーが、ソロ冒険者としての地位を確立していきながら、残念ながら追いかけてきた魔法使いや女剣士を「虫が良すぎるわ!」と追っ払い、入り浸っている魔道具屋の店主が実は憧れの大魔法使いさまだが、どうしても本人が気づかない話。
※11話以降から勇者パーティの没落シーンがあります。
※40話に鬱展開あり。苦手な方は読み飛ばし推奨します。
※表紙はAIイラストを使用。

死に戻り公爵令嬢が嫁ぎ先の辺境で思い残したこと
Yapa
ファンタジー
ルーネ・ゼファニヤは公爵家の三女だが体が弱く、貧乏くじを押し付けられるように元戦奴で英雄の新米辺境伯ムソン・ペリシテに嫁ぐことに。 寒い地域であることが弱い体にたたり早逝してしまうが、ルーネは初夜に死に戻る。 もしもやり直せるなら、ルーネはしたいことがあったのだった。

婚約破棄されたけど前世が伝説の魔法使いだったので楽勝です
sai
ファンタジー
公爵令嬢であるオレリア・アールグレーンは魔力が多く魔法が得意な者が多い公爵家に産まれたが、魔法が一切使えなかった。
そんな中婚約者である第二王子に婚約破棄をされた衝撃で、前世で公爵家を興した伝説の魔法使いだったということを思い出す。
冤罪で国外追放になったけど、もしかしてこれだけ魔法が使えれば楽勝じゃない?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる