神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘

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第1章

75.皇帝と小鳥②

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 ラミルファが瞬きした。その双眸に喜びの念が宿る。

『それは大変に有り難きお申し出。ぜひ共に』

 皇帝が魅惑の微笑みを刷き、気配もなく地面から浮かび上がる。誘うようにほっそりとした腕をラミルファに差し出すと、邪神は応じるように虚空に飛翔した。

「…………」

 アマーリエは思わず遠い目になる。天威師は怒れる神を宥め鎮めることを役目としており、戦うことは滅多にない。ゆえにその戦闘力が可視化されることも少ない。だが実のところ、華奢な少女にしか見えないこの皇帝は、いざ戦闘になれば全ての面で聖威師を遥かに凌駕するという。もちろん肉弾戦でも。この細腕を見る限りでは信じられない。

 だが、フルードとて淡雪のように儚げな美貌と体付きでありながら、強力な神器を赤子の手でもひねるように一蹴していた。神格を持つ存在の強さは、見かけでは分からないものだ。

『よし!』

 アマーリエの脳裏に、唐突にフレイムからの念話が届いた。

『天威師の御温情だ。バカ婚約者の奴、命拾いしやがったな。これで助かるぞ』
(え――どういうこと?)

 アマーリエが聞き返そうとした時、皇帝の華奢な肩から、桃色の小鳥がさりげなく飛び立つのが見えた。

「よろしければ随神もぜひ共に」

 皇帝はラミルファの従神たちにも声をかけた。従神たちが一も二もなく応じ、我先にと中空へ駆け昇る。

「では参りましょう。――大神官、この場の件につき、後は任せた」

 そう言い残し、皇帝は黄白おうはくの燐光に変じた。同様に光球に転身した悪神たちを引き連れ、天高く飛翔する。
 不意にラミルファの声が響いた。

『我が同胞フルード。こたびの件では僕の正当な権利を行使しただけとはいえ、お前に様々な手数をかけたことも事実。これはその詫びだ』

 フルードの前に赤黄色の光が灯り、ビー玉ほどの大きさの玉となって顕現する。

『――また会おう、フルード』
「……はい、邪神様」

 そう言った邪神の声は、気のせいかとても優しく聞こえた。

『それから、アマーリエ。新たに我が同胞となったことへの祝意と、良き神威を見せたことへの褒賞である。これは肌身離さず持っておけ。良いな、神命だ』

 アマーリエの眼前にも同じく光が宿り、玉が現れる。

「邪神様のお心遣い、光栄至極にございます」

 玉を両手で受け取ったフルードが叩頭する。同じく玉を持ったアマーリエも、共に合わせて礼をした。

『フレイムは……』
『俺は要らん』

 心底嫌そうな顔で断るフレイム。ラミルファが愉快そうに嗤う。

『ここで渡しても受け取ってもらえなさそうだ。後で天界にある君の領域に届けておこう。君が驚きそうなものを送ってあげるよ』
『要らねーっつってんだろ!ていうか絶対嫌な意味で驚くモンを送り付けて来る気だろ、コラ』

 本気でげんなりしている様子に、再び哄笑が弾けた。それを最後に、ラミルファの声は聞こえなくなった。

 天へ翔け行く幾つもの光が戯れるようにクルクルと舞い踊りながら、雲間に消えて行く。ジュゥ、と音を立て、シュードンを拘束していた黒い蔦が消えた。

「き、消え……よ、良かった――」

 危機が去ったことを本能が察知したのだろう、シュードンが白眼を剥いてひっくり返り、見事に気絶した。

「フレイム、この玉……いえ、今はそれよりシュードンね。シュードンは見逃してもらえたの?」
『ああ。天威師が一緒に遊んでラミルファの鬱憤うっぷんを晴らして下さると言っていた。バカ婚約者への怒りも鎮火するはずだ。気が済んだらそのまま天界に還るんじゃねえかな。もうここには戻って来ないだろう』

 説明してくれたフレイムが、渋々と言ったていでさらに言葉を紡ぐ。

『……それと、その玉は言われた通りずっと持っとけ。邪神でもれっきとした高位神から下賜されたものだ。悪神すら味方に付けたはくけになるし……お前の助けにもなる』
「分かったわ」

 アマーリエは頷き、玉を懐にしまった。そして、シュードンの件を掘り下げる。

「けれど、皇帝様のお詫びは、ミリエーナに個別忠告なされたことに対してでしょう? 神託を破り棄てたシュードンの件は関係ないのに、まとめて帳消しにできるの?」
(それはそれ、これはこれ、とならないのかしら?)

 だが、フレイムは心配ないと答えた。

『皇帝が仰ってたろ。現在、色んなことが重なってラミルファの機嫌が良くないから、先日の詫びも込めて相手をするってな。色んなことっていうのは、多分バカ婚約者の件も含めてる。それ込みで慰めるために動くと言ったわけだから、ラミルファは必ず矛を収める』

 続ける形でフルードが説明を追加した。

「それでもまだシュードンへの怒りを持続させれば、それすなわち皇帝様の慰撫いぶが不十分であり、不満足であったと言うのと同義。天威師の体面を潰すことになります。至高神を愛慕する神々が、そのようなことをするはずがありません」
『そういうことだな。ついでに、この場の件は大神官に一任すると指名してっただろ。バカ婚約者のことは大神官に権限を持たせると宣言したわけだ。だったらラミルファはそれを尊重する』

 同意を示すように頷き、フルードが身を翻した。この場に残りパタパタと羽ばたいていた小鳥を見上げると、恭しく拝礼して低頭する。

「天威師方のお慈悲に感謝申し上げます」

 ビーズのような眼でフルードを見つめてから、この場全体に視線を一巡させた小鳥が、おもむろにくちばしを開いた。

『……ええ。どうなるかと思ったけれど、上手く行って良かったこと』
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