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第1章
55.置いて行けない②
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発されたのは、鋭い避難命令だった。
「霊威は使わないで! 高位神のご神威が満ちる場では発動しません! 緊急時の訓練を思い出して行動しなさい!」
霊威が使えない――つまり、転移や飛翔、身体強化による高速移動などを用いて避難することはできないということだ。素の身体能力で走るしかない。指示に従い、皆が一斉に動き出す。
「私に続け!」
ミリエーナを担いだアシュトンが避難の先頭に立ち、皆を先導する。
通信霊具を乱暴に法衣に突っ込んだダライが、我先に駆け出した。アマーリエの方を気にする素振りは僅かも見せない。
だが、その胸元から、今しがた入れた霊具がポロリと落ちる。急いでいたためにきちんとしまえていなかったのだ。
落下した霊具は持ち主に気付いてもらえないばかりか蹴り飛ばされ、地を滑ってアマーリエの足元に転がった。
「お、お父様、通信霊具を落としました!」
このままでは神官たちに踏まれる。反射的に霊具を拾い上げて呼び止めるが、逃げるのに必死なダライには届いていない。
(ああ、もう……!)
アマーリエは仕方なく、自身の法衣に父の通信霊具をしまい込んだ。
「国王と王族はこちらへ!」
「官僚も後に続いて下さい」
「王族の護衛たちは、散開せず固まって付いて行くように!」
恵奈と当真とオーネリアが、国王や王族、官僚たちの避難を補助している。
「列を乱さないで、冷静に行動しなさい」
神官たちが走る列に並走し、佳良が声を飛ばす。他の聖威師たちも、佳良と共に皆を落ち着かせていた。
「大神官!」
次々に撤退する神官たちの中から一人が飛び出し、フルードの方に駆け寄った。星降の儀の本祭において、フルードが目礼していた初老の神官だ。
「大神官も避難を!」
そちらに目を向けたフルードが、穏やかに語りかける。
「私は後から合流します。あなたは先に行って下さい。……あなたは既に知恵の神という名高い神の神使として選ばれている身。万一のことがあれば、知神に申し訳が立ちません。早くここから離れて下さい」
「それは承知しておりますが……大神官もどうか私と一緒に」
初老の神官が手振りをまじえながら必死に言い募る。その動きに合わせ、彼が首から下げている玻璃のメダルが澄んだ音を立てて揺れた。それを眺めたフルードが小さく微笑み、美しい所作で会釈する。
「あなたは私が神官府に入府した時から指導して下さった恩師。あなたに命令したくないのです。――どうか従っていただけますようお願いいたします」
「っ……」
初老の神官がはっと息を呑み、苦しげに手を引いた。
「……失礼いたしました。――では私は先に退避します。何卒ご無理をなさらず」
「ええ、私も後から行きます」
その返答を聞いた初老の神官は、後ろ髪を引かれるような顔をしながらも撤退の流れに戻っていった。走り去る彼の背に向け、フルードが小さく呟く。
「ありがとう、先生」
それを横目で見ていたフレイムが、ちらりとラミルファに視線を向ける。
『ラミルファ様、いかがいたしますか』
『我らの主よ、あなた様のご意思のままに』
顔を手のひらで覆い、狂ったようにケタケタ笑うラミルファに、背後に控えた従神たちが問いかけた。
『どうするって……そんなもの決まっているだろう……ふふっ。僕の神託を引き裂いた無礼な小僧に、天罰を与えてやるのだよ』
乾いた失笑と共に、黒い火柱がラミルファを中心に顕現し、蠢く蛆虫が無数に噴き出した。
フレイムが切羽詰まった表情を浮かべ、アマーリエを促した。
「ダメだ、ラミルファがキレる! ここにいたら危険だ!」
「でもディモスが!」
アマーリエは半泣きで叫ぶ。
この場で一人……いや、一頭だけ、撤退の動きに付いていけないものがいた。重傷を負っているディモスだ。懸命に体を起こし、足を引きずりながら進もうとしているが、とても皆の動きには追い付けない。
「ディモス、頑張って! お願い、ディモスを運んであげて!」
フレイムが苦渋の表情になった。
「ラミルファの神威に場が制圧されて、この場では聖威が使えねえ。今の俺は神性を抑えてるし、腕力も人間並みに抑制した状態なんだ。霊威も聖威も無しに大型の獅子を運ぶのは……無理だ」
この状況では、アマーリエ一人を守りきれるかすら怪しい。かといって神に戻れば、ディモスを助ける間も無く瞬時に天へ強制送還だ。
神格を出した状態でも、短時間かつ単発ならば降臨可能だが、今回の場合は単発ではなく今までから引き続いての継続と見なされるため、降臨は認められない可能性が高い。つまり、今還ってしまえば、一定時間地上には来られなくなってしまう。
「そんな……」
(置いてなんか行けない。私の家族なのよ!)
◆◆◆
『うーん……これは、ちょっとマズイかな。フルード君がいるから大丈夫だとは思うけど、念のために行った方が良いかも』
中空で様子を見ていた桃色の小鳥が、小さな目を細めてさえずる。
『でも、困ったな。私は今遠征中だし、義兄様に頼むしか――ブホェッ!』
だが、疾走する神官たちが蹴り飛ばした石が胴体に当たり、あえなく吹き飛ばされた。
「霊威は使わないで! 高位神のご神威が満ちる場では発動しません! 緊急時の訓練を思い出して行動しなさい!」
霊威が使えない――つまり、転移や飛翔、身体強化による高速移動などを用いて避難することはできないということだ。素の身体能力で走るしかない。指示に従い、皆が一斉に動き出す。
「私に続け!」
ミリエーナを担いだアシュトンが避難の先頭に立ち、皆を先導する。
通信霊具を乱暴に法衣に突っ込んだダライが、我先に駆け出した。アマーリエの方を気にする素振りは僅かも見せない。
だが、その胸元から、今しがた入れた霊具がポロリと落ちる。急いでいたためにきちんとしまえていなかったのだ。
落下した霊具は持ち主に気付いてもらえないばかりか蹴り飛ばされ、地を滑ってアマーリエの足元に転がった。
「お、お父様、通信霊具を落としました!」
このままでは神官たちに踏まれる。反射的に霊具を拾い上げて呼び止めるが、逃げるのに必死なダライには届いていない。
(ああ、もう……!)
アマーリエは仕方なく、自身の法衣に父の通信霊具をしまい込んだ。
「国王と王族はこちらへ!」
「官僚も後に続いて下さい」
「王族の護衛たちは、散開せず固まって付いて行くように!」
恵奈と当真とオーネリアが、国王や王族、官僚たちの避難を補助している。
「列を乱さないで、冷静に行動しなさい」
神官たちが走る列に並走し、佳良が声を飛ばす。他の聖威師たちも、佳良と共に皆を落ち着かせていた。
「大神官!」
次々に撤退する神官たちの中から一人が飛び出し、フルードの方に駆け寄った。星降の儀の本祭において、フルードが目礼していた初老の神官だ。
「大神官も避難を!」
そちらに目を向けたフルードが、穏やかに語りかける。
「私は後から合流します。あなたは先に行って下さい。……あなたは既に知恵の神という名高い神の神使として選ばれている身。万一のことがあれば、知神に申し訳が立ちません。早くここから離れて下さい」
「それは承知しておりますが……大神官もどうか私と一緒に」
初老の神官が手振りをまじえながら必死に言い募る。その動きに合わせ、彼が首から下げている玻璃のメダルが澄んだ音を立てて揺れた。それを眺めたフルードが小さく微笑み、美しい所作で会釈する。
「あなたは私が神官府に入府した時から指導して下さった恩師。あなたに命令したくないのです。――どうか従っていただけますようお願いいたします」
「っ……」
初老の神官がはっと息を呑み、苦しげに手を引いた。
「……失礼いたしました。――では私は先に退避します。何卒ご無理をなさらず」
「ええ、私も後から行きます」
その返答を聞いた初老の神官は、後ろ髪を引かれるような顔をしながらも撤退の流れに戻っていった。走り去る彼の背に向け、フルードが小さく呟く。
「ありがとう、先生」
それを横目で見ていたフレイムが、ちらりとラミルファに視線を向ける。
『ラミルファ様、いかがいたしますか』
『我らの主よ、あなた様のご意思のままに』
顔を手のひらで覆い、狂ったようにケタケタ笑うラミルファに、背後に控えた従神たちが問いかけた。
『どうするって……そんなもの決まっているだろう……ふふっ。僕の神託を引き裂いた無礼な小僧に、天罰を与えてやるのだよ』
乾いた失笑と共に、黒い火柱がラミルファを中心に顕現し、蠢く蛆虫が無数に噴き出した。
フレイムが切羽詰まった表情を浮かべ、アマーリエを促した。
「ダメだ、ラミルファがキレる! ここにいたら危険だ!」
「でもディモスが!」
アマーリエは半泣きで叫ぶ。
この場で一人……いや、一頭だけ、撤退の動きに付いていけないものがいた。重傷を負っているディモスだ。懸命に体を起こし、足を引きずりながら進もうとしているが、とても皆の動きには追い付けない。
「ディモス、頑張って! お願い、ディモスを運んであげて!」
フレイムが苦渋の表情になった。
「ラミルファの神威に場が制圧されて、この場では聖威が使えねえ。今の俺は神性を抑えてるし、腕力も人間並みに抑制した状態なんだ。霊威も聖威も無しに大型の獅子を運ぶのは……無理だ」
この状況では、アマーリエ一人を守りきれるかすら怪しい。かといって神に戻れば、ディモスを助ける間も無く瞬時に天へ強制送還だ。
神格を出した状態でも、短時間かつ単発ならば降臨可能だが、今回の場合は単発ではなく今までから引き続いての継続と見なされるため、降臨は認められない可能性が高い。つまり、今還ってしまえば、一定時間地上には来られなくなってしまう。
「そんな……」
(置いてなんか行けない。私の家族なのよ!)
◆◆◆
『うーん……これは、ちょっとマズイかな。フルード君がいるから大丈夫だとは思うけど、念のために行った方が良いかも』
中空で様子を見ていた桃色の小鳥が、小さな目を細めてさえずる。
『でも、困ったな。私は今遠征中だし、義兄様に頼むしか――ブホェッ!』
だが、疾走する神官たちが蹴り飛ばした石が胴体に当たり、あえなく吹き飛ばされた。
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