神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘

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第1章

89.フレイムとフルード②

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「死後の四大高位神による裁定はともかく、生きている間の処分については、人間の法を超える範囲や方法で罰しようとすると素早くストップをかけて来る。しかもこっちがね付けられないような言い方でだ」

 そういうことが続いた結果、不承不承ながらフレイムが処分を妥協した。アマーリエの粘り勝ちだ。

「俺が動こうとするタイミングで的確に止めて来るんだよなぁ。本人に言わずこっそりやろうとしても、遠隔で片手間に罰を下そうとしても、ユフィーが神官府で仕事してるはずの時間を狙っても、何故かさささーっとやって来て止めるんだぜ。おかしいよなぁ、そんなに何度も上手く仕事を抜けて来られるなんて」

 アマーリエに手を貸し、色々とアドバイスしている者がいることは確実だ。

「そうですね。ところでこちらのフィナンシェ、プレーンかショコラかチーズ、どれがオススメですか? アマーリエは蜂蜜バターたっぷりのプレーンが一番シンプルで好みだと言っていましたよ」

 フレイムはうーんと腕組みした。フィナンシェを選んでいるフルードを見る。

「帝都で一二を争う有名店の品だ。どれでも美味いだろ。……にしても、どこから俺の動きが漏れてるんだろうなぁ。俺がいつどう動くつもりかは大神官と神官長にしか連絡してないはずなんだが。そんでお前はユフィーと随分仲がいいんだなー」
「そうですねー」
「かと思えば、一番肝心な場……処分の方向性を確認するこの話し合いの場から、ユフィーはあっさり退室した。まるで自分がいなくても大丈夫だって察してるみたいだ。何か不思議だなぁー」
「ですねー、ふしぎふしぎー」

 力強い眼にひたと見据えられても、棒読みで相槌を打つフルードは素知らぬ顔でフィナンシェを見ている。かと思えば、瞬きして一つを指差した。

「こちらのピンクのものは?」
「季節限定品らしいぜ。三種のベリーを使ったものとかで……ストロベリーとラズベリーとブルーベリーだったかな」
「ではこれにします」

 にこりと微笑み、淡いベージュピンクのフィナンシェをパクリと一口頬張ると、心から幸せそうに表情を緩めた。

「やっぱり甘い物は美味しいですね。もう一ついただいてもいいですか?」
「…………あー、分かった分かった。全部の味を食べりゃいいだろ。何個でも食っとけ」

 溜め息を吐いたフレイムが肩を竦め、あからさまな話題転換に乗った。フルードが嬉しそうに微笑む。選ばれし神を相手に見え透いたはぐらかしをしても、一切の緊張も恐れも見られない。フレイムは彼の絶対の庇護者であり安全地帯だからだ。事実、フルードを見る山吹色の眼差しは一貫して温かい。

「んじゃ打ち合わせは終わりだ。ラモス、ディモス。俺はもう少し大神官と話すから、お前らはユフィーの所に戻ってな」
『承知いたしました』
『ではこれにて失礼いたします』

 頷いたラモスとディモスがかき消える。転移でアマーリエの元に行ったのだろう。部屋に残ったのはフレイムとフルードだけになった。

「にしても、俺とお前は考えることが似てるなぁ。俺の方は渋々だったとはいえ、考えた処分の内容はほぼ同じだったじゃねえか」

 奇遇だな、と笑うフレイムに、フルードはあっさり頷いた。

「思考が近いのは当然でしょう。……聖威師になりたてで右も左も分からなかった頃の私に多くを教えて下さったのは、他ならぬあなたなのですから」

 フレイムとフルードは昔からの知己ちきだ。より正確に表現すれば、師弟であり義兄弟である。狼神の寵を得たばかりのフルードが神事でフレイムを勧請し、それをきっかけに世話を焼くようになったのが始まりだった。

 幼少期の生育環境に問題があったフルードは、両親から壮絶な虐待を受け、売り飛ばされた貴族の家でも虐げられ、心身共に散々な状態にあった。高位の神に見初められたことをきっかけに過酷な境遇から脱したものの、心に負った傷が深すぎて聖威を使いこなせなかった。
 そんな時にフレイムと出会い、師匠兼義兄になってもらい、指南を受けながら心の傷を癒してもらった。

「力の使い方、戦い方、神との対峙方法、心の持ちよう、立ち振る舞い、その他多くのことをあなたに教わりました」

 当時を思い出すように虚空を見つめ、フルードが言う。フレイムは優しい目でそれを見た。

 今回の騒動で神官たちの前に姿を現した際は、『今の俺は内密に神使として降りてるお忍び状態だから、正体を言うな。俺のことは知らないフリをしろ』と聖威師たちに一斉念話をし、それを受けて対応したフルードと息を合わせて初対面の振りをしたのだ。

 現在地上にいる神官たちの中で、フレイムを勧請したことがある、もしくは容姿を知っているのは聖威師のみ。他の神官は勧請に立ち会ったこともなく、フレイムの姿を知らないので、それでごまかせた。

「ピヨピヨしてた泣き虫もすっかり成鳥だな。しばらく会わないうちに無茶ばっかするようになりやがって」

 フルードが姿勢を正し、深く頭を下げる。

「改めまして、その節は大変お世話になりました。こうしてまたお目通りできましたことを嬉しく思います」
「俺も会いたかった。どうしてっかなぁとはずっと思ってたんだ」

 穏やかな口調で返したフレイムに破顔し、フルードは紅茶のポットを手にした。

「中身が少なくなっておりますので、お代わりをお注ぎいたします」

 保温霊具が貼られたポットを傾けると、赤みを帯びた琥珀色の液体が、細い線となって音もなくカップに流れ落ちた。それを眺めながら、フレイムはポツリと言葉を漏らした。

「なぁ……よくあのバカ婚約者に機会を与えたな。――キレてるだろ、めちゃくちゃ」
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