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103.そして未来へ⑥

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「ラミルファ様!?」

 アマーリエは思わず声を上げる。

『やぁフルード、アマーリエ。この前は挨拶もせずに還ってしまい、すまなかったな』

 友好的な口調で言う邪神に、フレイムが目をつり上げた。

「テメエ何しに来やがった!」
『少し前から天界で君たちの話を聞いていたのだよ。たまたま神官府を視ていたら泡神様が降りていたものだから気になってね』

 ラミルファが裂け目を抜け、トンと広間に降り立った。骸骨の姿ではなく白髪に灰緑眼の人型で、ウキウキと言う。

『従者のフリをして好みの者がいないか探す。斬新な発想だ。なかなか面白い。僕も真似しよう』
「「「え?」」」

 アマーリエ、フレイム、フルードの声が重なった。

『どこかの誰かのせいで、我が愛し子および神使にと目論もくろんでいた者たちが穢れてしまった。彼女たちが再び美しくなるよう働きかけるつもりだが、並行して別の候補を探すのも悪くない。そう思い、我が父たる禍神に申し出て特別降臨の許可を取った』
「そんなっ……」

 アマーリエは青ざめた。それでは、サード家の面々が助かったとしても、別の誰かが邪神の――悪神の生き餌になってしまうのか。だが、ラミルファの言葉には続きがあった。

『といっても、この僕に相応しい愛し子と神使などそう簡単には見付からない。良さそうな者がいなければ、次の機会を待つことにしよう』

 それを聞いて少しホッとする。彼の嗜好に合う者がいなければ諦めてくれるらしい。

『我が同胞フルードとアマーリエ。僕も君たちの配下に変装し、側にいてやろう。そして新たな愛し子候補を探す』
(ラミルファ様まで!?)

 何だかとんでもないことになってきた。

「ふざけんなお前! 顔面にスーパーキラキラクリーンパウダー大量噴射してやろうか!?」

 噛み付いたフレイムが、手に火球を出現させてラミルファにぶん投げた。それをヒラリとかわし、邪神は澄まし顔で嗤笑ししょうを上げる。

『ふふ、今から喧嘩の続きをするか? その余波で神官府をめちゃくちゃにしてやるのも面白い』

 フルードとアマーリエが顔を強張らせた。それに気付いたフレイムが舌打ちし、追加で投げようとしていた炎を消す。

「……あぁぁ、もー! こんなタイミングでしゃしゃり出て来やがって。こうなったら俺も部下になりすましてユフィーとセインの側にいるぜ。そんでラミルファ、お前を監視してるからな!」
(ええぇぇぇっ!?)

 収拾しゅうしゅうが付かないとはこのことである。というか、フレイムは別に変装する必要はない気もするのだが……。

「だ、大神官。どうしましょう!? 何だか気が遠くなって来ました……」

 一縷いちるの望みをかけてフルードの方を見ると、優しい碧眼がこちらを向いた。

「安心して下さい、アマーリエ。私も意識が飛びそうです。大丈夫、二人で一緒に気絶すれば怖くありません」
(だ、駄目だわ……)

 大神官も現実逃避しかけている。そもそも、自分たちが仲良く倒れても状況は何も変わらないだろう。ラミルファがニヤリと口の端をつり上げる。

『ふふふ、なかなか楽しい遊びになりそうだ。フルード、アマーリエ。貴きこの僕に仕えていただけるという栄誉に感涙するがいい』
「…………」

 アマーリエは無言で立ち尽くしながら、これからのことに思いを馳せた。

(ああ……これから毎日にぎやかになりそうだわ)

 はぁ~と溜め息が漏れた。今後始まるであろう、騒々しい日々を思い描いて。その声が聞こえたのか、フレイムが振り返った。不意打ちで山吹の双眸が向けられ、胸が高鳴る。

「ユフィー? どうした?」

 こちらの眼差しに何かを感じたか、ラミルファを放ってすぐに側に来てくれる。

「いいえ、何でもないの。……ただ、これから大変なことになりそうだなと思って」
「そんなに心配すんな。泡神様は大丈夫だ。ちょっと引っ込み思案なだけで良い奴だからな。……ラミルファも……気には食わねえが、神格を持つ同胞にはマジで寛容だ。少なくともお前に対して何かを仕掛けることはない」

 安心させるように言った時、フルードが頭を下げた。

「申し訳ございませんが、私は一度おいとまいたします。他の聖威師を緊急招集し、状況を共有しなければなりません」
「分かった。お前も無理すんなよ」

 フレイムが優しく答え、その声が聞こえたらしいフロースも頷いた。ラミルファがバイバーイと手を振る。

「アマーリエ、あなたにも後で来てもらうことになると思います。この場では焔神様と共にいて下さい」

 そう告げたフルードは三神に叩頭し、かき消えた。見送ったフレイムが、表情を改めて口を開く。

「ユフィー」
「なに……?」

 言いかけた言葉を遮って、そっと抱きしめられた。繊細なガラス細工でも扱うかのように、甘く優しく。

「お前は俺が守る。例え大変なことが起こったとしても、必ず守り抜く。俺はずっとお前と一緒だ。だから大丈夫だ。不安は俺が燃やしてやる。なにせ俺は何でも燃やすらしいからな」

 力強い腕に包まれ、その温かさと鼓動を直に感じた瞬間、全身を重く覆っていた懸念が溶けていく。

(……そうよ、何も心配することなんかなかったんだわ。私にはフレイムがいてくれるのだから)

 どこまで本気かは分からないが、変装してでも側にいるらしいのだし。

(二人なら何も怖くない。きっと大丈夫)

 両腕を伸ばしてフレイムを抱きしめ返す。
 それを見たフロースが頰を赤くして両手で顔を覆い――ただし指の間からしっかり見ている――、ラミルファが冷やかすように口笛を吹いた。

「そうね。フレイム、あなたを信じているわ」

 アマーリエは、最愛の者の目を真っ直ぐに見つめた。

 信じている。
 慕っている。
 ――愛している。

 神としての彼を勧請した時に抱いた想いを、今一度眼差しに込める。

「――――」

 フレイムが魅入られたようにアマーリエの碧眼を見つめた。そして、再び抱擁してくる。今度は先ほどよりも強く。万感の信頼と愛情を込め、アマーリエもそれに応じた。

(私は、私たちは、何があっても絶対に大丈夫)


 不安や恐怖といったものが取り払われた胸には、ただ幸福と、これから先への希望だけが宿っていた。
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