神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘

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第1章

98.そして未来へ①

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 事件が起きたのは、照覧祭しょうらんさいの開始が近付いて来た頃のことだった。

 日が昇る直前の薄紫色の空の下、神官府の敷地にある緑地の一角で轟音が弾けた。空間が幕のように揺らいで縦に裂け、水分を大量に含んだ爆風が噴き出す。

 裂け目から転がるように滑り出て来たのは、見上げるほど巨大な神器。風車の羽根のような形をしたものが高速で回っている。耳障りな音が空気をいびつに振動させた。

 神器がきしみを上げて旋転せんてんするたび、放射状に放たれる力が周囲の岩を穿ち、地面を削り、木々を吹き飛ばす。絶大な力が文字通りグルグルと円を描いて威力を増し、緑地の外にあるもの全てを壊滅せんと迫った。

 それを阻止するように、神器の前方正面から紅葉の輝きが突っ込んだ。

 ◆◆◆

 《アマーリエ、荒南風あらはえの神器をお願いします》

 聖威を込めた脚で地面を駆けるアマーリエに、上空にいるフルードから念話が届いた。

 《分かりました!》

 半ば飛ぶような勢いで疾走すると、金髪が向かい風を受けて煽られ、視界の端で踊った。

(髪を結んでくるべきだったわ)

 小さな後悔を心の片隅に追いやり、向かう先をキッと見据える。前方から聞こえる、岩壁が砕け樹木が倒れる音と、肌を刺す威圧感。

 数拍後、緑を踏み散らかしながら、鋭い羽根を回転させる神器が現れた。進路を塞ぐこちらを障害物と見なしたのか、ギュルギュルと錆び付いたような音を立てると、神威を含んだ水蒸気の弾丸を雨霰あめあられの勢いで放つ。

 アマーリエは足を止めず、腕に聖威を集中させた。紅葉の輝きが細身の剣と化して掌中に現れる。

「――はぁっ!」

 掛け声と共に剣を横一文字に振るう。その軌跡に呼応し、花弁のような聖威の欠片がヒラヒラと舞った。向かい来る弾丸が全て撫で斬りにされ、後方から直進していた神器がもろともに弾き飛ばされて勢いを落とす。

 その隙を逃さず、アマーリエは握った剣を翻すと、鎮めの聖威を込めながら跳躍した。目の前で動きを鈍らせた神器に、一息ひといきに赤い刃を突き立てる。

「鎮静化!」

 紅葉色の剣に貫かれ、叩き落とすようにして地に縫い付けられた風車が回転を止める。

(よし、いけるっ……)

 剣の柄から手を離し、左右の掌を重ねて神器に向けた。

「――正常化っ!」

 聖威が直に注ぎ込まれる。風車の羽根が揺れ、ビクビクと小さく震えた。

 ややあって、場に充満していた威圧が消え、周囲の空気が和らいだ。

(やったわ!)

 内心で快哉を上げ、アマーリエは紅葉の剣を消すと、視線を上に向けながら念話を飛ばした。

 《大神官、こちらは完了しました》

 ◆◆◆

 時はほんの少しだけ遡り、地上のアマーリエが風車の神器と対峙を始めた頃。

 大気を切り裂き、二つの光が緑地の上に広がる大空を飛翔する。先行するのは虹色を帯びた紺の輝き。やや斜め下の後方から追従するように翔けるのは紅碧べにみどりの輝き。

 前方には、刺々しい神威を迸らせる竜巻が轟々と荒れ狂っている。その近くで、三日月の形をした緑色の刃と黄色の刃が、複雑怪奇な軌道を描きながら飛び交っていた。

 紺色の光が矢のように翔け、真っ直ぐ竜巻の中に突っ込んだ。後方に付けていた紅碧の光は緑と黄色の刃へ迫る。二色の三日月がそろって臨戦体勢に入り、圧倒的な神威を噴き上げた。

 ◆◆◆

「……やはり風神様と地神様の神器が狂っている」

 紅碧の輝きを纏って飛翔するフルードは、小さく呻きながら二色の刃を睥睨へいげいした。緑と黄。風神と地神の神威の色を纏う刃が、光をも置き去る速さで両脇から迫撃して来た。

「何故このようなことに……」

 呟き、中空で一回転して挟撃をかわす。両の手を交差させると、拳に紅蓮の焔が宿る。

「焔の神器よ、お力をお貸し下さい」

 そのまま腕を左右に振り抜くと、噴き上がった神炎は手甲てっこうの形を取って両手に収束した。
 じんわりと温かくなった手を腰の巾着に伸ばし、中に入っている四色の玉のうち、緑色と黄色を掴む。玉から激しい火花が飛び散るが、手甲に守られた腕が傷付くことはない。燃える神炎の色が紅蓮から真赤まあかに変わる。
 新たな緑と黄の光が湧き上がり、玉が変形した。緑色の玉はスラリとした剣に、黄色の玉は長杖に。

 真赤に揺らめく手甲越しに、右手に剣、左手に杖を構えたフルードが宙を翔けた。眼前を飛び交う緑と黄の刃が交錯した瞬間を狙って肉薄し、両腕を振るう。そして、華麗な一閃を二色の刃へ同時に叩き込んだ。

 緑の刃には緑剣の、黄の刃には黄杖の一撃が入る。同色の力がぶつかり、爆音と共に二つの刃がきりもみしながら宙を舞った。フルードは剣を緑刃に、杖を黄刃に向ける。

「鎮静化、正常化」

 号令と共に、剣と杖から放たれた光線が刃を直撃し、閃光が走った。やがて目をく光が収まると、三日月の形をした緑と黄色の神器が、力なく地面に落下していった。それを一瞥いちべつし、剣と杖を玉に戻して巾着に入れ、灼熱の手甲を自身の内に還す。

 《大神官、こちらは完了しました》

 折良く脳裏にアマーリエからの念話が弾けた。下を見ると、元気な様子で小さく手を振っている。横には鎮静化と正常化が完了した風車の神器が転がっていた。

 フルードは口元を緩めて手を振り返す。そのまま高度を下げながら、ホッと安堵の息を吐いた。
 風神と地神の神器を相手にしつつ、遠視で彼女の様子を見守っていたため、怪我がないことは分かっていたが……やはり直に見ると安心できる。

 そして二人は視線を合わせて頷き合い、優雅な所作でその場に控えた。

 一拍後、空にあった竜巻がほどけた。穏やかに消えゆく渦の中から、虹を纏った紺の輝きが現れる。

「「こちらは万事解決してございます、紺月帝こんげつてい様」」

 同じ方向を向いて頭を下げるフルードとアマーリエが、ピタリと声をそろえた。

 引き締まった長身痩躯を翻して虚空に身を躍らせた美貌の青年が、ニヤリと唇の端をつり上げる。凄絶な麗姿に少し跳ねた鮮やかな金の短髪、見開いた瞳は夜空のごとき深青。紺色のローブが風をはらんではためく。

「フルード、アマーリエ! 上出来だよーナイスプレー!」

 親指を立てて賞賛を送ると、紺の皇帝は軽やかに肢体を反転させた。明け方の空を一直線に帝城へと飛び去っていく。虹の燐光を纏う紺光が、大空に流星のような残像を描いた。
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