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95.大好き③

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 ◆◆◆

 その後、式典に参加したアマーリエは、緊張しつつも恙無つつがなく開会挨拶を終わらせた。フレイムは直前でブレイズから念話が入ったため、一時行動を別にしている。こちらから隠れるようにコソコソ話していたので、きっとアマーリエへの贈り物の打ち合わせだろう。また増えるのか……と頭が痛くなったことは秘密だ。

「初めてにしては上々でしたよ。よく頑張りました」

 式典が終わった後の控え室にて、会場の隅で見てくれていたオーネリアが満足げに頷く。

「本日は所用で皇帝様がお越しになられます。神官府内を散策されるかもしれませんので、もしもお会いすることがあれば失礼のないように」
「まあ、皇帝様が……承知いたしました」
(そういえば、予定表にあったわ。けれど神官府は広いから、鉢合わせはしないわよね)

 きっと大丈夫だろうと楽観視するアマーリエだが、世間ではそれをフラグという。

 その後は簡単な仕事をこなし、休憩時間に中庭を歩いていると、虹の気を帯びた青年が前方から歩いて来た。
 くくるほど長い金髪は色素が薄く、淡青の瞳は晴れ渡った昼空を映したよう。完璧という表現すら虚しくなるほどの、凄絶にして絶世の美貌。しなやかな動きに合わせ、威厳ある黄色のローブが揺れる。背後にはアシュトンと、アシュトンによく似た怜悧れいりな美貌の青年を従えている。
 彼が誰であるか、聖威師の直感が教えてくれた。

(こ、皇帝様……帝国の皇帝様だわ)

 がっつり会ってしまった。アマーリエが端に寄って頭を下げると、皇帝が無表情で呟いた。

「聖威師か」
「はい。こちらは先日寵を得たばかりのアマーリエ・ユフィー・サードでございます」

 アシュトンの隣にいる青年が紹介してくれる。彼はライナス・イステンド。アシュトンの父親で、フルードの前の帝国神官府大神官だ。老化しない聖威師の特性により、外見は二十代にしか見えない。皇国の前大神官にして当真の父、唯全ゆいぜん当波とうはと共に急務に出ていたため、星降の儀では不在だった。

 アマーリエがライナスから視線を戻すと、こちらを一瞥いちべつした皇帝が口を開く。

「私は帝国皇帝オルディス。ようこそ神の領域へ」

 その言葉を聞いたアマーリエは、思わず顔を上げた。淡い空色の眼と視線が合い、急いで目を伏せる。

「た、大変失礼いたしました。恐れ多いことながら、過日に黇死皇てんしこう様にもお会いし、同じお言葉をいただきましたもので懐かしく……」
「そうか。黇死皇は私の双子の弟だ。兄弟ゆえ言葉が似通うこともある」
「はい。黇死皇様には様々にご助力とご教示をいただき、本当にお世話になりました。心より感謝しております」

 頷いた皇帝は、そのまま場を通り過ぎようとした。が、ふと足を止める。

「私は今宵、黇死皇と会う。今の言葉を伝えておこう。他にも何かあれば、ついでに伝えるが」
「え……」

 アマーリエは引きつった。皇帝を伝書鳩代わりにできるはずがない。

「いえ、そのような。もったいないことで――」
「一つ伝えるのも二つ伝えるのも同じだ」

 再度促され、どうすればいいのかと困惑してアシュトンを見る。そして内心で唸った。

(中性的な方だとは思ったけれど……まさか男装の麗人だったなんて)

 父親に似た冷たい美貌を持つアシュトンは、。生家のイステンド家において、かつて女児と若年の女性ばかりが軒並のきなみ早世した時期があり、一族の娘は30歳まで男装する伝統が生まれたという。

 そして、ここが最大の驚愕ポイントだが――。仕事では夫婦別姓で通しているらしい。子どももうけており、星降の儀式にて聖威師の一団に混じっていた少年少女は、フルードとアシュトン、当真と恵奈の子どもなのだという。

 聖威師となった後でそれらのことを知らされた時の衝撃たるや、筆舌ひつぜつに尽くしがたい。

「…………」

 アマーリエの視線を受けたアシュトンは、一瞬思案するように瞳を揺らした後、小さく頷いた。

(お言葉に甘えていいということ?)

 ならば、と、アマーリエは遠慮がちに口を開いた。

「それでは僭越せんえつながら、もう一つだけお願いできますでしょうか。――『私の上にも空がありました』と」

 何だそれは、といぶかしまれるだろうか。そう思いながら告げると、皇帝はふと顔を綻ばせた。微かだが、笑ったように見えた。

「分かった。――次代を翔けゆく聖威師よ。誠実、高潔、不撓ふとうであれ」

 短い了承と激励の言葉を返し、今度こそ立ち去る。アシュトンとライナスが追従し、アマーリエは一人残された。
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