93 / 202
第1章
93.大好き①
しおりを挟む
◆◆◆
「まあ! フレイム、まだ地上にいられるの?」
嬉しさが抑え切れず、アマーリエは声を弾ませた。
「あの人たちの処遇が決まったから、もう天に還るのだと思っていたわ」
ダライ、ネイーシャ、ミリエーナ、そしてシュードンは神官の務めから外され、地下で苦役に従事することになった。並行して、調教神オーアによる徹底的な再教育を受けるのだという。更生できるかどうかと死後の命運は、本人たちにかかっている。
ただし、仮に改心して天界に上がって来られたとしても、もはやアマーリエとは身分も立場も違う。フレイムの同意なく接触されることはないという。
「ああ、母神から特別に許可が出たんだ。密命をちゃんと果たした褒美ってことでな」
フレイムも明るい表情で笑っている。火神の命は既に完遂したことから、神使ではなく神としての降臨が許可された。そのため、もう神格を抑えてはいない。
とはいえ、神は理由なく地上に関わらないのが原則。神格を解放した状態で下界に降りる場合は短時間かつ単発が基本となっている。今回は火神の許可を得ての特別降臨なのでそれには当てはまらないが、それでも御稜威は可能な限り抑制しておくと言っていた。
「ま、褒美ってのは表向きで……実際のところは愛し子を得た祝いだろう。ユフィーとの新婚生活を楽しめっていうお心遣いだ」
「えっ」
頰をかいて言うフレイムに、アマーリエも顔を赤くする。お互い照れたように見つめ合った時、ゴォンと帝城の鐘が鳴った。
「もう少しで神官府の式典の時間だわ」
我に返ったアマーリエは、フレイムと手を繋いで歩き出した。
「お前、大神官の代理で式典の開会挨拶を任されたんだもんな。緊張して壇上ですっ転ぶなよ」
「転ばないわよ、失礼ね!」
「お前が捻挫でもしたら俺が暴れて会場をぶっ壊してやるからな」
「……絶対に怪我しないようにするわ」
神官府の中でも、聖威師と一部の霊威師しか入れない区画を歩いていると、応接室から声が聞こえて来た。フレイムと二人して中を覗くと、フルードが深水色の神官衣を来た神官と向かい合っている。
(濃い水色……属国にある神官府の方だわ。というか……あら? あの人、テスオラ王国の副主任ではない?)
帝国の属国の神官は水色、皇国の属国の神官は臙脂色の法衣を着用する。大神官の前で下を向いて畏まっている横顔には見覚えがあった。アマーリエがつい最近までいたテスオラ王国の神官府で、副主任であった神官だ。
(もしかして、彼が新しい主任神官になったのかしら)
アマーリエがいた頃の主任神官はダライの腰巾着で、常に彼の顔色を窺っては媚びへつらっていた。だが、サード家への取り調べでその件も明らかになり、主任神官の地位から更迭されたという。テスオラ王国だけではない。ここ帝都中央本府にいるダライの上司も、部下への教育不行き届きで処分を検討されていると聞く。
フルードがいつもの優しい笑みを浮かべて言った。
「何ですか、今回の不手際は。神への祈願で使用する守り玉の種類を間違えるなど。皇国語の安全と安産を間違えて発注し、儀式が始まる寸前で気付いて緊急救助要請の念話を送って来るとはどういう了見ですか。いきなり安産の守り玉を送って来られ、何とかして下さいと泣きつかれても困ります。誰が産めばいいのかと私たち聖威師は大騒ぎだったのですよ」
「何の話だよ……」
フレイムが呟き、アマーリエは遠い目をした。聖威師になりたてのアマーリエは、まだこういった対応には参加していない。が、色々と大変なようだ。
「それから。そちらの神官府から届く定期報告書を読みました。新米の受付係が、身分証を偽造した不審者の侵入を許してしまったそうですね。牛乳配達員を装った者が神官府を訪れ、ある神官から個人的に毎日注文を受けていると言うのを信じて結界を開けてしまったとか」
トントンとデスクを叩き、フルードが抑揚のない声で言う。
「馬鹿ですか? 職場にプライベートの牛乳配達をさせる神官がいるわけないでしょう。しかも大瓶をダース単位でという注文だったと書かれていましたよ。一人で毎日牛乳の大瓶を12本も飲む者がどこにいるのですか」
アマーリエとフレイムは仲良くズコッとこけた。不審者も受付もどちらも馬鹿である。
「主任神官として、神官たちの引き締めを徹底して下さい」
やはり彼が新しい主任になっていたらしい。聖威師から直々の注意を受け、縮こまって謝罪している。
「大体、あなたの所の神官はいつも要領を得ないのです。下らない話を長々と念話し、その第一声が『俺、俺です、俺俺、ほら俺』ですよ。誰ですか俺って。危うく詐欺だと思って通報しかけましたよ」
「「…………」」
アマーリエは無言でフレイムと顔を見合わせ、コソコソとその場を後にした。
「まあ! フレイム、まだ地上にいられるの?」
嬉しさが抑え切れず、アマーリエは声を弾ませた。
「あの人たちの処遇が決まったから、もう天に還るのだと思っていたわ」
ダライ、ネイーシャ、ミリエーナ、そしてシュードンは神官の務めから外され、地下で苦役に従事することになった。並行して、調教神オーアによる徹底的な再教育を受けるのだという。更生できるかどうかと死後の命運は、本人たちにかかっている。
ただし、仮に改心して天界に上がって来られたとしても、もはやアマーリエとは身分も立場も違う。フレイムの同意なく接触されることはないという。
「ああ、母神から特別に許可が出たんだ。密命をちゃんと果たした褒美ってことでな」
フレイムも明るい表情で笑っている。火神の命は既に完遂したことから、神使ではなく神としての降臨が許可された。そのため、もう神格を抑えてはいない。
とはいえ、神は理由なく地上に関わらないのが原則。神格を解放した状態で下界に降りる場合は短時間かつ単発が基本となっている。今回は火神の許可を得ての特別降臨なのでそれには当てはまらないが、それでも御稜威は可能な限り抑制しておくと言っていた。
「ま、褒美ってのは表向きで……実際のところは愛し子を得た祝いだろう。ユフィーとの新婚生活を楽しめっていうお心遣いだ」
「えっ」
頰をかいて言うフレイムに、アマーリエも顔を赤くする。お互い照れたように見つめ合った時、ゴォンと帝城の鐘が鳴った。
「もう少しで神官府の式典の時間だわ」
我に返ったアマーリエは、フレイムと手を繋いで歩き出した。
「お前、大神官の代理で式典の開会挨拶を任されたんだもんな。緊張して壇上ですっ転ぶなよ」
「転ばないわよ、失礼ね!」
「お前が捻挫でもしたら俺が暴れて会場をぶっ壊してやるからな」
「……絶対に怪我しないようにするわ」
神官府の中でも、聖威師と一部の霊威師しか入れない区画を歩いていると、応接室から声が聞こえて来た。フレイムと二人して中を覗くと、フルードが深水色の神官衣を来た神官と向かい合っている。
(濃い水色……属国にある神官府の方だわ。というか……あら? あの人、テスオラ王国の副主任ではない?)
帝国の属国の神官は水色、皇国の属国の神官は臙脂色の法衣を着用する。大神官の前で下を向いて畏まっている横顔には見覚えがあった。アマーリエがつい最近までいたテスオラ王国の神官府で、副主任であった神官だ。
(もしかして、彼が新しい主任神官になったのかしら)
アマーリエがいた頃の主任神官はダライの腰巾着で、常に彼の顔色を窺っては媚びへつらっていた。だが、サード家への取り調べでその件も明らかになり、主任神官の地位から更迭されたという。テスオラ王国だけではない。ここ帝都中央本府にいるダライの上司も、部下への教育不行き届きで処分を検討されていると聞く。
フルードがいつもの優しい笑みを浮かべて言った。
「何ですか、今回の不手際は。神への祈願で使用する守り玉の種類を間違えるなど。皇国語の安全と安産を間違えて発注し、儀式が始まる寸前で気付いて緊急救助要請の念話を送って来るとはどういう了見ですか。いきなり安産の守り玉を送って来られ、何とかして下さいと泣きつかれても困ります。誰が産めばいいのかと私たち聖威師は大騒ぎだったのですよ」
「何の話だよ……」
フレイムが呟き、アマーリエは遠い目をした。聖威師になりたてのアマーリエは、まだこういった対応には参加していない。が、色々と大変なようだ。
「それから。そちらの神官府から届く定期報告書を読みました。新米の受付係が、身分証を偽造した不審者の侵入を許してしまったそうですね。牛乳配達員を装った者が神官府を訪れ、ある神官から個人的に毎日注文を受けていると言うのを信じて結界を開けてしまったとか」
トントンとデスクを叩き、フルードが抑揚のない声で言う。
「馬鹿ですか? 職場にプライベートの牛乳配達をさせる神官がいるわけないでしょう。しかも大瓶をダース単位でという注文だったと書かれていましたよ。一人で毎日牛乳の大瓶を12本も飲む者がどこにいるのですか」
アマーリエとフレイムは仲良くズコッとこけた。不審者も受付もどちらも馬鹿である。
「主任神官として、神官たちの引き締めを徹底して下さい」
やはり彼が新しい主任になっていたらしい。聖威師から直々の注意を受け、縮こまって謝罪している。
「大体、あなたの所の神官はいつも要領を得ないのです。下らない話を長々と念話し、その第一声が『俺、俺です、俺俺、ほら俺』ですよ。誰ですか俺って。危うく詐欺だと思って通報しかけましたよ」
「「…………」」
アマーリエは無言でフレイムと顔を見合わせ、コソコソとその場を後にした。
29
お気に入りに追加
140
あなたにおすすめの小説

水しか操れない無能と言われて虐げられてきた令嬢に転生していたようです。ところで皆さん。人体の殆どが水分から出来ているって知ってました?
ラララキヲ
ファンタジー
わたくしは出来損ない。
誰もが5属性の魔力を持って生まれてくるこの世界で、水の魔力だけしか持っていなかった欠陥品。
それでも、そんなわたくしでも侯爵家の血と伯爵家の血を引いている『血だけは価値のある女』。
水の魔力しかないわたくしは皆から無能と呼ばれた。平民さえもわたくしの事を馬鹿にする。
そんなわたくしでも期待されている事がある。
それは『子を生むこと』。
血は良いのだから次はまともな者が生まれてくるだろう、と期待されている。わたくしにはそれしか価値がないから……
政略結婚で決められた婚約者。
そんな婚約者と親しくする御令嬢。二人が愛し合っているのならわたくしはむしろ邪魔だと思い、わたくしは父に相談した。
婚約者の為にもわたくしが身を引くべきではないかと……
しかし……──
そんなわたくしはある日突然……本当に突然、前世の記憶を思い出した。
前世の記憶、前世の知識……
わたくしの頭は霧が晴れたかのように世界が突然広がった……
水魔法しか使えない出来損ない……
でも水は使える……
水……水分……液体…………
あら? なんだかなんでもできる気がするわ……?
そしてわたくしは、前世の雑な知識でわたくしを虐げた人たちに仕返しを始める……──
【※女性蔑視な発言が多々出てきますので嫌な方は注意して下さい】
【※知識の無い者がフワッとした知識で書いてますので『これは違う!』が許せない人は読まない方が良いです】
【※ファンタジーに現実を引き合いに出してあれこれ考えてしまう人にも合わないと思います】
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるよ!
◇なろうにも上げてます。

家族と婚約者に冷遇された令嬢は……でした
桜月雪兎
ファンタジー
アバント伯爵家の次女エリアンティーヌは伯爵の亡き第一夫人マリリンの一人娘。
彼女は第二夫人や義姉から嫌われており、父親からも疎まれており、実母についていた侍女や従者に義弟のフォルクス以外には冷たくされ、冷遇されている。
そんな中で婚約者である第一王子のバラモースに婚約破棄をされ、後釜に義姉が入ることになり、冤罪をかけられそうになる。
そこでエリアンティーヌの素性や両国の盟約の事が表に出たがエリアンティーヌは自身を蔑ろにしてきたフォルクス以外のアバント伯爵家に何の感情もなく、実母の実家に向かうことを決意する。
すると、予想外な事態に発展していった。
*作者都合のご都合主義な所がありますが、暖かく見ていただければと思います。

追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中
四馬㋟
ファンタジー
幸福をもたらす聖女として民に崇められ、何不自由のない暮らしを送るアネーシャ。19歳になった年、本物の聖女が現れたという理由で神殿を追い出されてしまう。しかし月の女神の姿を見、声を聞くことができるアネーシャは、正真正銘本物の聖女で――孤児院育ちゆえに頼るあてもなく、途方に暮れるアネーシャに、女神は告げる。『大丈夫大丈夫、あたしがついてるから』「……軽っ」かくして、女二人のぶらり旅……もとい巡礼の旅が始まる。

断罪された大聖女は死に戻り地味に生きていきたい
花音月雫
ファンタジー
幼い頃に大聖女に憧れたアイラ。でも大聖女どころか聖女にもなれずその後の人生も全て上手くいかず気がつくと婚約者の王太子と幼馴染に断罪されていた!天使と交渉し時が戻ったアイラは家族と自分が幸せになる為地味に生きていこうと決心するが......。何故か周りがアイラをほっといてくれない⁉︎そして次から次へと事件に巻き込まれて......。地味に目立たなく生きて行きたいのにどんどん遠ざかる⁉︎執着系溺愛ストーリー。

誰も要らないなら僕が貰いますが、よろしいでしょうか?
伊東 丘多
ファンタジー
ジャストキルでしか、手に入らないレアな石を取るために冒険します
小さな少年が、独自の方法でスキルアップをして強くなっていく。
そして、田舎の町から王都へ向かいます
登場人物の名前と色
グラン デディーリエ(義母の名字)
8才
若草色の髪 ブルーグリーンの目
アルフ 実父
アダマス 母
エンジュ ミライト
13才 グランの義理姉
桃色の髪 ブルーの瞳
ユーディア ミライト
17才 グランの義理姉
濃い赤紫の髪 ブルーの瞳
コンティ ミライト
7才 グランの義理の弟
フォンシル コンドーラル ベージュ
11才皇太子
ピーター サイマルト
近衛兵 皇太子付き
アダマゼイン 魔王
目が透明
ガーゼル 魔王の側近 女の子
ジャスパー
フロー 食堂宿の人
宝石の名前関係をもじってます。
色とかもあわせて。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革
うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。
優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。
家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。
主人公は、魔法・知識チートは持っていません。
加筆修正しました。
お手に取って頂けたら嬉しいです。

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?
あくの
ファンタジー
15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。
加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。
また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。
長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。
リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

【完結】すっぽんじゃなくて太陽の女神です
土広真丘
ファンタジー
三千年の歴史を誇る神千皇国の皇帝家に生まれた日香。
皇帝家は神の末裔であり、一部の者は先祖返りを起こして神の力に目覚める。
月の女神として覚醒した双子の姉・月香と比較され、未覚醒の日香は無能のすっぽんと揶揄されている。
しかし実は、日香は初代皇帝以来の三千年振りとなる太陽の女神だった。
小説家になろうでも公開しています。
2025年1月18日、内容を一部修正しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる