神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘

文字の大きさ
上 下
86 / 160
第1章

86.彼らの現在①

しおりを挟む
 ◆◆◆

「なぁ、さっきの本……」

 パタパタと軽い足音が去って行くと、フレイムが呟く。優雅な仕草で紅茶のカップを持ったフルードは、涼しい顔で言った。

「端的に言えば、歴代聖威師たちの惚気のろけを集めた本ですね。各聖威師が、ひたすら己の神に愛されているだけの自慢話です」

 口内に流れ込んだ紅茶は熱いままだった。ポットやカップに保温霊具が組み込まれているのだ。

「だよなぁ」

 フレイムはククッと肩を震わせた。ラモスとディモスがそろって尻尾をピョンと振る。

「あれが聖威師たちの最大の宝か」

 おかしそうに笑うフレイムに、澄まし顔で頷く。

「何より慕わしい己の神との思い出が詰まった本です。これ以上の宝があるでしょうか」

 聖威師と神は相思相愛なのだ。

「――ああ、なるほどな」
「アマーリエも近くそう認識するようになるでしょう。こんな本アホかと思うのは最初だけです」
「……思ったんだな……」
「初めのうちだけですよ。すぐに、自分も既巻の内容に負けないものを加筆してやろうという気になりますから」

 茶菓子を見ると、色とりどりのチョコレートと何種類ものフィナンシェ、クリーム入りの一口パンケーキだった。すぐに分かる。アマーリエが好きなものばかりを揃えているのだと。
 そして同時に、。視線に気付いたフレイムが声をかけて来た。

「遠慮せず食えよ。あ、クラッカーやチーズも出せるぞ。お前そういうのも好きだったろ」
「お気遣いなく。このままで構いません」

 音を立てずにカップをソーサーに戻したフルードは、さらりと続けた。

「今日は苦い話になりますから。甘味の方がいいでしょう」

 一瞬で部屋の空気が変わる。フレイムから笑みが消え、聖獣二匹が耳を立てた。

「そうだろうな。お前、必死でユフィーをここから追い出そうとしてたもんな。――何があった?」

 静かな問いかけが放たれる。詰問口調ではない。フレイムは決してフルードを追い詰めたり威嚇したりしない。それが分かっているため、フルードは落ち着いたまま神官衣の懐から三通の書簡を取り出す。

「こちらを。サード家当主ダライと当主夫人ネイーシャ、そして次女ミリエーナから届いたものです」

 牢獄に収監中のダライとネイーシャ、神官府の奥で軟禁されながら治療を受けているミリエーナ。アマーリエは、既に彼ら全員を見限っている。だがそれでも、彼らなりの言い分があるならば聞くだけは聞いてみたいと言っていた。

 その意向を汲み、フレイムは神官府を通じて、内密に書面での弁明の機会を設けていた。彼らがしたためた内容によっては、アマーリエに見せてもいいと考えていたのだ。

「見るぞ」
「どうぞ」

 フレイムの手元を、ラモスとディモスが覗き込む。書簡を共に読むつもりなのだ。

 書簡の中身は、大雑把に言えばこういうものだった。

 ダライは、『アマーリエに私の娘を名乗る資格を与える。何か誤解があり、意地になっているようだが、今回は特別に許してやる。父の厚意をありがたく受け入れ、今後は聖威師として一層励むように』という内容だった。

 ネイーシャは、『私はミリエーナに騙されていた。本当の出来損ないはミリエーナだった。これからはアマーリエだけを可愛がってあげる。何でも買ってあげる。甘えさせてあげる。だからお願い、許して』という内容だった。

 ミリエーナは、『アマーリエと私の運命は逆だったはず。こんなのおかしい。アマーリエは邪神をたぶらかし、焔神様を騙して運命を入れ替えたの。焔神様の真の愛し子はこの私よ』という内容だった。

 一読したフレイムの手から炎が迸る。だが、寸前で書簡が消えた。

「…………」

 炎だけが虚しく燃える手の中を見た山吹色の目がスゥッと細まり、フルードに向けられた。聖威で書簡を己の掌中に転送させたフルードが、静かに頭を下げる。

「お許し下さい。お気持ちは十二分に分かります。しかしこの書簡は、アマーリエに有利な証拠となる資料です。正式な処断が決まり実行されるまでは、何卒ご寛恕かんじょを」

 室内に沈黙が落ちた。
 理由はどうあれ、高位神が手にしていたものを強引に取り上げる。非常に無礼であり、怒りを買いかねない行為だ。だが、フルードは平然としていた。にっこり微笑んでいる。
 見つめ合いが続き、根負けしたのはフレイムの方だった。

「……俺が持っていたら怒りで燃やす。神官府で適切に保管するようにしておけ。ただしユフィーの目には触れさせるな。この返事は見せない」
「お慈悲に感謝いたします」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します

けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」  五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。  他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。 だが、彼らは知らなかった――。 ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。 そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。 「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」 逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。 「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」 ブチギレるお兄様。 貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!? 「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!? 果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか? 「私の未来は、私が決めます!」 皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ
ファンタジー
デイビッド・デュロックは自他ともに認める醜男。 ついたあだ名は“黒豚”で、王都中の貴族子女に嫌われていた。 そんな彼がある日しぶしぶ参加した夜会にて、王族の理不尽な断崖劇に巻き込まれ、ひとりの令嬢と婚約することになってしまう。 始めは同情から保護するだけのつもりが、いつの間にか令嬢にも慕われ始め… ゆるゆるなファンタジー設定のお話を書きました。 誤字脱字お許しください。

莫大な遺産を相続したら異世界でスローライフを楽しむ

翔千
ファンタジー
小鳥遊 紅音は働く28歳OL 十八歳の時に両親を事故で亡くし、引き取り手がなく天涯孤独に。 高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。 そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。 要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。 曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。 その額なんと、50億円。 あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。 だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。 だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。

七人の兄たちは末っ子妹を愛してやまない

猪本夜
ファンタジー
2024/2/29……3巻刊行記念 番外編SS更新しました 2023/4/26……2巻刊行記念 番外編SS更新しました ※1巻 & 2巻 & 3巻 販売中です! 殺されたら、前世の記憶を持ったまま末っ子公爵令嬢の赤ちゃんに異世界転生したミリディアナ(愛称ミリィ)は、兄たちの末っ子妹への溺愛が止まらず、すくすく成長していく。 前世で殺された悪夢を見ているうちに、現世でも命が狙われていることに気づいてしまう。 ミリィを狙う相手はどこにいるのか。現世では死を回避できるのか。 兄が増えたり、誘拐されたり、両親に愛されたり、恋愛したり、ストーカーしたり、学園に通ったり、求婚されたり、兄の恋愛に絡んだりしつつ、多種多様な兄たちに甘えながら大人になっていくお話。 幼少期から惚れっぽく恋愛に積極的で人とはズレた恋愛観を持つミリィに兄たちは動揺し、知らぬうちに恋心の相手を兄たちに潰されているのも気づかず今日もミリィはのほほんと兄に甘えるのだ。 今では当たり前のものがない時代、前世の知識を駆使し兄に頼んでいろんなものを開発中。 甘えたいブラコン妹と甘やかしたいシスコン兄たちの日常。 基本はミリィ(主人公)視点、主人公以外の視点は記載しております。 【完結:211話は本編の最終話、続編は9話が最終話、番外編は3話が最終話です。最後までお読みいただき、ありがとうございました!】 ※書籍化に伴い、現在本編と続編は全て取り下げとなっておりますので、ご了承くださいませ。

勇者パーティを追放された聖女ですが、やっと解放されてむしろ感謝します。なのにパーティの人たちが続々と私に助けを求めてくる件。

八木愛里
ファンタジー
聖女のロザリーは戦闘中でも回復魔法が使用できるが、勇者が見目麗しいソニアを新しい聖女として迎え入れた。ソニアからの入れ知恵で、勇者パーティから『役立たず』と侮辱されて、ついに追放されてしまう。 パーティの人間関係に疲れたロザリーは、ソロ冒険者になることを決意。 攻撃魔法の魔道具を求めて魔道具屋に行ったら、店主から才能を認められる。 ロザリーの実力を知らず愚かにも追放した勇者一行は、これまで攻略できたはずの中級のダンジョンでさえ失敗を繰り返し、仲間割れし破滅へ向かっていく。 一方ロザリーは上級の魔物討伐に成功したり、大魔法使いさまと協力して王女を襲ってきた魔獣を倒したり、国の英雄と呼ばれる存在になっていく。 これは真の実力者であるロザリーが、ソロ冒険者としての地位を確立していきながら、残念ながら追いかけてきた魔法使いや女剣士を「虫が良すぎるわ!」と追っ払い、入り浸っている魔道具屋の店主が実は憧れの大魔法使いさまだが、どうしても本人が気づかない話。 ※11話以降から勇者パーティの没落シーンがあります。 ※40話に鬱展開あり。苦手な方は読み飛ばし推奨します。 ※表紙はAIイラストを使用。

異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手させてもらいます!

明衣令央
ファンタジー
 糸井織絵は、ある日、オブルリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界ルリアルークへと飛ばされてしまう。  一緒に召喚された、若く美しい女が聖女――織絵は召喚の儀に巻き込まれた年増の豚女として不遇な扱いを受けたが、元スマホケースのハリネズミのぬいぐるみであるサーチートと共に、オブルリヒト王女ユリアナに保護され、聖女の力を開花させる。  だが、オブルリヒト王国の王子ジュニアスは、追い出した織絵にも聖女の可能性があるとして、織絵を連れ戻しに来た。  そして、異世界転移状態から正式に異世界転生した織絵は、若く美しい姿へと生まれ変わる。  この物語は、聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界転移後、新たに転生した一人の元おばさんの聖女が、相棒の元スマホケースのハリネズミと楽しく無双していく、恋と冒険の物語。 2022.9.7 話が少し進みましたので、内容紹介を変更しました。その都度変更していきます。

処理中です...