神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘

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第1章

71.一件落着、と思ったら

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(やった……の?)

 紅葉色の聖威がシュゥと収束し、アマーリエの中に戻っていく。

『よし、よくやったユフィー。上出来だったぞ!』

 フレイムが上機嫌で絶賛してくれる。アマーリエが肩で大きく息をしていると、神器と相対していた時の戦意を綺麗さっぱりかき消したフルードが、常と変わらぬにこやかな顔でこちらを見た。

「ええ、きちんとできたではありませんか。素晴らしかったですよ」
「……はい?」
(できたって、誰が? 何を?)

 どう考えても、フルードとフレイムが全てお膳立てしてくれたようにしか思えない。不意にパチパチという音が響いた。見ると、ラミルファが両手を打ち鳴らしている。

『見事であった、アマーリエ・サード。紅葉色の力か……久しぶりに良きものを見た。礼を言おう。ああ、この場合は僕が悪神ということは関係ない。美醜を超えた域で素晴らしいと思ったから褒めている。フレイムとフルードからの賞賛と同じ意味に取ってくれていい』

 掛け値ない賛辞が、まさかの邪神からも送られた。従神たちも主に同意を示すように大きく頷いている。嘘の神だけは首を横に振っていたが。
 フレイムが気に入らないといった顔でラミルファを睨みながらも、しぶしぶ頷く。

「……ラミルファは悪神で邪神だがれっきとした高位神だ。高位神にここまで率直に褒められたことは素直に誇っていいだろうさ」
「恐れ多くも貴き神よりお褒めのお言葉を頂戴し、恐悦至極にございます」

 そう言われては受け入れるしかなく、アマーリエは邪神に礼を言った。そして、自分より遥かに高度なことを成し遂げながら、何故か誰にも賞賛されないフルードのことに水を向けようとする。

「ですが、大神官は私などよりもよほど素晴らしい手腕をお見せ下さいました。私ばかりが褒めていただくのは心苦しい気持ちになります」
(これで大神官も褒めていただけるわよね)

 だが、ラミルファはキョトンと目を瞬いた。

「えっ? 君は世界最高峰の頭脳を持つ研究者が、幼児教育で習うレベルの簡単な計算問題を解いたら褒めちぎるのか? フルードの実力と手腕ならば今回の対応くらいできて当たり前だ。例え高位神の複合神器を複数同時に相手にしたとしても、楽勝で対処できる技量を持っているのだから。そうだろうフルード」
「…………」

 アマーリエが呆然とフルードを見ると、当人は至って真顔で頷いていた。

「はい、そうですね」

 そこに傲慢さや自慢は一切ない。例えるなら、目玉焼きを焼けるかと聞かれたので焼けると答えた、というような自然さだった。

「当代の聖威師は皆フルードと同じレベルだ。君はついさっき寵を得たばかりだからまだこれからだが、いずれその領域に達するだろう」

 何でもないことのように、ラミルファが言った。フレイムとフルード、従神たちが一斉に首肯する。

(……そうなの?)

 アマーリエの背筋がゾッと寒くなる。自分はもしや、とんでもない境地に辿り着いてしまったのではないか。

「そ……そうですか」

 ひとまず曖昧に笑って受け流し、改めてフルードに向き直ると頭を下げる。この神器の件は、父ダライの安請け合いが発端となって起きたことだ。

「大神官に深くお詫び申し上げます。この度は私たちサード家のせいでお手数をおかけして申し訳ありま……」

 しかし、フルードは最後まで言わせず、そっと人差し指を唇に当てた。

「謝れば自分に非があると認めたことになります。今回の件は神官ダライの独断専行であり、あなたや家に落ち度はない。悪くない者が謝ることはありません。どうしても謝罪したいならば、父が申し訳ありませんという言い方にするのが良いでしょう」
「……ち、父が申し訳ございませんでした……」
「はい」

 フルードが温厚な双眸で優しく笑う。その柔らかな様相の中に、強大な神器を一方的に蹂躙した強者の気配は微塵もない。ざっと見たところ、肢体にも法衣にも傷一つ付いていなかった。

「これで聖威師としての初仕事の実績ができましたし、万一裁判になっても安心ですね。もちろん、あの者……ミハロのふざけた言い分が採用されるとは思いませんが、それでも念のためです」

 にこやかに言いながら、本当に安堵した様子で胸を撫で下ろしている。

「アマーリエには一片の非もないとはいえ、サード家の当主が家単位で神器正常化の請負をしてしまい、その言質を録音されて証拠を握られていることも事実。ならば、聖威師でありサード家の一員たるあなたが神器を正常化してしまえば、誰も文句は付けられませんから」

 アマーリエは瞬きした。フルードはこのために、あえて仕上げの正常化をやらせてくれたのだ。神器の対処が聖威師の務めだとしても、なりたてのアマーリエは見学させてフルードが一人でやることもできたはず。なのに、わざわざ参加させてくれたのはそういうことだろう。
 積極的に協力してくれたフレイムも、彼の意図を分かっていたのかもしれない。

「おそらくないと思いますが、もしもの時は私が証言台にでも弁護席にでも駆け付けますから、心配は要りませんよ。……実家では辛い思いをしていたのですね。これからは、私が大神官として全力であなたを守ります」
「あ……ありがとうございます」

 叩頭したアマーリエの胸がじんわりと暖かくなる。属国では、上司に当たる神官は常に父の顔色を窺っており、こちらに対して冷たく素っ気ない態度だった。ゆえに知らなかった。上の者に助けてもらえる、気遣ってもらえることの嬉しさを。

 ここはもう属国ではないのだという聖獣たちの言葉が蘇る。これからは、もっとほかの神官と関わるようにしてもいいのかもしれない。泣きそうになるのを堪えて笑顔を作る。

「フレイムも本当にありがとう。どうにか解決したし、これで一件落着ね」

 すると、フレイムは何故か、アマーリエとは反対に渋面を浮かべた。首を横に振って声のトーンを落とす。

『いや、まだ最難関事項が残ってるぜ。本当にヤバい件がな』

 視線を向けられたラミルファがふふふと笑う。

「本当にヤバい……?」

『ああ。あのバカ婚約者だ』
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