67 / 160
第1章
67.聖威師の務め①
しおりを挟む
『動くな、王都神官府の緊急捜査隊だ!』
『ミハロ・デーグ! 神器の管理不行き届きの疑義で拘束する!』
『王都の神官府で詳しく取り調べさせてもらおう』
フルードの電達を受けた捜査官が急行したらしい。幾人かの足音と怒号、手錠がはめられるような音が連続して響く。
『さて、神器は……ん? お、おい、あれではないか!? 転送霊具の中に入ってるぞ!』
『何だと!? すぐに出して――いや駄目だ。もう転送が始まりかかってる!』
『今からキャンセルはできないか……くそ、どこ宛てだ!?』
神器の様子に気付いたか、にわかに色めき立つ捜査員たち。フルードが未だ繋がっている通信霊具に語りかけた。
「皆さん、落ち着いて下さい。聞こえますか。私が本件の通報者です」
『うわっ……ああ何だ、通信霊具か――って、通報者!? ではあなたは大神官様ですか!?』
「はい。そちらにある神器は、この通信霊具を到着の座標にして転送される設定になっています。今から帝国神官府の結界を一時的に開き、弾かれずに届くようにしますから、触らずそのままにしておいて下さい」
『受け入れ……つまり神器にご対応下さるのですか?』
「今回はやむを得ません。こちらが転送を拒否すれば、テスオラ王国で神器が暴走してしまいます。対神器用の神器を用意している間に被害が広がるくらいならば、こちらで引き取ります」
『ああ、ありがとうございます、助かります! 旧式の霊具なので、転送完了までにまだかかるかと思います。しばらくお待ちいただけますでしょうか』
『分かりました。それでは一度通信を切りますが、ミハロ・デーグの処分の件は重ねてお願いします」
『はっ、承知いたしました。今後、進捗書と報告書を随時お送りします!』
通信を切ったフルードが、霊具を浮かせて斎場の隅に移動させる。その直後、通信霊具の周囲に光が走った。霊具を目がけて神器が転送されかかっているのだ。
(どうして大神官が対処するの? ラミルファ様の相手をしなくてはいけないのだし、この場はまだ気の揺らぎも大きいのだから、他の聖威師に任せればいいのに)
他の聖威師たちは避難場所にいるだろう。通信霊具を彼らに転送し、それを持って人気のない場所に転移してもらい、送られて来る神器に対処してもらえれば周囲に被害は出ない。
「……大神官、通信霊具をアシュトン様やオーネリア様のお手元に転送して、念話で事情を話して対応をお任せすればよろしいのではありませんか?」
恐る恐る提案してみると、フルードはいつも通りの穏やかな表情でアマーリエの方を向く。
「そうできればいいのですが……通信霊具が保たないかもしれません。ダライは随分と年季の入った霊具を使っていたのですね。元々限界だった所を、彼が落として蹴り飛ばしたせいもあるのでしょうが、もう壊れかけています」
「えっ……」
「その状況で、神器がこれを座標として定め、繋がりを構築しています。この上さらに転送など別の力を加えては完全に故障し、座標を見失った神器が別の場所に飛ばされるかもしれません。霊具を修理するために修復の力を込めるのも同じことです。修理するどころか座標としての波動を乱し、神器の正常な転送を阻害してしまいかねない」
アマーリエは唖然とした。新しい霊具を買う金も修理する金も惜しみ、ガタがきたものを使い続けていたツケが来ているのだ。
(お母様とミリエーナが散財した分を一部でも節約して、中古でいいから買い直していれば良かったのに……)
例え撥ね付けられようとも進言しておくべきだったと悔やむも、今更だ。フレイムの神威ならば霊具を上手く修復できるだろうが、人間側の管理不足で起きた事故の尻ぬぐいを、高位神に手伝ってくれと頼めるはずもない。
「で、では、霊具を持って徒歩で別の場所に移動すれば……」
「それも難しいかと。先ほどダライが落とした時、霊具の一部が欠けたようです。霊具を構築している霊威が溢れて拡散し、この斎場の地面や木々、瓦礫などに広く染み込んでしまっている。いわば、この場一帯が霊具と共鳴しています。霊具本体だけを別の場所に引き離せば、その時点で破損してしまいます」
言われて目を凝らすと、確かに通信霊具の一部が不自然に欠けていた。この状態でまだ完全に故障していないのは、ある意味奇跡かもしれない。周囲が霊具と呼応したことで、結果的にギリギリでバランスが取れているのだ。
(本当だわ。私も慌てていたから気が付かなかった……)
つまり、ここで対処するしかないわけだ。頭を抱えていると、微塵も慌てていないフルードが話題を変えた。
「ところでアマーリエ、あなたは正常化を使ったことはありますか」
「……い、一応はあります。ですが実践ではなく、属国神官府の初等実技でのことです。ビーズ玉ほどの簡素な霊具が少し不調になったのを直すだけの、基礎の基礎しかやったことがありません」
無能のアマーリエが失敗すればサード家の面子に関わるからと、基本中の基本しかやらせないよう、ダライが陰で圧をかけていたためだ。
「やり方自体を知っていれば問題ありません。神器の正常化をお願いできますか。あなたはもう聖威師です。やろうと思えばできるはず」
『ミハロ・デーグ! 神器の管理不行き届きの疑義で拘束する!』
『王都の神官府で詳しく取り調べさせてもらおう』
フルードの電達を受けた捜査官が急行したらしい。幾人かの足音と怒号、手錠がはめられるような音が連続して響く。
『さて、神器は……ん? お、おい、あれではないか!? 転送霊具の中に入ってるぞ!』
『何だと!? すぐに出して――いや駄目だ。もう転送が始まりかかってる!』
『今からキャンセルはできないか……くそ、どこ宛てだ!?』
神器の様子に気付いたか、にわかに色めき立つ捜査員たち。フルードが未だ繋がっている通信霊具に語りかけた。
「皆さん、落ち着いて下さい。聞こえますか。私が本件の通報者です」
『うわっ……ああ何だ、通信霊具か――って、通報者!? ではあなたは大神官様ですか!?』
「はい。そちらにある神器は、この通信霊具を到着の座標にして転送される設定になっています。今から帝国神官府の結界を一時的に開き、弾かれずに届くようにしますから、触らずそのままにしておいて下さい」
『受け入れ……つまり神器にご対応下さるのですか?』
「今回はやむを得ません。こちらが転送を拒否すれば、テスオラ王国で神器が暴走してしまいます。対神器用の神器を用意している間に被害が広がるくらいならば、こちらで引き取ります」
『ああ、ありがとうございます、助かります! 旧式の霊具なので、転送完了までにまだかかるかと思います。しばらくお待ちいただけますでしょうか』
『分かりました。それでは一度通信を切りますが、ミハロ・デーグの処分の件は重ねてお願いします」
『はっ、承知いたしました。今後、進捗書と報告書を随時お送りします!』
通信を切ったフルードが、霊具を浮かせて斎場の隅に移動させる。その直後、通信霊具の周囲に光が走った。霊具を目がけて神器が転送されかかっているのだ。
(どうして大神官が対処するの? ラミルファ様の相手をしなくてはいけないのだし、この場はまだ気の揺らぎも大きいのだから、他の聖威師に任せればいいのに)
他の聖威師たちは避難場所にいるだろう。通信霊具を彼らに転送し、それを持って人気のない場所に転移してもらい、送られて来る神器に対処してもらえれば周囲に被害は出ない。
「……大神官、通信霊具をアシュトン様やオーネリア様のお手元に転送して、念話で事情を話して対応をお任せすればよろしいのではありませんか?」
恐る恐る提案してみると、フルードはいつも通りの穏やかな表情でアマーリエの方を向く。
「そうできればいいのですが……通信霊具が保たないかもしれません。ダライは随分と年季の入った霊具を使っていたのですね。元々限界だった所を、彼が落として蹴り飛ばしたせいもあるのでしょうが、もう壊れかけています」
「えっ……」
「その状況で、神器がこれを座標として定め、繋がりを構築しています。この上さらに転送など別の力を加えては完全に故障し、座標を見失った神器が別の場所に飛ばされるかもしれません。霊具を修理するために修復の力を込めるのも同じことです。修理するどころか座標としての波動を乱し、神器の正常な転送を阻害してしまいかねない」
アマーリエは唖然とした。新しい霊具を買う金も修理する金も惜しみ、ガタがきたものを使い続けていたツケが来ているのだ。
(お母様とミリエーナが散財した分を一部でも節約して、中古でいいから買い直していれば良かったのに……)
例え撥ね付けられようとも進言しておくべきだったと悔やむも、今更だ。フレイムの神威ならば霊具を上手く修復できるだろうが、人間側の管理不足で起きた事故の尻ぬぐいを、高位神に手伝ってくれと頼めるはずもない。
「で、では、霊具を持って徒歩で別の場所に移動すれば……」
「それも難しいかと。先ほどダライが落とした時、霊具の一部が欠けたようです。霊具を構築している霊威が溢れて拡散し、この斎場の地面や木々、瓦礫などに広く染み込んでしまっている。いわば、この場一帯が霊具と共鳴しています。霊具本体だけを別の場所に引き離せば、その時点で破損してしまいます」
言われて目を凝らすと、確かに通信霊具の一部が不自然に欠けていた。この状態でまだ完全に故障していないのは、ある意味奇跡かもしれない。周囲が霊具と呼応したことで、結果的にギリギリでバランスが取れているのだ。
(本当だわ。私も慌てていたから気が付かなかった……)
つまり、ここで対処するしかないわけだ。頭を抱えていると、微塵も慌てていないフルードが話題を変えた。
「ところでアマーリエ、あなたは正常化を使ったことはありますか」
「……い、一応はあります。ですが実践ではなく、属国神官府の初等実技でのことです。ビーズ玉ほどの簡素な霊具が少し不調になったのを直すだけの、基礎の基礎しかやったことがありません」
無能のアマーリエが失敗すればサード家の面子に関わるからと、基本中の基本しかやらせないよう、ダライが陰で圧をかけていたためだ。
「やり方自体を知っていれば問題ありません。神器の正常化をお願いできますか。あなたはもう聖威師です。やろうと思えばできるはず」
19
お気に入りに追加
121
あなたにおすすめの小説

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜
言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。
しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。
それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。
「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」
破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。
気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。
「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。
「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」
学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス!
"悪役令嬢"、ここに爆誕!
婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します
けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」
五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。
他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。
だが、彼らは知らなかった――。
ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。
そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。
「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」
逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。
「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」
ブチギレるお兄様。
貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!?
「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!?
果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか?
「私の未来は、私が決めます!」
皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中
四馬㋟
ファンタジー
幸福をもたらす聖女として民に崇められ、何不自由のない暮らしを送るアネーシャ。19歳になった年、本物の聖女が現れたという理由で神殿を追い出されてしまう。しかし月の女神の姿を見、声を聞くことができるアネーシャは、正真正銘本物の聖女で――孤児院育ちゆえに頼るあてもなく、途方に暮れるアネーシャに、女神は告げる。『大丈夫大丈夫、あたしがついてるから』「……軽っ」かくして、女二人のぶらり旅……もとい巡礼の旅が始まる。

学園首席の私は魔力を奪われて婚約破棄されたけど、借り物の魔力でいつまで調子に乗っているつもり?
今川幸乃
ファンタジー
下級貴族の生まれながら魔法の練習に励み、貴族の子女が集まるデルフィーラ学園に首席入学を果たしたレミリア。
しかし進級試験の際に彼女の実力を嫉妬したシルヴィアの呪いで魔力を奪われ、婚約者であったオルクには婚約破棄されてしまう。
が、そんな彼女を助けてくれたのはアルフというミステリアスなクラスメイトであった。
レミリアはアルフとともに呪いを解き、シルヴィアへの復讐を行うことを決意する。
レミリアの魔力を奪ったシルヴィアは調子に乗っていたが、全校生徒の前で魔法を披露する際に魔力を奪い返され、醜態を晒すことになってしまう。
※3/6~ プチ改稿中
勇者パーティを追放された聖女ですが、やっと解放されてむしろ感謝します。なのにパーティの人たちが続々と私に助けを求めてくる件。
八木愛里
ファンタジー
聖女のロザリーは戦闘中でも回復魔法が使用できるが、勇者が見目麗しいソニアを新しい聖女として迎え入れた。ソニアからの入れ知恵で、勇者パーティから『役立たず』と侮辱されて、ついに追放されてしまう。
パーティの人間関係に疲れたロザリーは、ソロ冒険者になることを決意。
攻撃魔法の魔道具を求めて魔道具屋に行ったら、店主から才能を認められる。
ロザリーの実力を知らず愚かにも追放した勇者一行は、これまで攻略できたはずの中級のダンジョンでさえ失敗を繰り返し、仲間割れし破滅へ向かっていく。
一方ロザリーは上級の魔物討伐に成功したり、大魔法使いさまと協力して王女を襲ってきた魔獣を倒したり、国の英雄と呼ばれる存在になっていく。
これは真の実力者であるロザリーが、ソロ冒険者としての地位を確立していきながら、残念ながら追いかけてきた魔法使いや女剣士を「虫が良すぎるわ!」と追っ払い、入り浸っている魔道具屋の店主が実は憧れの大魔法使いさまだが、どうしても本人が気づかない話。
※11話以降から勇者パーティの没落シーンがあります。
※40話に鬱展開あり。苦手な方は読み飛ばし推奨します。
※表紙はAIイラストを使用。

死に戻り公爵令嬢が嫁ぎ先の辺境で思い残したこと
Yapa
ファンタジー
ルーネ・ゼファニヤは公爵家の三女だが体が弱く、貧乏くじを押し付けられるように元戦奴で英雄の新米辺境伯ムソン・ペリシテに嫁ぐことに。 寒い地域であることが弱い体にたたり早逝してしまうが、ルーネは初夜に死に戻る。 もしもやり直せるなら、ルーネはしたいことがあったのだった。

婚約破棄されたけど前世が伝説の魔法使いだったので楽勝です
sai
ファンタジー
公爵令嬢であるオレリア・アールグレーンは魔力が多く魔法が得意な者が多い公爵家に産まれたが、魔法が一切使えなかった。
そんな中婚約者である第二王子に婚約破棄をされた衝撃で、前世で公爵家を興した伝説の魔法使いだったということを思い出す。
冤罪で国外追放になったけど、もしかしてこれだけ魔法が使えれば楽勝じゃない?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる