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第1章
61.秘め名で呼んで
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『……は……』
思わぬ宣言に、フレイムに礼を言おうとしていた霊獣たちの反応が遅れた。アマーリエも同様だ。
『汝らの揺らがぬ生き様と強靭な意思、何より高潔な覚悟と魂は、我が母神の側に侍るに相応しい』
(――そ、そうか……神使って何も人間限定ではないものね)
気に入った霊威師がいれば神使に選ぶというのが今回の選定の趣旨だった。霊獣も広義では霊威師に含まれる。
『と言っても、今すぐの話じゃない。アマーリエが人としての生を終えて昇天する時、お前たちも火神の使いとして一緒に天界に昇るんだ』
説明するフレイムの言葉に、ラモスとディモスがじっと耳を傾けている。
『四大高位神の御使いは特別だ。神使になった時点で神格を賜ることができる。火神の使いになれば、お前たちは神獣になる。俺の愛し子になったアマーリエと近い場所にいられるし、頻繁に会えるだろう』
『そのような栄誉を、私たちがいただけるとは』
『余りに過分な厚遇では』
自分たちに務まるのかと顔を見合わせる霊獣たちを、フレイムが鼓舞した。
『怯むことはない。この俺に見出されたんだ、自信を持て』
ラモスとディモスは再び視線を絡ませ、次いでアマーリエを見る。そして数瞬間の黙考の後、静かに頷いた。
『――謹んでお受けいたします』
『この身は末永く火神様及び主と共に』
諾の返答を聞き、フレイムが山吹の双眸を閃かせた。
『よく言ってくれた』
そして天を仰いで口上を述べる。
『――天に座す母神よ。御身より分かたれし我が名において、この霊獣たちを御身の新たな使徒といたしたく、ここに奏上いたします』
朗々と述べられた声に応えるかのように、天の雲間から赤い光が放たれた。矢のように降り注いだ光を浴びた霊獣たちの纏う気が霊威から聖威へと変わる。
『おっ、母神様からの承認だ。お眼鏡に叶ったらしいな。さすが俺の慧眼』
自画自賛するフレイムに、アマーリエは尋ねる。
「ラモスとディモスも神格を得たの?」
『ああ。ただ、今の段階では神性を内に抑えてるから、神獣じゃなく聖獣だな。動物版の聖威師になったと思えばいい。いずれ昇天する時に、神格を解放して神獣になるんだ』
「そ、そう……」
にわかには信じられない話に、頭がパンクしそうだった。出来損ない、役立たずと貶められながら、寄り添い合って生きてきた自分たちが、ほんの僅かな時間で最高に近い域まで一足飛びに駆け上がってしまった。
(これは夢ではないかしら。本当はどこかで野垂れ死にしかけていて、死ぬ間際に幸せな夢を見ているとか)
そんな不安が込み上げて来たので、思い切って自分の頰を全力で叩いてみた。バチーン、と小気味良い音が鳴る。
『うわああぁぁ!? どうしたアマーリエ!』
「何をしているのです!」
『主!』
『どうなさったのですか!?』
フレイムとフルード、ラモスとディモスが一斉に顔色を変える。アマーリエは涙目で呻いた。
「い、痛い……痛いわ!」
『そりゃあそうだろう、あれだけ力一杯叩いたら』
ラミルファが不思議なものを見るような目で言った。
『アマーリエ……俺のアマーリエが……』
うわごとのように呟きながら、フレイムが頰に手を添えて治癒をかけてくれた。
「ごめんなさいフレイム、自分で治すから」
慌てて言っても、全く聞こうとしない。怖いほどに真剣な目でひたすら治癒の神威を放っている。得体の知れない気迫に圧倒されていると、不意にフルードの念話が脳裏に響いた。
《今後は自傷行為は控えるように。頰を叩くくらいは許容範囲ですが、聖威師の身は自分だけのものではありません。自身の状態が、寵を与えた神の機嫌に直結すると思いなさい》
《そ、そうなのですか?》
《はい。下手に怪我をすれば、激怒した主神が暴走するという本末転倒な事態になりかねません》
身に覚えがあるのか、その双眸は何かを思い出すように遠くを見つめている。
《神と対峙する神官である以上、傷を負うことは避けられません。通常時の神は同胞に寛容ですが、怒りで我を忘れた際は攻撃されることもありますから。主神に心配をかける前に即治せるよう治癒を極めるなど、対策をしておかなくてはなりません》
聖威師の治癒も効かない強力な神威を持つ神が相手であれば、その時は天威師が出てくれるのだという。
《分かりました、十分気を付けます》
内心で白目を剥いたアマーリエだが、ふと思い出して控えめにツッコミを入れる。
《ですが……大神官は先ほど、高位神ラミルファ様の黒炎の前に無手で身を投げ出されておられました》
だが、フルードは些かも動じず、きっぱりと言い切る。
《あれは良いのです。邪神様は私を傷付けませんから》
いっそ清々しいまでの断言だった。だが実際、ラミルファは十分に理性を保っており会話も通じる状態だった。ならば、同胞に対しての無体はしないと予見できただろう。
笑みを浮かべていたフルードは、ふと自身の胸に手を当て、呟くように続ける。
《……それに、私の内には護りもありますし》
《え? 護りですか?》
アマーリエが聞き返すと一つ瞬きし、切り替えるように小さく頭を振った。
《いえ、何でもありません。覚えておきなさい――私とあなたでは、くぐった修羅場の数も経験値も違う》
《は、はい》
(私もいずれ、大神官たちと同じくらい強くなるのかしら)
容易には想像できない未来だ。まだ見ぬ未知の将来に思いを馳せつつ、アマーリエは息を吸い込んだ。
「あの、フレイム」
鬼気迫る表情でアマーリエを治療していたフレイムが顔を上げる。
「治してくれてありがとう。それで、ええと……良ければ、私のことはユフィーと呼んでくれないかしら」
山吹色の双眸が丸くなった。
『いいのか? シークレットネームは家族か特別な者にしか呼ばせねえんだろ』
「フレイムはもう私の家族も同然だもの」
『――ああ、そうか。お前は俺の嫁になったからな』
「そうよ、嫁……えっ?」
さらりと爆弾発言をしたフレイムの言葉を理解するのが、一瞬遅れた。
「よ、嫁? 妻ってこと?」
『他にあるか? 母や娘じゃねえし、姉妹も何か違う。んじゃ妻しかないだろ』
「……そ、そうね?」
思わず疑問形になってしまったが、言われてみればそうだと納得するアマーリエだった。驚くほどにスルリと、フレイムの言葉が自分の中に入って来たのだ。
アマーリエもまた、フレイムのことをとても好いている。それはもう、愛と呼べるまでに成長し、自覚している感情だった。
「ええ――そうね」
改めて言い直す。しみじみと、万感の思いを込めて。
(私は……フレイムの花嫁になったんだわ。――嬉しい……嬉しい!)
『んじゃあ、ユフィー。俺が現世に知らしめてやるよ。俺の女神の存在を、盛大にな』
片目をつぶって笑ったフレイムが、しなやかな動作で腕を振り上げる。紅蓮の神威が火柱となって天に打ち出され、帝城と皇宮の上空で弾けると鱗粉のごとき火の粉となって降り注いだ。
「まぁ!」
アマーリエは歓声を上げる。
「素敵だわ。何て綺麗なの――」
『ぎゃあああああああああああああああああああ!!』
だが、感動をかき消すような絶叫が炸裂した。
思わぬ宣言に、フレイムに礼を言おうとしていた霊獣たちの反応が遅れた。アマーリエも同様だ。
『汝らの揺らがぬ生き様と強靭な意思、何より高潔な覚悟と魂は、我が母神の側に侍るに相応しい』
(――そ、そうか……神使って何も人間限定ではないものね)
気に入った霊威師がいれば神使に選ぶというのが今回の選定の趣旨だった。霊獣も広義では霊威師に含まれる。
『と言っても、今すぐの話じゃない。アマーリエが人としての生を終えて昇天する時、お前たちも火神の使いとして一緒に天界に昇るんだ』
説明するフレイムの言葉に、ラモスとディモスがじっと耳を傾けている。
『四大高位神の御使いは特別だ。神使になった時点で神格を賜ることができる。火神の使いになれば、お前たちは神獣になる。俺の愛し子になったアマーリエと近い場所にいられるし、頻繁に会えるだろう』
『そのような栄誉を、私たちがいただけるとは』
『余りに過分な厚遇では』
自分たちに務まるのかと顔を見合わせる霊獣たちを、フレイムが鼓舞した。
『怯むことはない。この俺に見出されたんだ、自信を持て』
ラモスとディモスは再び視線を絡ませ、次いでアマーリエを見る。そして数瞬間の黙考の後、静かに頷いた。
『――謹んでお受けいたします』
『この身は末永く火神様及び主と共に』
諾の返答を聞き、フレイムが山吹の双眸を閃かせた。
『よく言ってくれた』
そして天を仰いで口上を述べる。
『――天に座す母神よ。御身より分かたれし我が名において、この霊獣たちを御身の新たな使徒といたしたく、ここに奏上いたします』
朗々と述べられた声に応えるかのように、天の雲間から赤い光が放たれた。矢のように降り注いだ光を浴びた霊獣たちの纏う気が霊威から聖威へと変わる。
『おっ、母神様からの承認だ。お眼鏡に叶ったらしいな。さすが俺の慧眼』
自画自賛するフレイムに、アマーリエは尋ねる。
「ラモスとディモスも神格を得たの?」
『ああ。ただ、今の段階では神性を内に抑えてるから、神獣じゃなく聖獣だな。動物版の聖威師になったと思えばいい。いずれ昇天する時に、神格を解放して神獣になるんだ』
「そ、そう……」
にわかには信じられない話に、頭がパンクしそうだった。出来損ない、役立たずと貶められながら、寄り添い合って生きてきた自分たちが、ほんの僅かな時間で最高に近い域まで一足飛びに駆け上がってしまった。
(これは夢ではないかしら。本当はどこかで野垂れ死にしかけていて、死ぬ間際に幸せな夢を見ているとか)
そんな不安が込み上げて来たので、思い切って自分の頰を全力で叩いてみた。バチーン、と小気味良い音が鳴る。
『うわああぁぁ!? どうしたアマーリエ!』
「何をしているのです!」
『主!』
『どうなさったのですか!?』
フレイムとフルード、ラモスとディモスが一斉に顔色を変える。アマーリエは涙目で呻いた。
「い、痛い……痛いわ!」
『そりゃあそうだろう、あれだけ力一杯叩いたら』
ラミルファが不思議なものを見るような目で言った。
『アマーリエ……俺のアマーリエが……』
うわごとのように呟きながら、フレイムが頰に手を添えて治癒をかけてくれた。
「ごめんなさいフレイム、自分で治すから」
慌てて言っても、全く聞こうとしない。怖いほどに真剣な目でひたすら治癒の神威を放っている。得体の知れない気迫に圧倒されていると、不意にフルードの念話が脳裏に響いた。
《今後は自傷行為は控えるように。頰を叩くくらいは許容範囲ですが、聖威師の身は自分だけのものではありません。自身の状態が、寵を与えた神の機嫌に直結すると思いなさい》
《そ、そうなのですか?》
《はい。下手に怪我をすれば、激怒した主神が暴走するという本末転倒な事態になりかねません》
身に覚えがあるのか、その双眸は何かを思い出すように遠くを見つめている。
《神と対峙する神官である以上、傷を負うことは避けられません。通常時の神は同胞に寛容ですが、怒りで我を忘れた際は攻撃されることもありますから。主神に心配をかける前に即治せるよう治癒を極めるなど、対策をしておかなくてはなりません》
聖威師の治癒も効かない強力な神威を持つ神が相手であれば、その時は天威師が出てくれるのだという。
《分かりました、十分気を付けます》
内心で白目を剥いたアマーリエだが、ふと思い出して控えめにツッコミを入れる。
《ですが……大神官は先ほど、高位神ラミルファ様の黒炎の前に無手で身を投げ出されておられました》
だが、フルードは些かも動じず、きっぱりと言い切る。
《あれは良いのです。邪神様は私を傷付けませんから》
いっそ清々しいまでの断言だった。だが実際、ラミルファは十分に理性を保っており会話も通じる状態だった。ならば、同胞に対しての無体はしないと予見できただろう。
笑みを浮かべていたフルードは、ふと自身の胸に手を当て、呟くように続ける。
《……それに、私の内には護りもありますし》
《え? 護りですか?》
アマーリエが聞き返すと一つ瞬きし、切り替えるように小さく頭を振った。
《いえ、何でもありません。覚えておきなさい――私とあなたでは、くぐった修羅場の数も経験値も違う》
《は、はい》
(私もいずれ、大神官たちと同じくらい強くなるのかしら)
容易には想像できない未来だ。まだ見ぬ未知の将来に思いを馳せつつ、アマーリエは息を吸い込んだ。
「あの、フレイム」
鬼気迫る表情でアマーリエを治療していたフレイムが顔を上げる。
「治してくれてありがとう。それで、ええと……良ければ、私のことはユフィーと呼んでくれないかしら」
山吹色の双眸が丸くなった。
『いいのか? シークレットネームは家族か特別な者にしか呼ばせねえんだろ』
「フレイムはもう私の家族も同然だもの」
『――ああ、そうか。お前は俺の嫁になったからな』
「そうよ、嫁……えっ?」
さらりと爆弾発言をしたフレイムの言葉を理解するのが、一瞬遅れた。
「よ、嫁? 妻ってこと?」
『他にあるか? 母や娘じゃねえし、姉妹も何か違う。んじゃ妻しかないだろ』
「……そ、そうね?」
思わず疑問形になってしまったが、言われてみればそうだと納得するアマーリエだった。驚くほどにスルリと、フレイムの言葉が自分の中に入って来たのだ。
アマーリエもまた、フレイムのことをとても好いている。それはもう、愛と呼べるまでに成長し、自覚している感情だった。
「ええ――そうね」
改めて言い直す。しみじみと、万感の思いを込めて。
(私は……フレイムの花嫁になったんだわ。――嬉しい……嬉しい!)
『んじゃあ、ユフィー。俺が現世に知らしめてやるよ。俺の女神の存在を、盛大にな』
片目をつぶって笑ったフレイムが、しなやかな動作で腕を振り上げる。紅蓮の神威が火柱となって天に打ち出され、帝城と皇宮の上空で弾けると鱗粉のごとき火の粉となって降り注いだ。
「まぁ!」
アマーリエは歓声を上げる。
「素敵だわ。何て綺麗なの――」
『ぎゃあああああああああああああああああああ!!』
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