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59.焔の愛し子①

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 投げかけられた言葉の意味をアマーリエが理解するより早く、ラミルファが不満そうに口を尖らせた。

『何をするのだ。お前の気が充満してしまった。気に入らないな……せっかくこの場を我が色に染め上げていたというのに』

 その言葉と共に、色を帯びた神威が噴き上がった。
 アマーリエは顔を強張らせる。この色彩を何と表現すればいいのか、今ならば分かる。暗めの赤色で、黄土色ないし茶色も混じっている色――赤茶けて腐ったヘドロと同じ色だ。
 今ままでは彼のことを悪神だと思っていなかったため、畏れ多くも高位神の力を汚いものに例えるという発想が浮かばなかった。

『邪魔だ、退け』

 すらりとした腕が掲げられる。邪神の神威が膨れ上がり、崩れかけた斎場を呑み込みながらアマーリエとフレイムに迫った。抗いようがない圧倒的な暴威を目の当たりにし、ひっとアマーリエの喉が鳴る。
 フレイムが動いた。アマーリエを庇う形で前に出ると、無造作に腕を一振りしながらピシャリと言い放つ。

『邪魔なのはお前だ』

 崇高な御稜威みいつが迸る。凍える者を温め、遭難者を導く篝火かがりびのような美しい力。それがラミルファの絶大な力を真っ向から相殺した。
 穢れた邪と清浄な焔。相入れることのない二つの力がぶつかり、衝突地点で絡み合い渦を巻いて天高くへ突き上がる。
 紅蓮の神威がキラキラと火の粉を撒き散らし、星をまぶしたような煌めきと共に斎場を乱舞した。あまりに凄絶で力強い波動に、アマーリエは呼吸すら忘れて魅入る。

『どうしたフレイム、何を熱くなっている。そうだ、また前のように喧嘩をするのも面白い――』
『アマーリエ』

 ヘラヘラ話すラミルファを華麗に無視し、くるりと向き直ったフレイムが片膝を付いた。平伏しているアマーリエと同じ目線になるように。

(え?)

 ポカンとしている間に、抱き上げるようにして引き起こされ、腰に腕が回される。頰に手が添えられ、優しく顔を持ち上げられた。ラミルファとフルードが瞬きする。

「フ、フレイ――」

 アマーリエが彼の名を呼ぼうとした時、額に何かが触れる感触と共に、チュッと軽い音が響いた。

 ◆◆◆

「皆、列を崩さないようにしてね」

 斎場から少し離れた平地に、恵奈の号令が響いた。平地には避難した神官たちが整列している。この場にいない国王、王族、官僚たちは、既に帝城内への退避が完了していた。

 ミリエーナはアシュトンに運ばれて避難し、布を敷いた地面に寝かされていた。邪神の虫に食われたダメージが大きすぎるのか、焦点の合わない目を開いたままダラダラと涙を流し続けている。

 並んだ神官たちは、ちらちらと斎場の方角に視線を向けていた。斎場の状況と、アマーリエとフルードが来ないことを気にしているのだろう。

「天威師は動かれると思いますか?」

 オーネリアの問いに、アシュトンが首を横に振った。

「可能性は低いかと。今回は神の怒りと神罰の対象が、良くも悪くもシュードン一人に固定されています。だからこそ、それ以外の者たちの退避が可能でした。しかし……対象が一人だけであるがゆえに、想定被害の規模が狭すぎる。この後、邪神の怒りの矛先が拡大し、被害が無秩序に広がりそうであれば話は変わるでしょうが」

 大人数かつ広範囲に深刻な被害が出る案件でなければ、天威師は原則出動しない。彼らは、誰か特定の個人のために動く存在ではないからだ。

「いいえ、動いて下さりそうな天威師が二名おられます」

 佳良が静かに言った。

「特別に人間と地上に肩入れしているあの方々ならば、あるいは。ただ、お一人は現在遠方のお務めに行かれておりますから、残るは一名です」

 その時、遠くで神威が爆発し、紅蓮の火柱が立った。斎場がある場所だ。

「炎だ! 邪神様か?」
「でも、色が綺麗な赤だわ」
「神威の気配も邪神様とは違うぞ」
「新しい神が降臨されたのか?」

 色めき立つ神官を尻目に、聖威師たちは冷静に状況を観察している。ややあって、今度は二つの強大な神威が爆ぜてぶつかり合い、竜巻と化して空の果てに舞い上がった。神官たちの悲鳴が飛び交う中、聖威師にしか聞こえない念話が響いた。

『喜べ、我が愛し子よ』

 佳良が瞬きした。これは天からの声だ。

『これは鷹神様。どうなされました』
『新たな聖威師の誕生だ。きっと近いうちにこうなると思っておった。……星降の儀であの姉妹を垣間見た時、妹は邪神様の、姉は焔神様の寵を得る未来が、一瞬だが視えたからの』

 それから少しの時を置いて、鱗粉のような火の粉が帝城と皇宮全体に降り注いだ。
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