上 下
58 / 103

58.焔神降臨

しおりを挟む
「…………っ!!」

 その場に集う皆が瞠目した。アマーリエが顔を上げ、跪拝した体勢のままフレイムを見上げた。

「――――」

 フレイムの脳裏に、星が舞ったかと錯覚するほどの衝撃が走る。こちらをヒタと見据えるのは、初めて会った時と同じ……否、あの時よりも覚悟を決め、強さを増し、遥かに美しくなった双眸だった。

「最高神が一、火神の分け身にして申し子たる焔の大神。どうか御身の貴き神威をもって、我が家族たる霊獣をお救い下さいませ」

 一片の濁りもなく澄み切った、青い青い――ただひたすらに青い瞳。どこまでも真っ直ぐで透明な、天界に流れ落ちる清水の一滴がそのままはまり込んだような色。
 その意思の輝きの、何と眩いことか。
 例えようもないほどの好ましさと慕わしさと共に、尊さすらも湧き上がる。そして、それらの想いが極まり、より高く大きく深い感情に昇華されていく。

(違う)

 唐突に、フレイムは自身の思い違いを悟った。

(お前は俺の神使に相応しい奴じゃない……神使の器に収まる奴じゃない)

 心が歓喜に戦慄わなないている。己にとって、何にも代え難い存在を見つけた感動で。

(俺にかしずくのではなく、隣に立って共に在るべき者だ)

 無意識に唇の端が持ち上がる。自然とあふれる笑みが抑えられない。

(ああそうだ。お前は俺の――)

 フレイムは濁流のごとく放出された愛しさと共に、ずっと抑え込んでいた神威を解放した。

 ◆◆◆

「紅蓮の大神よ、大いなる慈悲と御心の下、我が声を聞き届けよ。神官アマーリエ・ユフィー・サードの名において――焔神フレイムを勧請いたします」
(勧請する。神使ではなく、焔神としてのフレイムを)

 神に対する請願の動作を取ったアマーリエは、覚悟を決めて頭を垂れた。

(フレイムが自分の意思で神格を出してしまったら、規律違反で即座に天に強制送還になる。……けれど、神官が正規の手順にのっとって、神としてのフレイムを勧請したとしたら? 天にも認められている、神と人が交信する正しい作法で招請しょうせいしたのなら――降臨が認められるかもしれない)

 勝率が高いとは言えない賭けだ。フレイムは特殊な任務の最中なのだから、どのような形であれ神格を出した時点で駄目ということであれば、完全に詰みとなる。

(でも、これしか思い付かない。他にも方法はあるかもしれないけれど、今思い付いて実行できるのはこの方法しかないのよ)

 自分の貧弱な霊威で、サッカの葉や霊玉などの補助具も無く高位神を勧請するなど、無謀に等しい。そもそも、ラミルファの力により霊威が使えなくされている今、勧請自体ができるのかも怪しい。……だが、それでもやらなければ大切な家族を守れない。

 顔を上げ、フレイムを見据える。ラモスとディモス以外で、初めて自分の味方になってくれた優しい神。お前はできると、何度も何度も言ってくれた。無能でも役立たずでもない、優秀でとても綺麗だと、繰り返し言い続けてくれた。その言葉と暖かな眼差しに、一体どれだけ救われたことか。

 心から頼れるのは、迷わず信じられるのは、家族を救ってくれと懇願できるのは――目の前の彼しかいない。

「最高神が一、火神の分け身にして申し子たる焔の大神。どうか御身の貴き神威をもって、我が家族たる霊獣をお救い下さいませ」
(助けて、フレイム。お願い、助けて。信じている――あなたを信じている)

 信じている。
 慕っている。
 ――愛している。

 あらん限りの信頼と想いを全て乗せ、アマーリエはフレイムと視線を合わせ続けた。

 こちらを向いたまま見開かれた山吹色の双眸が、やがて不思議な色を帯びていく。どこか夢見心地のような、熱に浮かされたような、熱く深く限りない感情を宿した目。同じ色をどこかで見たことがある。どこだったかと考えた時、視界の端にフルードが映った。

(……あ)

 ふと思い出す。

(狼神様や鷹神様と同じだわ)

 己の聖威師を見つめる神々の瞳も、今のフレイムとよく似た熱を帯びていた。そう考えた瞬間、フレイムが相好を崩した。今までに見たどれよりも嬉しそうで、楽しそうで、幸福に満ちた笑み。

 灼熱の神威が炸裂し、爆風が駆け抜けた。鮮やかな赤みを帯びた輝きが噴き上がり、場を制圧していたラミルファの力を押し返す。紅蓮色の火柱が天に届くほど高くそそり立った。

「きゃあ!」

 反射的に目を閉じた時、頭上から瓏々ろうろうたる声が降り注いだ。

『己を誇れ、アマーリエ』

 吹きすさぶ風に耐えながら恐る恐る目を開けると、ワインレッドの髪を躍らせたフレイムが見下ろしていた。神々しさを宿した双眸が、夜明けを示す明星みょうじょうのごとく輝いている。舞い踊る神威の波動は、揺らめく炎の花弁となって周囲を彩っていた。

 ただ幻想的で神秘的な光景の中、凛とした天啓が響く。

『その濁りなき心で、天のほむらを射止めたことを』
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

神様に与えられたのは≪ゴミ≫スキル。家の恥だと勘当されたけど、ゴミなら何でも再生出来て自由に使えて……ゴミ扱いされてた古代兵器に懐かれました

向原 行人
ファンタジー
 僕、カーティスは由緒正しき賢者の家系に生まれたんだけど、十六歳のスキル授与の儀で授かったスキルは、まさかのゴミスキルだった。  実の父から家の恥だと言われて勘当され、行く当ても無く、着いた先はゴミだらけの古代遺跡。  そこで打ち捨てられていたゴミが話し掛けてきて、自分は古代兵器で、助けて欲しいと言ってきた。  なるほど。僕が得たのはゴミと意思疎通が出来るスキルなんだ……って、嬉しくないっ!  そんな事を思いながらも、話し込んでしまったし、連れて行ってあげる事に。  だけど、僕はただゴミに協力しているだけなのに、どこかの国の騎士に襲われたり、変な魔法使いに絡まれたり、僕を家から追い出した父や弟が現れたり。  どうして皆、ゴミが欲しいの!? ……って、あれ? いつの間にかゴミスキルが成長して、ゴミの修理が出来る様になっていた。  一先ず、いつも一緒に居るゴミを修理してあげたら、見知らぬ銀髪美少女が居て……って、どういう事!? え、こっちが本当の姿なの!? ……とりあえず服を着てっ!  僕を命の恩人だって言うのはさておき、ご奉仕するっていうのはどういう事……え!? ちょっと待って! それくらい自分で出来るからっ!  それから、銀髪美少女の元仲間だという古代兵器と呼ばれる美少女たちに狙われ、返り討ちにして、可哀想だから修理してあげたら……僕についてくるって!?  待って! 僕に奉仕する順番でケンカするとか、訳が分かんないよっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

田舎の雑貨店~姪っ子とのスローライフ~

なつめ猫
ファンタジー
唯一の血縁者である姪っ子を引き取った月山(つきやま) 五郎(ごろう) 41歳は、住む場所を求めて空き家となっていた田舎の実家に引っ越すことになる。 そこで生活の糧を得るために父親が経営していた雑貨店を再開することになるが、その店はバックヤード側から店を開けると異世界に繋がるという謎多き店舗であった。 少ない資金で仕入れた日本製品を、異世界で販売して得た金貨・銀貨・銅貨を売り資金を増やして設備を購入し雑貨店を成長させていくために奮闘する。 この物語は、日本製品を異世界の冒険者に販売し、引き取った姪っ子と田舎で暮らすほのぼのスローライフである。 小説家になろう 日間ジャンル別   1位獲得! 小説家になろう 週間ジャンル別   1位獲得! 小説家になろう 月間ジャンル別   1位獲得! 小説家になろう 四半期ジャンル別  1位獲得! 小説家になろう 年間ジャンル別   1位獲得! 小説家になろう 総合日間 6位獲得! 小説家になろう 総合週間 7位獲得!

七人の兄たちは末っ子妹を愛してやまない

猪本夜
ファンタジー
2024/2/29……3巻刊行記念 番外編SS更新しました 2023/4/26……2巻刊行記念 番外編SS更新しました ※1巻 & 2巻 & 3巻 販売中です! 殺されたら、前世の記憶を持ったまま末っ子公爵令嬢の赤ちゃんに異世界転生したミリディアナ(愛称ミリィ)は、兄たちの末っ子妹への溺愛が止まらず、すくすく成長していく。 前世で殺された悪夢を見ているうちに、現世でも命が狙われていることに気づいてしまう。 ミリィを狙う相手はどこにいるのか。現世では死を回避できるのか。 兄が増えたり、誘拐されたり、両親に愛されたり、恋愛したり、ストーカーしたり、学園に通ったり、求婚されたり、兄の恋愛に絡んだりしつつ、多種多様な兄たちに甘えながら大人になっていくお話。 幼少期から惚れっぽく恋愛に積極的で人とはズレた恋愛観を持つミリィに兄たちは動揺し、知らぬうちに恋心の相手を兄たちに潰されているのも気づかず今日もミリィはのほほんと兄に甘えるのだ。 今では当たり前のものがない時代、前世の知識を駆使し兄に頼んでいろんなものを開発中。 甘えたいブラコン妹と甘やかしたいシスコン兄たちの日常。 基本はミリィ(主人公)視点、主人公以外の視点は記載しております。 【完結:211話は本編の最終話、続編は9話が最終話、番外編は3話が最終話です。最後までお読みいただき、ありがとうございました!】 ※書籍化に伴い、現在本編と続編は全て取り下げとなっておりますので、ご了承くださいませ。

魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡

サクラ近衛将監
ファンタジー
 女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。  シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。  シルヴィの将来や如何に?  毎週木曜日午後10時に投稿予定です。

精霊の加護を持つ聖女。偽聖女によって追放されたので、趣味のアクセサリー作りにハマっていたら、いつの間にか世界を救って愛されまくっていた

向原 行人
恋愛
精霊の加護を受け、普通の人には見る事も感じる事も出来ない精霊と、会話が出来る少女リディア。 聖女として各地の精霊石に精霊の力を込め、国を災いから守っているのに、突然第四王女によって追放されてしまう。 暫くは精霊の力も残っているけれど、時間が経って精霊石から力が無くなれば魔物が出て来るし、魔導具も動かなくなるけど……本当に大丈夫!? 一先ず、この国に居るとマズそうだから、元聖女っていうのは隠して、別の国で趣味を活かして生活していこうかな。 ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

【完結】すっぽんじゃなくて太陽の女神です

土広真丘
ファンタジー
三千年の歴史を誇る神千皇国の皇帝家に生まれた日香。 皇帝家は神の末裔であり、一部の者は先祖返りを起こして神の力に目覚める。 月の女神として覚醒した双子の姉・月香と比較され、未覚醒の日香は無能のすっぽんと揶揄されている。 しかし実は、日香は初代皇帝以来の三千年振りとなる太陽の女神だった。 小説家になろう、カクヨムでも公開していますが、一部内容が異なります。

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話。

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

処理中です...