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54.置いて行けない①

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「シュ……シュードン!」

 小さな紙切れが虚しく宙を踊る光景を眺めながら、アマーリエは叫んだ。

「あなた、まさか神託を隠して……破り捨てたの!? あ、有り得ないわ! 神に対してどれだけの非礼になると思っているの!?」
「だ、だって、こんなことになるなんて――」

 蒼白な顔で小刻みに震えるシュードンが、声を裏返して言う。いつの間にか彼の周囲から人が消えていた。神官としては考えられない行動に、皆が信じられないという顔をしている。

「あの時託宣を降ろして来た神が、レフィーに寵を授けた神だなんて思わねえよ!」

 ラミルファが9年前に勧請した神であるという話題が出たのは、星降の儀の後、サード邸での出来事だ。あの場にシュードンは同席していなかった。

 虚空の映像が揺れ、消える。下を向いたラミルファの表情は見えない。

 その時、ピーピーという場違いな音が響いた。焦った様子で法衣の胸元を探っているのはダライ。音は、彼が引っ張り出した小型の通信霊具から鳴っていた。

「何ですかそれは。儀式中は音が出ないようにしておくのが規則でしょう」

 オーネリアが厳しい口調で叱責した。ダライが目を白黒させながら頭を下げる。

「も、申し訳ありません、失念しておりまして……」
(朝まで酔い潰れていて、慌てて出勤したせいよ)

 冷ややかに見つめるアマーリエの視線の先で、霊具を持った父は身を縮めて神官たちの一団を抜け、こちらの方にやって来た。フレイムが嫌そうな顔になり、アマーリエを自分の方に引き寄せる。ダライが霊具を起動し、ボソボソと小声で会話を始めた。

「私だ、すまん今は立て込んでいる」

 出るんかい。
 神官たちが内心で突っ込んだ。

『おい、そりゃねーだろダライ。昨日の約束覚えてるよな。こっちも緊急事態が起きて急いでるんだよ』
「いいから後にしてくれ、切るぞ!」
『はぁ!? ちょっと待てよ俺の話を聞け!』
(あら? あの声は確か……)

 通信霊具から流れて来た中年のダミ声には聞き覚えがあった。アマーリエが瞬いた時。
 言い訳を探すように目を泳がせていたシュードンが口を開いた。

「……お、お前が悪いんだアマーリエ! 霊威もないくせに無駄に綺麗な気なんか持ってるから! そもそも、リサッカを野放しにしたお前の母親の実家が諸悪の根源だろうが! そのせいで悪神が降臨しちまったんだぞ!」
「それと神託を握り潰したのは別の問題よ! 話をすり替えないで!」

 即座に父からシュードンに意識を切り替えたアマーリエが強い口調で返した時、フレイムがボソリと声を漏らした。

「マズイ……」
「自分が一体何をしたか分かって――え? 何か言った?」
「これはマズイぞ。フォローのしようがねえ。バカ婚約者がやったのは神の意向に正面から楯突く行為だ。意図的に、明確に神託を廃棄した。どれだけ温厚な神でも怒る。まして悪神となれば――」

 珍しく焦燥に満ちた様子でまくし立てるフレイムを遮ったのは、玉を転がすような笑い声だった。

『ふ……ふふふ……』

 俯いたラミルファが肩を震わせている。ダラリと両手を下ろし、脱力して佇む足元の影が異様に濃く、黒くなっていく。邪神の神威が周囲に拡散し、瞬く間に一帯を制圧した。

『ダライ、お前ふざけんなよ、いいから今すぐ――』

 ダライが持った通信霊具の向こうでがなり立てていた声が、ブチリと途切れた。霊威の通信が強制的に遮断されたのだ。
 ラミルファが口元に手を当て、喉の奥からくつくつと声を漏らす。

『これはまた……随分と面白いことをしてくれるじゃないか……。たかが人間が高位神の託宣を握りつぶした――? ……?』

 フルードが弾かれたように立ち上がる。後ろで血泡を吹いたままひっくり返っていたミリエーナをアシュトンに向かって放り投げ、迷うことなく口を開いた。

「――退避! 国王及び王族、官僚は退避を! 神官も今すぐ逃げなさい!」
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