54 / 103
54.置いて行けない①
しおりを挟む
「シュ……シュードン!」
小さな紙切れが虚しく宙を踊る光景を眺めながら、アマーリエは叫んだ。
「あなた、まさか神託を隠して……破り捨てたの!? あ、有り得ないわ! 神に対してどれだけの非礼になると思っているの!?」
「だ、だって、こんなことになるなんて――」
蒼白な顔で小刻みに震えるシュードンが、声を裏返して言う。いつの間にか彼の周囲から人が消えていた。神官としては考えられない行動に、皆が信じられないという顔をしている。
「あの時託宣を降ろして来た神が、レフィーに寵を授けた神だなんて思わねえよ!」
ラミルファが9年前に勧請した神であるという話題が出たのは、星降の儀の後、サード邸での出来事だ。あの場にシュードンは同席していなかった。
虚空の映像が揺れ、消える。下を向いたラミルファの表情は見えない。
その時、ピーピーという場違いな音が響いた。焦った様子で法衣の胸元を探っているのはダライ。音は、彼が引っ張り出した小型の通信霊具から鳴っていた。
「何ですかそれは。儀式中は音が出ないようにしておくのが規則でしょう」
オーネリアが厳しい口調で叱責した。ダライが目を白黒させながら頭を下げる。
「も、申し訳ありません、失念しておりまして……」
(朝まで酔い潰れていて、慌てて出勤したせいよ)
冷ややかに見つめるアマーリエの視線の先で、霊具を持った父は身を縮めて神官たちの一団を抜け、こちらの方にやって来た。フレイムが嫌そうな顔になり、アマーリエを自分の方に引き寄せる。ダライが霊具を起動し、ボソボソと小声で会話を始めた。
「私だ、すまん今は立て込んでいる」
出るんかい。
神官たちが内心で突っ込んだ。
『おい、そりゃねーだろダライ。昨日の約束覚えてるよな。こっちも緊急事態が起きて急いでるんだよ』
「いいから後にしてくれ、切るぞ!」
『はぁ!? ちょっと待てよ俺の話を聞け!』
(あら? あの声は確か……)
通信霊具から流れて来た中年のダミ声には聞き覚えがあった。アマーリエが瞬いた時。
言い訳を探すように目を泳がせていたシュードンが口を開いた。
「……お、お前が悪いんだアマーリエ! 霊威もないくせに無駄に綺麗な気なんか持ってるから! そもそも、リサッカを野放しにしたお前の母親の実家が諸悪の根源だろうが! そのせいで悪神が降臨しちまったんだぞ!」
「それと神託を握り潰したのは別の問題よ! 話をすり替えないで!」
即座に父からシュードンに意識を切り替えたアマーリエが強い口調で返した時、フレイムがボソリと声を漏らした。
「マズイ……」
「自分が一体何をしたか分かって――え? 何か言った?」
「これはマズイぞ。フォローのしようがねえ。バカ婚約者がやったのは神の意向に正面から楯突く行為だ。意図的に、明確に神託を廃棄した。どれだけ温厚な神でも怒る。まして悪神となれば――」
珍しく焦燥に満ちた様子でまくし立てるフレイムを遮ったのは、玉を転がすような笑い声だった。
『ふ……ふふふ……』
俯いたラミルファが肩を震わせている。ダラリと両手を下ろし、脱力して佇む足元の影が異様に濃く、黒くなっていく。邪神の神威が周囲に拡散し、瞬く間に一帯を制圧した。
『ダライ、お前ふざけんなよ、いいから今すぐ――』
ダライが持った通信霊具の向こうでがなり立てていた声が、ブチリと途切れた。霊威の通信が強制的に遮断されたのだ。
ラミルファが口元に手を当て、喉の奥からくつくつと声を漏らす。
『これはまた……随分と面白いことをしてくれるじゃないか……。たかが人間が高位神の託宣を握りつぶした――? 人間、ごときが、この僕の、神託を、無視した、だって……?』
フルードが弾かれたように立ち上がる。後ろで血泡を吹いたままひっくり返っていたミリエーナをアシュトンに向かって放り投げ、迷うことなく口を開いた。
「――退避! 国王及び王族、官僚は退避を! 神官も今すぐ逃げなさい!」
小さな紙切れが虚しく宙を踊る光景を眺めながら、アマーリエは叫んだ。
「あなた、まさか神託を隠して……破り捨てたの!? あ、有り得ないわ! 神に対してどれだけの非礼になると思っているの!?」
「だ、だって、こんなことになるなんて――」
蒼白な顔で小刻みに震えるシュードンが、声を裏返して言う。いつの間にか彼の周囲から人が消えていた。神官としては考えられない行動に、皆が信じられないという顔をしている。
「あの時託宣を降ろして来た神が、レフィーに寵を授けた神だなんて思わねえよ!」
ラミルファが9年前に勧請した神であるという話題が出たのは、星降の儀の後、サード邸での出来事だ。あの場にシュードンは同席していなかった。
虚空の映像が揺れ、消える。下を向いたラミルファの表情は見えない。
その時、ピーピーという場違いな音が響いた。焦った様子で法衣の胸元を探っているのはダライ。音は、彼が引っ張り出した小型の通信霊具から鳴っていた。
「何ですかそれは。儀式中は音が出ないようにしておくのが規則でしょう」
オーネリアが厳しい口調で叱責した。ダライが目を白黒させながら頭を下げる。
「も、申し訳ありません、失念しておりまして……」
(朝まで酔い潰れていて、慌てて出勤したせいよ)
冷ややかに見つめるアマーリエの視線の先で、霊具を持った父は身を縮めて神官たちの一団を抜け、こちらの方にやって来た。フレイムが嫌そうな顔になり、アマーリエを自分の方に引き寄せる。ダライが霊具を起動し、ボソボソと小声で会話を始めた。
「私だ、すまん今は立て込んでいる」
出るんかい。
神官たちが内心で突っ込んだ。
『おい、そりゃねーだろダライ。昨日の約束覚えてるよな。こっちも緊急事態が起きて急いでるんだよ』
「いいから後にしてくれ、切るぞ!」
『はぁ!? ちょっと待てよ俺の話を聞け!』
(あら? あの声は確か……)
通信霊具から流れて来た中年のダミ声には聞き覚えがあった。アマーリエが瞬いた時。
言い訳を探すように目を泳がせていたシュードンが口を開いた。
「……お、お前が悪いんだアマーリエ! 霊威もないくせに無駄に綺麗な気なんか持ってるから! そもそも、リサッカを野放しにしたお前の母親の実家が諸悪の根源だろうが! そのせいで悪神が降臨しちまったんだぞ!」
「それと神託を握り潰したのは別の問題よ! 話をすり替えないで!」
即座に父からシュードンに意識を切り替えたアマーリエが強い口調で返した時、フレイムがボソリと声を漏らした。
「マズイ……」
「自分が一体何をしたか分かって――え? 何か言った?」
「これはマズイぞ。フォローのしようがねえ。バカ婚約者がやったのは神の意向に正面から楯突く行為だ。意図的に、明確に神託を廃棄した。どれだけ温厚な神でも怒る。まして悪神となれば――」
珍しく焦燥に満ちた様子でまくし立てるフレイムを遮ったのは、玉を転がすような笑い声だった。
『ふ……ふふふ……』
俯いたラミルファが肩を震わせている。ダラリと両手を下ろし、脱力して佇む足元の影が異様に濃く、黒くなっていく。邪神の神威が周囲に拡散し、瞬く間に一帯を制圧した。
『ダライ、お前ふざけんなよ、いいから今すぐ――』
ダライが持った通信霊具の向こうでがなり立てていた声が、ブチリと途切れた。霊威の通信が強制的に遮断されたのだ。
ラミルファが口元に手を当て、喉の奥からくつくつと声を漏らす。
『これはまた……随分と面白いことをしてくれるじゃないか……。たかが人間が高位神の託宣を握りつぶした――? 人間、ごときが、この僕の、神託を、無視した、だって……?』
フルードが弾かれたように立ち上がる。後ろで血泡を吹いたままひっくり返っていたミリエーナをアシュトンに向かって放り投げ、迷うことなく口を開いた。
「――退避! 国王及び王族、官僚は退避を! 神官も今すぐ逃げなさい!」
5
お気に入りに追加
93
あなたにおすすめの小説
神様に与えられたのは≪ゴミ≫スキル。家の恥だと勘当されたけど、ゴミなら何でも再生出来て自由に使えて……ゴミ扱いされてた古代兵器に懐かれました
向原 行人
ファンタジー
僕、カーティスは由緒正しき賢者の家系に生まれたんだけど、十六歳のスキル授与の儀で授かったスキルは、まさかのゴミスキルだった。
実の父から家の恥だと言われて勘当され、行く当ても無く、着いた先はゴミだらけの古代遺跡。
そこで打ち捨てられていたゴミが話し掛けてきて、自分は古代兵器で、助けて欲しいと言ってきた。
なるほど。僕が得たのはゴミと意思疎通が出来るスキルなんだ……って、嬉しくないっ!
そんな事を思いながらも、話し込んでしまったし、連れて行ってあげる事に。
だけど、僕はただゴミに協力しているだけなのに、どこかの国の騎士に襲われたり、変な魔法使いに絡まれたり、僕を家から追い出した父や弟が現れたり。
どうして皆、ゴミが欲しいの!? ……って、あれ? いつの間にかゴミスキルが成長して、ゴミの修理が出来る様になっていた。
一先ず、いつも一緒に居るゴミを修理してあげたら、見知らぬ銀髪美少女が居て……って、どういう事!? え、こっちが本当の姿なの!? ……とりあえず服を着てっ!
僕を命の恩人だって言うのはさておき、ご奉仕するっていうのはどういう事……え!? ちょっと待って! それくらい自分で出来るからっ!
それから、銀髪美少女の元仲間だという古代兵器と呼ばれる美少女たちに狙われ、返り討ちにして、可哀想だから修理してあげたら……僕についてくるって!?
待って! 僕に奉仕する順番でケンカするとか、訳が分かんないよっ!
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
七人の兄たちは末っ子妹を愛してやまない
猪本夜
ファンタジー
2024/2/29……3巻刊行記念 番外編SS更新しました
2023/4/26……2巻刊行記念 番外編SS更新しました
※1巻 & 2巻 & 3巻 販売中です!
殺されたら、前世の記憶を持ったまま末っ子公爵令嬢の赤ちゃんに異世界転生したミリディアナ(愛称ミリィ)は、兄たちの末っ子妹への溺愛が止まらず、すくすく成長していく。
前世で殺された悪夢を見ているうちに、現世でも命が狙われていることに気づいてしまう。
ミリィを狙う相手はどこにいるのか。現世では死を回避できるのか。
兄が増えたり、誘拐されたり、両親に愛されたり、恋愛したり、ストーカーしたり、学園に通ったり、求婚されたり、兄の恋愛に絡んだりしつつ、多種多様な兄たちに甘えながら大人になっていくお話。
幼少期から惚れっぽく恋愛に積極的で人とはズレた恋愛観を持つミリィに兄たちは動揺し、知らぬうちに恋心の相手を兄たちに潰されているのも気づかず今日もミリィはのほほんと兄に甘えるのだ。
今では当たり前のものがない時代、前世の知識を駆使し兄に頼んでいろんなものを開発中。
甘えたいブラコン妹と甘やかしたいシスコン兄たちの日常。
基本はミリィ(主人公)視点、主人公以外の視点は記載しております。
【完結:211話は本編の最終話、続編は9話が最終話、番外編は3話が最終話です。最後までお読みいただき、ありがとうございました!】
※書籍化に伴い、現在本編と続編は全て取り下げとなっておりますので、ご了承くださいませ。
精霊の加護を持つ聖女。偽聖女によって追放されたので、趣味のアクセサリー作りにハマっていたら、いつの間にか世界を救って愛されまくっていた
向原 行人
恋愛
精霊の加護を受け、普通の人には見る事も感じる事も出来ない精霊と、会話が出来る少女リディア。
聖女として各地の精霊石に精霊の力を込め、国を災いから守っているのに、突然第四王女によって追放されてしまう。
暫くは精霊の力も残っているけれど、時間が経って精霊石から力が無くなれば魔物が出て来るし、魔導具も動かなくなるけど……本当に大丈夫!?
一先ず、この国に居るとマズそうだから、元聖女っていうのは隠して、別の国で趣味を活かして生活していこうかな。
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
聖女なのに婚約破棄した上に辺境へ追放? ショックで前世を思い出し、魔法で電化製品を再現出来るようになって快適なので、もう戻りません。
向原 行人
ファンタジー
土の聖女と呼ばれる土魔法を極めた私、セシリアは婚約者である第二王子から婚約破棄を言い渡された上に、王宮を追放されて辺境の地へ飛ばされてしまった。
とりあえず、辺境の地でも何とか生きていくしかないと思った物の、着いた先は家どころか人すら居ない場所だった。
こんな所でどうすれば良いのと、ショックで頭が真っ白になった瞬間、突然前世の――日本の某家電量販店の販売員として働いていた記憶が蘇る。
土魔法で家や畑を作り、具現化魔法で家電製品を再現し……あれ? 王宮暮らしより遥かに快適なんですけど!
一方、王宮での私がしていた仕事を出来る者が居ないらしく、戻って来いと言われるけど、モフモフな動物さんたちと一緒に快適で幸せに暮らして居るので、お断りします。
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。
向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。
それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない!
しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。
……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。
魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。
木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ!
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます
里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。
だが実は、誰にも言えない理由があり…。
※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。
全28話で完結。
夫婦で異世界に召喚されました。夫とすぐに離婚して、私は人生をやり直します
もぐすけ
ファンタジー
私はサトウエリカ。中学生の息子を持つアラフォーママだ。
子育てがひと段落ついて、結婚生活に嫌気がさしていたところ、夫婦揃って異世界に召喚されてしまった。
私はすぐに夫と離婚し、異世界で第二の人生を楽しむことにした。
土属性を極めて辺境を開拓します~愛する嫁と超速スローライフ~
にゃーにゃ
ファンタジー
「土属性だから追放だ!」理不尽な理由で追放されるも「はいはい。おっけー」主人公は特にパーティーに恨みも、未練もなく、世界が危機的な状況、というわけでもなかったので、ササッと王都を去り、辺境の地にたどり着く。
「助けなきゃ!」そんな感じで、世界樹の少女を襲っていた四天王の一人を瞬殺。 少女にほれられて、即座に結婚する。「ここを開拓してスローライフでもしてみようか」 主人公は土属性パワーで一瞬で辺境を開拓。ついでに魔王を超える存在を土属性で作ったゴーレムの物量で圧殺。
主人公は、世界樹の少女が生成したタネを、育てたり、のんびりしながら辺境で平和にすごす。そんな主人公のもとに、ドワーフ、魚人、雪女、魔王四天王、魔王、といった亜人のなかでも一際キワモノの種族が次から次へと集まり、彼らがもたらす特産品によってドンドン村は発展し豊かに、にぎやかになっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる